第27話『気圧泡内波』
磐田神社のお茶会は、静寂の中行われた。
それもそのはず。靜の三大神以外、誰が犯人か分からないからである。
犯人が分からない。だが、この中に必ず犯人がいる。
誰もが勘繰って、疑心暗鬼の中でお茶をしているのだ。
するががお茶にしようと言ったという時点で、このお茶会も絞り込みのための道具なのではないかと誰もが思った。
するがは単純に休憩したかっただけなのだが。
「あの、するが様。ひとつよろしいでしょうか?」
ついに、静岡呱々邏がその静寂を打ち破った。
「どうした?」
するがが答えると、呱々邏は恐る恐る口を開く。
「もしかしてですが、するが様は誰が犯人か既に気付いているのではないでしょうか……?」
その言葉に、全員の視線がするがに集まる。
するがは少しだけ唸ってから、
「ま、知ってるよ?」
と答えた。
「じゃあ……」
「でも、教えないよ?」
呱々邏が発言しようとした時に、するがは被せてそう言った。
「なんでだ?」
悠生がそう訊くと、
「だって、ここで『こいつだよー』なんて言って、みんな信じる? それに、その人の機嫌を損ねるだろうし、無駄な戦いになるかもしれないでしょ? だからちゃんと証拠を全部揃えてから『はい、あんた犯人ねー』って言った方がいいでしょ?」
とするがが言った。
「確かにそうですね」
小林かささぎがそう言って頷く。
「じゃあこのお茶会は……」
「俺がお茶をしたかったからだよ?」
するががそう言うと、全員少し気を緩くする。
「と見せかけて、絞り込んでいるかもよ?」
あおいがそう言うと、全員顔を硬らせる。
それを見てあおいが笑う。
「姉ちゃん、遊ばない。そういういたずらは良くないよ?」
しみずがあおいを注意すると、あおいは「ごめんごめん」と笑いながら謝罪する。
「今日の姉さん、めちゃくちゃ失礼な奴になってるよ?」
するががため息を吐きながらそう言うと、
「え、そう? いつも通りだけど」
とあおいが答えた。
「いつも通りではないと思うなぁ……」
萌加がそう言うと、するがとしみずも頷いた。
「体調悪いか?」
悠生が訊くと、
「いや、全然」
とあおいが言う。
「じゃあどうしたん……」
萌加がそう言いかけて、ハッとしていきなり立ち上がる。そして庭に向かって駆け出す。
するとそこに8人の永神種と、彼らに無理やり抱えられた24人の人類が降り立った。
「ふぇ〜、重かった……」
「重労働すぎるだろ……」
「やっべー、腕死ぬわ」
「私はもうすでに痺れてるよ……」
バッタリと庭に倒れ込んで、全員それぞれ疲労を口に出している。
そんな中、安久斗が24人の人類を無理やり1箇所にまとめている。
「やあ、ご苦労さん」
「ほんとだよ、苦労かけやがって」
するがが安久斗に向かって労いの言葉をかけると、安久斗は疲れ果てている様子で言葉を返した。
「いやぁ、でもそっちに人類の捕虜がいて助かったよ」
するがが安久斗に言うと、
「ちょうど数日前に反乱があったからな。こっちも情報聞き出せたし、あとは処分するだけなんだよ。ほんと偶然だけどな」
と安久斗が返した。
そう、連れてきた人類は、前の反乱の捕虜である。情報を聞き出すために生捕にした30名のうちの、精神状態が比較的安定している24名を連れてきたのだった。
「みんなもご苦労。よく働いてくれたね。ほんとに感謝するよ」
するががそう言うと、萌加が精一杯頭を下げた。
「ほんとに、日渡のためにありがとう。感謝してもしきれないよ……」
「感謝なんていいよ。困ってる時は助け合わなきゃだよ」
頭を下げる萌加に、あさひがそう声をかけた。
あさひの言葉に、他のみんなも頷いた。
「みんな……」
萌加は目に涙を浮かべて、今にも泣きそうな表情をしていた。
「んで、感動的なところ悪いけどよ」
感動をぶち破るように安久斗が口を開く。
「この庭のボロボロ具合はなんなんだ? まるで戦ったかのような……」
