第19話『濱竹議会 後編』
「では、次の話題に移ろう」
おなが責任追求を終えた後、ひくまが仕切り直す。
「これより話すのは、反乱の起きた経緯についてだ」
そのひくまの言葉に会場がざわめく。
人類反乱の経緯なんて、人類が文明を再興するために動いた以外にあり得ない。それが神類共通の考えだ。だが、そんな当たり前ことをひくまが話すはずもない。だから、それ以外の理由で今回の反乱が起きたのではないか、と全員が悟ったのだ。
「とは言っても、反乱の根底にあるのは人類文明の再興で間違いはない。だが、あの数と文明力にはもちろん訳があった。その理由を話す、と言った方が適切だったかもしれない」
ひくまはそう補足をして、話を始める。
「単刀直入に言おう。今回の反乱には『神類』が絡んでいた。国家単位でな」
その言葉で議事室は騒々しくなった。
が、直後におなが舌打ちをしたので静寂と化した。
ひくまはひとつ咳払いをして続ける。
「つまりだ。今回の反乱は『人類を使って神類が戦争を仕掛けてきた』と捉えることができる。ただし、これが人類の策である可能性も否定できない」
彼は続けた。
「本当はこの反乱に神類など関わっていないが、あたかも神類が関わっていたように見せて神類同士を戦争に追い込もうとしている可能性もあるということだ」
彼はそう言って、議員席を見渡した。
誰もが『その国ってどこだよ』という顔をしていた。
「さて、おそらく皆が揃って疑問に思っていることは『絡んでいる国はどこなのか』だ。結論を言えば、安陵国だ」
その声で、議事室に騒めきが走る。
安陵国とは、濱竹の北隣に位置する国である。かつて安久斗が領土拡張に勤しんでいた時期に攻め込んでいるが、山深い地形と険しい渓谷に阻まれて返り討ちにされていた。それ以来、濱竹とは仲が悪く、他連邦に所属しているために国交もない。
「恐れながら、質問させていただきます」
挙手しながらそう言ったのは、北行政区長である細江狗達だ。
「どうした?」
ひくまが狗達に言うと、狗達は立ち上がってひくまに告げる。
「安陵が関わっているという情報はどこから仕入れたのでしょうか」
狗達がそう問うと、
「私が答えましょう」
と言って立ち上がった者がいた。
濱竹神務卿、下池川山樹だ。
「昨日、私の指示で周辺諸国に送り込んだ密偵が帰国しました。その中に安陵国で活動をしていた者がおりまして、その者によると、40日ほど前に安陵の泰阜神社に人類10万人が集められたそうです。国の警備も厳しくなり、一般国民にまで外出制限が設けられたようです。状況をいち早く私に知らせようと奔走したそうですが、濱竹に帰国しようともできない状況だったそうです。そして、その10万人もの人類は30日ほど前に武装をして濱竹方面に向けて出発。獣道を抜けて不正入国をしたようです」
「神務卿、無礼を承知でもう一つ質問させていただきますが、なぜ不正入国を許したのでしょうか? 国境での入国管理は神務局の管轄。その神務局は貴方様の管理下にある。となると、この事態は重大な問題なのではないのでしょうか?」
狗達が山樹に問うが、それに答えたのは山樹ではなかった。
「狗達、ひとつ教えておこう」
フッと笑いながら口を開いたのは、御席に座る濱竹安久斗だった。
その声に、狗達は深々と頭を下げる。
「神務局は国境を管理しているが、それは国交がある国のみだ。安陵などの国交のない国の管理は俺が直接管理している。だから今回、その点に関しては神務局には一切非はない」
「安久斗様、そのお話は……」
その安久斗の言葉を聞いて、ひくまが焦ったように言うが、安久斗は笑い飛ばしてひくまに言う。
「秘匿事項ってか? 知っているさ。だけどな、もう時効だよ。なんで秘匿事項だったかっていうとな、安陵を再び攻めることを想定していた時期があったからさ。その当時、情報漏洩を恐れて臣と巫女、それと神務卿以外には安陵の国境管理のことを伝えないようにしたんだ。その名残だから、もう時効だろ?」
「安久斗様がそう思うのなら、俺に反対する意思はありません」
ひくまはそう言って頭を下げる。
「というわけで、狗達。疑問は解決したか?」
「はっ」
狗達は頭を下げ続けながらそう返事をする。
「そうか、それはよかった。着席せよ」
安久斗は狗達にそう伝える。狗達はその命令に従い、自席に腰を下ろした。
「ひくま、続けろ」
