第26話『アヤメ』
「犯人は誰?」
するがが微笑みを浮かべながら全員に質問をした。
「ひとついいか?」
するがの質問に答えずに口を開いたのは、上香貫宮仰天峰であった。
「あらあら、誰かと思えば醜い下等生物じゃない。どうしたの?」
煽るようにあおいが言う。
「あ? まぁ神類様には敵わねーから下等生物なのは認めよう。んで、するが。その質問の仕方で答える奴がいると思ってんのか?」
あっさりと人類が下等生物であることを認めて仰天峰は話を続ける。
あおいは面白くなくなった。
「ま、いないだろうね」
質問をされたするがはそう言って笑う。そしてそのまま、
「名乗り出てくれればいいなって思って訊いてみただけだよ」
と付け足した。
「それじゃ、どうやって見つけるつもりなの?」
今度は下香貫宮八重が質問する。
「んー、まぁ方法はあるよ」
するがはそう言って、安久斗に合図を出す。
合図を受けて、安久斗が磐田神社から飛び立った。
「何をする気?」
萌加がそうするがに尋ねると、
「実際に試してみるのさ」
とするがは答えた。
「安久斗には、そのための準備をお願いしておいた」
萌加は一瞬考えたが、連邦神議会でするがが安久斗に耳打ちしていたのを思い出して頷いた。
「それで犯人が見つかるなら、わたしは何も言わないよ」
萌加はそう言って微笑んだ。
萌加の言葉の直後にしみずが全体に向けて言う。
「さて、今ボクのところにひとつの情報が届いた。今日の深夜2時半以降に他連邦との国境を跨いだ移動は確認されていないようだよ。また、ここ数ヶ月のうちに他連邦から入ってきた者の身元を人類含めて全員調べたけど、圧力系能力を保持している者は確認されていないね。てことで、完全に被疑者がボクら12人に絞られたってわけ。自白するなら今のうちだよ?」
その警告にも、やはり誰も答えない。
「うーん、困ったね。確実にこの中に犯人がいるはずなんだけど……」
するががそう言って全員を見渡す。それぞれみんな「誰が臣殺しなどという馬鹿げたことをするんだ」というような顔をしている。
「ポーカーフェイスにしては上手すぎるわね」
あおいがため息混じりに言う。
「殺したやつは臣殺しがどれだけ重罪か知らないんじゃないか?」
そう口を開いたのは、古田崎国の神、古田崎悠生だった。
「そうでないとやらない気がしますね……」
その臣、御前崎相良がそう言うと、
「じゃあ神類は除外されるわよ?」
と伊月場の巫女、須走あざみが尋ねる。
すると、全員の視線が人類である香貫宮の2人に集まる。
「いや、さすがに俺たちだって一国の臣を殺すってのが重罪だって知ってるぜ? というか、国のトップに近いやつを殺すんだ。誰でも容易に想像つくと思うけどな」
「そうよ。人類だからって馬鹿にしないでほしいわね」
上香貫宮仰天峰に続いて下香貫宮八重が言う。
「そうね。私も香貫宮の犯行じゃないと思うわ」
意外にも、彼らの犯行を否定したのはあおいであった。
「だって、あなたたちの下等な力じゃあんな高威力な殺し方できないんじゃないの?」
しかし、その理由はあおいらしく、人類を見下したものであった。
「あんたねぇ、祖神種だからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」
「落ち着け、八重」
その態度に対して八重は激昂する。しかし、仰天峰は冷静に八重を止める。
「なによ! あんたは馬鹿にされて怒れないわけ? 悔しくないわけ?」
八重は自分の腕を掴む仰天峰に対して声を荒げる。
「そりゃ怒れるし悔しいに決まってる。だがここで靜と事を構えれば、今後厄介なことになるのは間違いない。それに、今は犯人探しの最中だ。俺らは関わったこともない国のやってもない事件で被疑者扱いをされてるんだぜ? 俺らが犯人から外されるなら、理由はどうであれ俺は構わねぇよ。……思うことはあるがな」
それでも仰天峰は落ち着いて八重に言う。上香貫宮家と下香貫宮家は仲が悪いものの、八重と仰天峰の個人間に於いては(公の場ではお互いに忌み嫌っているが)それほど仲が悪いわけではない。むしろ、仰天峰からしたら八重は世話が焼ける歳の離れた妹のような存在であり、八重からしても仰天峰は兄のような存在なのである。