その安久斗の質問に、原因を知っている全員が一斉にあおいを見た。
安久斗はその視線を辿り、あおいが犯人だと分かると大笑いした。
「おっまえ、バカじゃね!? なんでこの状況で暴れようと思うんだよ! めっちゃくちゃおもしれぇな!」
「なっ!? うるさいわね! 私はただ……」
そしてまた、騒がしい言い争いが始まるのだった。
それを見てしみずが呟く。
「そっか、姉さんが今日おかしいのは、寝起きから安久斗と連んでいるからか」
その呟きを聞き逃さなかったするがが納得したように頷いて、
「安久斗との煽り合いをそのまま引っ張ってああなってるってわけか」
と言った。
「諸悪の根源、安久斗じゃん」
萌加が呆れたように言うと、するがとしみずと萌加の3人は顔を見合わせて笑った。
一瞬だけ、その場の空気が和んだのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
「それで、するが。この人類どうするんだ?」
質問をしたのは古田崎悠生だった。
「ん? 殺すんだよ」
「いきなり物騒なこと言うなぁ……」
するがの答えに悠生が呆れる。しかしするがは真面目な顔をして悠生に補足する。
「事実だよ。今からみんなに『気圧泡内波』で人類を殺してもらうんだ。その殺し方で、犯人を絞り込むってわけさ」
「なるほどな。残酷だが最も手っ取り早い方法なのは確かだ」
悠生は納得して、人類を見た。
ここにいる人類は、前の北濱行政区の捕虜であり、おなとひくまに酷く拷問を受けてきていた。そのため、彼らにとってはこの数日で『神類というものは恐怖の対象』となってしまった。
彼らは悠生からの視線に対して怯えきり、絶望しきった表情を浮かべている。
「重症だな、あれは」
「奴らにはあのくらいがお似合いさ」
悠生の呟きに、するががそう言った。
「お前って基本的にいい奴だけど、時々やっぱ祖神種なんだなって思わせるような発言するよな……」
悠生がそう言ってするがを見ると、するがは鼻で笑う。
「そりゃね。祖神種って自負はあるし、力を持たない下等生物を見下すことは悪いことじゃないって思っているし。ま、姉さんには敵わないけど」
そう言ってするがは、未だに安久斗と言い合いを続けているあおいを見つめる。
あおいがするがからの視線に気づくことはなく、そのまま安久斗との煽り合いを続けるのだった。
「お前らって、ほんとに姉弟なのか?」
するがやしみずの大人しさに比べて、あおいは相当落ち着きがない、というか短気である。その似ても似つかぬ性格が、悠生には不可解でたまらないのだった。
「ああ、そうだよ。世界で唯一の、ひとつの細胞から産まれた3体の祖神種ってのは紛れもなく俺たちのことだからね」
「いわば三つ子ってことか」
そう、靜の三大神は、培養されている過程で細胞分裂し、ひとつの細胞から産まれた3体の生物兵器だったのだ。
「でも、性格はそれぞれバラバラだよな。あおいは全体主義、しみずは利己主義、そしてお前は自由主義。全然違うじゃねーか」
「ま、そうだね。特に姉さんと俺じゃ正反対だよ。姉さんは連邦のためなら複数国家の個性を押し殺して全体でまとまるべきって考えだし、対する俺は各国家の個性を活かして、自由でみんなが過ごしやすい連邦にすべきって考えだし。決定的な違いがそこに存在してるんだよね。それにしみずは、自分さえ良ければそれでいいって考えだしね。おかげで連邦の統率が上手くいっていないことは自覚しているよ。申し訳ない限りだね……」
そう、実は靜連邦の統治は上手くいっていないのである。連邦全体でまとまりがなく、同じ連邦なのに西部と東部では交流すらない。各国は自国を優先すればいいのか連邦を優先すればいいのか分からなくて神治が停滞してしまっている。その原因は、統率国の靜の中ですらイデオロギーがまとまっておらず、三大神がそれぞれ好きなように動いていることに問題がある。
