2-27『井谷軍最後の抵抗』
神紀5000年、冬至前68日。
濱竹国の浜松神社で、濱竹軍総長の中田島砂太郎と、靜軍総長の松野曙が会談をした。
「怪我は大丈夫なのか?」
砂太郎が曙に訊く。曙は固定された左手と松葉杖を見せて、
「この通り、ちゃんと生きてはいるぞ」
と笑った。
「ならば良いな」
会話にならない会話を展開して、ゲラゲラと豪快に笑った両者は、その後に神妙な顔つきをすると、
「では、打ち合わせようか」
井谷攻略に向けての話し合いに移るのだった。
「安久斗様のご意向としては、停戦明けの日の出と同時に濱竹軍が西の犬間より、靜軍が東の口坂本及び南の富士見峠より侵攻し、井川を落とすのが得策との仰せであった」
「井川を守る井谷軍を北に逃すと?」
砂太郎の計画に曙が返すと、砂太郎は頷いて肯定を示した。
「あぁ。市街地が形成されてしまっている井川で大規模に掃討するよりも、井谷軍を上井谷に追い詰めて叩いたほうが、かえって戦争の早期終結が見込めると考える」
「なるほどな。たしかに市街地での掃討は困難を極める。だが、山地に逃げ込まれても追い詰め切るのは難しい。それはどうするんだ?」
曙からの質問に、砂太郎は「もっともだ」と頷くと、
「上井谷は三方を甲信連邦に囲まれているため、我々が南より攻め行ってしまえば、逃走路は靜連邦の外しか有り得ない。そうなれば、当然深追いするのは不可能で、取りこぼしを認める他ない。だが、甲信連邦に逃げたとて難民となる以外に道はなく、たとえ我々を潰そうと再起を図ろうにも、同じ大連邦協商に所属する以上、そしてなまじ関東の祖神国家に属してしまう以上、そう簡単に事を起こせはしないだろうと考えている。よって、取りこぼしは覚悟の上で、上井谷での掃討を実施するべきだろう」
と返した。曙はその言葉に、
「靜としては、我が国に歯向かう連中など根絶やしにせねばなるまいと思ってしまうがな」
と取り逃しを前提とした作戦に不満を漏らしたが、
「とはいえ完全なる殲滅は不可能であるのも承知の上だ。優先すべきは戦争の早期終結、そして井谷国の解体である。そちらの作戦に従おう」
と、最終的には理解を示した。
砂太郎は「助かる」と返事をした。
「それで、井川を占領した後はどうするんだ?」
曙が砂太郎に訊くと、
「靜軍は、井谷との長期間の攻防があったために、これ以上の無理をしてもらいたくないところだ。故に防御を、つまりは井川の占領や国境の警備を任せたい。上井谷への攻勢は濱竹軍が実施し、靜軍は我らが占領した地域に駐屯してもらいたいと思っている」
と砂太郎が答えた。それを聞いて曙は、
「では占領政策は我々靜が行うと?」
と問うた。
「政策の云々は立場上ここでは話し合えないが、終戦までの占領は靜軍に一任したいところだな。終戦後はまた別途方針を決める会議が開かれるだろうから、占領政策についてはその時に決める案件ではなかろうか」
占領政策を実施する、すなわちその土地の支配権をどちらが得るのかという問題は、両国にとっての連邦内における権威問題にも繋がるセンシティブな内容であった。そのため砂太郎はここでの言及を避け、それは神々が後々決める事であると曙に伝えたのだった。
しかし、祖神国家の代表としてここに来ている曙としては、はっきりさせておきたい問題でもあった。
「そうは言うが、攻勢の全面を濱竹が担う場合、武功における手柄は全て濱竹が持っていくわけだろう? 戦後の話し合いで決めるとなれば、ただ指を咥えて防衛していただけの我々に占領政策が任されるとは思い難い。ここでその件がはっきりできないのなら、濱竹の意見に乗ることはできない。我々も上井谷へ侵攻する。そして戦争貢献度を揃えることで、終戦後に上井谷の占領について対等に話し合えるよう願うばかりだな」
曙の意見に、砂太郎は眉を顰めた。