「はい」
狗達が着席したのを確認して、安久斗がひくまに告げた。ひくまは返事をし、仕切り直した。
「それで、安陵が関与していることは分かったのだが、彼の国の狙いがかなり大胆なものだった。おな」
「ん」
おなは、ひくまからの指名に嫌そうな顔をしたものの、一枚の紙を鞄から取り出すと、立ち上がって演壇に上がった。
「これは昨日、人類の本陣で見つけた手紙だ。宛先は『ヒトエミ』。濱竹に潜むゴミ虫の長の名だ。そして、送り主は『安陵栗伊門』。知っての通り、安陵国の神だ。そんな手紙に書かれていた内容は、濱竹攻略、濱竹分割案、それと、靜連邦攻略後の覇権についてだ」
おなの言葉に驚かないはずはない。しかし、ここで騒めくとおなの逆鱗に触れかねないと全員が思い、誰一人として声に出して驚くことはなかった。
「なんだ? ずいぶんと反応が薄いな。もっと驚くかと思っていたけど……」
しかしおなは、困惑したようにそう呟く。
そんな彼女を見て、ひくまがひとつ大きなため息を吐いた。
「ま、静かでいいけど」
おながそう言って珍しく微笑む。しかし、自分の顔が緩んでいると自覚した瞬間にひとつ咳払いをして切り替えた。
「だが、この手紙がフェイクの可能性もある。人類は我々神類同士が対立し、戦闘状態になることを望んでいる。神類同士が対立すれば、人類の監督をする余裕がなくなる。その隙に文明力を取り戻し、神類が疲弊したところを叩けば世界の覇権を取り戻せると考えているからだ。だから、そうなるように仕向けている可能性も少なからずあるわけだ」
そう言って、おなは事務総長席の横に置いてある樽を演壇まで運んだ。そして笑顔で、
「そこで、確かめる!」
と楽しそうに言い、樽をドンッと叩くと、蓋が外れて中から塩辛い匂いがする。
「この手紙が人類のフェイクであるかないか。確かめる手段は……」
おなはそう言い、樽の中に右手を突っ込んでなにかを引っこ抜いた。
中から出てきたのは、四肢を斬り落とされた塩塗れの人間だった。
「尋問を行う!」
そう言っておなは、その人間を演壇から速記者席の机の上に放り投げる。もちろん、そこで書記を務めている神務局員のことなど考えずに。そのため、速記者席に座る4人の神務局員は声を上げて混乱した。
あまりの惨さに、議事室の空気が凍りつく。誰も口に出すことはないが、誰もが皆、三ヶ日おなという巫女がイカれていることを再認識した瞬間であった。
「こいつはヒトエミ。現在、安久斗様の慈悲だけで生かされている下等生物だ。あぁ、安心しろ。意識もあるし、言葉も話せる。尋問することは可能だ」
議事室の空気が凍てついていようが、おなは構わず話し続ける。彼女は今、周りの状況など一切見えていない。尋問をするのが楽しみで仕方がないのだ。狂気に満ちた笑みを浮かべ、普段の冷え切った声とは比べ物にならないほど感情を込めてケラケラと笑う。
「さぁ、洗い浚い真実を吐いてもらおっか」
抜刀し、おなはヒトエミの喉に刃を突き付ける。
手足を失ったヒトエミは、一切の抵抗を許されずに怯える。
「あら、言わないのかしら。命が惜しくないの? だったら殺すしかなくなっちゃうけど……」
おなは残念そうにヒトエミに言うと、
「い、命だけは! 死にたくないぃぃ!」
とヒトエミが泣き叫ぶ。
「あらあら、お爺さんのくせに赤ん坊のように泣くのね。それじゃ、たっぷり可愛がってあげなきゃね」
より一層、狂気に満ちた笑顔でおなはヒトエミに笑いかける。
「さてと。それじゃ真実はどうなの?」
「く、栗伊門様が、濱竹を陥せば文明を再興する場を与えてくれると仰いまして、最初は疑いましたが、話を聞いていくと人類にとっては利益しかないと感じまして、人員も武器も情報も提供してくれると言われて、これはもうやるしかないという話で……」
「あっそう。じゃあ訊くけど、人類は文明を復興できれば神類とも手を組むって言うのね?」
「それは……」
「神類を目の敵にしておきながら、都合の良いこと言われたら手を組むのね?」
「……」
ヒトエミは黙った。
「あれれぇ? 図星ですかぁ?」
おながやたら楽しそうに煽る。
「ほんと、あんたらは目先の利益しか見ていないわよね。知ってる? 神類みんな人類なんか大っ嫌いなのよ? 今回、安陵は濱竹を潰すためにあんたらを誘ったけどさ、用済みになったら皆殺しにするわよ? 文明の再興? あはは、笑わせないでよね。そんなの神類が許すわけないでしょ? あの手紙の内容、本気で受け止めたの?」
