第12話『濱竹の臣と巫女』
時は戻る。
安久斗は臣と巫女と、そして数人の神務局員を連れて、7日間も人類と神類の戦いが続いて荒廃した北濱中央を視察しに来ていた。
転移回廊を抜け、区役所の玄関を出た安久斗。その瞳には、記憶にあった清潔感の漂う街並みとは大きく異なった光景が映っていた。
崩れ落ちたコンクリート製の建物、穴の空いた壁、瓦礫だらけの道。街に立ち込める砂埃で見通しが悪い。
久しぶりに見る戦場の跡に、安久斗は懐かしさと嫌気を抱く。
神類同士で戦争を繰り広げていた2500年前に見た光景とそっくりな状況。あの頃、周囲にあった弱小国家20ヵ国を侵略、併合し、今の濱竹の大きさにまで拡張した。
当時の安久斗は、自分の実力に自惚れて、名声と名誉ばかりを求めて暴れていた。
街に住む者のことなど眼中になく、国が大きければ大きいほど強くて良い国だと思っていた。
その結果、『超大国』と呼ばれるほどの領土を得たのだが、戦場となった都市は荒廃した。
都市の荒廃は、民に不満を抱かせた。
当時の安久斗の評価は地に落ち、しばらくはまともに神治すらできなかった。
特に、かつての北濱国、今の北濱中央では安久斗の評価が著しく酷く、あろうことか人類に同調して、かつての臣家と巫女家が下神種を従えて反乱を起こしたほどであった。
2年に渡る戦争で都市は消え去り、植物すらも生きられないほどの有様になってしまった。
安久斗はその反乱を圧倒的な武力で押さえ付けて鎮圧した。
しかし、それに対する世間の目は冷たかった。
名声と名誉を求めていた安久斗にとってとても痛く、彼は初めて『大きければ大きいほど強くて良い国』という認識が間違っていたのだと気が付いた瞬間であった。
それ以降、安久斗は自分の行動を反省し、荒廃した都市の復興に尽力した。
それから長い時間をかけて、世界は徐々に安定して平和になった。
小規模な人類反乱も度々あったが、それは塵も同然である。
現代の北濱中央の清潔な街並みは、争いがなくなり平和になった世界の象徴であった。
そんな都市が、また荒廃した。
過去を知っているからこそ、安久斗は今の現状が懐かしく、そして嫌気を抱くのだ。
「残党がいるかもしれない。注意せよ」
安久斗の背後で、ひくまが神務局員たちに指示を出す。
「人類が最後の攻撃に耐えれるとは思えないけど?」
そのひくまに、おなが水を差す。
「念のためだ、おな。確かに梧の『元素変動』は、人類には即死技だ。だが、油断するのは禁物だ。なにせ人類だ。奴らはしぶといからな」
ひくまはそう言い返すが、彼自身も残党がいるとは思っていない。
行政総長である二俣梧の能力は『地属性』の『気』である。これは喜々音が持っている『地属性』の『空』の範疇に含まれる『空気』を操ることのみを抜き出した能力だ。
逆に言えば喜々音もこの『元素変動』を使うことができる。彼女はまだ一度も使ったことはないが。
街の被害状況を細かく観察するために、安久斗一行は北濱中央の街を歩き回る。
崩れた建物や割れたガラスなどに注意しながら、被害状況を確かめていく。
15分ほど歩いたが、予想通り人類の残党に出会うことはなかった。
しかし、直後に問題が発生する。
暗い路地裏の一角に一瞬だけ光がちらついたのを、おなが感知する。
おなは無言で右手側にあるその路地を向いて抜刀し、警戒をする。
「どうした?」
ひくまがそう彼女に言ったその直後、路地から鋭利な金属片が高速で飛んできた。
おなが刀でそれを弾き、弾かれた金属片が安久斗に迫る。
それはおなの想定外だった。おなは酷く焦りながら叫んだ。
「安久斗様っ!」
「ん?」
しかし安久斗は動じないで、金属片を一瞬だけ視界で捉える。
そして、目前に迫ったそれを素手で掴み取る。
掴み取った安久斗の右手が切れて血が流れる。
「ふむ」
安久斗はそれだけ言うと、金属片を左手に持ち替える。すると、みるみるうちに右手の傷が塞がっていく。
それと同時に、路地に向かって金属片を投げ返した。
しかし、その速さは先程の10倍は軽く超えている。目に見えないほどにまで速い。
「うぐっ」
「がはっ」
「ぐっ」
「うぁっ」
安久斗の投げた金属片が何人もの人を貫いて、様々な呻き声が路地裏から聞こえる。
「んじゃ、片付けるか」
安久斗の、そのまるで少し散らかった部屋の片付けを始めるような軽い言葉で、人類の悲劇が幕を開ける。