実質上、靜国内のことはするがが取り持ち、あおいは連邦加盟国を管理し、しみずは……ほぼなにもしないという状態である。しかし、あおいの連邦加盟国の管理は『何があっても連邦のために協力してね』という、各国の意見や個性を踏みにじるような状況であり、するがはそれに納得がいかず各国に対して『何があっても』の部分を毎度訂正している。
それで終わればまだ良いのだが、もう一つの統率国である濱竹は『国家主義』であり、『自由や個人の権利よりも国を優先して一国一国が個々に発展していこう』という、連邦制など無視したようなイデオロギーを掲げているために更なる混乱を招いている。ただし濱竹は、自国発展のために他の連邦加盟国と協力を取ることを積極的に薦める方針も打ち出している。それにより、仲の良い国同士でしか連まない閉鎖的な政策がひとつの連邦の中で行われてしまっているのだ。これが連邦を『西部』『中部』『東部』『猪頭』の4つに分断している大きな原因である。
つまるところ、統率国の4人の神の全員が全く違うイデオロギーを持っているがために、連邦加盟国は散々に振り回されている状態なのである。
「このままじゃまずいから、統率国内で方針を揃えるために何度も話し合ってきたんだけど、安久斗と姉さんがなかなか頑固でね……」
そう言って、するががため息を吐いた。
「でも正直言うと、安久斗の政策があるからこそこの連邦が瓦解せずに残っているように思えるがな」
悠生が言うと、「どうして?」とするがが尋ねる。
「仲の良い国が困っていたら助けるだろ? そのためには靜か濱竹に縋るだろ? それで連邦全体で動くだろ? まさしく今回みたいに。これがするがやあおいの政策だけだったら、国同士の仲があまり良くない、もっとまとまりのない連邦になってると思うんだが……」
悠生がするがの質問に答えると、するがは目を閉じて少しだけ考えるような仕草をした後で、
「まぁ、たしかにそうだね。でも、安久斗の政策の問題点は、その仲の良いまとまりを越えた交流がほぼない点だよね。今回の神議会でも、みんな枠組みを越えた協力をする気はない感じだったじゃん。本来、あれじゃダメなんだよね」
と発言した。その答えに対して悠生が言う。
「まぁそうだな。一国のために全加盟国が動ける状況を作るのが理想だよな。俺は統率国でもないし、こんな意見するのはよくないのかもだがよ、そのためにはどうすりゃ良いか話し合ってみたらどうなんだ? 例えば、それぞれのイデオロギーのいいとこ取りをしてみるとか。……それができたら苦労してないだろうけどな」
「ごもっともだよ。俺もそう思っているんだけどね……」
悠生の意見にするがは苦笑しながらあおいと安久斗を見つめる。そして困ったような笑みを浮かべて、
「あの二人が、ね」
と言った。
「お前、ほんとに大変そうだよな……」
悠生がするがにそう言うと、するがはため息を吐きながら言った。
「でもね、地味にこの討論が楽しいって思ってる自分がいることも事実なんだよね」
それを聞いた悠生は、するがに返す言葉が見当たらないのだった。だから短くため息を吐くと、
「んじゃ、行くわ」
とするがに言って、少し離れたところに集まる西部諸国の神々のところへ向かって歩き出した。
その内心で彼は思っていた。しばらくはこの状態が改善することは無さそうだということを。そして、結局はするがも歴とした祖神種であることを。
「ったく、加盟国は振り回されて困ってるってのに、結局上は変える気なしかよ」
するがから少し離れたところで、吐き捨てるように、誰にも聞こえないように悠生はそう呟くのだった。
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ーーー
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「少しいいかしら?」