それでも未だに統合されない理由は、家ぐるみの喧嘩であることが原因である。
余談だが、当主が仲が悪くないのに統合されない原因は、両家の『御隠居様』が大いに影響を及ぼしている。香貫宮家では、子供が成人(子供が精神的に自立したと判断される年齢。香貫宮家においては12歳と定められている。)したら家督を継ぐように規定されているため、先代や先々代が未だに存命であるのだ。彼らは当主ではないが、運営にかなり口出しをするため、実質上権力を手にしているのである。
「姉さん、実力が無いって決めつけるのは良くないよ。香貫宮家は特殊だ。人類なのに神治に介入しているくらいなんだからね。それに、許可しているのはあの蛇松だ。あいつの人を見る目はかなり高い。彼らは上神種並みの能力と見積もっていいと思うけど」
煽り散らかしたあおいに対してするがが注意する。
「すまないね、姉さんが迷惑かけて」
香貫宮の2人にするがが謝ると、仰天峰は気にする様子もなく頷いた。八重はため息を吐いてかなり怒っている様子を隠そうとはしなかったが、最終的に許すようで、それ以上のことをすることはなかった。
しかし、これに満足しなかったのはあおいだった。
「するが! なんで祖神であるあなたが下等生物なんかに謝っているの? あなたには祖神種という自覚と誇りが足りていないんじゃないかしら?」
あおいはとてもプライドが高い。永神種に対してはあまり高圧的に接することはない(むしろ優しく接することの方が多い)が、自身よりも明らかに格下である上神種、下神種を毛嫌いしているのも事実である。それ以下の人類など、野蛮な下等生物という認識でしかない。そんな彼らに弟が頭を下げた、更にそれが自分の行いを否定するものとなると、どうしても許せないのだった。
「なんで円滑に収まりそうな状況に油を注ぐかなぁ」
しみずがめんどくさそうにそう呟くが、どうやらそれがあおいに聞こえていたようで睨まれる。
だが、しみずはそれを気にせずなり行きを見守った。
「なんですって……!」
もちろん、あおいの言葉に八重は即座に反論していた。するがの言葉に怒りの矛を鞘に納めたというのに、再び……いや、それ以上に激昂していた。
仰天峰は暴れようとする八重を取り押さえたが、暴れる八重の右手が顔面に直撃して手を離してしまった。八重はそのままあおいに向かってズカズカと歩く。
「あら、私と殺り合いたいの? 下等生物が」
「もう一回言ってみろ、息の根とめるぞ?」
あおいと八重は睨み合って、完全にブレーキが効かない状態になった。
「やるなら遠くでやってよ。ボクたちを巻き込まないで」
もう止めることを諦めたしみずが、2人を追い払うかのように手をヒラヒラさせて面倒くさそうに言う。しかし、時すでに遅し。彼女たちは同時に攻撃を仕掛けて磐田神社の境内で戦いを始めてしまった。
「危ないから本殿にっ!」
するがが血相を変えて全員に呼びかけ、全員は急いで本殿に駆け上がる。そしてしみずが一瞬にして戦場を隔離するように高気圧結界を完成させる。
結界が完成するとほぼ同時に、あおいが繰り出した『真空化』により、戦場は真空になる。しみずが結界を張っていなければ、今頃は大惨事になっていただろう。
『真空化』は風属性の上級技である。文字通り、広範囲を真空にする技であり、生物にとっては即死技である。
しかし、八重は真空の中、破裂することもなく生きている。もちろん、空気がないため声は届いていないが、それでも「ごめんねー、効かないんだ〜」とあおいに対して嗤っているのが見て分かる。
対するあおいは大層驚いたようで、困惑を隠せない模様。しかし、効果がないことが分かると真空状態を解除して次の攻撃に移る。
「どうやったかは分からないけど、面白いわ!」
そう言いながら、今度はあおいの右手先から八重の胸までを細く真っ直ぐ、部分的に真空な状態にした。
「まさか……」
結界の外で傍観をするするがとしみずは、高圧結界に阻まれて中の声は聞こえないものの、あおいの行動を見て嫌な予感がした。
だが、結界を解除することが許される状況でなく、あおいの行動を止めることは叶わない。
「何する気? 私に真空は通用しないよ?」
八重はそう言いながら、祈るように手を組んで詠唱する。