ひくまが路地に向けて大量の水を噴射する。その量と威力は人を殺すには過剰すぎるほどに強いが、攻撃はそれだけでは終わらない。
「安久斗様を危険に晒した罪、償ってもらうぞっ!」
おながそう言って地面を蹴る。すると突然強い風が吹き、彼女はその風に乗って路地まで高速移動をする。
そのまま止まることなく、水に呑まれて命を失った人類を刀で斬りつける。要するに死体斬りであり、無意味な行為だが、それをしなければ彼女の気は済まない。水浸しの地面が血で染まった。
斬り終わると、風の吹く向きを自在に操って、ふわっと空に舞い上がる。そしてそのまま安久斗の横に降り立った。
「無礼者の成敗、終了致しました」
その言葉に誰もが思う。本当に安久斗を危険に晒したのは人類ではなく彼女であると。彼女が飛んできた金属片を弾かなければ、安久斗に金属片が向かうことはなかったのだから。
しかし、それを指摘する者は誰もいない。言ったら殺されかねないと全員が思っているからだ。
おなの能力は『風属性』の『突風』である。
彼女は今回、移動手段に能力を用いた。
しかし、そればかりではない。
もちろん能力を用いた攻撃も彼女は使える。
しかし、その攻撃範囲は異常に広い。
彼女の必殺技である『竜巻斬技』は、彼女から半径250メートルにいる全生物を対象とし、対象全てを竜巻で巻き上げて、彼女が敵視する者および気に食わない者に斬撃を加える攻撃である。
おなは安久斗と自分以外の者は生きていようがいまいが関係ない。安久斗や自分に無礼を働かなければ何もしない。だが、少しでも彼女の尺に触った瞬間に敵と見做す。そして、容赦なく対象を斬りつける。その際『竜巻斬技』を用いることも多々あり、巻き添えを食らう者は数多としている。
三ヶ日おなという女は、とても身勝手なのだ。
今回も全員、おなが『竜巻斬技』を使うのではないかと焦っていた。だからひくまが先手を打って路地に水を放った。そして人類の命を一瞬で奪い、生物を対象とする『竜巻斬技』の対象外にした。そうすることで、おなはそれを使う意味がなくなる。人類を斬りたいのであれば、それ以外の方法を使わざるを得なくなるのだ。その結果が今回の結果だった。
「気は済んだか?」
安久斗がそう訊く。
「はいっ!」
元気よくおなが答える。それに安久斗が笑うが、瞬時に表情を引き締めた。
それは、彼が人類の群れを察知したからだ。
「安久斗様、どうなさいました?」
ひくまが安久斗に近づいて訊くと、
「まだいるようだぞ? 結構多い」
と言った。
驚くひくま。それを放置して安久斗はおなを向いた。
「殺り足りないだろ?」
安久斗は真顔でおなへ質問をする。
「もちろんです。先程はひくまに手柄を半分ほど持っていかれましたし……」
そう言ってひくまを睨むおな。ひくまはまだ驚いたまま固まっている。
正確には半分ではなく全部なのだが、例に習ってそれを指摘する者は誰もいない。
安久斗はニヤッと笑い、背後に並ぶ神務局員に向けて告げた。
「人類の残党を確認した。これより俺が指揮を執って排除をする。その旨を神務卿に伝えろ」
「で、ですが! 安久斗様自らが指揮を執るのは危ないのでは……」
1人の神務局員がそう言うが、おなが彼に向かって抜刀する。
「控えなさいっ! 安久斗様の決定に盾を突くなど無礼極まりない!」
「辞めろ、おな。だが、これは俺の決定だ。神務卿にそう伝えろ」
「はっ」
そうして速やかに連絡が行われるが、それと同時に安久斗がおなとひくまに指示を出す。
「おな、今すぐここから300メートルほど西へ行け。そしたら瞬時に『竜巻斬技』を発動。それに引っかかった人類を皆殺しにせよ」
「お任せを!」
そう言って、風に乗って瞬時に消えるおな。
「ひくまは『竜巻斬技』に引っかからなかった奴らをここへ連れてこい。周りの雑魚は殺していいが、重要人物は殺すな。痛めつける分には構わんけどな」
「了解しました」
「お前が連れてきたら、俺が直接情報を聞き出す。頼んだぞ」
「はい」
そうしてひくまは人類のところへ向かう。
「不可解だ。なんでこんなに人類がいる?」
安久斗は誰にも聞こえない程の小声でそう呟いた。
ーーーーー
ーーー
ー
人類は恐怖した。
いきなり突風が吹いて、上空へと投げ出されたのだ。
周りの樹々や草花も上空へ舞い上がる。
「竜巻!?」
「晴れているのに、なぜだ!?」