本殿で安久斗とあおいの言い合いをバカらしく思いながら眺めていた靜しみずの元に、兎山明がやってきた。
しみずは、兎山明の名前と顔は知っていても話したことは一度もなかった。
そのため、いきなり話しかけられて少々困惑する。決して顔に出すことはないが。
「別に問題ないけど。ボクになんの用?」
しみずがそう返すと、明は用件を告げた。
「少し前に、宇治枝恭之助から頼まれたことがあるの」
そして明は、現場から兎山伝書が無くなっていたことから犯人は御霊でできた本と普通の本を区別できるんじゃないかという仮説の話をし、それについて確かめるように頼まれたことを言った。
「……それで、私はいつその検証をすればいいのかしら?」
そんな質問で締められた明の言葉に、しみずはひとつため息を吐く。
「はぁ。なんで恭之助はそんな大事な検証の内容を伝えて行かないかなぁ……」
そう呟いたしみずは立ち上がって、煽り合いをしているあおいと安久斗の間に割って入る。
「ねえ、恭之助からの頼み事でやんなきゃいけないことがひとつ増えたんだけど」
しみずにそう言われたあおいと安久斗は、一瞬にして煽り合いをやめる。
「なんだそれ?」
「初耳よ」
2人はそう言って驚き、具体的になにをするのかしみずに尋ねる。しかし、しみずは自分の口から説明するのがめんどくさく、詳しいことは明に訊くようにと全てを彼女に丸投げした。
丸投げされた明は再びやるべきことの説明をした。
それに対するあおいと安久斗の判断は、
「それなら今からやるか」
だった。
特に迷うことなく、軽く、即座に判断が下される。明に今すぐ準備をするよう指示し、圧力系能力者を再び集め、明の待機する部屋へ今現在被疑者として上がっている8人で移動を開始するのだった。
そんなこんなで、兎山明による『絞り込み第2弾』が幕を開けるのだった。
この検証のやり方を解説する。
まず、明が8冊の本を用意する。内訳は、御霊術で作られたのが4冊と、ごく普通の本が4冊である。
次に、被疑者一人一人に個別で明が一冊ずつ本を見せ、口頭による分別をさせる。それにより、見分けられているか見分けられていないかが分かる、という考えなのだが。
「そんなの、嘘ついちゃえば終わりじゃない?」
そのあざみの言葉により、大した意味の持たない検証と成り果てたのだった。
それでも一応は検証を行い、結果としては以下の通りになった。
・全冊正解:靜するが
・一冊間違い:小林かささぎ
・二冊間違い:古田崎悠生
・三冊間違い:静岡呱々邏
・四冊間違い:靜あおい、靜しみず
・五冊間違い:なし
・六冊間違い:須走あざみ
・七冊間違い:御前崎相良
・全冊間違い:なし
しみずとあおいはそもそもとして真面目にやる気がなく、しみずは全てに「みたま〜」と答え、あおいは全部に「本」と言い続けたために半数は正解し、半数は間違えている。するがが全部正解していることから、おそらく見分けることは可能と推測される。
問題はその他の者で、分かっていて嘘をついているのか、それとも当てずっぽうでやっているのかは見分けることはできなかった。
「まぁ単純に考えれば、靜が最も怪しいよな」
安久斗がそう言うが、既に心理戦になりつつあるこの犯人探しにおいて、そんな単純なことが事実となり得るわけもなく、靜以外にも見抜けていた奴がいたはずである。むしろ、犯人と特定される検証で、堂々と全問正解をしていくするがが犯人とはとても思い難く、また、そんな重要な検証を真面目にやらなかったあおいとしみずも犯人ではないのだろうというのが全員の見解であった。しかし、彼らが御霊製の本を見分けることができると証明されたのもまた事実であり、今明らかになっている情報で犯人に最も近い存在となったのであった。
御霊術を用いた検証は終わった。
結果として絞り込みはできず、さらなる心理戦へと持ち込んでしまった。