「昔より信仰させたまへし三穂津彦命、いかでか、我に力を貸したまへ」
そして、2人は同時に叫び技を繰り出す。
「『真空放電砲』!」
「タタリ!」
2人が叫ぶと、あおいの右手は青く光り、八重は黒い靄で体が包まれる。
「人に対して『真空放電砲』はやりすぎだっ!」
するがが慌てて叫ぶも、もちろんあおいには届かない。
「それってそんなヤバいの?」
するがが大慌てしている横で、萌加がしみずに尋ねる。
「うん。風属性の中の『気圧』と『雷』の複合技で、筒状の真空空間に一気に大量の高圧電流を流すことで高速かつ高火力で敵を感電させて死に至らしめる技だよ。ボクらが生み出した独自の技で、殺傷能力はかなり高いんだ。神類でも耐えられないのに、人類に耐えられるはずがないよ……」
「複合技の中でも並大抵でない難易度で、三大神様にしか使えない技です。私たち臣家でもあれを模倣するのは不可能ですので、ほんとに三大神様のみが使える技です」
しみずの後に、靜国の臣、静岡呱々邏が補足をする。
臣の家系は、その国の神と同じ能力を持つため、神が祖神種であれば多くの『要素』と『要素源』を操ることができるが、それでもやはり上神種と永神種では実力に差がありすぎる。そのため、複雑に『要素』や『要素源』が絡み合った複合技の模倣は難しいのである。それでも、ほとんどの複合技は模倣をすることが可能である。模倣できない技は、最高難易度の複合技と言えるものだけに絞られるのだ。
あおいは、そんな超上級技を容赦なく八重に放ち、黒い靄に包まれる彼女に直撃したのを見て満足気に笑っている。
数秒後に八重を包む靄が晴れると、そこには焦げたような跡が残っているだけで八重の姿はなかった。
「ま、そうよね。あの威力じゃ灰すら残らないでしょうね」
あおいはそう言って、本殿で傍観する者たちに終わったことを目で訴える。
手加減する様子もなく、生かすつもりもなく、躊躇う様子すら見せずに命を奪う。
そのサイコパスっぷりに誰もが言葉を失った。
しかし、意外なことに仰天峰は親戚でありそこそこ親しい八重が殺されたことに対して怒ることもなく、あぐらをかいてそこに座っていた。
「歯向かう者には容赦しないって、確かにそう決めたけどさ……」
するがが表情を引き締めてそう呟く。
「あそこまでして何も思わないのは、相手が人類だからなんだろうね」
しみずが結界を解除しながら、ため息混じりにそう言った。
「しみずは何も思わないの?」
「思うよ! あんな一方的な戦い、見ててイライラする」
萌加の質問にしみずは少し怒ったように言う。
「今回ばかりは、姉さんの尻拭いはできない」
するがはそう言って立ち上がる。
「そうだね。ボクも殺すとは思っていなかったよ」
しみずもそう言ってするがに続く。そして2人があおいの元へ行こうとした時、そこに待ったをかけた人物がいた。
上香貫宮仰天峰である。
「戦いはまだ終わってないぞ」
そう言って、仰天峰はひたすらに庭を見つめている。
「いやでも……」
「八重は死んでなんかいない」
するがが仰天峰に申し訳なさそうに何かを言いかけるが、仰天峰は現実を見ていないのか、静かにそう言うだけだった。
誰もが、仰天峰が八重が死んだという現実を認められずに逃避しているのだと思い、憐れみの目を向ける。が、その直後に誰もが目を見開くことになる。
あおいの背後の地面から真っ黒い靄がゆっくりと吹き出し、その影から色白く細い足が現れ、あおいの不意を突くかのように彼女の脇腹に強烈な回し蹴りがヒット……しなかった。
あおいが後ろから現れた存在に気がつき、間一髪で躱す。
「ちっ。今のを避けるなんて」
「生きていたの?」
影から出てきたのは下香貫宮八重だった。しかし八重はそれに答えることなく、あおいへの攻撃を続けた。
あおいは攻撃を躱しながら反撃を試みるも、その度に八重の背後から出る靄に妨害されて失敗に終わる。
「人類のくせに鬱陶しいわね!」
「煽ってた割に言うほど強くないんだね」
見ている限りでは互角の勝負であるが、戦っている2人の感覚では明らかに八重が優勢であった。
「あなたのその靄、なんなのよっ!」
「理解できないなんて、ちょっとバカなんじゃないの?」
あおいには完全に余裕がなくなっていた。しかし、八重は現在余裕をかましてあおいを煽り倒している。
