第17話『日渡伝書』
第1巻『神紀4676年』
序章『建国』
神紀3037年。150年に渡る人類との大戦争が終結し、我々神類は平和を手にした。
もう二度と神類同士での戦争をしてはならないと決め神々は、他国に干渉せず、貿易もせず、自国で全てを完結させることを約束した。
全ての国が国を閉し、全ての国が要塞と化した。
国境を越える者は問答無用で殺され、存在すらなかったものとされた。
しかし、そんな時代が1600年も続くことになるとは、きっと誰も思っていなかったのだろう。
自国で賄えることには限界があり、小国は次々に滅びた。昔、協定を結んでいた大国に取り入る国も出始め、鎖国の時代は終わりを迎え始めた。
それは、兎山の国も同じだった。
協定大国時代の後期、協定周知国から独立を果たし、始神種の兎山明と皇神種の渡海勇が共同で国を興した。
二人の神の下で神治が行われ、これまでなんとか小国を存続させてきたものの、流石に自国のみで賄うのも限界を迎えていた。
このままでは国が破綻する。兎山国はもう終わる。
そう思った兎山明は、南側半分を渡海勇に託し、渡海国として独立させた。
残る北半分を治め続けたが、それもやがて限界を迎えた。
そして、ついに兎山国は滅びる。
その後を、自身の妹のように可愛がっていた日渡萌加様に託して。
神紀4676年冬至後9日
今日、この瞬間、ここに日渡国の建国を宣言する。
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日渡伝書はこのような文から始まっていた。
兎山というのは知っている。日渡の東の外れにある、神聖な小高い丘だ。そこにオンボロな御厨神社があることも知っている。だって昔、花菜と肝試しで真夜中に訪れたことがあるから。
あの時は怖かった。誰もいないはずのお堂の中からガサゴソと音がして、音が止んだ瞬間、急に地面から火の玉が大量に噴き出たのだから。
花菜と泣きながら全力で逃げたなぁ。
うん、ものすごく怖かった。
で、それは置いておいて。
「兎山って、国だったの?」
僕が大志に尋ねると、
「うん」
と、さも知っていて当然のような声のトーンで返してくる。
クソ、なんか悔しいな。
……今まで勉強していなかった僕のせいだけど。
「あ、補足しておくけど、『神紀』っていうのは、神類文明誕生から数えて何年目ってことを表しているよ」
大志が僕に言った。
「じゃあ、この記述は文明誕生から4676年経った年に書かれたってこと?」
「うん」
へぇ。
今は文明誕生から5000年くらいって聞いているし、それから300年ちょっとが経っているってことか。
なるほど、よく分かった。
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第1巻『神紀4676年』
第12章『濱傘連盟』
夏至前58日。周辺を取り巻く状況が大きく変わった。
自国で全てを完結させることが厳しくなった国家があまりに多くなり、大国を頼らざるを得なくなったのだ。
建国から僅か115日目の日渡もその1つとなり、隣国の濱竹を頼り使者を送った。
夏至前54日。濱竹安久斗より以下の伝達がされた。
『武豊、日渡、渡海、袋石、周知、崖川、堀ノ内の7ヶ国は、国家存亡の危機に瀕していると認める。それらの国家を救済すべく、濱竹は以下の事を行う。
一、食料支援や金銭援助を向こう3年間行う。
二、これら7ヶ国からの使者を受け入れる。
三、神務局耕作支援部の者を送り、農地改革を援助する。
ただし、これらを行う条件として、以下のことを要求する。
一、国を開き、国交を結ぶこと。
二、濱竹に対し不可侵条約を締結すること。
三、濱竹から招集があれば必ず応じること。
それら3つの要求を受け入れられない場合、濱竹からの援助は行わない。
返事は夏至前5日までとする。
以上』
この伝達の翌日、我々日渡は濱竹からの要求を呑むことを決定した。そして濱竹に再び使者を送り、受諾の旨を伝えた。
夏至に濱竹から招集がかかり、神、臣、巫女は濱竹を訪問した。
そこで集まったのは、濱竹、武豊、日渡、渡海、袋石、周知、崖川、堀ノ内の8ヶ国であった。
濱竹安久斗の話によると、手紙を送った全ての国家が受諾をしたようで、これより濱竹による救済措置を施すとのことであった。
それに伴い、どうせなら8ヶ国で助け合い、共に繁栄していこうという話が上がり、互いに国交と相互不可侵条約を締結。そしてこの8ヶ国の連盟を『濱傘連盟』と呼ぶ事になった。
濱傘連盟の有効期限は向こう3年と定められ、その期限内で濱竹を中心とした援助が行われることとなったのだ。
こうして、濱竹を中心とした共栄圏が築かれた。
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「濱傘連盟なんて聞いたこともないけど」
「あったんだよ、昔」
僕の呟きにお茶を飲みながら返す弟。
へぇ。何にも知らんかった。
流石に今まで興味なさすぎたのかな?