「話を聞いた時は上手くいきそうだと思ったんだけどなぁ」
しみずが明に言うと、明も少し落胆した様子で頷いた。
「ま、これで完全に絞り込む必要はないからね。実験に移ろうか」
するががそう言って、被疑者8名を庭に集めた。
そして、庭に集められたのは被疑者である圧力系能力者だけではない。濱竹から連れてこられた人類24人も、一緒の空間に集められていた。
「さて、今からこの実験の説明をしよう」
するががそう言って、実験の説明を始めた。
「今回の実験は至って簡単。各自『気圧泡内波』を用いて人類を2人殺すだけ。ただ、一度目は臣の死体を真似て、二度目は可能な限り綺麗に殺すこと。それで各々の実力を測る。臣殺しという大罪を隠蔽しようとしない、あの杜撰な死体を残すという選択肢は普通に考えてありえない。それが何を意味しているか。その答えはひとつだけだ。『犯人は隠蔽できるほどの実力を持っていなかった』、それだけだ。つまり、可能な限り上手くやった死体が臣の死体と類似していた者が犯人というわけだ。この理論に異論があるやつはいるか?」
するがが訊くと、小林かささぎが即座に口を開いた。
「お待ちください! 隠蔽しなかったのは実力がないのではなく、誰かに罪をなすりつけようとした可能性もあるのではないでしょうか? わざと杜撰な死体を残すことで、下手な者に罪をなすりつけようとしている可能性も……」
「なになに、もしかしてただの下級上神種の分際で格上をディスろうっていうのかな?」
かささぎの異議に答えたのはしみずだった。
しみずはニタニタ笑いながら、面白がるように言う。かささぎはそんなつもりはなかったようで、両手をブンブンと振りながら申し訳なさそうに否定する。
「いえ、決してそんなことは……」
「分かってるって。言いたいことは理解したよ。ボクは姉ちゃんとは違うんだ。つまり君は、下手なやつが犯人だと決めつけるのは早計じゃないか、と言いたいんだね?」
しみずは片目を閉じてかささぎを横目で見て微笑みかけた。
「ええ、そうです」
かささぎは胸を撫で下ろしながらそう言う。
「まぁやってみれば分かるんじゃない? あくまでひとつの指標にすぎないわけだし」
しみずはそう言って、1人の人類に近づいて腕を掴む。
そしてそのまま強引に引っ張り、集まっている全員の中央に来ると、
「手本ね」
と言って、一瞬にして『気圧泡内波』を発動する。そして内部の気圧を高めて窒息死させてから、一気に真空にして破裂させる。最後に雑に泡を割ると、周囲に血肉や臓物が広範囲に散らばる。
その死体は、まんま大貴の死体の複製のようになった。
その一瞬の出来事に人類は恐怖する。
しかし、神類はしみずの手際の良さと再現度の高さに感嘆の声を漏らした。
「ま、みんなもこんな感じでやってみて。1人ずつ、みんなの前でやってみよう」
しみずがそう言って、順番を決める。
決められた順番は、するが、あおい、悠生、呱々邏、相良、あざみ、かささぎの順であった。
みんなみんな、大貴の死体を真似て雑に殺す。
誰もがそっくりな死体を量産していき、神社の庭は血肉で塗れて生臭い空気が漂っていた。
まだ殺されていない人類は嘔吐したり気絶したりしていて、完全に心を喪失していた。
「すごいわね、これ……」
「さすが神類だな……」
香貫宮の2人は目の前で繰り広げられる無慈悲な実験に呆然としながら呟く。
「すごい!」
「あたしたちもできるようになるかな?」
一方、まだ幼い神類の須走姉妹からしたら、強い能力は憧れの対象である。まだ人類を殺したことのない彼女らからしたら、自身の能力がどの程度のものなのか理解をしていないのだ。だからこそ、目の前で人類を殺す彼らを見て強い憧れを抱くのである。
「うん。この様子からすると、全員が犯人と同じレベルの実力を持っているみたいだね」
しみずがそう言って頷き、
