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神継者〜カミヲツグモノ〜  作者: ひらたまひろ
井谷戦争
105/107

2-28『塩見岳の戦い』

 この日、ここから眺めた空は、きっと生涯の中で何よりも美しいもののひとつとなっただろう。


 その、悔しいくらいに澄み渡る青さに、俺は今、涙を流している。


 この感情は、なんだろうか。


 悔しさか、達成感か、悲しみか……


 否。きっとこれは、そんな安っぽいものではない。


 そう、これは……


 誰が何と言おうとも、この感情は……


 様々なことに対する“感動”なのだろう。




ーーーーー

ーーー




 山の天気は変わりやすい。


 塩見岳に陣を張って数時間が経ったけれど、当初は青々と晴れていたのに、徐々に霧が立ち込めてきて、もう今にも雨が降り出しそうな真っ黒い雲が頭上にあった。


 先ほどから、周囲の木々がガサリガサリと音を立てていて、動物か何かがいるように思えるが、探しても何も見つからないため、おそらく山特有の変則的な風の影響だろうと思っている。


 将軍様は上井谷神社の占領に向けて既に動かれたのだろうか。あの神社には井谷俣治様もおられるため、もう少ししたら安久斗様が近衛師団と共に向かわれるとのことだった。


 流石に永神種を相手にするなら永神種が必要になる。


 しかし安久斗様は皇神種であるため、いざという時に始神種の俣治様をどうにかできるわけではない。


 とはいえ、おそらく何かしらの作戦が有らせられるはずだから心配はしていないけれど。


 それよりも不安なのが、将軍様率いる軍隊が上井谷神社で全滅しないかであろう。


 上井谷神社には井谷の神、臣、巫女が揃っているわけであり、そこに上神種が1体しかいない軍隊が挑みに行くわけである。


 あまりに分が悪すぎて不安になる。本当なら安久斗様と合流してから乗り込んで欲しいところであったが、「お手を煩わせるわけにはいかない」と言ってそのまま行かれてしまった。


 突撃していって軍総長が晒される方が迷惑になるというのに。


 そんなことを思っていたら、また不自然にガサリガサリと木々が揺れた。


 やはり何かいる気がする。


 私がそう思うのと同じように、靜軍や濱竹訓練兵もそう思うようで、数名が正体を確認しに向かった。


 山だし、鹿や熊、猪の他に、妖精や人類だっているかもしれない。


 そんなことを思っていたら、


ドドドド、ドド、ドドドドドド!


 いきなり銃声が鳴り響いて、唐突に戦闘が始まったのだった。


 程なくして、誰かが叫ぶ声が聞こえた。


「敵襲っ! 敵襲! 井谷軍が多数うぐっ……!」


 撃たれたのか、声は途中で呻きと共に消えた。


「総長、こちらに!」


 山の頂きは一瞬にして混乱に見舞われ、戦場となった。私は状況を確認しようと思ったが、副長に呼ばれて比較的安全な場所に退いた。


 この塩見岳には簡易的な休憩所があり、そこを私たちは拠点としている。


 その休憩所の一番奥の部屋で、私たちは井谷軍が撃退されるのを待った。


 しかし私は、ここで副長に呼ばれて退いてしまったことに、後々ひどく悔いることになる。




ーーーーー

ーーー




 井川閑蔵率いる800ほどの井谷軍は、偵察妖精(井谷で奴隷として扱われている飼育された妖精)を用いて靜連邦軍の本陣が塩見岳にあり、その山頂の小屋を拠点としていることを知った。


 本陣といっても参謀本部であり、そこの一番上に立つのが濱竹陸軍参謀総長の小松喜々音で、防衛する軍隊は靜軍の落ちこぼれと濱竹軍の訓練兵であるという情報も得ていたため、参謀本部が完全に井谷軍からの大規模な攻撃を想定していないことが分かっていた。


 井谷軍は、険しい山を越えて甲信連邦の領地に入ると、未開の山に伸びる獣道を歩いて塩見岳を目指した。


 塩見岳は、甲信連邦側(西側)から入る道がなく、参謀本部の隙を衝けると考えたからだ。


 目論見もくろみ通り、奇襲攻撃は成功し、井谷軍は立て篭もる濱竹陸軍参謀総長をはじめとする幹部陣を残し、それ以外の敵兵を皆殺しにすると、本部が置かれた小屋を取り囲んだ。


 もちろん、敵兵を殲滅した時点で井谷軍の損害も無視できないほどにまで多かった。最初800いた兵も、取り囲んだ時点では200にまで数を減らしており、山の頂きという防衛有利の状況に苦戦を強いられたのも事実であった。


 とはいえ、相手の防衛兵はせいぜい100ほどであり、圧倒的に数の優位を取っていた井谷軍はおよそ1時間に渡る激戦の末に敵の殲滅を完了したのだった。


 小屋を200の井谷兵が包囲する。


 包囲が完了したことを聞いて、井川閑蔵が前線にやって来た。


「出てこい、侵略者め。ここで投降すれば楽に死なせてやる。投降しないのなら惨殺してやる」


 閑蔵は小屋に向かってそう言った。


 しかし、小屋から誰か出てくる気配はない。


「そうか、残念だ」


 閑蔵は口でそう言いながら、ニタリと笑って右手を挙げ、井谷軍に発砲を命じた。


 九八式弾撃が一斉に火を噴いて、小屋に無数の穴が空く。


 その瞬間だった。


 閑蔵が立つ背後数十メートルの位置に、黒く混沌とした大穴が空いた。


 能力『空間転移テレポーテーション』によって現れたゲートである。


「逃げる気だな」


 閑蔵はそれを見て、特段焦るわけでもなく、右手を下ろして小屋への発砲を停止した。


 そして今度は左手を挙げた。


 ゲートから誰かが出てこようというとき、それを狙ったかのように、宙に空いた大穴に向けて無数の九八式弾撃が火を噴いたのだった。


「ぐあぁ!?」

「うぐっ!?」

「ぎゃあ!?」


 穴から出ようとした参謀幹部の数名が被弾して、血を流しながら地面に落ちた。


 落ちたところに十数名の井谷兵が駆け寄って、腰から刀を抜き取ってこれでもかと滅多刺しにする。


 上空のゲートは、まるで臆したかのように閉じた。


 そして今度は、閑蔵から見て小屋を挟んだ向こう側にゲートが開いた。


「無駄なことだ」


 閑蔵はほくそ笑みながらそれを眺めた。


 途端に銃声が響き渡る。


 今度は誰も出てくることなく、ゲートが閉じた。


 3年前、渡海事変でもサハ戦争でも、喜々音の能力は戦略的に重要な位置をしめた。


 その能力は、まるで万能であるように扱われて、渡海事変では福田神社上空に大穴を空けて磐田大智の能力を降り注がせて門を焼き払い、サハ戦争では戦艦に向けて撃ち放たれた魚雷を敵艦の背後へと転移させて攻撃した。


 しかし、喜々音の能力には重大な欠点があるのだ。


 それは、平面移動は得意だが、垂直移動は苦手であるという点である。


 渡海事変でも、サハ戦争でも、能力を使った移動は平面が主だった。


 平面における喜々音の能力の有効範囲圏は、おおよそ8kmと測定されている。


 対して上下方向における有効範囲圏は30mに満たない。


 井川閑蔵は、この欠点に目を付けた。


 平地が少なく、周囲が急峻な崖になっている山頂において、平面で広範囲に移動することは難しい。仮に遠くへ転移したとしても、標高3000mを越える高所に突然放り出されることになり、それは自殺行為と言わざるを得ない。