「別に濱竹は貴国とやり合うつもりは毛頭ない。我らが共有する問題は、この戦争を最小限の被害で早急に終わらせることだけだろう。戦争貢献度によっていずれどちらが占領するかなどという領土的野心にのみ関わる問題など、今ここでするべき話題ではない。それは終戦後に神々が決めることであって、我らが考えるべきは、仲間として、最小限の疲弊で、最大限の火力を出して井谷を追い詰めることにあるはずだ」
砂太郎の言葉に曙は渋々頷いた。
靜としては、皇神種国家の濱竹に手柄を取られたくない状況であったが、既に軍が疲弊しているのも事実であって、そう言われてしまうと引き下がる他ないのであった。
「ならば任せよう。ただし、後衛として靜軍も戦地に同行させたい。祖神国家の軍隊が、美味しいところを取られると分かっていながら、みすみすそれを認めるわけにはいかんからな」
曙の言葉に、
「防衛も十分すぎるほど重要な役目であると、そういう理解はないのか?」
と砂太郎は疑問を投げつけた。それに対して曙は、
「正面から戦って勝つことが強さというものだ。祖神国家が負けっぱなしでは示しがつかんから、この戦争中に汚名返上の機会がなくては困るのだ」
そう言った。
彼の目の前には、若干呆れ顔を浮かべた砂太郎がいるだけだった。
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会談を終えた将軍様から聞くには、靜軍は占領地の防衛だけでは納得できず、後衛として上井谷侵攻軍に同行したいと願っているとのことだった。
私たちが不在の間、ずっと井谷に押されっぱなしで疲弊している靜軍を後衛に付けるなんて、かなりの不安を伴う話だ。大人しく占領だけ担ってくれればいいのに。
靜の軍隊が侵攻軍の後衛に当たるとなれば、濱竹靜の混合軍を形成することにもなり、指揮系統としても混乱の素となりかねない。参謀本部としても、靜からの要求は悩ましい限りだ。
とはいえ、祖神国家の意向を無碍にもできないため、後衛を担う靜軍に私たちの指揮下に入ってもらうことで、指揮系統の混乱を防ごうということに決まった。
後衛に加えてやるだけ感謝しろと、そう言ってやりたい。でも、それはできない。
相手が靜でなければ強く出られるけれど、今回ばかりは相手が悪すぎる。
はぁぁ。仕方ない、靜軍を加えた編成で作戦を立案し直して、井谷の攻略を目指さなければ。
私たち参謀本部は、最初に犬間を拠点として侵攻軍に指示を出し、井川占領後は井川神社に入って、そこから指示を出すことになっている。
しかし、上井谷に侵攻していくにつれて、山深くなり、距離も遠くなるため、井川からでは速やかな指示伝達が困難になっていき不都合が生じることが考えられる。
なので、上井谷最初の砦である畑薙を陥落させたら速やかにそこに移り、北進する侵攻軍とは別に靜軍を主力とした部隊を西の山脈へと進ませ、甲信連邦との境に当たる茶臼岳(標高2604m)、上河内岳(標高2803m)、聖岳(標高3013m)、大沢岳(標高2820m)、赤石岳(標高3120m)、小赤石岳(標高3081m)、中岳(標高3084m)を順々に占領させて、安全が確保されてから参謀本部を攻撃されにくい山脈の中に移す計画にした。
それらの山には細いながらも山道があり、伝達の不自由はそれほどない。
また、攻撃されやすい谷底に本部があるより、標高が高い場所にまで登ることで、地形的有利を取ろうという考えもある。
いざとなれば、参謀本部がある山の上から、靜軍が戦地に降りて援軍に向かえるという仕様でもある。
とりあえず、畑薙占領後は早急に中岳まで占領して、しばらくそこから様子を見ることになるだろう。
その後も、侵攻軍の進撃に合わせながら山の尾根を進み、最終的には上井谷の背後、間ノ岳に回り込んで殲滅に移れるのが望ましい。
そこまでの余裕はあまりないかもしれないけれど。
「喜々音、今いいか?」
