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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
後継騒動編
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第22話『混乱の社』


 寒気がして、萌加は飛び起きた。


 ただの寒気とか、そんなものではない。


 今まで何度か経験した寒気だが、それは全てが悲しい時に起きていた。


 今回も例外でないことは明白だった。


 布団を跳ね飛ばし、扉を突き破り、廊下を飛行して、本殿の横の臣の部屋の扉を激しくノックする。


「大貴、大貴! いたら返事して! ねぇ!」


 しかし、返事はなかった。


 だが、残念なことにそれは萌加の予想通りである。


 萌加は扉を破壊して中に入る。


「!?」


 そこで見た光景に、萌加は目を疑った。しかし、それは紛れもなく現実であった。受け入れ難い光景を前にした萌加だったが、いつまでも突っ立っているわけにはいかない。


 次に取るべき行動が何かを考え、今後の大まかな流れを脳内で確認し、実行に移す。


「安久斗、安久斗! 起きて!」


 すぐさま神社の来客室を訪れて、乱暴に安久斗を叩き起こす。


「ん……? なんだよ、まだ夜明け前だぞ? 小便でも漏らしたか?」


 安久斗は萌加に向かってそう言うが、次の萌加の言葉に目が覚める。


「連邦神議会を開いて、今すぐに!」


 連邦神議会。それは、連邦の永神種だけが集まって行う会議である。招集する権限があるのは、二大統率国である靜と濱竹。招集する時は、主に緊急事態に直面した時である。


 そのため、なかなか開かれることがない会議であり、それ故に今回の萌加の開催要請は只事ではないことが起きたのだと安久斗も理解ができる。


「なにがあった?」


 安久斗が真剣な表情でそう問うと、萌加は涙目になって声を震わせながら答えた。


「大貴が、殺された」




ーーーーー

ーーー




 まだ日も昇らぬ早朝、僕の目覚ましは花菜の叫び声だった。


 それに飛び起きたのは僕だけではなく、大志と喜々音さんも同時に目を覚ます。


「ったく、朝から騒がしいやつだなぁ……」


「んんー……。どうしたんでしょう」


 僕と喜々音さんは眠い目を擦りながらそんな会話をする。普段サイドポニーにしている喜々音さんだが、今は降ろしているのでどこか雰囲気が違う。表情も、仕草も、寝起きということで少し幼なげだった。