 神類が能力を発動する際、当然ながらそれ相応の力を消費する。それは体力と直結するため、能力を発動しすぎると活動休止状態に陥り、しばらく睡眠状態に入る。


 縦方向に30mしか移動できない喜々音にとっては、標高3000mの位置から安全に着地するためには、単純計算で能力を100回連続使用しないとならない。さすがにそれはあまりに極端な話であるが、それでも少なくない回数を連続で使用することには変わりないため、山頂で戦った時点で広範囲の転移を封じることが完了していたのだ。


 喜々音も、転移が封じられたことに気づいていた。


 先ほどから何度か転移による脱出を試みたものの、現状安全に転移できる場所は全て井谷軍の銃撃部隊の射程圏内にあり、小屋から易々と転移できない状態であった。


 実際、転移した先で既に5名の部下が射殺されている。


 一緒に物陰に隠れる部下たちは、手も足も出ないこの状況に震えている。


 私がなんとかしなければ、この場にいる唯一の上神種として、何か打開策を提示しなくては。


 喜々音はそう考えながら、ひとつ作戦を思いついた。


 そして、すぐさまゲートを井谷軍の上方に出現させた。


 井谷軍は出現したゲートに向けて発砲をする。その銃弾はゲートに入り、どこかに消えた。


 次の瞬間、


「うぐっ!?」

「うわっ!?」

「ぐはっ!?」


 別の方向にいた井谷軍がバタバタと倒れていく。


 サハ戦争の魚雷転移と同様に、喜々音は井谷軍の銃弾を別の部隊の背後に転移させることで攻撃を図ったのだ。


 井谷軍は混乱に陥り、ゲートに向けて一心不乱に発砲をしている。


 まさか自軍に攻撃されているだなんて瞬時に判断することはできず、しばらく井谷軍同士がゲートを介して銃撃戦を行う状態になったのだ。


 井谷軍が落ち着きを取り戻す前に、喜々音は残った部下6名を引き連れて小屋の扉を蹴り飛ばして破ると、周囲に銃火器を射出しながら山頂からの脱出を試みた。


 すぐさま井谷軍は、飛び出してきた喜々音らに向けて発砲をする。


 それを喜々音が能力で吸収し、また井谷軍の背後へと排出した。


 喜々音が能力を纏って走っている間、井谷軍は迂闊に発砲ができなくなった。


「とにかく走って! 山を降りられれば仲間がいるから!」


 喜々音は部下にそう指示を出して、道なき道を下らせた。


 井谷軍が逃げる部下へと発砲してくるが、その弾道に喜々音が入り込んで、部下たちが見えなくなるまで能力を展開し続けた。


「鬱陶しい。とはいえ、元より雑魚には興味がない」


 井谷軍が安易に撃てなくなって、静まり返った山頂に、井川閑蔵の低い声が響いた。


 閑蔵はゆっくりと喜々音の前に出てくると、


「俺はな、最後に濱竹上神種をひとりでも多く減らせりゃそれで良いって思ってんだ。それが俺にできる、精一杯の抵抗だろうよ」


 刀に手を掛けて、悪そうに笑った。


「そうですか。でしたらお好きにどうぞ」


 喜々音はそう言って、能力を解除した。


 その瞬間に井谷軍が構えた銃を発砲しようかと思われたが、それを閑蔵が許可しなかった。


「フッ、面白い。自殺志願か?」


 閑蔵がそう喜々音に訊いた。


 喜々音は撃たれなかったことに心底驚きの表情を浮かべたが、


「そんな愚かしいことをしようなどとは思えません。ただの節約です」


 と無表情で返した。閑蔵は面白くなくなって、


「チッ、舐めやがって。ならば死ね!」


 そう言って能力を展開した。


「『廊下ゴルジュ』」


 閑蔵がそう言うと、喜々音を左右から挟むように周辺の地面が盛り上がって、喜々音を押し潰そうと言わんばかりに動き始めた。


「『空間転移テレポーテーション』」


 喜々音はすかさず能力を使って、その壁の外側へと逃げる。


 しかし、それを井谷軍が予見しないはずもなく、移動した先で激しい弾幕に見舞われる。


 喜々音は能力を展開し続け、その銃弾から自身を守り続ける。そして転移した銃弾は、先ほどと同様に別の井谷軍へと降りかかる。


 井谷軍も、そうなると分かっているため、喜々音が能力を展開している間は無闇やたらと攻撃しないようになった。


 しばらく睨み合いが続く。


 また再び、閑蔵が喜々音へと近づく。


 しかし、次に先手を仕掛けたのは喜々音だった。


「『強制転送トランスファー』!」


 その瞬間、閑蔵の真上から混沌とした穴が出現し、それが彼をどこかへと連れ去った。


 それと同時に、喜々音を守るように張られていた能力が外れたため、井谷軍が銃撃を開始した。


 喜々音は瞬時に木の裏へと回り込み、『強制転送トランスファー』が終了して能力が展開できるようになったら、その瞬間に自分は『空間転移テレポーテーション』で上空3mほどの位置まで移動した。そして井谷軍の頭上を転々として、その場のからの脱出を図ろうとしたものの……


「『造山オロジェニシス』、『岩弾ロックビュレッド』」


 遠くの地から新たな山が伸びてきて、そしてそこから岩が大量に喜々音へと飛んできた。


 喜々音はそれを避けるために能力を展開しようとするも、その間、自分を守る術がなくなってしまい、自由落下をせざるを得なくなる。


「くっ……!」


 ならば、なるべく遠くまで転移するしかないが、転移先が地面から離れてしまうのは避けなければならなかった。


 そんな都合の良い場所など周囲に存在せず、喜々音は一か八かの賭けに出た。


 転移先に定めたのは、閑蔵が能力で生成した山だった。


 そこまで転移をすると、喜々音は瞬時に小刀を抜いて、閑蔵の首を掻っ切ろうとした。


 しかし閑蔵は、それを間一髪で避けた。


「小賢しいっ!」


 閑蔵はそう言うと、腰に付けた臣家の名刀を引き抜いて喜々音と対峙した。


 しかし、抜刀した閑蔵はニヤリと笑って、


「だがよ、お前がここまで来ちまったら、向こうに残った軍があの拠点を占領しちまうぞ?」


 そう喜々音に言った。


「それは覚悟の上です。今更、拠点がどうしたと言いますか。目下何よりも優先すべきは、あなたを始末することです!」


 喜々音はそう言うと、閑蔵の真上へ転移した。


 そして、そこから彼の後頭部を目掛けて小刀を突き下ろす。


 しかし、閑蔵は一歩大きく前に踏み込むと、降りてくる喜々音の軌道から外れ、そこでくるりと翻ると、名刀でその小刀を受け止めた。


「『礫地(フォール・)崩落(オブ・ロック)』!」


 そして、名刀に能力を載せた。瞬間、名刀の表面にゴツゴツした石が出現し、それが高速で、まるでチェーンソーのように動き始めたのだった。


 喜々音は小刀の刃が折れることを恐れて再び転移した。


 しかし、この戦闘中、ずっと転移に転移を重ねていて、既に体力の限界が近かった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 徐々に荒くなる息に、思い通り動かなくなる身体。そして何よりも、どんどんと落ちる判断力。


「……っ!!!」


 喜々音は悔しがりながら、声になりきらない唸り声のようなものを溢して、最終手段に走った。


「終わらせてやるっ!」


 残った体力を振り絞るように、そう、言うなれば水気がなくなったと思しき雑巾から僅かに残った水を搾り出すように、腹から声を出して自身を鼓舞すると、そのまま閑蔵へと飛びかかった。