山脈一帯に赤い印がたくさん付いた地図を広げて、しばらくそれと睨めっこをしていたら、ふと安久斗様のお声が聞こえた。
「はい」
私は返事をして、安久斗様の前に出て頭を下げた。
「顔を上げろ」
安久斗様は私にそう仰られたので、私はお言葉に甘えて顔を上げた。
安久斗様は真面目なお顔をされて、
「靜軍の内訳が届いた。主力は全然投入する気がないようだ」
私は安久斗様から一枚の紙をお受け取りすると、それに目を通す。
靜軍が侵攻軍として送ってくるのは、どうやら訓練兵から昇格したばかりの師団ばかりだった。
また、占領地を防衛する軍として送ってくるのも主力部隊ではなく、エリートになりきれなかったような中団層だった。
「作戦に支障がありそうか?」
安久斗様は私にそう尋ねられた。
「侵攻軍は、いざという時の戦力が不足すると怖いので、再度検討が必要かもしれません。それらは濱竹軍の兵力を引き上げることで調整致します。山岳占領部隊は、靜軍のみでの編成では少々心許ないので、こちらにもまた濱竹軍を同行させた方がよろしいかもしれません」
私の返答に、安久斗様は「うむ」と頷かれると、
「軍の動かし方や編成は全て参謀本部に任せる。必要とあれば水軍も、近衛師団も、好きに使うといい」
「えっ!? あ、ありがとうございます」
驚いた。濱竹では陸軍と水軍は完全に切り離されていて、普通陸軍が水軍の部隊を使うことができない。不仲であるわけではないし、作戦上必要とあれば協力するけれど、今回のように水が関与しないような戦いでは基本水軍を使ってはならない。
しかし今回、安久斗様は水軍も使って良いとご指示遊ばされた。これで、防衛にかかる戦力不足は少し補えるはずである。基本船の上で戦っている水軍は、何かに立て籠って戦うことが強いと聞く。そのため、占領した土地に簡易的な要塞を築いて、そこを水軍部隊に守ってもらえるだけでも効果がありそうだと思った。
あとで水軍の舞阪長官と、東陽参謀総長に了承を取りに行こう。
安久斗様の御前にも関わらず、ご無礼なことに考え事に耽ってしまっていると、
「あと、俺たちの占領地である日渡の連中も動かそうと思えば動かせるだろう。まぁ、軍隊の練度が低いから、このような戦争ではかえって不要やもしれんが」
と安久斗様が仰った。
「日渡ですか」
「あぁ」
あの国は上神種の力が異常に強いものの、軍隊というには貧弱で、旧武豊軍くらいしかまともに動かせる組織はないだろう。
「上神種を借りることができれば強いかもしれませんが……」
私は安久斗様にそう意見致すと、
「そんなことを言えば、この戦争は俺や靜が出ていけば全て終わることだ」
とお返しなさった。
「ですね……」
至極真っ当な話であるが、この井谷討伐という戦争は、神様、特に靜様にとってはお遊びにすぎないものだと考えられる。
サハ戦争のような人類式の戦争で、まるで関東の軍事力を井谷の軍事力を以て測定しようと言わんばかりの行為が続いている。
本来、神類の戦争というのは、神と神が直接戦って、その権能で相手を圧倒し、核を奪うことで領土を獲得するという、一対一の戦い方が主流なのだ。
なのに、神が出ることなく、人類が使うような兵器で、今となっては能力を持たないに等しい下神種による多対多の戦闘をしている時点で、これがどれほど遊びに等しいものか知るのに十分だった。
そしてそれは、今や神々の中での暗黙のルールとなっていて、靜様はもちろんのこと、安久斗様も、井谷俣治様も、自らが出陣なさることはできないとお考えになられているのである。
これは、下神種の、兵器による、神のための戦争。そこに能力を持つ上神種が割って入ることは、暗黙の了解の上に成り立たない、不道理な、そう、明確なルール違反だと言える。
だから、あの日渡のような破天荒すぎる上神種を戦争に出すことは難しいのだ。
彼らを動かして良いのなら、神々も自由に動いて良いという話になる。