 こうやってみると、喜々音さんも僕や花菜と同い年なんだなぁ。


 勝手に少し遠いような存在に感じていたが、そんなことないのだと痛感させられた。


 しかし、その直後のことである。


 花菜の元にいち早く駆けて行った大志の悲鳴と泣き声、嘔吐する声が聞こえてきた。


 喜々音さんと僕は走って現場に向かった。


 その現場とは、兄の部屋だった。


 そしてそこには、信じ難い光景が広がっていた。


 壊れた扉、赤く湿った壁。


 そして、部屋全体に飛び散っている臓器や肉片。


「……」


 言葉を失った。


 花菜や大志のように、悲鳴をあげることもできなかった。


 ただ呆然と立ち竦み、黙ることしかできない。


「ひどい……」


 無表情になった喜々音さんが、ぽつりとそう呟いた。


「なんで……誰が……」


 そう涙声で吐き捨てたのは花菜だった。


 しかし、花菜は目をゴシゴシと擦ると、一度鼻を啜り、


「神様に報告してくる。大智たちは居間にいて」


 と僕らに告げた。


「嫌だ! きーにぃのそばにいる」


 しかし大志が花菜に向けて泣き叫ぶ。


「私もそうしたい。その気持ちはよく分かるわ。でも、ここで悲しんでいても何も進まないの。現場はそのままに保管することが大事。だから、辛いけど、お願い」


「嫌だよ!」


 それでも大志は泣き叫ぶ。


 ずっと兄に寄り添っていたいと。


 兄が一人じゃ可哀想だと。


 泣きながら必死に花菜を説得しようとする。


 しかし花菜は、僕に向けて視線を送り、僕が一度頷くと大志に背を向けて本殿へと消えた。


「きーにぃを見捨てるの!? 花菜姉ちゃんっ!」


 大志が花菜の背中に向かってそう叫んだが、花菜が振り返ることはなかった。


 僕は泣き喚く大志の腕を無理矢理掴み居間へ向かった。


 あぁ、大志。お前は凄いよ。


 そんな必死に寄り添おうと思っていて、一緒にいたいと思っていて。


 それを素直に伝えられて。


 死んでしまったという事実のみに悲しんでいて。


 優しい弟だね。




 僕なんて、憎悪に満ちて言葉すら出てこないのに。




ーーーーー

ーーー




 泣き喚く大志を大智に託し、私は彼らに背を向けて隣接する本殿に向かった。


 本殿まではたった数メートルだけど、その僅かな道のりを歩いていると背後から大志の言葉が突き刺さる。


 正直、心が痛んだ。


 大志の言っていることはもっともで、側にいたい気持ちはとてもよく分かる。


 でも、私は巫女。


 今はその使命を全うする必要がある。


 臣が亡くなった時、巫女は神にその旨を伝える義務がある。それを放棄したら職務放棄である。


 だから私は伝えるしかない。


 自分の感情を押し殺し、本殿の奥にある萌加様の部屋へと向かう。


 しかし、萌加様の部屋の扉を見て絶句をする。


 その扉が激しく突き破られていたのだ。


 内側から外側へ。つまりは、萌加様が飛び出したということを意味していた。


 室内を覗くと、布団が雑に敷かれていた。


 おそらく、飛び起きてそのまま放置されたのだろう。


 でも、萌加様がいないとなると困った。


 これからについてを決めなきゃいけないのに。


 大智や大志が混乱している今、頼りになるのは萌加様くらいなのに。


 萌加様がどこに行ったかは分からない。でも、探す必要はないだろう。おそらくだが、萌加様は大貴さんが死んだことに気がついている。そして既に行動を起こしてくれているはずだ。その具体的な行動も察しがつく。