 そして、閑蔵を掴んだまま能力を発動する。


「『空間転移テレポーテーション』!」


 転移した先は、先ほどまでいた塩見岳の縁から数メートルの位置にある、鬱蒼とした木々や尖った礫がゴロゴロと転がる崖の上だった。


 落ちれば滑落間違いなし。


 下に待ち構える、まるで罠かと思うほどの、否、罠よりも凶悪に思えるほどの木々や岩の数々が恐怖を誘う。


「貴様っ! 俺を道連れにする気か!?」


 閑蔵が焦ったように言うが、喜々音は既に意識を失っていた。それでも閑蔵をしっかり掴んで離さなかった。


「くそっ、離せっ!」


 閑蔵は空中でもがいて、自分の身体に絡みついた喜々音をごうとした。


 転移してきた閑蔵らを見て、塩見岳の山頂にいた数名の井谷兵が崖の縁に立った。


 ほとんどの者が戸惑いながら、逆さまに落ちていく閑蔵と喜々音を見ていたが、とある老兵が躊躇することなく九八式を構えたのだった。


 そして閑蔵と喜々音に向けて、たった一発だけ発砲した。


 その銃弾は、綺麗に喜々音の右足を貫いた。


 勢いで喜々音の身体が半回転し、その隙に閑蔵が身を捩って喜々音の拘束から抜け出した。


 そして、自由落下する喜々音を思い切り蹴り飛ばすと、


「『山体拡張エクスペンション』!」


 能力を発動して、木々や岩へと刺さる直前に山肌を拡張し、崖に身体を擦り付けながら速度を落とすと、安全に地面へと着地した。


 対する喜々音は、ゴロゴロと大きな音を立てながら、岩や木を巻き込んで遥か下方へと消えていった。


「臣様!!!」

「ご無事ですか!?」

「お怪我は!?」


 井谷軍が崖の上に集まって、閑蔵に声をかけた。


「あぁ、無事だっ! かすり傷が少々あるが、問題ない! 俺は能力でそちらに戻る故、お前らは直ちに塩見岳の占領を完了せよ!」


「「「はっ!」」」


 閑蔵の指示で、崖の上の井谷軍がバタバタと動き出した。閑蔵は安堵しながら、能力を展開して、じわじわと山の地形を変形させることで、まるで山肌をエレベーターのように使って山頂まで戻ってきた。


 無数の銃痕が空いた小屋に井谷軍が入り、中に残された物を鹵獲していく。


 とはいえ、残されている物などたかが知れている。戦場の死体のそばに落ちている濱竹製の銃(正式名称『濱竹第一級七型小砲第一世代』)と同じ物が、10丁ほど壁に立てかけてあった。


「これは……!」


 それを手に取って、井谷兵のひとりが驚いたように呟いた。


「どうした?」


 閑蔵がその兵士に近づいて声をかけると、兵士はひとつ深々と礼をしてから、


「濱竹の銃には見たことがない機構が付いています」


 閑蔵もまた銃を手に取って、その兵士の話を聞く。


「この引き金の下にある別のレバーはなんでしょうか」


「……ふむ、これは安全装置とも別の何かだな。分解して確かめてみるか」


 閑蔵はそう言って、近場にいる兵士に工具がないか尋ねた。


 その間にも、銃について語る兵士は喋り続けた。


「あと銃身の下方にあります、この出っ張り。弾倉……ではありませんよね。何を入れる場所でしょうか」


「謎だな。こんな大きさでは遺書くらいしか入れられそうもないが……」


 閑蔵は、工具を受け取りながらも話は聞いていたようでそのように返すと、銃の分解に取り掛かろうとする。


 そして銃にキリを近づけた瞬間だった。


 先ほどまで隣で銃について気になる点を話していた兵士が、銃身の下部の出っ張りを引き抜いたのだった。


「あれ、意外と簡単に……」


 そう言った直後だった。


 爆音と炎を上げながら、銃が爆散したのだった。


「うおっ!?」


 閑蔵はその爆発を1m圏内で受けることになり、その爆風に飛ばされて小屋の壁に叩きつけられた。そして小屋もまた爆風に耐えかねて倒壊し、閑蔵は転がるように野外へと投げ出された。


 キーン……と、耳が痛む。


 何も聞こえない。


 無音の空間に、閑蔵は寝転がっていた。


 身体の右側がとにかく痛い。視線を右手に落とせば、皮膚が爛れて血に塗れているのが分かった。


 自覚した途端、激しい痛みに見舞われた。


 しかし、それを出すのは顰め面のみに留め、先ほどまで小屋があった場所を見ると、黒い煙を上げながら燃えていた。


 兵士たちが消化活動に当たるも、一緒に銃を弄っていた彼の姿は見えなかった。


 銃と共に爆散してしまったのだと、閑蔵は悟った。


 しかし、消化をする兵士の裏手から、何やらまた別の兵士たちが駆けつけてきていて、そいつらは異常なほどに焦っているように見えた。


 そして閑蔵を見つけるや否や、数名の兵が駆けてきて、何やら必死に話しかけてきたのだ。


 しかし、閑蔵の耳には耳鳴りのように甲高いキーンという音しか聞こえなかった。


 彼の鼓膜は破れてしまったのだ。


 必死に話す兵士の身振り手振りで、どうやら何かがこちらに向かって来ていることは理解できた。


 おおかた、近づいてくる奴らなど敵以外の何者でもないだろう。


「消化は後だ、陣を整えよ。侵略者どもを一掃せよっ!」


 閑蔵は、耳が聞こえずとも井谷軍にそう指示を出した。


 そして、痛む手足を酷使して軍刀を地面に突き刺しながら立ち上がると、


「……率いる奴は、この俺が、直々に相手してやる。雑魚はお前らに任せるぞ! 掃討せよっ! 命など惜しむなっ! 全ては井谷くにのためにっ!」


 よろけながらそう言った。最後はほとんど叫び声だった。


「「「全ては井谷くにのためにっ!!!」」」


 しかし、閑蔵の声を聞いて、井谷軍は全員が刀を天へと掲げてそう叫んだ。


 聞こえないが、仕草で何が起きているか閑蔵は理解した。


 井谷軍は、団結していた。


 閑蔵はそれが嬉しくて、ニヤつきながらもう一言叫んだ。


「我らの全てを、この一戦に捧ぐっ! 井谷国、ばんざーい!!!」


「「「ばんざーーーーい!!!!!」」」


 閑蔵は走り出した。


 山頂手前の侵攻軍に向けて、軍刀ひとつで突撃する勢いで。


 井谷軍も閑蔵の後に続く。


 井谷軍およそ130と、侵攻軍1000と少しの、激しい戦闘が幕を開けた。




ーーーーー

ーーー




 塩見岳の山頂目前にして、雄叫びと万歳を何度も繰り返しながら、井谷軍が突撃して来た。


 井谷軍が山頂から降りて来た。


 その時点で、俺たちは一歩、いや、二歩も三歩も遅かったのだろう。


「総員、突撃に備えよ! 上神種の相手は俺がやる! その他の敵兵はお前らに一任する! ひとりも生かして山をくだらすなっ!」


「「「おうっ!」」」


 俺は軍隊にそう命令した。


 井谷軍にどれだけの上神種がいるか分からない。臣か巫女か、下級上神種か、下手したらそれら全てかもしれない。


 それでも構わない。


 俺は、俺にできることをやるだけだ。


 体力など無限にあるように思えていたが、確かに疲れているようで、山を登ってきただけで足が思うように動いてくれなかった。


 しかし、それがどうしたと言うのだ。


 まだ登れるはずだ、まだ走れるはずだ、バカでズボラで呆気者うつけものだったかもしれんが、体力だけは誰にも負けないのではなかったのか、中田島砂太郎っ!