疑問を口にしたところで状況は変わらない。
そこに、酷く冷たい声が聞こえる。
「黙れ、安久斗様を煩わせる虫ケラが」
「だ、誰だっ!?」
吹き飛ばされた一人、人類反乱軍の第九部隊の隊長がその声に問うと、
「名乗るだけ無駄よ。だってあんたらもうすぐ死んじゃうじゃない。覚えておいてくれるならまだしも、先行き短いゴミ虫に教える必要は皆無だわ」
と返ってくる。
「うるせぇ! 誰だか知らねぇが、俺たちは今『あのお方』から貰った銃を持ってるんだ! 神類だって敵じゃな……」
その言葉を聞かないまま、おなは竜巻の最下部から上昇する。
刀を手に持ち、竜巻に巻き上げられた人類を下層部から一人一人確実に斬っていく。
上層部に巻き上げられた人類は、上空から銃でおなを狙う。
そして引き金を引いて撃つのだが、渦巻く突風の中で銃に照準などないようなものだ。
弾丸は風に巻かれ、的外れな方向へと飛んでいく。
「無駄なことを。これ以上あなたたちに時間を割くのも馬鹿馬鹿しいわ。消え失せろ、虫ケラが!」
おながそう言って竜巻を駆け上がる。一人一人高速に、しかし正確に斬り殺す。
「バ、バケモノがぁぁぁあ!」
隊長は迫り来る痩せた背の高い女(三ヶ日おな)を見て叫ぶ。手には刀を持ち、顔は笑みで満ちている。子供が遊んでいるかのように楽しそうな顔で、容赦なく斬りかかってくる。
隊長はその刀を銃剣で対応する。
「あら? あんた凄いわね。私と刀を交わすなんて。そんなに苦しんで死にたいなら、お望み通り痛くしてあげる!」
そしておなは隊長の銃剣を弾き飛ばす。そして腕を斬り落とし、右目を潰し、口の中に刀を突っ込んだ。
「んがぁぁぁ!」
「あはははははははは! おもしろっ! いいじゃんいいじゃん、最高に面白いじゃん!」
隊長は痛みで何もできない。徐々に意識が遠のく。残った左目に映るのは、狂気に満ちた笑顔を浮かべる、楽しそうなおなの姿だった。
この竜巻に呑まれた人類は生きては帰れない。
今回も文字通り、人類は皆殺しという結果に終わった。
ーーーーー
ーーー
ー
運良く『竜巻斬技』に巻き込まれなかった人類。
彼らは、突如として現れた真横に聳える高く大きな竜巻を見てただ呆然とするしかなかった。
理解が追いつかず、逃げるという考えすら不可能になっていたのだ。
「あれはやりすぎだな……」
突然、そんな声がした。
「俺もその通りだと思うよ……」
人類反乱軍の第八部隊の隊長は、横から聞こえた声に誰かも確認せずにそう返す。
「はぁ。まったく困ったもんだ……」
「ほんとにそうだ。あのままでは全滅じゃないか」
「まあ、殺すためにやってるから全滅するのは構わないんだが、街がなぁ。復興するのも一苦労なのに……」
その言葉を聞いて、隊長はようやく彼が仲間でないことに気がつく。
「誰だっ、貴様!?」
抜刀し、横にいる面長な男、浜松ひくまを向いた。第八部隊の全員が抜刀して、ひくまを取り囲む。
「落ち着け、人間。別に俺はお前らを取って食おうとは思わねぇよ。……殺そうとは思うけど」
「落ち着けるかぁ!」
隊長は盛大にツッコミを入れる。
「まぁまぁ。まだ殺さねぇから安心しろ」
「できるかぁ!」
またもツッコミを入れて、右手を上げた。
「殺れっ!」
そのまま右手を勢いよくひくまを指差し、隊員に戦うように命じた。
「だーかーらー、まだ殺さないって言ってるよね? 人の話を聞こうよ」
ひくまはそう言って、全方位から刃が迫る中で右手を上げた。
するとひくまを水が取り囲み、迫る刃はその水に弾かれる。
『折るよ?』
水の中からそんな声がした。
「折るって……?」
隊長がそう疑問に思った瞬間、水に触れていた隊員の刀がバキバキと折れていく。
「うわぁ!」
「なんだ!?」
混乱する隊員。
「クソッ!」
隊長が銃剣を構えて目の前にある水の球体に発砲した。
しかし、銃弾が水に触れた瞬間に弾け飛んだのを一瞬で認識した。
「バカなっ!」
『諦めなよ。俺は少し話がしたいんだ。それが済むまでは殺さんからさ』
取り囲む水を解除しながらひくまがそう言う。
そして現れるひくま。
「やぁぁぁああ!」
ひくまが水を解除した瞬間、刀を折られなかった数人の隊員がひくまに襲いかかる。
水を解除したばかりであれば、隙を突けると人類は確信していた。
しかし結果は残酷だった。
「しつこいっ! 人の話はしっかり聞けよ、クズが!」