もう少し郷土の歴史に興味を持っておくべきだった。
まぁ、それは後の祭りだろう。
それよりも、だ。
「『冬至後』とか『夏至前』とかはなんなの?」
僕はさっぱり分からない。夏至や冬至は知っているけど、そんな用語は初めて見た。
「あぁ『冬夏暦』のこと?」
「は?」
知らん用語が増えた。
「『冬夏暦』ってのはね、神類が使っている暦のことだよ」
「いや、僕は知らないけど……?」
まず、なんだ? 暦ってものも用語は知っているけど実際使ったことはないしな。
「日渡はそもそも暦を日常で使わないから、ちーにぃが知らないのも無理はない。実際使っているのは神、臣、巫女だけだよ。だからあんまり関係ないけど、時期と時系列を知るのには最適だよ」
「そうなんだ」
つまり、知らなくて当然だったってことか。
「で、その『冬夏暦』について説明するけど、1年を冬至後、夏至前、夏至後、冬至前に4分割して、それぞれ91日ずつ数えていく。ただ、夏至前と冬至前はカウントダウンみたいな感じで91日、90日、89日というようにどんどん下がっていく。人類の使っている暦より分かりにくいけど、冬至と夏至を基準にしているから年区切りはしっかりしているよ。あ、ちなみに冬至は『元旦』で、夏至は『逆元旦』って言うよ。これらは1年の基準にされる日だから、結構大事」
大志の言葉でだいぶ分かった。
案外便利そうなものだから、日常生活に組み込めばいいのに。きっとこれをしない理由があるのだろうけど、それは文字通り『神のみぞ知る』って部分になってきそうだ。
「ちなみにだけど、今日って『冬夏暦』で何日か分かる?」
大志に訊くと、大志は少し考え込んでから、
「たしか、神紀4997年の夏至前14日……じゃないかな? ごめん、間違ってるかも。きーにぃとか花菜姉ちゃんだったら知ってると思う」
神紀4997年って……。というか、まだ神類文明が誕生してから5000年経ってないんだな。勝手に経ってるものだと思っていた。
とはいっても3年だけど。
まぁ、誤差の範疇か。
そう考えながら、僕はその後3冊ほど読み進めた。
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第4巻『神紀4679年』
第10章『濱傘連盟について』
この年の夏至、当初定められた濱傘連盟の失効を迎えた。
濱竹安久斗によって招集された加盟国の神、臣、巫女は、傘下を抜けるか否かの選択を迫られた。
武豊、日渡、周知、崖川、堀ノ内は傘下に残ることを決意し、渡海と袋石は離脱をした。
これによって、濱傘連盟の加盟国は6ヶ国となった。
しかし、濱竹主導による援助はこれにて打ち切られる。
これより残るのは、国交と不可侵条約、そしてこの度新たに設けられた共闘条約である。
共闘条約は、加盟国のどこか一国が他国から攻撃を受けた場合、加盟している全国が軍を派遣して戦うというものである。
濱傘連盟は、この日より強固な軍事同盟と化したのだ。
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第4巻を読み終えた頃には、すでに日が暮れていた。
読むのは大変だけど、思っていたより苦ではなかった。
「面白い?」
夕飯の時に僕にそう訊いたのは花菜だった。
「まぁ、それなりにね」
僕が答えると、花菜はニッと笑った。
「あんなに嫌だ嫌だって言ってたのに?」
「うっせーな」
この巫女、たまに……というか、存外ウザいよな。
黙っていればそこそこ可愛い幼馴染なのに、どうしてこうも自分の印象を下げにかかるのだろうか。
「でも、大智が日渡伝書を読む日が来るとはね。1ヶ月前は夢にも思わなかったよ」
「そうだね。それに関しては僕も驚いてるよ」
兄の言葉に僕は同意をする。だって神治に参加しろとあんなにしつこくせがまれるとは思っていなかった。そして、それに自分が頷く未来もまた、僕には予想も付かなかった。
「というか、なんで大智はあんなにあっさりと神治の参加を決定したの? 大逆罪が決定的な脅しになるとは思えないけど」
花菜にそう言われて、僕はもえちゃんとの約束を話すか迷った。
法律の改正。それが神治に参加すると決めた理由だ。
でも、それを臣と巫女のいる前で言っていいのだろうか。
国の最高権力者……は『神』だけど、それに次ぐ権力者。もちろん、法律を改正する権利を有している。
ということは、今ここでそれを話せば、法律の改正は実現するのでは……!?