それでは、ここまで人類式戦闘形式に則ってきた意味がなくなってしまうのだ。
「ま、全ては任せる。以上だ」
安久斗様は私にそう告げられると、お発ち遊ばされた。
私は礼をしながら、廊下より足音が消えるのを待った。
さて、編成を練り直さないと。
靜軍にやる気があるのか、もうよく分からないけれど、要求を蹴るわけにはいかないというこのもどかしい状況に、少しばかり腹が立った。
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神紀5000年、冬至前66日。
井谷と連邦軍の停戦は終わりを告げた。
朝日が昇ると同時に、東の山から濱竹軍が、西の山から靜軍が、南の街道から宇治枝・島谷などの連邦中部諸国の混合軍がそれぞれ井谷国の中心都市の井川に進撃を開始した。
中部諸国混合軍は、これまでの激戦で疲弊した靜軍を補うべく有志で作戦に参加することになったため、当初の計画になかった場所より侵攻することになった。
停戦が終わるに際して、当然ながら井谷軍は防御を固めていたため、なかなかしぶとい粘りを見せたが、東の戦線で濱竹軍が三型戦車を大量投入し、道の有無に関わらず山を降り、井川の市街地に雨のように砲弾を降らせて大量破壊を為したことで、井谷軍の防衛線は破壊されることになった。
それに続いて靜軍は関東より得た散弾銃を大量投入し、山の中を敗走する井谷軍をまるで鹿のように狩っていった。
街道より進撃をした中部諸国混合軍だったが、唯一井谷軍に押されていて、最初の攻勢に失敗してから撤退を繰り返し、開戦から3時間で根々川国の北部が占領される失態を冒していた。
今回の戦闘の指揮系統は、全て濱竹陸軍参謀本部が担っていた。
その総長、天才少女と謳われた小松喜々音は、根々川国の解放を敢えて行わずに予定通り井川を拠点として侵攻軍を畑薙に向けて出発させた。
しかし、南に敵が残っている以上、自分たち参謀本部が井川神社に入ることは危険だと見做し、急遽予定を変更して、暫定で参謀本部が置かれている濱竹領犬間より指示を続けた。
井川の防衛には靜軍と濱竹水軍ヒト桁が当たった。
また、今回の戦争に介入しない姿勢を貫いた根々川国であったが、さすがに自国が井谷と中部諸国の戦場となったことで不満を募らせて、両軍の即時撤退を要求するという、どちらに対しても強固な姿勢を取ってきた。
これを好機と見た濱竹安久斗は、根々川国に対して「濱竹が間を取り持つから停戦交渉をする場を設けてくれ」と言い、返事を貰う前に濱竹軍近衛師団を根々川国へ寸又峡を経由して無断で越境させ、中心地である川根で中部諸国混合軍と井谷軍の両方を相手取って戦うと、その地を占領下に置いた。
濱竹の支配下に置かれた川根で、井谷軍と中部諸国混合軍の話し合いが行われて、根々川国全域をこの戦争の期間中非武装地域(根々川国の許可無しに戦争をしてはならない地域)にすることを定め、それぞれの軍隊は濱竹軍の監視の下に武装解除が行われた。
この横暴すぎる濱竹の対応に根々川千鶴と島谷嘉和水は激怒し、安久斗に対して抗議する書簡を送ったが、そんな彼女らを宇治枝恭之助が宥めて中部諸国を代表して安久斗に陳謝すると、中部諸国は井谷戦争から身を引く旨を伝えて根々川から去っていった。
根々川に残された井谷軍は、濱竹軍の捕虜として捕えられ、濱竹本国に護送された。
これによって、やや複雑な過程を経て、根々川国から井谷軍が消滅し、井川の安全が確保されたことになった。
同時に、濱竹陸軍参謀本部にとって、井谷討伐の足手纏いになると考えられた統率練度の低い中部諸国混合軍が戦争から去ることにもなった。
結果は全て、濱竹の思い通りに動いていた。
さて、そして翌65日早朝、畑薙に逃げ込んだ井谷軍と上井谷侵攻軍が激しくぶつかった。