「いい加減に……」
あおいは自分が煽られていることにイライラして、でも思うように反撃ができないことにもイライラして、完全に余裕がない。だからこそ、この状況を打開すべくあおいは瞬間的に発動できる比較的小規模な技を発動させようとした。
しかし、繰り出そうとした時に八重がニヤリと笑いながら言う。
「準備完了っ! これでおしまいね」
そしてそれと同時に、八重の背後から出てきた黒い靄があおいを包み込む。
「なに、なによ、なによこれっ!?」
そう言いながらあおいは困惑する。前も見えずに歩き回って、八重の足に躓いて転ぶ。そして八重が靄に包まれたあおいの上に馬乗りになり、彼女の身動きを完全に封じてから手を組んで詠唱をする。
「昔より信仰させたまへし三穂津姫命、いかでか、かの者にかかりし呪ひを解きたまへ」
直後に、黒い靄は消え去る。
それと同時に、八重は隠し持っていた短刀を鞘から抜いて、あおいの首に押し付ける。
「はい、あんたの負けよ?」
八重の発言にあおいは舌打ちをした。
「私が今、ここで能力使ったらあなた死ぬわよ? それでも私の負けって言えるの?」
そのあおいの言葉を八重は鼻で笑う。
「私にあなたの能力は通用しないよ。だって現に、私はここに生きてるじゃない」
それに怒れたあおいは、八重に対して『気圧泡内波』を発動する。しかし、泡の内部の気圧を高くしていく過程で、八重があおいの能力を相殺していることを感じた。
「あなた……!」
あおいがそう言うと同時に、八重が手で自分を取り囲む気圧の泡を破壊する。
「うん。私ね、頑張ればなんでもできるんだよ。攻撃することも、防御することも、他人の異能を打ち消すこともできるんだ。だから、あなたに勝ち目はないの」
そして年相応な無邪気な笑みを浮かべる。
あおいはここで、初めて自分の偏見が愚かで間違っていたことを知った。
「はぁ。私の負けよ。そんなになんでもできるなら、成す術がないじゃない」
あおいは下等生物に負けるという屈辱を未だに飲み込めていないが、これだけのチート的能力を見せつけられて、目の前の少女が人類には思えなくなっていたために、自分に「あいつは人類じゃない」と言い聞かせて踏ん切りをつけた。
「んじゃ、私の勝ちね!」
そう言って、八重は短刀を鞘にしまうとあおいの上から退いた。
そして、倒れるあおいに向けて手を差し伸べる。
あおいはため息を吐きながらも、その手を掴んで立ち上がる。
ここに、突発的に生じた靜あおいと下香貫宮八重の戦いが、下香貫宮八重の勝利で幕を閉じたのだった。
「で、実際に戦ってみて思ったんだけど」
戦い終了後、全員の前であおいが言う。
「香貫宮の権能は神類よりも万能なようだし、臣を殺すのに十分な力があるわね」
それには一同が頷いた。
八重も仰天峰も、実力があることを否定することはできない。事実、祖神種と戦って勝ってしまったのだから。
「それで、あざみの理論を元に考えると、一番怪しいのは香貫宮になるのよね」
神類一同、その考えに異論がないらしく頷く。
しかし、八重と仰天峰は納得できない。
「ちょっと待って! 殺すのに十分な力があるっていうのと、神類じゃないってだけで私たちを犯人扱いするの?」
「そうだぞ。動機とか殺害方法とか、そういう大事なことを飛ばしているんじゃないか?」
その意見に対し、するがが答えた。
「あくまで、これは『臣殺しの重さについて理解していない奴らがやったのではないか』という仮説を裏付けるための材料であって、なにも君たちが犯人だと断定しているわけじゃない。あくまで全員が被疑者であって、その中でも、その仮説で最も有力な容疑者候補に君たちが抜擢されたってだけだ」
「それでも……!」
八重が反論をしようとしたが、仰天峰が八重の口を押さえて発言する。
「つまりは、その仮説が事実だった場合に容疑者は俺らになるが、それはあくまで仮説であって、事実だと断定されていないってことか?」
「そうだね。付け加えるなら『その仮説が事実である可能性は非常に低い』って言っておこうか」
仰天峰の質問にするががそう返す。
その言葉を聞いて、仰天峰の手の中で暴れていた八重が落ち着いた。
「どうしてだ?」
仰天峰がするがに尋ねると、するがは「簡単な話だよ」と前置きをして答えた。