もえちゃんとの約束は、法律の改正と、その改正までがいかに大変な道のりであるかの証明だ。
兄や花菜が、僕からの言葉でコロッと法律を改正するような奴らではないとは思う。
言えば、言ったという事実が生まれる。
しかしそれで改正できなかったとなれば、一筋縄ではいかないことを証明する材料を増やすことができる。
だったら、言うに限るのではないだろうか。
よし、言ってみよう。
「実はね、ある人と約束をしたんだ」
「約束?」
「うん。神が国民の前に姿を現せるように法律を改正することをね」
「はぁ!?」
僕の言葉に驚き呆れたような表情になる花菜。
「待て、法律の改正は臣と巫女にしか与えられていない権限だぞ? それをどうやってお前がやるって言うんだ」
「だからここで話してるじゃん。その臣と巫女にやってもらうように」
兄にそう言ったら、兄は低く唸った。
「神様といい、お前といい、同じことを言うんだな……」
兄はそう呟いて頭を抱える。
「神様?」
「ん? あぁ、気にするな。独り言だ」
大志の質問に兄はそう返すが、僕は思わずにはいられない。
「神様にもそうせがまれているの?」
僕が問うと、兄は決まり悪そうに頷いた。
「神様に言われているのに、なんで改正しないの?」
大志がそう質問すると、
「日渡では、法律に関しては臣が一任している。だから神様の意見を突き跳ねても特に問題はない」
と返ってきた。
「じゃあ、そこまでして改正できない理由があるの?」
僕が訊くと、兄は曖昧に頷いた。
「どうして?」
「私も気になる」
大志の質問に花菜も同調する。
兄は少し唸ったあと、ため息を吐いて言った。
「改正すると、今以上に神様が逃げ出しかねない。今は堂々と街を歩けない分、行く場所はだいたい決まっているが、法律を改正したら話が変わる。探すのも面倒だし、何しろ神様が神治をサボっていることが発覚するだろう。そうなったら収集がつかなくなるかもしれん」
「あー……」
花菜は思い当たる節があるようで、その意見に納得した模様。
「だが、神の姿を見たことがない国民が、臣と巫女の独裁政治ではないかと疑い、国の信用が落ちているのも事実だ」
兄が困ったように言った。
「だからこそ、国民は大智を頼りに法律の改正を目論んでいるんだろう。違うか?」
兄が僕を射抜くように見る。
「う、うん。まぁ、そんなところ」
すげぇな、兄。全てお見通しか、臣だけに。
……自分で思っておいてあれだけど、なんか一気に寒くなったな。
「はぁ。まぁ分かった。考えておく」
兄はそう言い、ご飯をかき込んだ。
そしてご馳走様と言うと、立ち上がって部屋に戻っていった。
残された僕ら3人は、黙ってご飯を食べるのだった。
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ーーー
ー
「そうだねぇ、そんなこともあったね」
夜中、自分の指先に灯る炎の灯りだけを頼りに、書庫で本を読み漁る者がいた。
「まったく、いつ読んでも感心するわ。これほどにまで鮮明に書き残してくれて、ほんとに有能」
そう言って微笑むその者は、昔を懐かしむように上を見つめた。
「連邦ができたのも、265年も前の話なのね。感慨深いわ」
そうして、誰もいない空間に呟いた。
「よく崩れずに残ってきたよ……」
瞬間、書庫に青白い閃光が差し込んだ。もしこの空間にその光を直視した者がいたのなら、その者は失明をしていただろう。
光が収まったと同時に静かな声が響く。
「萌加」
「ふぇ!? あ、あおい! ふぁぁあ、びっくりしたよ。来るなら一回連絡入れてよね、ほんとに」
書庫にいた赤髪ツインテールの少女、萌加は、いきなり現れた麗しき銀髪の女に対してそう返す。
「やだなぁ、私と萌加の仲でしょう? いちいち連絡なんてしなくたっていいじゃない」
ケラケラ笑いながら、銀髪の女は萌加に告げる。
「それにね、連邦加盟国の神と親交を深めつつ、探りを入れるのも統率神としての務めなのよ。連絡しちゃったら、探りにならないでしょう?」
その銀髪の女とは、靜連邦の二大統率国の一つ、靜国の三大神が一人、靜あおいである。
「嫌なことを言ってくれるね。まさかわたしが反乱でも企んでいるって言いたいの?」
「いいえ、違うわよ。これは仕事。連邦加盟国の全てに対して平等に行っている行為よ。だから、萌加が裏切るなんて思ってもないわよ」