 俺は自分を鼓舞しながら、無理やり四肢を動かして山道を走った。


 途中で、井谷軍の銃声を聞いた。


 瞬時に能力を展開して、砂の壁を前面に構築した。


 俺はその間に自身が砂と化して、土の中に潜り込んで、ミミズのように練って進んだ。


 頭上をいくつもの足音が通り過ぎていく。


 そして、その足音が全て通り去ったところで、俺は地面から顔だけを出した。


「っ!?」


 そこで見た光景は、燃え盛る廃屋跡と、横たわる無数の死骸だった。


 参謀本部は、思った以上に凄惨な戦いに敗れたようだった。


「喜々音! 小松喜々音っ!」


 俺は生存者がいないか大声を上げた。特に小松喜々音は生きている可能性が高い。奴の能力ならば、この空間から自由自在に姿を現したり消したりできるだろう。


 それであるならば、戦略的撤退と銘打って避難していてもおかしくは無い。


 元より、奴は少し臆病な性格でもある。初めて共に戦地に立った人類反乱の時も、奴は幾度となく不安そうな表情を見せていた。


 心の脆さも知っている。


 かささぎが処刑されると知った時、精神を病んだあいつは、自死を選択しようとした。俺はそれを聞いて、奴は決して強くなどないと確信した。


 学生時代は飛び級に飛び級を重ね、秀才だの、天才だの言われて来た奴は、代々小松家が守ってきた陸軍参謀総長の座に就いたとき、噂では将軍職を狙っていると言われていた。


 バカだった俺は、天才というだけで恐れ慄いて、奴に将軍の座を奪われるのではないかと不安でたまらなかったが、蓋を開けてみれば、俺が、いいや、皆が思っているよりも、奴は弱かったのだ。


 だから、それを知って俺は安堵に暮れた。


 それは良かったのか、悪かったのか。


 失礼な行為だったろうと、今なら思う。


 だが、俺も将軍としての意地がある。


 たかだか軍隊上がりのジジイが、20年の時を掛けて、憧れだった軍の最上階級へと登り詰めたのだ。それを20にも満たぬ女子おなごに易々と明け渡すわけにはいかなかったのだ。


 結局、俺はバカでマヌケで呆気者だった。自分の保身しか考えず、相手がどう感じるかすらも読み取れず、しかし年端も行かぬ女子を怯えさせるような卑怯な行為などできず、ただただ小松喜々音という少女を避ける道を選んでいたのだ。


 それを変えたのは、あの人類反乱を発端とした一連の出来事、集約するに、磐田の次男坊絡みの案件であろう。


 磐田の次男坊、もう今となっては日渡の臣は、小松喜々音を渡海事変に連れ出して回復させると、その後のサハ戦争への同行を経て親睦を深め、どうやら肉体関係さえ持ったと聞く。


 それ以降、小松喜々音はより生き物らしくなり、接しやすくなり、そしてかささぎの呪縛からもそれなりに解放され、俺も奴の弱さと強さを知るに至ったのだ。


 安心して将軍職に居られるという心構えが、俺に自信をもたらした。


 俺は感謝しているぞ、小松喜々音。


 だから、こんな戦闘で命を落とすことなど認めないぞ!


 かささぎよ、見ているならば教えてくれ。あいつはどこにいるのだ? 小松喜々音は、生きているのか?


 迎えになど来るな、小松喜々音には、まだこの世でやり残していることがたくさんあるはずだ。


 何かは知らんが、きっとあるはずだ。


 だから、迎えになど来るな!


「喜々音〜っ!!!」


 俺は叫んだ。叫んで、叫んで、叫んで回った。


 しかし、どこからも何も返事はなかった。


 ……否。返事は俺の背後から、低い男の声で届いた。


「もう、誰もいないぞ。お前の仲間は、この俺が全滅させた」


 音もなく、気配もなく、俺の背後から声がして、そして首を一撃で狙ってくる刀の筋が背後をちらついた。


「っ!?」


 俺は咄嗟に砂になって地面に潜った。


 刀は空中を薙いだ。


 距離を取って、地面から抜け出してみると、そこには濃い隈の痩せ細った、全身に重度の火傷を負った男がいた。


「井川閑蔵……」


 井谷国の臣、井川閑蔵だった。


「お前、喜々音を殺したのか!?」


 俺は目の前に立つ閑蔵に聞いた。


 しかし彼は答えない。答えないというよりも、俺が何を言っているのか伝わっていない様子だった。


「お前も葬ってやる。濱竹上神種を、生かして帰すわけにはいかん!」


 閑蔵はそう言うと、能力を展開してきた。


 奴は既に満身創痍だが、さすがは臣と言うべきか、まだ体力には余裕があるようで、岩の弾を惜しみなく撃ってきた。


「くそっ!」


 俺はなるべく距離を稼ぐべく後ろに下がりながら、弾を見極めて避けていく。右に、左に、時には跳ねて。どうしても避けられない物は能力で岩を分解して砂化させて極めて無害化する。


 しかし、こちらは体力が無限にあるわけではない。


 あまり無駄遣いもできないところだ。


 ひとしきり岩の弾を避け終わると、閑蔵はその攻撃が無意味だと悟ったのか、今度は腰に付けた刀を抜いて俺を見つめた。


 軍刀とは違う、少し長めの刀だった。


 おそらく、あれは井川家の名刀か。そうとなれば能力を載せられる優れ物。用心が必要なようだ。


 俺はそう思いながら、愛用する太刀を抜いた。


 本来は馬に乗りながら使う物だが、この際どうでもいい。向こうの名刀が普通の刀より長いのなら、こちらも少し長めのものを用意するべきだろう。


「……」


 閑蔵は不自然なほどに喋らなかった。時折、顔を顰めて辛そうな表情を見せている。見る限り、火傷が苦しいようだ。


「無様だな、我が軍の参謀本部を襲撃するから返り討ちに遭うのだ。大人しく上井谷で籠城していれば、今ごろ苦しむことも……」


 閑蔵に向けて話していた最中だったのに、奴はいきなり走り出して俺に突っ込んできた。


「おわっ!? おいおい、そんな急がずに話くらい聞け! そんな身体で動けばろくなことにならんぞ!?」


 振り下ろされた名刀を、太刀で受け止めて閑蔵に言うも、彼はやはり何も言わないし、聞こえていない様子だった。


 ……ならば。


「井谷俣治はクソだっ! 悪政を敷きし、連邦屈指の愚者だっ!」


 俺は大きな声で閑蔵の耳元でそう言ってみた。


 普通、その国の臣であれば、自国の神が貶されれば怒り心頭に発してヤケクソに攻撃してくるはずだ。


 だが、閑蔵は違った。


 俺をギロリと睨むと、


「知らんな」


 それだけ言って、鍔迫り合いの状態から跳ね退いて距離を取ったのだ。


「……聞こえていないな、こりゃ。耳が逝っちゃってやがる」


 俺が何を言ったのか、おそらく理解できていないのだろう。だから適当に答えている。答えているというよりも、極めて独り言に近しい何かだろう。


 そうなれば、奴との会話は諦めるしかない。


 そして、これだけ派手に戦っても誰も味方が姿を現さない状況を見るに、おそらく……


 参謀本部は壊滅、指揮をしていた小松喜々音含め、全軍が殉職。


 ……そうか。


 そうなのか。


「……安久斗様、俺は、あなた様にどう謝ればよろしいのか、考えがまとまりませぬ」


 これは戦略的なミスだったのか、それとも事故だったのか。


 井谷軍が予想よりも大規模な反撃を仕掛けたことが原因だろうが、それを予期できなかった我々も悪い上に、参謀本部の守りを手薄にしてまで井谷の早期陥落を目指して突貫的に進んでしまったことが原因だったのだろうとも思える。


 あの時、畑薙を出る時、俺がもっと注意を払えたのではないか。


 道中、井谷軍が怖いくらいにいなかった時点で、異変に気づいて何か行動できたのではないか。


 悔いるばかりだ、この惨状を生み出したのは、作戦を立案した参謀本部だけの責任ではない。


 そもそも、参謀本部が壊滅した以上、その責任を参謀本部が取ることは不可能だ。


 靜の兵も死んでしまった。


 靜には何と言えばいいのだ?