「だって、君たちには動機がないじゃん」
その言葉に、一同が数秒間黙り込んだ。
そして少しして口々に言った。
「俺だってないぞ?」
「私にも動機はないですが……」
「あたしも……」
「俺もないです」
各々、自分が犯人でないことを主張するべく自身に動機がないことを口にする。
「あーはいはい分かったから。静かにしてよ」
そうしみずが言ったことで、とりあえずは静かになった。誰も納得できない顔をしているが、この状況を作り上げたするがは予想通りだったようで、微笑みながら言った。
「それじゃ、こっから本格的に絞り込みに取り掛かろうか」
するがの絞り込みは、全てにおいて雑だった。
「まず、被害者である磐田大貴と面識があった奴をこっちで勝手に調べた。結果、該当するのは、靜あおい、靜するが、靜しみず、古田崎悠生、御前崎相良、静岡呱々邏、須走あざみ、小林かささぎの8名だった。それ以外の奴は顔すら知らないってことだ」
大貴の顔すら知らないに該当するのは、香貫宮の2人とあざみの子供の杉名と茱萸である。
「よって、被害者と面識のない4人を犯人から除外する」
するがはそう言ったが、萌加が疑問を口にする。
「でも、面識のない者を狙った犯行だったらどうなるの? 除外していいの?」
「ああ、いい」
「なんで?」
「そんな殺人鬼みたいな衝動を持っているなら、一国の臣を手にかける前に誰かしら殺しているはずだからだ」
そう言い切ったするがは、ここ数年に連邦内で起こった殺人事件において、今回と類似した死に方をした事件がなかったことと、この中で誰も被疑者として上がらなかったことを挙げた。
「靜連邦の捜査網はかなり優秀だ。犯人は絶対に絞り込めるし、今までに犯人を逃したことはない。そんな操作網の中、殺人事件に巻き込まれたことがないんだ。殺人鬼だったら、過去に被疑者として名前が上がっていてもおかしくない」
するがの言葉を萌加が疑うことはできなかった。萌加は、靜連邦の犯罪捜査網が異常なまでに優れていることを知っているからだ。
靜連邦においての重要犯罪は、靜が中心となって徹底的に調査される。そこにはプライバシーもなにもなく、洗いざらいするがによって調査されている。そして連邦加盟国の協力を取り付けて一斉に調査が進められ、絶対に逃げられない状況にまで追い詰められるのだった。
だからこそ、するががここで行う絞り込みなど雑で構わないのだ。
決して言うことはないが、彼にはもう、犯人が決まっているのである。
「ま、これで8人にまで絞り込めた。こっからアリバイと動機を聞きたいけど、生憎と俺は人の言うことは信じられないんだ。だからこっちで勝手に調査させてもらっているよ。そのうち結果が来るから待っててね。まあ、来たときには既に犯人が分かってる状態だろうけど」
するがは意味深な発言をして本殿に上がる。
「さて、少しお茶でもしようよ」
他所の神社で、深刻な事態の最中に、堂々とした休憩宣言。
「兄ちゃん、時々ほんとにウザいんだけど……」
しみずはため息混じりにそう言う。
「しみずって、すごく苦労してない?」
萌加がそう話しかけると、
「そうかもしれないけど、ボクは楽しいからいいんだよ」
と、珍しく微笑みながら萌加に返すのだった。
ーーーーー
ーーー
ー
「ちょっと安久斗、あれ、どうするのよ!」
一時的に浜松神社に帰った安久斗を迎えたのは、袋石国の神、袋石夜鳥だった。
「んあ? 決まってんだろ、運ぶんだよ」
「いや初耳だよ!? ってかなに、どこに運ぶのよ?」
普段はかなり大人しい夜鳥だが、現在は困惑してかなり騒いでいる。
「磐田神社しかないだろ。今こんなのを必要にしてるのはあいつらだけだ」
安久斗は夜鳥の質問にぶっきらぼうに返す。
「でも、運ぶって。俺たちだけでできるのか?」
渡海国の神、渡海勇がそう尋ねると、
「知らん」
と安久斗は返した。
「知っとけ、そんくらい」
ボソッと武豊国の神、武豊耐久が言うと、安久斗はため息混じりに言い返す。
「発案者はするがだ。あのバカ、無理難題を普通に要求してくるからな。できるかできないかは、俺にだって未知数なんだよ」
そう言った後で、安久斗はふと気がつく。
「ん、どうした?」
耐久の質問に答えることなく、安久斗は豪華な神社の本殿に足を踏み入れる。