ひくまがさっきまでの飄々とした雰囲気から一転して怒鳴った。その悍ましいほどの気迫に圧倒され、人類は動けなくなる。彼らの本能が危険を訴えたのだ。
その通りで、刀を持ってひくまに迫った人類は、ひくまが水で作り出した刀によって文字通り真っ二つにされていた。
「話を聞け、ゴミ。俺は濱竹国の臣、浜松ひくまだ」
「お、おおお、臣だと!?」
隊長は腰を抜かす。
それも無理はない。なぜなら相手は神類の中でも上神種。そして濱竹の臣ということは、他の上神種とは別格なのだから。
人類が50人束になったって勝ち目はない。
そのくらい、濱竹の臣というのは強いのだ。
「せっかく痛めつけないでおいてやろうと思っていたのに、なんでそんなに好戦的なのか理解できん。そんな戦いたいならお望み通り戦ってやるよ。安久斗様からはリーダーだけを生捕にしろって話だったから、お前以外は皆殺しにするぜ? んで、お前も話せなくなる寸前まで痛めつける。覚悟しろよ?」
ひくまは人類を睨みながら水の刀を構える。
「ちょ、調子に乗りやがって……!」
隊長は強気でそう言ったが、その体は震えていた。
「調子に乗ってるのはお前らだろうが。人類の分際で神類の言うことを素直に聞かなかったのだからな。これを調子に乗っていると言わなくてなんと言う?」
「人類の方が格上だろうがっ!」
一人の隊員がひくまに叫ぶ。
「ほぅ?」
ひくまがニヤリと笑いながら訊き返す。
「本当にそうかい? 証明できるかい?」
「……できる」
その隊員は静かにそう言った。
ひくまは一つため息を吐いて、
「そうか。そう言うなら証明してもらおうか。どう証明する?」
と訊く。
「人類と下神種の力がほぼ同等だとして、人類と下神種がどちらも刀一本で一対一で勝負する。それで人類が勝てば証明完了!」
「ほぅ。面白いことを言うじゃないか。確かにそれなら証明できるだろう。だがこちらは、戦わなくても人類が格下であることを証明できる」
ひくまが楽しそうにそう言った。
「なんだと?」
隊員が不満そうに顔を顰めながら訊き返す。それを見てひくまは笑いながら言う。
「簡単なことさ。能力だよ。能力は神類である限り生まれながらにして所持している。それは下神種であっても同じだ。鍛えていない下神種の子供であっても、人一人を殺すには十分すぎる力を所持している。だが、人類はどうだ? 鍛えていない人類の子供が下神種を殺すほどの力を所持しているか? していないだろう」
ひくまの言葉に、人類は苦しいことを言い始める。
「能力は人間が作り出したんだ! お前らの力ではないっ!」
「じゃあお前らは能力を一度でも使えた試しがあるのか?」
「あるっ! 5000年前の大戦で、わずかな期間だがお前らを武器として使ったのは人類だ! お前らは人類よりも格下だ!」
「そうだ、そうだ!」
ヤジが飛び出す。それを皮切りに、人類は次々と大声をあげる。
ひくまはこれ以上の言い合いが価値のないものだと判断した。
「……ま、こっちの証明は両者が話し合う気にならない限り難しいだろうな。となると、やはりお前の言う通り、戦ってみて確かめるべきだな」
ひくまが最初に証明の仕方を提案した隊員を見て言う。
「だったら下神種を出せ! 俺らと同じくらいの実力のやつをな!」
人類がそうひくまに言う。ひくまはそれに頷いた。
「分かった。んで、そっちはお前が戦うんだな?」
そう確認をすると、証明の提案をした奴が頷く。
「分かった。だったら場所を移そう。お前らには特別、安久斗様に拝謁する権利を与えよう」
ひくまはおなと違い戦いをそれほど好まない。毎回できる限り戦うことを避けている。だから今回も戦いを避ける。
安久斗には連れてこいと言われている。だからこの全員を連れて安久斗の元へ戻ろうと決めたのだった。
だが、人類は叫んでいた。
「あくと……って、まさか、永神種の濱竹安久斗!?」
「終わりだぁぁあ! 俺たちは死ぬんだぁぁ!」
「待てっ、命だけは! 命だけはぁぁあ!」
ひくまはため息を吐いて、
「命乞いなら安久斗様に会ってからしろ。俺は安久斗様からの命令で、お前らのリーダーを連れてこいって言われているんだ。どんな形であれ、それさえ果たせれば俺は十分だ。この証明を、安久斗様の前でやれば良いではないか」
と言う。そして混乱する人類を死なない程度に水へ浮かべ、安久斗の元へと戻って来た。