 靜は許してくれようか、濱竹の面子メンツが死んでしまいやしないだろうか。


 安久斗様に責任が及ぶことはないだろうか。


 ……クソったれが!


 腹立たしい、無性に腹立たしい。


 いいや、腹立たしいのか、悲しいのか、もう何が何だか分からない。


 俺は目の前にいる男を睨みつけた。


 そいつは隈の深い目を細めて、痛そうに右手を押さえていた。


「……容赦などせぬ。絶対に、仇を取るぞ」


 もう45年も生きてきたが、ここまで誰かを殺さねばならないと感じたことはなかった。


 喧嘩をして、拳ひとつで周囲を黙らせたことはあったが、そんな温情で済む話ではない。


 ……殺す。


 井川閑蔵を、生かしておくわけにはいかない。


 俺は太刀を持たぬ左手の拳を握った。


 そして閑蔵を睨みつけると、地面を蹴って奴に迫った。




ーーーーー

ーーー




 閑蔵の名刀が、砂太郎の太刀を受け止めた。


 その衝撃で、激しい地鳴りが轟いた。


 閑蔵は、今までと様子が変わった砂太郎を見て、自分を殺しにきたと理解した。


 臣というものは、戦争の時には生け取りにされることが多い。情報を多々持っているため、拘束した後で拷問をするのだ。


 だから砂太郎は今まで本気で戦おうとしなかった。拘束さえできれば、それで良かったのだから。


 しかし、事態は変わった。


 ハッタリでもなんでもなく、井川閑蔵が言う通り、参謀本部は文字通り壊滅したのだと理解したからだ。


 砂太郎には、それがどうしても許せなかった。


「貴様は俺が殺すっ! 聞こえていようが聞こえていまいが、俺が殺すと宣言してやるっ!!!」


 砂太郎は閑蔵の耳元で大声を出した。


 閑蔵はそんな砂太郎を睨むと、


「知らん!」


 そう言ってから能力を使った。


「『砕石地帯ガレ』!」


 それと同時に、塩見岳の山頂一帯が不安定な砕石で埋め尽くされたのだった。


 足元が悪くなって踏ん張りが効かなくなり、砂太郎は鍔迫り合いをするほどの力が掛けられなくなった。


 そして閑蔵から距離を取った次の瞬間、


「『岩弾ロックビュレッド』!」


 閑蔵が岩の弾を無数に飛ばしてきたのだった。


「くそっ!」


 砂太郎は、地面のとある石を砂化させてそこに潜り込むと同時に、


「『砂煙幕サドンスクリーン』!」


 砂で煙幕を作って居場所を隠した。


「こざかしい」


 閑蔵はそう呟くと、


「『造山オロジェニシス』」


 塩見岳そのものから新たな山を創り出して、自分たちが立っている地面ごと標高を上げて、砂の煙幕の外へと出たのだった。


「なにっ!?」


 砂太郎は周囲が明るくなったことで、煙幕の外に出たことを察した。


「お前の弱点は理解している。砂がなければ動けないし、砂にしか入り込めない。砂にさせることや砂になることはできても、砂以外にはなれない。よってお前は、どこに行こうが砂なのだっ!」


 閑蔵はそう言いながら、砂太郎が潜んだであろう場所まで走っていき、そこにある砂を名刀で滅多刺しにした。


「砂を刺しても意味などあるわけがなかろう」


 砂太郎はそう言いながら砂を集めて、顔だけ生成した。


「それは砂だからな、刺されたところで動くだけだ。俺の身体でもなんでもない」


 そんな砂太郎の顔を閑蔵が蹴飛ばす。砂太郎は砂になって宙に散った。


 しかしまた別の場所から砂が集まって現れて、


「俺がこの姿でいる限り、お前に攻撃はできない。お前はそのうち身体の痛みで限界を迎える。その時まで、どちらが立っていられるかが勝負だ!」


 そう言う砂太郎だが、砂太郎もまた体力の限界が近づいていた。


 いつまでも砂で居続けるわけにはいかない。


「卑劣な野郎だ。ならばこうしてやる! 『朽木ディケイドウッド』!」


 閑蔵は能力を発動し、砂太郎を埋めるように朽ちた木を大量に降らせた。


 そして自分はその木をよじ登って頂上まで這い上がると、身体の痛みに耐えかねたか跪いて荒い息を整えた。


 砂太郎は、砂にできるものがなければその中を通ることができない。


 そして、砂になった状態で朽ちた木々の下に閉じ込められてしまった。


 今から元の姿に戻れば、朽木の間に挟まって身動きが取れなくなるし、とはいえ木は砂にできないためその中を通って登っていくこともできない。


 砂太郎は、木の下を縫うように砕石を砂にして進み、とりあえず朽木地帯のふもとに抜け出すと、そこで元の姿に戻ってから朽木を登り始めた。


 閑蔵は、そんな砂太郎を見て背中に背負った井谷九八式を取り出して構えた。


 そして登ってくる砂太郎目掛けて撃ち込んだ。


 砂太郎は、ここで砂になればまた朽木の下へと落ちてしまう。また、既に体力も限界を迎えつつあったため、もう能力を使うことはできなかった。


 砂太郎の頬を九八式の弾が掠める。


 それでも休まず、朽木を登り続ける。


 また閑蔵が九八式を発砲する。


 今度は砂太郎の左肩を撃ち抜いた。


 血が噴き出して、砂太郎はよじ登っていた左手を離してしまうも、右手で耐えて、そこから再び再開して朽木を登り続けた。


「しつこい奴だ」


 閑蔵はそう言って、再びリロードすると、引き金に手を掛けた。


 そして発砲しようとするも、右手が痛んで照準がなかなか定まらない。


「くっ……!」


 そうしているうちに、砂太郎がすぐ目の前まで迫ってしまったため、一発牽制がてら発砲して、それが空中へと大きく弾道を逸らすと、その九八式を投げ捨てて砂太郎の顔面に当てた。


 九八式が直撃した砂太郎は、額から血を流しながらも頂上まで登り詰めると、抜刀して閑蔵を見た。


 閑蔵もまた、抜刀して砂太郎を見た。


 朽木の上で、最後の戦いが始まった。


「いやぁ!!!」


 砂太郎が地面を蹴るのを合図に両者が一歩踏み込んで斬り合う。


 激しく刀が交差し、その激しさに所々火花さえ見えた。


 砂太郎が閑蔵の左肩を斬りつけるが、閑蔵も自分の肩を犠牲にしながら砂太郎の脇腹を掻き切る。


 お互いに、自分の身体を守るのではなく、相手の身体をどれだけ傷つけられるのかを考えて戦っていた。


「くたばれっ!」


「貴様がなっ!」


 閑蔵の言葉に砂太郎が返して、お互いがお互いの首を斬りつける。


 血が噴き出すが、お互いに痛みが酷かったため奥まで斬り込めず、その場で跪いた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


