第16話『目標』
その後、僕はお風呂に入って疲れを取り、床に就こうとした。
だけど、ふと思い出した。
安久斗様に助けられたとき、彼が口にしていた『皇神種』という言葉。安久斗様は忘れてくれと言っていたが、気になった以上疑問は解決しておきたい。
それと、もう一つ。小林氏が言っていた上神種の『代表一族』の話。あれが日渡にも適用されるとすれば、僕と大志はそのうち家を出ることになる。兄はそれについてどう考えているのだろうか。
皇神種の件については知っていたら教えてもらうとして、僕と大志の出家の件が優先的だろう。
兄の考えを聞くべく、僕は兄の部屋を訪れた。
僕が『代表一族』についてを訊くと、
「あぁ、それか。まだ先のことだし、まだ具体的に考えてないから気にしないで」
と兄は答えた。そしてこう付け足した。
「『代表一族』になるための最低条件は、臣が家庭を持っていることだ。だが俺はまだ家庭を持っていないし、大智も大志も家庭は持っていない。だから『代表一族』を決めるのは、まだ当分先の話になるな」
「分かった」
つまり、これに関しては今はまだ気にする必要は無いということか。
でも、いずれは下神種になる日が来る。
それは念頭に置いておく必要があるだろう。
ということで、この問題は解決した。
では、次の話。
「もう一つ話があってさ」
僕はそう切り出した。
兄は僕を見て首を傾げた。
「今日、安久斗様が自分のことを『皇神種』って名乗ってたんだ。本人は忘れろって言っていたけど、気になってさ」
「皇神種が何か教えろってか?」
「そう」
ふむ、と兄は言うと、
「長くなるけどいいか?」
と確認をしてきた。
えぇ、長くなるのか……
さっさと寝たいのが本音だが、気になった以上知っておきたい面もあって。
「……うん、いいよ」
結局僕は兄の話を聞くことにした。
ーーーーーーーーーー
神類には種類があるのは知っているだろう? 大まかに分けると『永神種』『上神種』『下神種』に区分されるのだが、実はその中にも細かな区分が存在する。
『上神種』と『下神種』については今は関係ないので話さないが、日渡伝書を読んでいるとたまに用語が出てくることがある。もしお前が読む気になって、それを読んだ時、分からなかったら大志にでも聞いてくれ。
では、本題。『皇神種』について話そうか。
『皇神種』というのは、『永神種』の中に区分される種の1つだ。
そもそもとして『永神種』は、『祖神種』『始神種』『皇神種』の3つの種に分かれる。
それらには誕生の仕方、数、使用できる能力の強さに差があって、明確な格差が存在する。
最上位種族は『祖神種』。祖神種というのは、人類によって直接生み出された存在だ。実験に実験を重ね、多大なる犠牲を払い、妖精などの副産物を生み出しながらも実用型生物兵器の量産先行型として作られた。
しかし、人類には扱いにくい代物だった。理由は『能力』で、使用できる権能が多すぎたんだ。
その説明をするためには、まず能力について軽く触れておく必要があるな。
神類が持つ『能力』には、炎、水、風、地の4つの属性が存在する。
俺たち磐田家は『炎属性』で、花菜ちゃんたち豊田家は『地属性』だね。
そして、その『属性』は更に分岐をする。その分岐した個々を『要素』と呼ぶ。そして更に、その『要素』も複数の『要素源』に分岐をする。
さて、ここまで話しておけば、これ以降の説明で支障はないと思う。
祖神種の使える権能は『自分の有する属性に所属する全ての要素と要素源』なんだ。
それはあまりにも多すぎる。
例えば『風属性』の祖神種である靜の三大神は、気圧変動、風力操作、気温変動などの風属性の技は全て行使することができるんだ。
そんなものが大量に作られたのなら、いつか人類の手に負えなくなる可能性があるってことで、人類は改良をした。
そうして生み出され、生物兵器として大量に量産されたのが『始神種』だ。
始神種も、祖神種同様に4つの属性に振り分けられる。だが、属性の中の一つの『要素』しか使うことができない。
例えば、始神種である日渡の神様は、『炎属性』の『火』という要素を持っていて、もう一つの要素である『光』は操れない。
だが、『要素』を形成する『要素源』を操ることはできるため、『火』の要素源である『熱』と『燃焼』は自由に操ることができる。
ちなみに、もし『炎属性』の祖神種であるならば、『火』と『光』の両方の要素を操れて、『火』の要素源である『熱』と『燃焼』はもちろん、『光』の要素源である『直進』と『屈折』、『閃光』なんかも使うことができるってことだ。
このように始神種は、人類が使いやすいように能力に制限が設けられたわけだ。
さて、本題の『皇神種』なのだが、これは永神種の中で唯一人類によって生み出されていない種だ。
皇神種は、祖神種や始神種の子孫に当たる種だ。
そんなことを言ったら、上神種も下神種も全く同じで、祖神種や始神種の子孫だ。