「じゃあ次は出来るだけ綺麗に殺してみよっか」
と言う。そしてまたもや手本を見せるべく人類に手を伸ばす。しかし、手を伸ばされた人類はしみずに捕まれることを拒否するかのように彼の手を叩いた。
「……」
しみずが叩かれた自分の手を見て黙り込む。
周囲に重い空気が漂った。
「ねぇ、」
しみずが手を見たまま低い声で呟く。
その声には明らかな怒りがこもっていて、その威圧感は関係のない神類たちの背筋までをも凍らせた。
「今、ボクの手、叩いた?」
しみずは目だけで叩いた人類を見やる。その目は鋭くその人類を射抜いていて、睨まれた人類は何も言えないまま動けなくなる。
怯えきってなにも言わない人類に対して、しみずは怒る。
「許せねぇなぁ雑魚がよぉ! 祖神種であるボクの手を叩く? ふざけんじゃねぇ! 『気圧泡内波』なんて生ぬるい技じゃ殺せねぇなぁ! じっくり痛めつけて、八つ裂きにして、最後に綺麗な血肉の花火になってもらわねぇとなぁ!」
そう言うと同時に素手で彼の手を叩いた人類を高速で殴りつける。肉眼では見えないほどの速さで甚振って、人類をこれでもかというほどに血塗れにした。そして最後に手刀で胴体を貫くと、そのまま真上に放り投げた。
「弾けちまえっ! ゴミがぁぁ!」
そう言ってしみずは頭上に向かって血塗れの右手を翳すと、宙を舞う人類に向けて掌から7本の黒い線を伸ばした。その7本の線をそれなりに太くして柱状にし、気圧変動を行って内圧を真空にして狂ったように叫ぶ。
「『七天真空放電砲』っ!」
そうしてしみずは、風属性の最上位の技のアレンジ版を生身の人類に向かって打ち嚙ます。
首と四肢の付け根、そして胸板と腹部に直撃を喰らった人類は、四肢と首、胸、腹、下腹の8つの部位に分解される。そしてしみずの真上に残骸が紅い血を撒き散らしながら落ちてくる。
「もう一回飛びやがれ! そして美しく散ってみせろよ!」
しみずはそう叫ぶと、狂気的に笑いながらその全ての部位を大きな泡に閉じ込めて殴り飛ばし、空中へと再び打ち上げた。
そして、その泡が頂点に達した瞬間、
「『膨張雷幻華』!」
と叫んだ。
すると、その泡が一瞬で圧縮されると、その数秒後に再び大きく膨らむ。しかしその大きさは、縮まる前の5倍ほどの大きさであり、中は真っ赤な血肉で満たされていた。その泡を雷撃で破裂させ、内部の血肉が噴出して真っ赤な花が空に咲くのだった。
「ねぇ見てよ! 綺麗でしょ? 最高に綺麗でしょ? これこそ殺しの美だよ! ボクが思う、究極の美だよ!」
しみずの狂気に満ちた声の直後に、磐田神社の境内にバラバラと紅の雨が降る。
「落ち着け、しみず。美しいのは分かったから、その技は逆元旦の湾花火まで取っておきなよ」
するががしみずの肩に手を置いて落ち着かせる。
「君は姉さんとは違うんじゃなかったの? 今のしみずは姉さんそっくりだよ。やっぱり血は争えないのかなぁ」
するがが片目を閉じながらしみずに言うと、しみずはするがを睨みつけた。
「ボクは姉ちゃんとは違うっ!」
「だったらその怒りに任せて弱いものいじめをする姿勢を改めたらどうだ?」
しみずの言葉にするががそう言い返すと、しみずはムスッとしながら俯く。
「分かったよ、ボクが悪かった」
そう言ってしみずは、本殿へと上がるための石段の方へ歩いて行ってそこに腰を下ろした。
「ボク、しばらくここにいるよ。今そっちに行くと無駄な殺生をしちゃいそうだから」
そう言って膝を抱えてムスッと口をとんがらせた。
「うん、ありがとう」
するがはしみずにそう言うと同時に人類を1人引っ張り出して、
「じゃ、色々あったけどお手本」
と言って、『気圧泡内波』を仕掛けた。
気圧を徐々に高めていって、人類を窒息死させる。そして瞬時に真空にして身体を破裂させ、その泡を圧縮していって手持ちサイズにすると、地面に置いて泡を弾く。すると、泡の中から圧縮されて塩辛のようになった人類の残骸が出てきた。