「まだだ……まだ、まだ終わって……いないぞ……!」


 切り傷だらけの中、お互いに刀を片手に立ち上がって、血塗れの状態で相見あいまみえた。


「……ははっ、ははははは!!!」


 すると突然、閑蔵が笑い始めた。


「……なんだ?」


 砂太郎はそう訊いた。しかし、耳の聞こえない閑蔵はそれに答えない。


 そして閑蔵は、刀を砂太郎の足元へと放り投げて、


「もう、終わりだな。生きることなど、もう出来ん」


 怖いくらいの笑顔でそう言うと、


「さようならだ、今までの全てよ」


 涙を流しながら、そんな感傷的なことを言いながら空を仰いだ。


 砂太郎は意味が分からなくて、自身が手に持った刀で閑蔵の首を刎ねようと、腕を大きく振り上げた。


 それと同時だった。


「『山体崩壊セクターコラプス』」


 閑蔵がそう呟くと同時に、


「……は?」


 砂太郎は、真っ逆さまに山から振り落とされたのだった。




ーーーーー

ーーー




 ここは……どこだ?


 暗く、じめじめとした空間。


 間違いない、土の中だ。


 そうなれば、呼吸ができないから地上に出なければならない。


 俺は本能的に能力を使って、残る力の全てを振り絞って、ひたすらに上昇した。


 その時、どこが上でどこが下か、そんなことも分からなかったはずなのに、俺の脳内に「こっちだよ」などという懐かしい声が響いたため、疑わずに上を目指した。


「そう、そのまま上に。上に行けば、砂太郎を待っている子がいるから。ほら、急ぐんだ」


 懐かしい声に急かされるがまま、俺は無我夢中で土の中を駆け上がった。


 砂となった身体は、何十、何百メートルも登り続けると、やがて白い光の中へと飛び出した。


 顔を形成すると、そこには山が丸ごと崩落したような惨状が目に入った。


 身体を生成する。


 痛みが一気に湧いた。


 立っていられないほどの激痛で、意識まで飛びそうだった。


 手を見る。血塗れだ。


 足を見る。血塗れだ。


 身体を見る。血塗れだ。


 滴り落ちる血は、俺の身体から出ているとは思えないほどの量だった。


 眩暈がした。


 急に視界が眩んで、俺は座り込んだ。


 自分の息が上がっているのか、それとも落ち着いているのか、何も分からなかった。


 足音がした。


 正面から、ゆっくりと近づいてくる、よろけたような足音だった。


「……死ね、濱竹上神種は、一匹残らず、生かして、返さん……」


 そうか、井川閑蔵。


 お前は生きていたんだな。


 ……いや、まだ“お前も”か。


「聞こえないなら、仕方がないが、お前、強いぞ。さすが、臣だ。さすが、臣だ……」


 俺はもう、自分が何を言っているのか分からなかった。心の中は、諦めで埋まっていた。


 山が崩れたということは、軍隊は壊滅しているはずだ。


 俺が率いてきた1000の軍は、生き残れなかっただろう。


 判断を誤った。


 安久斗様、俺は……


 俺は、喜々音も守れず、あなた様からお借りした軍隊も守れず……


 井谷の臣も殺せず……


 死ぬ。


 申し訳ありません。


 かささぎの声を聞いたんで、迎えは来ているのは確かです。


 ですが、執着はありませんぞ。


 せめて相打ちくらいで有りたいものですな。


 今ここに、第七世代の小砲があったのなら、鹵獲分解防止装置を活かして爆発四散させて見せますものを。


 あんなにあった小砲は、今、どこにあるのでしょうな。


 土の中でしょう、おそらくは。


 あぁ、我が神様よ。


 お役に立てず、このような最期となること、申し訳なく思いますぞ。


 誰も助けられなかったこの私めなど、弔う必要はありませぬ故、未来永劫、無能だった軍総長として、罵ってくださいませ。


 濱竹上神種でいることができて、俺は心底、幸せ者でしたぞ。


 安久斗様。


 永神種であるあなた様とは、もう永遠とわに会えぬはずでありましょう。


 それに、会うつもりもありませんぞ。


 あなた様と会うその瞬間とは、つまり、濱竹が滅びたその瞬間のことでありましょう。


 そんな悲劇、あってはならんではないですか。


 濱竹は、未来永劫、不滅なり。


 皇国祖、安久斗様、万歳。


 安久斗様、万歳。


 万歳。


 …………。


「終わりだ」


 正面に立った井川閑蔵が、刀を振り上げて、俺の首を刎ねようとしていた。


 目を閉じるべきか、開けるべきか。


 この首が安久斗様に届けられる時、目は空いていた方がよろしいだろうか。


 俺は井川閑蔵をじっと見つめた。


 その顔、その身体、全てから血が滲み出て、見るも無惨な姿であったが、目の下の隈だけは濃くて、印象に焼きついた。


 井川閑蔵。


 殺せなかった相手。


 殺さねばならなかった相手。


 そんな奴に、俺は殺される。


 じっと見つめて、刀が振り下ろされるのを待っていた。


 そして動き出した刀が、あと1秒もなく首に届こうという時だった。


 俺の目の前に、何か小柄な影が割って入り、閑蔵の右腕を掴み取ると、その刀の動きを封じて、直後に銃剣の付いた小銃を閑蔵の喉に突き刺すと、


 バンッ!!!


 煙を出しながら、そして真っ赤な血を噴きながら、閑蔵が地面に倒れたのだった。


 閑蔵の喉に突き刺さっているのは、第七世代小銃。


 その持ち主は、


「将軍様っ! ご無事ですか!? 意識は!? 私が誰だか分かりますか!?」


「……き、きき、ね……なのか……?」


 揺れるサイドポニー、オリジナルでカスタムした軍服、黒皮のブーツは少し不恰好ではあるが、紛れもなく、濱竹陸軍参謀総長に相応しい貴賓溢れる立ち居振る舞いが、そこにあった。


「そうですっ! 小松喜々音ですっ!」


 喜々音は俺の首を小さな掌でギュッと押さえていた。


 頑張って止血を試みているようだった。


「……よかった、お前、生きていたんだな……」


 あぁ、救われた。


 よかった、よかった……


「将軍様っ! しっかりしてください!」


 朦朧とする意識の中、喜々音の声が耳に届いた。


 それが無性に心地よかった。


「血が全然止まらない……! どうしよう、これじゃ将軍様が……!」


 喜々音は何かぶつぶつと言いながら、焦ったような表情で、自分の軍服を千切っては俺の首や横腹に縛り付けてきた。


 必死に止血をしようとしているようだが、もう無駄だろう。


 悪足掻きにも程があるってやつだ。


 俺はもう、まともに前も見えていない。自分が仰向けになっているのか、うつ伏せになっているのか、それとも起き上がっていて、または逆さまになっていて……


 それすらも分からないのだ。


 そして今、喜々音が目の前にいるというこの状況も、俺には不可解で仕方なかった。


 せめて、触れられるのなら。


 あの華奢な身体、真っ白い肌に、触れられるのなら、そこに彼女がいると分かるだろう。


 俺は手を伸ばしてみた。


「な、なんですか? どうされましたか?」


 喜々音は、そんな俺の血に塗れた手を握ってくれた。その小さくて白い手は暖かくて、彼女が生きていることを実感した。


 俺はそのまま、自分の手を彼女の頬に持っていった。白い頬に、粘り気のある真っ赤な血が塗られていく。


 あぁ、御免よ。お前の美しい肌を、こんな汚いもので穢してしまって……


 そう思いつつも、俺は精一杯笑って、精一杯の声を振り絞って伝えた。


「これが……夢か、現実か……。今の、俺には、なんにも分からんが……どっちにせよな……どっちにせよ、お前が……喜々音が……生きていてくれたことが……何よりも、幸せなんだ……」