畑薙は非常に強固な要塞となっていて、その攻略に正面から挑んでは軍の損失に繋がることが予想された。
というのも、左右の山肌から幾つもの大砲が谷間の街道を狙っており、そこを侵攻軍が歩けば恰好の標的になることは間違いなかった。
そこで、参謀本部は作戦を変更し、後衛として侵攻軍に付随させていた靜軍を西の山へと迂回させ、また犬間から濱竹の予備兵を東の山へと回し、本命の侵攻軍を囮にして東西の山肌で待ち構える井谷軍の背後から奇襲を仕掛けることにしたのだった。
この作戦は大成功を収めた。
侵攻軍に付随させていた二型戦車三台を、防御に全振りした改造を施して街道を進ませて囮とすると、井谷軍はまんまとそれに引っかかって集中砲火を為した。
その轟音に紛れるように、背後に回った靜軍と濱竹軍が山の中腹から一気に駆け降りて、井谷軍の砲台を占領した。
井谷軍は、かつて油野砲台で靜軍に自らがやったような作戦と似たような形式で、砲台を占領されたのだった。
砲台の占領後、参謀本部はその大砲から畑薙の集落が見えるか確認した。結果、大砲の射程圏内に畑薙の集落があると認められ、侵攻軍が畑薙に入る前に大砲で畑薙一帯を焼き払うように指示を出した。
井谷が作った大砲は、自国の都市を焼いた。その威力は、靜連邦が誇る最大級のものであり、殺傷能力は相当なものだった。
靜との戦いにおいては、関東統一連邦の兵器ですら敵わなかった火力で、連邦独自技術として胸を張れるほどのものなのだ。
世界にも通用する兵器だが、これらは井谷軍のとっておきであり、連邦内に出回ることはなかった。
同盟国の日渡ですら、井谷軍の兵器を持ったことがないのだ。
濱竹軍は、初めて井谷の大砲を使ってみて、参謀本部に次のように伝達をしている。
『井谷の大砲というものは、我らが大砲よりも二、三世代進んでいるように感じられる。我々の、火をつければ飛ぶような単純なものではなく、もう少し小砲に近く、確かな照準があり、発砲を指示する鈕も備えている。飛力は概ね我が軍の持つ大砲と同程度なるが、着弾時の炸裂は凄まじいものがあり、畑薙の町は僅か10発の砲撃で凡そが破壊され、町に入れば既に廃墟、見るも無惨な瓦礫の山と化しており、まさしく木端微塵とはこのことかと思われた。』
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畑薙の占領が完了した65日の夜、私たち参謀本部は煌々と光る秋の月明かりと松明の灯を頼りに、畑薙まで移動をした。
何もかもが破壊された町で侵攻軍と合流し、今後の計画について再度確認をする。
侵攻計画に大幅な変更はない。畑薙から先も侵攻軍は街道を進み、逃げ進んでいる井谷軍を各個撃破することが使命であり、対して靜軍と、砲台占拠に動かした濱竹訓練兵は山岳の占拠をし、残る軍は畑薙の防衛をするということになる。
私たち参謀本部は、しばらく畑薙に駐留した後で中岳に移動し、見下ろすように指示を出すことになる。
確認し終えたあたりで夜が明けてきて、この日は疲労と睡眠不足もあったために休息とし、またこの畑薙に将軍様が率いる援軍も近々入るとのことだったので、とりあえず体勢を整えながら1日を過ごすことにした。
その日(冬至前64日)の夕方、思っていたより早く中田島将軍と援軍が到着した。
「ここから先、侵攻軍は俺自らが率いよう」
将軍様はそう言って豪快に笑っておられた。
「濱竹軍の総長が前線に出てしまってもよろしいのですか? 本来は神社に残って安久斗様と共に状況を俯瞰的に整理しなければならないはずです」
私が将軍様に尋ねると、
「そんな難しいことは俺にできんからな。それに、安久斗様には臣様も巫女様もおられる。俺なんかが口を出す必要は毛頭ないし、何しろ戦地に行って体を動かさなくては性に合わんのだよ」
と返ってきた。
「ですが、これは人類式の戦争です。私たち上神種が出しゃばってはならないのです。将軍様が出ていかれては、井谷軍を煽る行為に繋がりかねません」