そこまでの時間は僅か5秒ほど。作業には一切の無駄がなく、上品であった。これが本来の『気圧泡内波』の殺し方である。瞬時に周りに恐怖すら与えない、殺したとも思われない技がこれなのである。
「すごい……」
「上品ですね」
「やっぱ靜は格が違うな……」
神類は口々にそう言ってするがを見る。
「よせよ。別に俺ら以外にもこの程度できるやついるでしょ? みんなやってみようよ」
するがは少し恥ずかしがりながらそう言った。順番は先程と同じで、するがの次はあおいが行った。
あおいもするがと同じレベルで『気圧泡内波』を使うことができる。そのため、するがの時と同じように周りから感嘆の声が聞こえた。
あおいは、その声をまんざらでもないような態度で無視をする。
次に実験を行うのは古田崎悠生だ。彼は始神種であり、能力も強い。
「『気圧泡内波』」
抑揚のない声でそう言って、人類を泡で捉えると、手際良く殺していく。そして靜と同等の性能で塩辛のような死体を作り出した。
「やっぱり永神種ね」
「お前らほどじゃないさ」
あおいの発言を悠生は手をひらひらと振って否定する。そして次の呱々邏にバトンタッチをする。
呱々邏は靜国の臣。能力の強さは上神種の中では最上位クラスであり、その実力は統率国の臣の名に恥じないものである。
人類を捕まえると瞬時に『気圧泡内波』を発動し、手際良く人類を殺していく。その手際の良さは永神種と比べても見劣りしないが、それでもやはり実力差は拭えない。泡の中で死体は完全に圧縮されず、かなり杜撰な状態となっている。そして最後に泡を割る瞬間に、わずかに血が飛び散った。
だがそれは、決して彼が下手なわけではない。永神種が異常なだけで、これでも上神種にしてはほぼ完璧な出来栄えなのだ。
「ま、呱々邏の実力でも隠蔽することはできそうね。これだけ綺麗に殺せれば、あんな堂々と死体を放置するような愚策を取る必要はなさそうに思うわ」
「だが呱々邏、もし隠蔽するならお前はできそうなのか? 臣に成り立ての頃は死体の隠蔽工作は上手くできなかったように思うが……」
あおいの言葉に続けてするがが呱々邏に質問をする。
するがの質問に、呱々邏は自信満々に答えた。
「できるようになりました。自分で言うのもアレですが、今では父さんに負けず劣らずの実力になっていると自分でも感じています」
その言葉を聞いてするがは笑う。
「お前の親父は抜いてもらわなきゃ困る。もうこの世にいないから言うけどな、奴は正直、かなり弱かったんだぞ?」
「そうなんですか!?」
自身の父親にまつわる意外な事実を知って、呱々邏はとても驚く。
「そうね。先代の臣はかなり天然だったわね」
「あぁ。あいつは面白かった。20年くらい前の年始式は今も覚えているぞ。開会の祝辞をド忘れしたり、自分の足に躓いたり。あんな笑った年始式は初めてだったからな」
あおいと悠生も、呱々邏の父がダメ臣であったことについて語る。
「全く知らなかったです……」
呱々邏は呆然としながらそう呟いた。そして天を仰いで小さな声でポツリと言った。
「憧れてたのになぁ」
その彼の切なく儚げな表情を見て、これ以降は誰も彼の父親の話をするのをやめたのだった。
呱々邏の次に実験をするのは、須走あざみである。彼女は連邦東部地区の伊月場国の巫女だ。
三十を越えた二児の母で、活動的で容姿端麗、強さと人情も兼ね備え、沼国の神である蛇松から、『巫女の模範たる逸材』と称されている。
そんな彼女だから、実験台となる人類に対してこう告げた。
「君たちも今まで必死に生きてきたんでしょうけど、ごめんなさいね。今は人類の文明じゃないの。神類からしたら、人類は実験台にすぎないわ。だから、個性や感情なんかを一切尊重することはないわ。でも、忘れないでちょうだい。君たちには納得できないかもしれないけど、君たちは私たちの役に立てているの。だから、生きていた意味がなかったなんて思わないで。君たちは、とっても優秀なのよ」