「で、ではなんのためにあれだけの人員と兵器を……」
「人員は国内の人類排除のためでしょ。兵器は……量産の実験ってところじゃないかしら?」
おなはヒトエミに、人類にとって残酷な現実を突きつける。ただそれは、神類にとっては当たり前のことである。人類なんて国から追い出した方が得なのだ。虐殺するのもひとつの手だが、それをやったところですぐに湧くのが人類だ。湧かないようにするのであれば、人類を絶滅させる必要がある。しかし、それには全国規模での神類の協力が必要不可欠である。神類同士の協調性の皆無な現在、それを実行するのは夢物語なのである。
「そんで、話を戻すんだけどさ」
おながそう言って、ヒトエミに問う。
「反乱に安陵が絡んでいたのは事実ってことで間違いないわね?」
「あ、あぁ。事実だ」
ヒトエミはそう答えた。
「あっそ、ありがと」
おなはそう言ってヒトエミを樽の中へと戻し、蓋をした。
この時、誰もが尋問の時間が思っていたよりも短いと思った。そして、もっと訊くべきことがあるのではないかとも思った。だがしかし、おなは彼を樽に戻した。理由は至って単純だ。おなが尋問に飽きたからだ。
「おい、わしはこれからどうなるのじゃ!?」
ヒトエミが樽の中で叫ぶ。
「あら? そんなのも分からないなんて。これだからゴミ虫は嫌いなのよ」
おなはヒトエミにそう返す。
「なんじゃと!? 生物兵器のクセに生意気な……」
ヒトエミはそう反論をしたが、それは途中で終わる。なぜなら、おなが刀を樽の真上から突き刺したからだ。
特に音はしなかった。そして、血も出なかった。ただヒトエミの声が消えたことで、彼が頭から刀に貫かれて死んだことを誰もが知った。
「黙れ、不愉快だ」
おなは刀が突き刺さった樽にそう吐き捨てると、樽から刀を抜き取った。
その刀の刀身は、血で染まり赤く光っていた。
「安久斗様」
そんな刀を白い布切れでサッと拭いて、鞘に収めたおなが安久斗に話しかける。
安久斗はおなへと視線を向けて、その発言を聞く意思を示す。
「安陵のことを連邦に周知させるか、それともここだけでの秘匿とするか。その決断をしなければなりません」
「うむ」
安久斗は頷き、
「連邦への周知はしない」
と言う。
その発言に、議事室が沸いた。
「安久斗様、よろしいのですか?」
さすがのひくまですらも、安久斗の決断に動揺して質問をする。
「あぁ」
しかし安久斗の意思は変わらない。
「失礼ながら、理由をお聞きしても……?」
ひくまは安久斗にそう尋ねる。
安久斗はひくまを真顔で見つめ、
「では訊くが、安陵の狙いはなんだ?」
と問うた。
「えっ? 濱竹を滅ぼし、靜連邦を混乱させ、最終的に手中に収めることではないのですか?」
「表面上はな」
安久斗は鼻で笑いながらそう言った。
「と、言いますと?」
勘のいいひくまがまだ理解できないことに、安久斗は少々、自分の言い回しが下手だったのではないかと反省をする。
「ふむ。ではまた訊くが、人類ごときで我が国を陥せると思うか?」
「いえ、思いませんが……」
ここまで答えて、ひくまは気がつく。
「そうか、安陵は最初から濱竹を陥落させる気はなかったのか……」
ひくまがそう呟くと、安久斗が笑った。
「ま、そういうことだ。だがまぁ『少なくとも今のところは』と付けておいたほうがいいだろうけどな」
安久斗は騒めく議事室に向けて手を二回叩く。
その音で、会場は静寂を取り戻した。
「聞け」
安久斗は声を張って全体に告げる。
「安陵の狙いは、濱竹を陥落させて靜連邦を乗っ取ることだ。だが、今回の反乱はその第一歩にも該当しない。靜連邦を混乱させ、隙を突いて連邦を乗っ取る。それが奴らの作戦だ。では、どうやったら混乱に陥るのか。それは至って簡単で、我々が連邦に『反乱の裏には安陵がいた』と言うだけだ。我らがそう言えば、連邦はたちまち警戒体制に入り、大したことない小規模ないざこざにも目くじらを立てるようになる。そして疑心暗鬼になり、いずれは連邦の崩壊へと繋がっていく可能性がある。そうなれば奴らの思う壺ってわけだ。だが逆に、我らがその情報を公開しなければ連邦が混乱に陥る可能性は、現時点では低くなる。今後、奴らがなんらかの動きを見せるかもしれないが、その時はその時だ。臨機応変に対応しよう。その場凌ぎかもしれないが、今回の安陵の作戦を失敗に導くべく、我らは『この反乱に安陵が関わっていたこと』を濱竹幹部のみの秘匿事項とする」