だが事実、皇神種も上神種や下神種と同じく祖神種や始神種の子孫なんだ。
では、上神種や下神種と何がどう違うのか。
それは『生まれた時代』だ。
上神種や下神種は、毎年、毎日、今この瞬間も命が芽吹いている。それに対して皇神種が生まれたのは、今から5000から4500年前。今この瞬間に生まれることなど決してない。
つまるところ、神治制が始まる以前に祖神種や始神種から生まれた神類を『皇神種』と呼ぶわけだ。
だが、その時代に生まれた神類の全てを皇神種と呼ぶわけではない。
その中で『永神種』と呼べる者、つまりは神治制で国を興し『神』の座に就いた者のみを『皇神種』と呼ぶわけだ。
だが、皇神種は同じ永神種の祖神種や始神種に比べて遥かに弱かった。
その理由は、『要素源』しか使えないことにあった。
祖神種や始神種の子孫……つまり神類は、両親の能力同士が混ざり合って強くなるということは決してない。むしろその逆で、お互いの能力が反発し、打ち消しあって、力を弱めてしまうのだ。たとえ両親が同じ神種、属性、要素を持っていたとしても、絶対にそれが起こる。そうして、要素を形成する要素源のうちの1つだけを操ることしかできなくなってしまうんだ。
皇神種は、『属性』の中の『要素』の中の、ただ1つの『要素源』しか操れない、『永神種』の中でも最弱な種なんだ。
ーーーーーーーーーー
「どうだ、分かったかい?」
兄はそう言って話を締めくくった。
「まぁ、それなりに」
少し難しかったが、一言でまとめると『皇神種』は『永神種』の中で最弱ということなのだろう。
安久斗様はそれを気にしていたから僕に忘れろと言ったのだろうか?
それとも、また別の理由があるのか。
うーん、分からん。
まぁいいや。とにかく『皇神種』についての疑問は解決した。
「…………」
にしても、何か引っかかる。
うーん……
「どうした?」
悩む僕を見て、兄が話しかけてきた。
「あ、いや。なんか引っかかるなぁって思ってさ」
僕はそう返して、また考え出す。
……あ、そうか。
引っかかっていたことが分かったので、兄に質問する。
「あのさ、祖神種や始神種の子孫は能力がどんどん弱まっていくって話だったじゃん。その理論でいくと、今の僕たちって相当弱いんじゃないの?」
僕が引っかかっていたのはそれだった。
神類は、両親よりも弱くなっていく。要素が使えた始神種の子孫は要素源しか使えなくなる。その理論でいけば、その子孫はさらに弱くなり、今なんか、当時から見たらほぼ無能力に近いのではないのか。
「あぁ、言いたいことは分かった」
兄は僕の疑問の意図を汲み取ってくれたようだ。
そしてこう言った。
「確かに、今の『下神種』はほぼ無能力と言っていいほどに弱いよ」
「『上神種』は?」
その質問に、兄は笑った。
「実はな、『上神種』ってのは色々な理由で『神』の影響を強く受けているんだ。だから弱くなることはない。それに、臣の家系は『神』と同じ能力を持つんだ。それがたとえ『皇神種』であっても『始神種』であっても、『祖神種』であってもな」
……は? おいおいおいおい、サラッととんでもないことを聞いたような気がするぞ?
つまり僕の権能は、この日渡の神様と同様のものであって、『始神種』に相当する力……なのか?
「あ、でも勘違いすんなよ? 俺たちは『炎属性』の『火』の権能が使えて、それに属する『要素源』を全て使うことができるが、威力は『始神種』の数百倍は劣るからな。俺たちの力なんて、神様にとってはおもちゃ程度なもんだ」
まじかよ。
「ちなみに、巫女の能力がなんで属性を跳躍して違うのかというと、」
驚く僕に向かっていきなり兄が違う話をし始める。
そして告げられる言葉。
「神治制が確立された時の取り決めの中に『適当に女児を拉致れ』ってのがあったかららしいよ」
「…………」
あぁ、もう分からん。
つまりはロシアンルーレットだったってことか。
「何が言いたいかというと、」
兄は僕を見て爽やかに笑った。
「永神種の行動、言動が、必ずしも合理的であるとは思わない方がいいってことだ。これからお前が神治に関わるのなら、それは覚えておけ」
そうなんだ。永神種ってなかなか自分勝手だな。
つまり、臣や巫女ってそれに振り回されて生きているのか。
なんだろう、そう思うと兄や花菜ってすごく可哀想な立場だな。
でも、それでも兄は父を目標にして日々頑張っている。
……目標、か。
『もしも僕が何かの物語の主人公だったら、主人公補正かかって死なないんだろうけど、生憎と僕を主人公とした物語はできそうにない』
『主人公になれない心当たりは数多ある』
『僕は目標もなくただ飄々と生きていただけなんだ。主人公になれなくて当然だ。物語は、主人公に目標があってこそ成り立つ。僕にはそれがない。だから成り立たないんだ』
それらは、安久斗様に助けられる前、死を覚悟した時に僕が思ったことだ。