手をひらひらと振りながら、あおいはそう告げる。
萌加は心底ホッとして、手に持っていた日渡伝書を胸に抱いた。
「なに、その本?」
萌加の抱き抱えた日渡伝書を見て、あおいが不思議そうに尋ねた。
「え? あぁ、日渡伝書だよ。この国の歴史書。毎年、臣がその年にあったことを書き残しているの」
萌加の説明を聞いて、あおいは感心をしたように目を見開く。
「あなた、マメなのね」
それを聞いて、萌加はきゃははと笑う。
「わたしじゃないよ。始めたのは明だもん。わたしはそれを真似ているだけ」
「めい……?」
あおいは少し考えたあと、
「あぁ、兎山の?」
と訊く。それに萌加は頷いた。が、首を傾げながら質問する。
「あおい、明のこと忘れてたの?」
「うぐっ」
あおいが気まずそうな顔になる。それを見て、萌加が更に追い討ちをかける。
「わたしを引き取るように頼んだのに?」
「……」
「わたしって、忘れちゃうくらい交友関係の浅い国に送られたの?」
「そっ、それは……!」
あおいは必死に反論しようとしたが、萌加によって遮られた。
「冗談だよ。連邦ができた時には既に兎山は滅んでいたし、あおいがずっと明のことを『兎山さん』と呼んでいたのも知ってる。それに地理的にも遠くて関係が浅かったことも分かってるし、なにしろ……」
そうして萌加はニヤリと笑いながらあおいを見た。
「勢力圏拡大のための手段として、わたしを明に託したことも分かってるよ」
あおいは驚いたように目を見開いた。そしてしばらくした後、ニッと笑って、
「気づかれていたとはね。正直、みくびってたわ」
と言った。
「こんな見た目してるけど、一応は一国を運営する神だからね!」
萌加はそう言って、にっこり笑いながら無い胸を張った。
それを見て、あおいは諦めたように笑う。
「でも、その政策は結果的に功を成したわね。改めて感謝するわよ、萌加。そして、ごめんなさい」
「いいの、いいの。あおいがわたしを明に託してくれたことで、みんなと知り合って仲良くなれたから。それに、こうして今、靜連邦が瓦解せずに残っているのも、あの時あおいが明にわたしを託したことが関係しているのも事実でしょ?」
萌加の言葉に、あおいが頷いた。
「えぇ。あなたが西部地区を説得してくれなかったら、この連邦は存在していないものね。濱傘連盟がこの連邦に入ってくれたことは、二大統率体制を生み出したばかりではなく、圧倒的な軍事連邦を創り出した。一つの連邦にして、統一連邦にも負けず劣らずの大勢力となったのも、元を辿れば2500年前にあなたを兎山に託したことに始まった」
「あおいの政策は間違ってない。わたし、怒ってないし恨んでもないよ。今が平和なのは、単にあおいの積み重ねてきた外交の成果だもん」
あおいの言葉を萌加は肯定する。萌加の言葉は本心であり、本気でそう思っているのだ。
「……変わったわね」
あおいは床に向かって呟いた。
「ん?」
萌加には、その声が聞こえなかったようだ。
「ううん、なんでもない」
あおいは笑って誤魔化した。
「そういえば、どう? 記憶の方は」
誤魔化しついでに、あおいは話題の転換をした。
「相変わらずだよ。思い出せない。たまに変な夢を見るけど、それが喪った記憶と関係してるのかは分からない」
萌加はお手上げというように両手を挙げて首を振った。
「その夢って、どんなの?」
あおいが訊くと、
「うーん、あんまり覚えてないけど。なんか、暗い部屋で、男の人を殺す夢……みたいな……」
と萌加が返した。
「それは……」
あおいは眉を顰めた。その情報だけでは判断のしようがないからだ。
「これって、喪った記憶なのかな?」
「分からないわね」
萌加の質問にあおいはそう言い、
「もう少し具体的には思い出せないの?」
と訊いた。
「ごめん……」
萌加は首を振る。
「そう……」
あおいはしばらく考え込んで、結論が出ないことを理解して言葉を吐いた。
「まぁ、なにか進展があったら言ってね。協力するから」
「うん」
萌加はそう言い頷いた。
「じゃあ帰るわ。早くしないと弟たちに怒られちゃう」
「ありがとね、あおい」
萌加はあおいにそう言って、小さく手を振った。
「また来るわよ」
あおいはそれに微笑んで、眩しいくらいに強い光を放ってそこを去った。
残された萌加は、指先に灯る炎の灯りを頼りに、日渡伝書を所定の位置に戻すのだった。
靜あおい:年齢■■■■歳 身長163cm