 俺の頬に、暖かな液体が落ちた。


 霞む視界の先で、喜々音が、その可愛らしい顔をぐしゃぐしゃにして泣いているのが、目に入った。


「何を……何を言いますか……! わたし、私は! あなたの夢になんて、出たくありませんよっ! 私は、夢の中でまで、あなたに会いたくないですよっ!」


「……そうか、それは……悪かったな……」


 嫌な思いをさせてしまったのだろうか。俺は、やはりこの女子おなごから、好かれてはいないようだ。


 最期の最期まで、そんな事実を突きつけられてしまっては、なかなか堪えるものがあるな。


「バカッ! バカバカバカバカ、バカ親父っ!」


 しかし喜々音は泣き叫びながら、涙や唾や鼻水なんかを俺の顔に撒き散らしながら、そう俺を罵倒してきた。


「夢で会いたくないんだから、現実で会うに決まってるじゃないのっ! 現実で会わなきゃ意味がないじゃないのっ! あなたが現実に居てくれなきゃ、私はもうあなたに会う術がないじゃないっ!」


「……会いたく、ないん、だろ……?」


「バカッ! なんでそうなっちゃうの!? 私、私、そんなこと言ってないじゃないっ!」


 喜々音は泣きながら俺の頬を叩いた。ほのかに痛かった。


「私は夢で会いたくないのっ! 夢じゃ、嫌なの! 幾度とお兄ちゃんを見たわ! でも、でも! お兄ちゃんには触れられなかった! お兄ちゃんとお話はできなかった! あなたまでそっちに行くの!? あなたまで私を置いていくの!? わたし、私……わたしはどうしたらいいのよっ! 生きてよ、おねがい! お願いだから死なないでよっ! わたし、軍総長なんて狙わないし、軍総長になれる器なんてないわ! あなた以外、もうあの職には就けないの! なのに、なのに、なのに! あなたがいなくなったら、誰が濱竹の軍総長をやるって言うのよ!? わたし、あなたの下でしか働きたくないよっ!!!」


「バカを言え……お前の上司は、綴じゃないか……」


 喜々音が何を言っているのか半分以上理解が追いつかなかったが、理解できた部分もまた難解で、俺の下で直接働いたことなどなかったはずなのだが、なぜかそう言ったのだから、よく分からないままだ。


 あぁ、それと、あれか。


 軍総長、俺の次の。


 ……そういえば、よく見れば、喜々音。


「なぁ、喜々音……」


 ようやく、ぼんやりと何かが見えるようになって、ふと、気になったんだが……


「お前、左眼……」


 どうなってるんだ……?


「……なにも、問題ないです。見えます、見えてます」


 そんなはずなかろう。


 喜々音の左眼は大量の血に塗れていて、その奥に薄らと見える眼球は、木の枝か尖った石が突き刺さったのか、ぐしゃぐしゃに潰れているようだった。


 先ほどから、俺の頬に滴っている涙だと思われし暖かな液体も、確かにほとんどが涙であるのだが、喜々音の左眼から流れ落ちる血も多く混じっている。


 俺は心が痛んだ。


「……可哀想になぁ」


 こんなに可愛らしいのに。


「そんな顔では……辛かろうな……」


「なっ! し、失礼ですよ、曲がりなりにも私、女の子ですよ!?」


 知っているさ、だからこそ、辛かろう……


「お前のような、美人には……その顔は、辛かろうな……」


 俺はそう言いながら、自分の左眼に付いている眼帯を解いた。


 そしてそれを、喜々音の手に握らせた。


「……やる。こんな、ジジイ臭いのでよければ、やる……。要らなければ……捨ててくれ」


 喜々音はその眼帯を受け取ろうとはしなかった。ただ涙を流して、ひたすらに拒み続けてきた。


 だから俺は、無理やりその手に握らせた。


 力任せに、その小さな手が血で滲むくらい、眼帯を握らせた。


「……受け取って、くれ……。そ、して……ひき……ついで……………」


 引き継いでくれ、軍総長を。


 引き継いでくれ、軍総長を。


 言葉にならない想いを、俺は何度も心の中で反復した。


 涙で滲む視界の先に、喜々音のさらに奥、高く、高く、青い、青い、空が見えた。


 この日、ここから眺めた空は、きっと生涯の中で何よりも美しいもののひとつとなっただろう。


 その、悔しいくらいに澄み渡る青さに、俺は今、涙を流している。


 この感情は、なんだろうか。


 悔しさか、達成感か、悲しみか……


 否。きっとこれは、そんな安っぽいものではない。


 そう、これは……


 誰が何と言おうとも、この感情は……


 様々なことに対する“感動”なのだろう。




ーーーーー

ーーー




 神紀5000年、冬至前62日。


 夕日がもう山々に隠れた頃合いのこと。


 小松喜々音の膝の上で、中田島砂太郎が静かに息を引き取った。


 享年45。


 喜々音は、周囲から光がなくなるまで泣き続け、途中で井川閑蔵に突き刺さった銃剣を抜き取ると、自分の首や腹部を斬ろうと試みるも、手に握りしめた眼帯を見ては思い留まり、再び大泣きをするという行為を繰り返し続けたという。


 その姿を発見したのは、井谷軍との戦闘で既に山を下山していた濱竹主力部隊で、砂太郎の亡き骸と喜々音を担いで、畑薙まで戻ったという。


 砂太郎の亡き骸は、畑薙で上井谷神社攻略のために駆けつけていた濱竹安久斗に引き渡され、その場で葬送が行われた。


 安久斗は、この葬送とは別に、戦争が終わってから本国で砂太郎の国葬を行うことを決定した。


 小松喜々音は、畑薙に運ばれる頃には怪我の容態が悪化していて、高熱に見舞われて意識が朦朧としていた。


 なお、左眼は完全に失明しており、潰れた眼球を取り除いた後に義眼を埋める処置が施された。また、井谷軍によって撃ち抜かれた右足も深刻な状態で、腐敗が進んでいたために切断を余儀なくされた。


 喜々音は、左眼と右足の膝から下を失って、治療のために本国へと強制送還された。


 多大な犠牲を払った塩見岳の戦いは、井谷戦争最大の攻防戦として語り継がれることになる。


 特に中田島砂太郎の死の報告は世間を轟かせ、濱竹占領下にあった日渡国は、臣の磐田大智が砂太郎と親交があったために、濱竹本国よりも先に喪に服したと記録されている。


 戦争の終結は、もう目前に迫っていた。




ーーーーー

ーーー




 あぁ、泣き声がこだましている。


 只々、泣き声がこだましている。


「泣かせたな、僕の可愛い妹を」


 目の前に、見知った顔が現れた。


 ……かささぎ、お前。


 すまなかったな、謝るさ。


 この通り。


 ……。


 あぁ、そうだ。


 お前、久々に酒なんてどうだ?