安久斗の言葉に、一同が起立して礼をする。
安久斗はその間にひくまに目配せをして、議会を閉会するように指示をした。
ひくまもそれに応え、
「これにて、濱竹議会を閉会する」
と全体に告げた。
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中田島、笠井、小松、小林が浜松ひくまに呼び出されたのは、議会が閉会してから3時間経った頃であった。
場所は、茶色いふかふかなソファとシックな大きい木の机がある、臣室という部屋である。簡単に言うなら、ひくまの仕事部屋だ。
そんな部屋には、幹部であろうともなかなか入れない。分散神治制を採用している濱竹に於いて、神、臣、巫女は絶対的な存在であり、気軽に関わることなど許されない。部屋に入るなど以ての外なのである。
「緊張するのも無理はないだろうけど、まぁ座って」
ひくまは優しく4人に告げた。
4人はおどおどしながらソファに腰を下ろした。
そのふかふかした質感が4人を優しく抱擁した。
「わぁ……」
喜々音が感動的と言わんばかりに声を上げる。
「気持ちいいだろ?」
それに笑いながらひくまが言う。
「はい、とっても」
返事をした喜々音の表情は硬いものの、声は少しだけ高い。
「正直俺はさ、仕事中にソファに座ることなんてないんだよ。んで、客も滅多に来ない。来てもおなや山樹だから、ソファに座ってもてなすなんてことは一切ないんだよね。だから、このソファってここにある意味あるのか疑問しかないってのが本音だよ」
ひくまは笑いながらそう言って、4人にお茶を淹れた。
「お、臣様、お茶など……」
砂太郎がそう言うが、ひくまは無言で湯呑みを差し出す。
これでもなお断れば、それは無礼に値する。砂太郎はそう感じ、お茶を受け取るのだった。
「それで、君たちへの処分なんだがね」
全員にお茶が行き渡ったところで、ひくまが言葉を切り出した。
4人に緊張が走った。
「梧の案を全面的に採用することにした」
ひくまは4人にそう告げる。
二俣梧の案というのは、これからの取り組みを点数化して、合格点に達した者はお咎めなしというものである。
しかし、問題があった。
「だがな、点数化など今までしてこなかったから、基準となる点数が分からない。さらに何をどうすれば点数が入るのかすら明確に決めていない。そんな曖昧で未知数な決断なのだが、それでもいいか?」
ひくまがそう訊くと、4人は頷いた。
「そうか。では、そのように。合格点は80点。次の家庭内試験日である冬至前20日までにそれを越えれば、来年の神治参加が許される。点数は自分に課せられた仕事を期限内に達成できれば1点が入る。つまり、最低でも80個の仕事を期限内に終える必要があるってわけだ。まぁ、絶対に不可能な仕事は出さないから安心して。君たちなら普通に合格点に届くと思うよ」
そう言って、4人に笑いかけるひくま。
しかし、ひくまは簡単だと言うが、残された期間は176日しかないのだ。2日に1個仕事を終わらせるペースでギリギリなのだ。
「それで、」
ひくまが4人に真剣な眼差しを向ける。
「さっそく仕事だ」
そして右手をパーにして4人に見せる。
「この仕事は、最大で5点の付与がある」
その口許は緩み、なにかを企んだような顔になっている。
ただの仕事ではないなと、4人は思う。
「お前らには、明日から日渡に行ってもらう」
「日渡ですか?」
綴が訊き返すと、ひくまは頷いた。
「なんで……」
「課される仕事は5つ」
理由は言わまいと言わんばかりに、かささぎの質問を遮ってひくまは話し始めた。
「俺の護衛、道案内、荷物管理、日渡への決定事項連絡、そして、」
一つ一つ指を折りながら話したひくまは、最後に一本だけ残った小指を立てたまま溜めを作って、そして折り曲げながら告げる。
「安久斗様の護衛だ」
思いがけない仕事に唖然とする4人。そんな4人にひくまは言う。
「集合は明日の朝7時、浜松神社の正面広場だ。異論は認めない。以上、帰っていいぞ」
そうして、新たな事件の始まりを迎える。
誰一人として予想できなかった、最悪な事件が幕を開けるのだ。
細江狗達:年齢26歳 身長174cm