主人公は主人公補正で死なない。でも自分はモブだから死ぬ。
そんなでたらめなことを考えていたが、実際は助かった。
僕のその理論では、今僕が生きているのは『主人公だから』ということになる。
主人公なら、目標を持つべし。僕はそう考えた。
「兄さん」
僕は兄を見ながら告げた。
「僕、目標を作るよ」
「へぇ、目標か。いいんじゃないか?」
兄はそう言って笑った。
「それで、どんな目標なんだ?」
そう訊かれて、
「今後の僕の在り方についてだよ」
と言う。
「詳しく聞いても?」
兄がそう言うので、僕は瞬時に頭に浮かんだ理想をそのまま語った。
「僕が上神種でいられる限りは、兄さんを全力でサポートするよ。日渡伝書を読んで、勉強もする。何かあれば使者としていろんな国に行くし、神治だって手伝える限りのことはやるよ。それで、いずれ下神種になったらすぐに濱竹に行って、軍に入って強くなる。そしてそこで学んだことを生かして、いずれは日渡の軍を強くしたい。濱竹であれだけの反乱が起きた。それは決して他人事じゃないと思うんだ。いつ、どこで、何が起こるか分からない。だから、もしもに備えて僕は軍を育成したい」
深夜の勢いに任せて、僕は兄に語る。そんな僕の言葉に兄が告げた。
「いいじゃないか! 期待しているよ」
その言葉は、何故か僕を熱くさせた。初めて心から何かを成し遂げてみたいと感じた瞬間だった。
僕はこの目標に向かってこれから精進する。
そう心に決めたのだった。
「さて、俺も風呂入って寝るとしよう。お前も寝ろよ」
兄は僕にそう告げて、一つ大きな欠伸をした。
「あ、うん。ごめんね、夜遅くに」
「いいって。今日はお疲れ様。よく働いてくれたよ。ありがとう」
そう言って、兄は浴室に向かった。
僕も自室に戻ってさっさと寝るとしよう。
さすがに、もう限界だ。
ーーーーー
ーーー
ー
翌日。僕が起きたのは昼前だった。
疲れはあんまり取れていない。昨日、夜遅くまで起きていたのが原因だろう。
居間に入ると、そこには日渡伝書を読み漁る大志の姿と……
「あ、やっと起きた」
何故か巫女の姿が。
なんでいるんだ、こいつ。
「もう、大貴さんから聞いたよ。勉強するんだって?」
「はぁ?」
確かにそう言ったけど、なんで兄はそれを話してしまうんだ。しかも、よりによってこの巫女に。
絶対めんどくさいやつだ。
「嬉しいよ、勉強する気になってくれて」
「お前のためにするわけじゃないけどな」
笑う花菜に僕が言い返すと、そのくらい知っているよと返ってきた。
「中途半端な時間だし、ご飯は朝昼一緒ね」
「なんでお前が決めるんだよ……」
「だって作るの私だし。今から大智のためだけに作るの面倒だし。それに私も暇じゃないの。んじゃ、私は仕事にいってきまーす」
そう言って神社へと向かっていく花菜。
「はぁ、朝から騒がしい巫女だ……」
僕が呆れたように言うと、
「ちーにぃ、日渡伝書も読むんだよね?」
と大志に訊かれる。
「ん? あぁ、読む気だけど……」
「じゃあ、これ!」
僕が答えた瞬間、僕の目の前に分厚い本が3冊ほど置かれる。
……なんだ、この厚さ。まるで辞典じゃないか。
「これが1巻から3巻。重要なところに印をつけておいたから、そこを読んでくれるだけでいいよ!」
大志がにっこりと微笑みながらそう言う。
「あ、ありがとう……」
対する僕は苦笑いだ。
必要なところを選べるだけ読み尽くしているというのか、この弟は……
恐ろしい子!
そう思っていると、大志が突如爆弾を落とした。
「それと、まだあと320冊くらいあるから、あとで書庫から持ってくるね」
「うぇ!?」
それを、全て読めと……?
「何を驚いているの? 年に1冊のペースで増えるんだから、それくらいあるに決まってるじゃん」
いやそれは知ってるけど、その数を読むの!?
試しに1巻を手に取ってページを開いてみる。
ずっしりと重く、どこかカビ臭いが、そこには手書きでびっしりと文字が書かれている。
挿絵がたまにあるが、それはどれもメモ程度の絵。
ほとんどが文字で埋まっていて、それがおよそ500ページに渡って続く。
「これは……」
これは、寝るなぁ。間違いなく眠くなるやつだ。
読まずとも分かる。これは真面目な話以外は載っていない。
絶対につまらないものだ。そう断言できる。
これを、320冊……
いくら大志が厳選しているからといっても、半端な根性じゃ折れるに違いない。
覚悟を、決めないと……
唾を飲んだ。
一つため息を吐き、顔を上げた。
「うん、頑張る。読んでみるよ」
その言葉を聞いて、大志の顔がパッと明るくなった。
嬉しそうに笑う大志を見て、悪い気はしない。
やってやろうじゃないか。どれだけ過酷な苦行であろうとも、僕はもう逃げない。神治に参加し、兄を支え、そして……
きっといつか、あのクソ親父の作った法律を葬ってやる……!