 うまい酒、知ってっからよ。


 この前、船の上で喜々音に飲ませたんだが、すぐに酔っちまった。


 あいつ、ゲコだな。


 あぁ、それと。


 喜々音のやつ、大人になったぞ。


 ゲコのくせに、身体は一丁前にやる事やってんだよな。


 本当、最近の若者は進んでるな。


 どうだ、興味あるだろ、そういう話。


 そうだよな、お前も男だもんな。


 あぁ、じゃあ教えてやるよ、お前がそっちに行ってからの出来事を、色々とな。


 そして、いつか聞こうぜ。


 喜々音がこっちに来た時に、この先に起きた未来カコのことをさ。


 それまで、俺たちは大人しく待とうぜ。


 あいつの成長を見守りながらさ。

この話の主な戦闘


“塩見岳の戦い”

 神紀5000年冬至前62日午前〜夕方

(井谷軍全戦力VS侵攻軍参謀本部、侵攻軍主力部隊)

 →通称『井谷軍最後の抵抗』と呼ばれる、井川閑蔵による侵攻軍への大規模な報復。戦闘自体は午前9時前に始まり、午前中は小松喜々音率いる参謀本部が井谷軍を迎え撃ったが、参謀本部が100、井谷軍が800という戦力差を前に2時間に渡る激闘の末、参謀本部は大敗を帰した。また、小松喜々音と井川閑蔵の一騎打ちにおいては、能力の弱点を突かれた喜々音が劣勢となり、体力の限界を迎えると同時に閑蔵もろとも滑落を試みるも、井谷軍屈指の腕を持つ狙撃兵の一撃により失敗に終わる。結果、喜々音のみが滑落し、彼女は左目と右足を失うことになった。

 →参謀本部を占領した井谷軍だったが、そこに残された濱竹第一級七型小砲の分解作業中、それに備え付けられた鹵獲分解防止装置が作動して大爆発が生じた。これにより、井谷兵2名が死亡し、10名程度が負傷した。中でも井川閑蔵が重傷を負って、両耳の鼓膜が破れる他、全身に火傷を負って、特に右半身の程度は甚だしかった。

 →午後1時過ぎ、中田島砂太郎率いる侵攻軍の主力が塩見岳に到着する。井谷軍120、侵攻軍1000のあまりに一方的な戦闘で、井谷軍のほとんどが捨て身で突っ込み犬死にした。しかし中には山の中へと逃亡を図った者も少なくなく、主力部隊はその捜索を実施した。これは、中田島砂太郎の命令「ひとりも生かして山を下らすな」を忠実に守ろうとした結果であり、実際、この日の夕方までに全ての逃亡兵を確保し殺している。

 →塩見岳の山頂で惨状を目にした中田島砂太郎は、そこで井川閑蔵と対峙することになる。閑蔵と砂太郎は激しくぶつかり、1時間に及ぶ死闘の末に、閑蔵の『山体崩壊セクターコラプス』によって塩見岳そのものが崩落して終焉となる。砂太郎は自身の権能で外に這い上がってきたが、そこで力尽きて座り込むも、閑蔵もまだ生きていて、砂太郎の首を取ろうと刀を振り下ろした。そこに小松喜々音が現れて、閑蔵を第七世代小砲で撃ち抜いて殺した。しかし、喜々音の奮闘も虚しく、中田島砂太郎は午後4時27分にこの世を去った。


「(前略)。気付いたら、隣に瓦礫の山があって。おかしいな、崖から落ちたはずなのにって。自分がいるところが一番高くて、何がどうなっているのか理解できませんでしたね。で、周囲を見ると、者影ひとかげが見えたんですね。(中略)。動かない身体で、滲む視界で、必死に見たんです。そうしたら、刀のような光のちらつきが見えて、何か嫌な予感がして、隣に落ちていた七型小砲ナナガタを掴んで、能力を展開して。(インタビュアーの質問)。……えぇ、そりゃもう無我夢中でした。それで、振り下ろされる刀の前に割り込んで、自分がどうやってその刀を対処したのかもう覚えていませんが、とにかく正面にいるのが誰かも分からずに、その喉元に銃剣を突き刺して。(インタビュアーの質問)。……そうです、少し斜めにしてね。顎から、こう、まっすぐ脳を貫けるような角度で七型小砲ナナガタを構えると、引き金を引いたんです。あのときの感覚は今も忘れませんよ。あぁ、やってしまったと。殺めてしまったと。(中略)。苦しくて仕方なかったんですが、そのときの私はそんなことも気にしないですぐに後ろを向きまして、中田島将軍に話しかけたんです。彼は見るからに瀕死でした。もう助からないと、私も薄々気付いていたんです。でも、それでも、彼との間には忘れられない思い出もたくさんあったので、とにかく死んでほしくなかったんです。(インタビュアーの質問)。……え、思い出ですか? そうですね……。サハ戦争の時に捕虜を捕まえたんですけど、その捕虜の子の尋問中に何を思ったのか将軍様は能力を測ろうとしたんですね。それも、関東の戦艦の中でですよ。非常識すぎて、もう(笑)。(中略)。あとは、お酒を無理やり飲まされたり。あれはいつだったっけ。船の上でしたね、ええと……。あぁ、あの時ですね、だい……(咳払い)、私が少し、悩みを抱えていまして。些細なことだったんですけど、その時に相談に乗ってくださったんですよ。(インタビュアーの質問)。……え? いや、全然いい話じゃないですよ。だって、お酒を無理やり飲まされて、全て吐かされたんですよ? もう頭に来ますよ。(中略)。とにかく、こんな感じで全部まともな思い出じゃないですよ、ほんとに(笑)。でも、それでも掛け替えのない、代わりの効かない思い出なんですよね。だから、もっと生きて欲しかったから、何度も声をかけて、何度も血を止めようと頑張りましたね。ですが、彼は私の中で亡くなりました。その日の夕方のことでした。しばらく、息はあったんです。私の膝の上で、不思議なくらい心地良さそうに寝ていたんですよ。(中略)。彼からもらったものは決して多くありませんでしたが、その少ない物を大事に取っておきましたね。眼帯もそうです。昔は付けていたんですけど、今はもう家宝みたいな物です。付けるときもありますが、ほら、おじさん臭いので(笑)。(実際に着けて)……ね、似合わないでしょう? まして若い頃の私なんて、もっと似合っていませんでしたよ。(以下略)」

(某国の国営放送『戦争の記憶 第二回「井谷戦争」』(5097)より、小松喜々音のインタビュー(肉声記録)一部抜粋)

*『戦争の記憶』は某国のドキュメンタリーラジオ番組で、神紀5097年に放送された全10回のシリーズである。サハ戦争という前代未聞の大戦争から100年経って、その当時を知る者は神を除けばほとんどおらず、風化させないべく放送を通して語り継いでいこうという考えで始まった。100年の間に起きた様々な戦争を取り上げて、それについて説明していくスタイルで、第二回「井谷戦争」では小松喜々音の肉声インタビューが初公開されて、その収録年は神類文明における汎用型収録技術の黎明期であった(非公開情報)年代だったが、映像の乱れや音声の欠落も少なく、比較的良い状態で保管されていた。

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― 新着の感想 ―
将軍……貴方は最後まで立派な皇国軍人でしたよ……。中田島砂太郎に敬礼。なんだかんだで仲がいいのか悪いのか、親戚のやっかいなおじさんのような喜々音からしたらウザったいと思っていた存在でしょう。しかし人は…
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