 私は萌加様の部屋を後にして、神社の来客室へと向かった。


 そこは今日、安久斗様が泊まっていた部屋である。


 しかし、そこにあるのは布団だけ。


 つまりは、萌加様も安久斗様も、今はこの神社にいないということだ。


 これで、私の中で察していたことが確信へと変わった。


 萌加様は既に動いている。


 この国難を乗り切るために、もう既に。


 神が動けば、事態はいつか収拾がつく。私たちが何もしなくても、なるように事態が動いていく。


 でも、それじゃ嫌だ。


 私たちにも、なにかできることがあるといいんだけど……


 私はそれを考えながら居間へと向かった。




ーーーーー

ーーー




 兄は殺されたのだろう。


 居間に着いて、大志の面倒を喜々音さんに任せて、僕は一人でそう考えていた。


 自殺で爆ぜることなんてできやしない。


 事故で爆ぜることはあるかもしれないが、あの部屋にはそんな要素はない。


 そうなると、他殺だとしか思えない。


 では、誰が兄を殺したのか。


 その目星も僕はついていた。


 あの死体の散らかり方は、見覚えがあった。


 本当に最近見た死体と類似している。


 小林氏の『気圧泡内波プレッシャーバブル』。これによって殺された人類の死体と全く同じように思えるのだ。


 兄を殺したのは……


 いや、決めつけるのは良くない。殺し方は証拠にはなるが確定できるものではない。小林氏と同じ能力を持っている者なら、同じことができるのだから。


 でも、そうだとしても……


「なんのために……」


 そう呟いたのは喜々音さんだった。


 彼女も彼女で思うところがあるのだろう。相変わらずの無表情だが、何かを察したような口調をしていた。


 その呟きで、僕は彼女へ顔を向けていたので、彼女が顔を上げた時に目が合った。


「臣様や将軍様たちが帰ってきていないことも不自然です」


 僕の視線に気付いて、喜々音さんがそう言った。


 そうなのだ。


 ひくま様や将軍、綴さん、そして小林氏も、未だ帰ってきていないのだ。


 不自然というか、不可解というか。とにかく、兄の殺害に何かしら結びついている気がしてならないのだ。


「あの死に方、『気圧泡内波プレッシャーバブル』だよね……?」


 僕が喜々音さんにそう訊くと、彼女は目を逸らしながら頷いた。


 きっと、思っていることは一緒だ。


 兄を殺したのは……


「お、早起きだね」


 その直後、僕に話しかけてきた声があった。


 悪寒、憤怒、そして憎悪。


「お前っ……!」


 僕は立ち上がり、その声の主である小林氏の胸ぐらを掴む。


「ちょっ、え、待て、おいっ!」


 小林氏は訳が分からない様子で僕の手を振り払おうとする。


「お前がやったんだろっ!」


 僕は怒りで脳内が支配されていた。


「え、はぁ? なに、新手のドッキリ?」


「しらばっくれんな!」


 僕は彼を怒鳴りつける。そして右手を振り上げて殴ろうとする。


「落ち着きなよ、大智!」


 直後、聴き慣れた声がする。


 それでもまだ、僕は彼を殴ろうとする。


「落ち着けって言ってるでしょうが!」


 そう言われて、僕は蔦で縛り上げられる。


 もちろん、僕を叱ったのは花菜だ。


「落ち着いてるよ!」


 僕はヤケクソでそう叫ぶ。


「どこがよ! 落ち着いていたらこんなことしてないでしょう!? 冷静になるのは無理かもしれないけどさ、関係ない人に八つ当たりしないでよ!」


 その言葉に、僕の中の怒りが再加熱された。


「……関係ない? 殺した本人が関係ないわけあるかよ!」


 そう言って蔦を能力で燃やして花菜に殴りかかる。


 ごつん、と、鈍い音が響く。


 手の甲が痛く、殴ったという確かな手応えを感じた。


「……」


 頭を殴られた花菜は、手で頭を覆ってしゃがみ込む。


 そしてしゃくり上げて泣いた。


 それとほぼ同時だった。


 僕に大量の水がかけられた。


「いい加減にしろよ。なにがあったかしらねぇけどよぉ、見てていい気はしないな」


 僕に水をかけて、そう言ったのはひくま様だった。


「なにがあったんだ、大智」


 将軍が僕にそう問いかける。


「……されたんだよ」


「え?」


 僕は静かに答えた。


 しかし、その声はみんなにはっきりと聞こえなかったようで聞き返された。


 それが無性に腹が立って、僕は怒鳴るように言う。


「殺されたんだよっ!」