しばらく歩いて、巫女の部屋へと行き着く。
「おな、いるか?」
「はい」
そしておなが安久斗の前に姿を現すと、
「命令する、お前の権能でアレを磐田神社まで運べ。決して殺すな」
と言った。
「……」
しかし、おなはそれに対して複雑な表情を浮かべ、決めたように口を開く。
「失礼ながら、私はその命令には応えられません」
そして、おなは初めて安久斗の命令を拒否したのだった。
「なんでだ?」
安久斗が珍しそうに訊くと、
「私が運ぶと、おそらく息絶えてしまうからです。と言いますか、私が衝動的に殺してしまいそうで……」
とおなは申し訳なさそうに答えた。
「そうか。ならいい」
「申し訳ございません」
安久斗はおなを頼ることを諦めた。彼の名案が実現することはなかった。
「いいんだ。お前に殺されちゃ困るからな。それより、引き続き留守を頼むぞ」
「はっ!」
そうして安久斗は巫女の部屋を去った。
本殿の廊下を歩いていると、安久斗は壁にもたれかかる男から声をかけられる。
「『あなわびし、残るアヤメも、枯れにけり(あぁ悲しいなぁ。残るアヤメの花も枯れてしまったよ)』ってか?」
その男は周知国の神、周知小國であった。
「なんだ『アヤメ』って?」
安久斗がそう訊くと、それに答えたのは小國ではなく、安久斗の背後から現れた根々川千鶴だった。
「『希望』って花言葉を持った花だよ」
「さっすが、ちづるん。博識だね」
小國が千鶴にそう言うと、千鶴は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「にしても臣殺しなんて。日渡も大変だよね。あ、余談だけど、殺された磐田大貴って、俺実は苦手だったんだよね〜」
小國がそう安久斗に言う。
「あー、あいつ真面目で堅物だったからな。おちゃらけたお前は苦手だろうな」
安久斗が小國に言うと、
「安久斗も苦手だったろ?」
と訊く。
「まぁ確かにつまらん奴だったな」
安久斗がそう答えると、千鶴がボソリと呟く。
「あじきなし、かれゆく先の、あやめかな(つまらない彼(大貴)が行く先にある殺しと、枯れてゆくアヤメの花だなぁ)」
その歌に安久斗が驚く。
「やっぱお前すげーな。掛詞かよ」
「そんなに凄くないよ。小國もできるでしょ」
千鶴の言葉に小國は首を振る。
「いやいや、まさか二句と三句全体が掛詞になんて簡単にはできないよ」
それは謙遜なんかではなく、本気でそう思っているのだ。
「こら、そこの3人! 話してる暇あったらさっさと運びましょ」
そんな3人の会話に割り込んできたのは崖川国の神、崖川あさひだった。
「そうだぞ! あいつらが暴れないように管理すんの、めっちゃ大変なんだからな!」
あさひと一緒に歩いてきた堀之内国の神、堀之内弥凪もあさひに同調した。
「そうだな。んじゃそろそろ行くか」
安久斗はそう言って歩き出した。
5人で本殿の外に出ると、安久斗が西部諸国の神々全員に呼びかけた。
「これより、こいつらを磐田神社まで輸送する! 全員、準備をせよ!」
そうして西部諸国の神々は、浜松神社より飛び立ち、磐田神社を目指すのだった。
……24人の生きた人類を抱えて。
*補足説明
あおいと八重の戦いの中で、
「うん。私ね、頑張ればなんでもできるんだよ。攻撃することも、防御することも、他人の異能を打ち消すこともできるんだ。だから、あなたに勝ち目はないの」
という下香貫宮八重のセリフがありますが、香貫宮は人類の信仰を源とした『霊力』と呼ばれる力を有しており、それが無くならない限りはどんな能力も相殺することができます。
しかし、『霊力』が切れればただの人間と変わらないため、あおいがひたすらに彼女の霊力を消耗させ続ければ勝てる戦いでした。香貫宮家の霊力について知っている神類は沼蛇松しかいないのです。
ちなみに、沼が香貫宮家を保護している理由は、人類の抑制だけではなく、最後の切り札としての役割を担わせるためでもあります。もちろん沼は手の内を明かすことはないし、今後本編にて語られるシーンもほぼない(そもそも香貫宮家が次に出てくるのはいつなんだろう……)と思われるため、ここで補足をさせていただきました。
2021.08.28 23:26 ひらたまひろ