その言葉に、人類の恐怖一色だった顔が少し変化した。恐怖が根底にあるのは確かだが、そこに認められたという子供騙し程度の安堵と憤り、受け入れてもらえたという嬉しさが混じったような複雑な表情になった。
そんな人類を見て、あざみは微笑んだ。そして、まだ小さな人類の男の子を抱き上げると、二、三度頭を撫で回した後で、
「『気圧泡内波』っ!」
と言って、その少年を殺してしまった。
その実力はもちろん永神種には遠く及ばない。また、呱々邏にも若干届かない。最後の瞬間に泡が弾けて、周囲にほんの少し血が飛び散った。しかし、ほんの少しである。
「うん、なるほど」
するががそう言って、あおいと目を合わせる。
「綺麗な方だと思うわよ? ちょっと血が飛び散ったけど、しっかり肉片を圧縮することはできてるわ。中途半端と言わざるをえないけど、これはこれで美しい死体じゃないかしら?」
あおいがそう言ってあざみを褒める。
「そうだね。特に飛び散った多くもなく少なくもない血が、偶然性を孕んだ水玉模様を生み出しているところがいい」
するがはそう言って、地面に付着した血を見て微笑む。そして、
「もし君が殺していたら、こんなにも芸術的な死体が生み出されていたのか。それはそれで見てみたい気がするよ」
と付け足す。
「やめなさい。そんな想像するモノじゃないわよ?」
あおいがするがにそう突っ込みを入れるが、
「でも、」
と口角を上げた。そしてニヤつきながらするがに言った。
「私もそう思うわよ?」
その言葉に、するがは声を上げて笑うのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
……なんだよ、あれ。
冗談じゃない。みんな普通に、上手く殺してやがる……
このまま……このまま俺のターンが来ると、確実に俺が犯人となる……
……なってしまうんだ。
上手くやらなきゃ。上手く、殺らなきゃ。
犯人と思われないように、上品に、清潔に。完璧に『気圧泡内波』を放たないと。
……でも、できるのか?
俺に、そんなことできるのか?
……あ、だめだ。足が、震える……
手足に力が入らない。
なんだ、なんでだよ。
おかしい。これは、明らかにおかしい。
俺は、緊張しているのか? 怯えているのか?
……怖いのか?
いや、自信を持て。俺は殺していない。殺していないんだ。そうだ、それにするが様も犯人が既に分かっていると言っていたじゃないか。だからここで俺がみんなより下手に殺したって、きっと問題ないはずだ。
だって俺は犯人じゃないんだから。
犯人じゃないのに、なんで怯えているんだ。
そう考えると、なんかいける気がしてきた。
よし、やってやろう。
怖がっている暇なんてないんだ。
ここまで来たからには、やるしかないんだ。
覚悟を決めろ、小林かささぎ。
誰でもいいから人類の手を掴んで、そいつを殺すんだ。
「『気圧泡内波』っ!」
そう、そうだよ。
こうやって気圧を高めて、一気に真空に……!
そして泡を……
泡を……
あわ、泡を……上品に。
じょう、ひんに。
……え。
分かんない。
どうやったら、上品に割れるんだ……?
「どうしたの?」
いや、分かんないんです……
「なんで割らないの?」
だって、上品になんて……
「あとは割るだけだぞ?」
だから……!
「まさか、綺麗に割れないの?」
………………。
……いいや、できる!
割ってやろうじゃないか!
俺は、犯人じゃないんだからな!
割ってやるよ、上品になぁ!
「……………ふぅ……………すぅ」
心を落ち着かせろ。深呼吸をしろ。そして集中させろ。神経を一点に集中させて、上品に割る、靜様のようなのをイメージしろ。
「……………っ!」
さぁ、割れろ……!
上品で、美しく……!
華々しく、割れろっ!
気圧泡内波!