 濱竹勢は顔を見合わせた。そのキョトンとした顔に、何故だか心底腹が立つ。


「大貴様が、亡くなられました」


 僕の言葉に補足をするように、喜々音さんがそう言った。


「……は?」


 あまりに予期せぬ発言に驚きを隠せない濱竹勢の素っ頓狂な声が、僕には煽りにしか思えなかった。


 そしてふと気がつく。


 自分が泣いていることに。


 声を上げて、見苦しく泣いていることに。


 あぁ、なんで泣いているんだろう。


 なんでこんなに悲しいんだろう。


 今の僕には、何一つとして分からなかった。


 部屋の中には、僕と花菜と大志の泣き声が響き渡っていた。




ーーーーー

ーーー




 ない。


 やっぱり、ない。


 反応すら、どこにもない。


 この部屋のどこにも、そして、世界のどこにも反応がない。


 果たしてどこに消えたのだろう。




 私の『御霊たち』は。




ーーーーー

ーーー




 しばらく経って、だいぶ落ち着いた。


 喜々音さんがお茶を用意してくれたり、僕らひとりひとりを隔離したりしてくれたお陰で早く落ち着くことができた。


 その喜々音さんは、現在濱竹勢に対して状況の説明を行っている。もちろん、現場の様子も見せて。


 そんな時に、来客があった。


「あら? 思っていた以上に落ち着いているわね」


 見知らぬ銀髪の女の子が廊下から入ってきた。


 淡い青がかった白い着物に、クリーム色の帯を纏っている。


 外見的に見積もって歳は僕と同じくらいで、赤い瞳で真っ直ぐと僕を捉えていた。


「ど、どちら様ですか?」


 僕は困惑を隠せない。


 同い年くらいの見た目の初見の美少女がいきなり現れたら、誰でもそんな反応になるだろう。


「私が誰かって?」


 その美少女は僕の前に腰を下ろすと、微笑みながら告げた。


「兎山明。元、兎山国の『神』よ」


「……」


 言葉が出なかった。


 兎山明って、あの……


「生きていたとは驚いた、みたいな顔してるわね。生憎とまだ死ねないのよ」


 元、一国の『神』である彼女は、僕に向かってそう告げた。


 ということは、永神種は国が滅んでも死ぬわけではないということなのだろうか。


「私に対して色々疑問に思うかもしれないけど、質問はまた後で。とりあえず、あなたに伝言があるの」


「伝言ですか?」


 僕が答えると、明さんは頷いた。そしておもむろに懐から紙を取り出して読み上げる。


「犯人探しは後にして。悲しいのはよく分かるけど、今は取り乱さずに冷静でいること。しばらくしたら戻るから待ってて。今後の方針は帰ったら伝える」


 そして紙から顔を上げて、


「以上、萌加からの伝言。ちゃんと伝えたから」


 と僕に言った。


「もえかって……」


 今まで、何度かその名前を聞いた。その名前を口にしたのは主に安久斗様だけど、それが誰かはまだ確かめたことはなかった。


 ……まぁ察しはついてるけど。


「日渡萌加。この国の『神』よ」


 そして、察した通りの答えが返ってきた。


「あの子は今、連邦神議会っていう会議に行っているから、帰ってくるまでしばらく待っていなさいな」


 明さんはそう付け足して、


「それじゃ、私は濱竹幹部のところに行ってくるわね」


 と言って部屋を出て行った。


「取り乱さずに冷静でいろ、ねぇ……」


 正直、そんなことは無理だろう。


 家族を殺されて、冷静でいられるはずがない。


 現在、表面上では冷静なように見せているが、内心では暴風が吹き荒れていた。


 大志も花菜も、きっと同じ気持ちでいるだろう。


『待っていろ、犯人は探すな。』


 そう言われても無理だ。


 何かしら考えていないとイライラする。


 でも、考えることも兄の死以外に思い当たらず、ずっとそれを考える。すると、どうしても犯人探しをしてしまっている。


 とは言ってもだ、犯人の目星が小林氏から移ることはない。彼が明らかに怪しいのだから。


 動機も、でっち上げみたいになるが一応は思い浮かぶ。


 兄がくれはさんと付き合っていると知って嫉妬をし、殺害に至ったというものだ。


 だが、そんなに幼いだろうか。


 殺したくなるくらいにまで嫉妬するだろうか。


 それに殺しても、何一つとして得られるものはない。臣殺しという大罪を背負って生きていくことなど不可能だからだ。神や臣、巫女を戦争以外で殺した者は死刑とされる。それは、神治制に於いての基本事項である。僕ですら知っているのだから、きっとこの世の誰もが知っていることなのだろう。


 だから、兄を殺した者は自分の死をもいとわないほどに兄を殺したかったのだと考えられる。


 そこまでして殺したい理由が、小林氏にはあったのだろうか。


「難しそうな顔してるじゃないの」


 廊下から聞こえる声。


 それはさっきも聞いた声だった。


「明さん……」


 そこにいた銀髪の儚げな美少女は、ひとつため息を吐いて諦めたように笑った。


「ま、気にしないなんて無理よね」


「はい」


「分かるわ、その気持ち」


 僕が答えると、明さんは僕の横に腰を下ろしながら言った。


 彼女は僕と同じように廊下を見つめながら語る。


「私も昔、家族を殺されたの」


「……え?」


 唐突に過去の話を持ち出されて戸惑った。


 というか、明さんはかつて始神種であった存在。つまりは人類の手によって生み出された存在なのだ。でも家族って……。


 正直、馬鹿にしてるのかと言いたくなった。


 彼女の言う家族とは、きっと臣や巫女のことだろう。


 でも、それは所詮血の繋がっていない赤の他人であり、今の僕の状況とは大きく違う。


 そんな同情、いらない。


 僕は明さんの話を聞く気がなくなった。


 それでも明さんは僕に話しかける。


「随分と昔のことになるのだけど、私はある国の臣の……」


 直後だった。


 そう言いかけた明さんが急にハッとして立ち上がり、部屋を出て庭に面した廊下の雨戸を開けた。そして遠くの空を眺めた。


 外には夜明け直前の青白い空があった。


 その中に、赤い一筋の光が見えた。


 流星のようなその光は、明らかにこちらに近づいてきている。


 そして若干、降下しているように見える。


「隕石……?」


 僕は明さんの横にまで歩いていき、そう尋ねた。


「そんなわけないでしょ」


 ですよね。


 それに正体もだいたい察しがつく。


 昨日、その光に似た何かを目撃したからだ。


「帰ってきたわね」


 明さんがそう言うと、スタスタと廊下を歩いて花菜と大志に声をかける。そして僕にも本殿へ行くように指示をして、僕らは本殿に集合する。


 顔を合わせるのには、色々と抵抗がある。


 この中に犯人がいない可能性もあるが、いる可能性もあるからだ。


 そんな中で集まって顔を合わせるなど、正直言ってキツい。


 何故だろう、誰が犯人でもおかしくないと思えてくる。つまりは極度の疑心暗鬼に陥っているわけなのだ。


 それは僕だけではないようで、花菜も大志も俯いてだんまりを決め込んでいる。


 その時だった。


 庭にゆっくりと赤い光が降り立った。


 そしてその光が消えて、本殿に3人の男女が上がってくる。


 顔を見ようとした時、全員が一斉に礼をした。そのため僕も礼をせざるを得ず、顔の拝見はお預けとなった。


 僕らの横を歩いていく、大小さまざまな足。


 草鞋の小さな白い足と、革靴を履いた大きな足。そして、洒落た黒いブーツを履いたこれまた大きな足が通り過ぎた。


 今は礼をせざるを得ない状況であって、その顔は見えない。しかし、どんな奴らが入って来たのかとても気になる。


 ……特に礼をせよと言われたわけではないし、少しくらいなら大丈夫だよね?


 僕の心に魔が刺した。


 本当はダメだと分かっている。でも、好奇心には抗えず、僕は少しだけ顔を上げる。


 視界に映ったのは、3人の男女。


 1人は知っている顔で、濱竹安久斗様。


 1人は見たことがない顔で、頭に木の枝で編んだような帽子を被っている男性。


 そしてもう1人、背の低い女の子がいた。それは、どこからどう見ても……


「もえちゃん!?」


「ちょっ、大智!?」


 そう。そこにいたのは、街で一緒に遊んだもえちゃんだったのだ。


 僕の声を聞いて、花菜が焦ったように僕を見る。


 気付いたら、頭を下げていたはずの全員の視線が僕に集まっていた。


 ……しまったな、やらかした。


 でも、もえちゃんなら笑って誤魔化して……


「黙れ、馴れ馴れしい」


 しかし、そのもえちゃんは僕に対してさげすんだような目で言葉を放った。


 ……なんだ、これ。なんだ、この威圧。なんだ、この不快感……


 ただでさえ兄を殺されてむしゃくしゃしてるのに、なんで僕にそんな目を向けて……


 もえちゃんまで……


「私は神、日渡萌加。こうべを垂れて平伏せよ」


 もえちゃんは、いや、これはきっともえちゃんではない。もえちゃんによく似た少女、日渡萌加は僕らに対してそう告げた。


「はっ!」


 全員が一斉に、再び礼をした。


 でも、僕はできなかった。


 頭を垂れて、平伏せよ……?


 なんでそんなに偉そうなんだよ。


 なんでそんなにクソみたいなんだよ。


 なんでそんなに僕を不快にさせるんだよ。


 なんでそんなに……


「お前、いつまで顔を上げている? 死にたいのか?」


 いつまでも顔を上げたままの僕に、日渡萌加は抜刀して僕の首に刃を当てる。


 ……クソが。


 そう思いながら、僕は嫌々頭を下げる。


 僕が頭を下げると、ため息と共に刀を鞘に収める音が聞こえた。


 そしてその直後、彼女の声が響き渡った。


「今この瞬間より、靜連邦で定められた『臣殺しに伴う特別措置』に基づき、神による『直接神治』へと切り替える。それにより、この国独自で定められた一切の法律の適用を一時無効とする。直接神治の期間中は、神こそが法であるとする。ついては、此度の日渡に於いて、期間中の実権は神たる日渡萌加と、国祖たる兎山明にあるものとする。並びに、公平な調査を行うべく、濱竹と宇治枝うじえだの協力を得るものとする。異論は認めない。同意する者は返事をせよ!」


「はっ!」


 その声に全員が返事をする。


 ……僕以外は。


 なんだよ、これ。


 本気でなんなんだよ。


 こんな茶番で、世界は動いてるってのかよ。


 神による直接神治がなにかは知らないが、決して良いものでないことはたしかだ。神こそが全て。どうせそんなロクでもないやつだろう。


 そんなもの、認めて……


「うん、無事に認められたみたいだね」


 それを見て、日渡萌加はそう言う。


 ガラリと雰囲気が変わった。


 さっきまでの威圧感が消え去り、口調が柔らかくなった。


 まるでそれは、もえちゃんのような……


 なんだ? なんなんだよ?


 どういうことだよ?


「顔を上げていいよ。改めまして、この国の神、日渡萌加です。こんな見た目だけどちゃんとした始神種だからよろしくね」


 僕の理解が追いつかないうちに、日渡萌加がそう告げた。そして、座っている明さんの腕を掴んでみんなの前に引っ張り出すと、


「それでこっちが、兎山明。かつて、兎山国を治めた元『神』だよ」


 と言う。


 そして更に続ける。


「それで、今回の事件に協力してくれるのは濱竹安久斗と宇治枝恭之助うじえだきょうのすけだよ」


 その紹介を受けて、安久斗様が一礼する。更にもう一人の初見の神である、恭之助様も一礼した。


 恭之助様は、焦茶色のシャツの上から濃緑の丈の長いジャンバーを羽織っていた。そして洒落た黒いブーツに、枝で編んだような帽子が特徴的の男性。少しチャラそうな印象を抱く。


 僕が恭之助様の容姿の観察を終えた時、日渡萌加が笑顔でこう告げた。


「それと、磐田大智くん。君はあとで、特別に許可するから私の仕事部屋に来てね。花菜、付き添いはいらないよ。というか、来ないでね?」


「え……」


 花菜が困惑したような声を出したが、


「分かりました」


 と返事をした。


 血の気が引いていくのを感じた。


 これは……まずいやつだ。


 きっとさっきのことだろう。あれは殺されてもおかしくない。


 ……どうしよう。


「放棄したら許さないから、絶対来てね」


 そんな僕に追い討ちをかけるような言葉をさらりと笑顔で言われた。


「は、はい……」


 僕は完全に怯え切った状態で返事をした。


「んじゃ、そゆことで。よろしく」


 そう日渡萌加は言うと、彼女は雰囲気をまた変えて、今度は限りなく真剣に告げた。


「それじゃ、始めよっか。犯人探しをね」


宇治枝恭之助 身長174cm ■■■■歳

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