私がそう言うと、将軍様は「むっ?」と疑問を浮かべられて、
「そんなはずはあるまい。靜の松野閣下も油野の戦いに赴いているし、そも件の戦闘の決着は井谷の臣が付けたと聞く。既にそんなルールは破られていて、存在すらしていないと見えるぞ」
と言われるので、私は「それでも!」と反論しようと声を上げたが、将軍様はまた豪快に笑うと、私の左肩を大きな掌でトントンと叩いて、
「ま、いいではないか。戦争など、いずれルールが破られるものだ。つまりは規律を破った者勝ちの世界、四五言わずに強者が戦地に赴いてこその戦争だ」
と仰った。
聞いていて、義理のない限りだと思った。いくら戦争だからといっても、ある程度の秩序がなければならない。現に神々は戦争に直接参加をされていないし、上神種だってまだ前線に出てきていない。
それなのに、我々だけが上神種を前線に投入しては不釣り合いではないかと、卑怯なのではないかと、そう思う。
「ですが将軍様、やはり前線に立たれるのは時期尚早かと存じます。我が軍の士気が落ちているようならまだしも、井谷軍ですらまだ上神種を投入していない状況で、私たちが先に上神種を投入してしまっては、やはり不道理なものかと」
「では道理とはなんだ? 相手が前線に上神種を投入したら、こちらも上神種を投入できるということか?」
将軍様は私にそう訊いた。
「そもそもとして、この戦争における道理とは、上神種以上の種が前線に立たないことかと。それが相手味方関わらず、今の状況を崩さないことが道理かと」
私がそう返すと、将軍様は「ふむ」と頷いて言った。
「ならば、お前が参謀をやっている時点で、また俺が軍の展開を決めている時点で、その道理は崩れているぞ」
「私たちは前線に立っていません!」
「何を言うか、ほぼ前線だ。自国領土にいるならまだしも、新たに占領するたびにその地へ本陣を移動させていたら、それはもう前線と変わりがない。その論を展開するならば、お前はもう少し、前線の広義的解釈に目を向けるべきだ」
私の反論に反論が返ってきた。
「ですが前線とは実際に戦闘が繰り広げられている場所のことで……!」
「だから、広義的に見ろと言っているではないか。お前が定義しているのは狭義的なんだ。確かに前線とは実際に戦闘が起きている場所のことを指すが、その占領したての地を守るという行為も十分な侵略行為の前線だ。そう見れば、前線は今、我々が占領している地であり、お前が定義する前線とは広義的に見れば最前線となる。お前らは今、現在進行形で前線にいて、最前線では戦闘が行われている。これが広義的に見た前線だ。本国から見れば、また連邦全体から見れば、こっちが一般的な解釈だ。縮尺を間違えるな、お前に見えている世界だけが世界ではないからな」
将軍様は真面目な顔をして仰った。
広義的な視点と狭義的な視点は分かった。というか分かっている。でも、だからといって納得できたわけではない。
「将軍様、」
私はそう言葉を発して、まっすぐ彼の目を見た。
眼帯のない右目だけが、ギロリと私を射抜いた。
それでも構わず、私は言う。
「私たちが前線にいることは理解しました。ですが、前線に私たちがいるからと言って、最前線に上神種が出て良い理由にはなりません。知恵働は上神種も下神種も同様にできます。そこに種の差はございません。ですが、能力を用いた戦闘ばかりは格差がありすぎるのです。なので、単に私が主張したいのは、上神種が戦争の裏で知恵働をする分には戦局を左右しないものの、実際の戦闘をしてしまっては戦局を左右してしまうということです」
「だからダメだと?」
「そうです」
将軍様は私の言葉を聞くと、そのように訊かれたので、私は頷いてみせた。しかし将軍様は、そんな私に不敵な笑みを見せると、
「ならば言おう、俺は戦局を変えるために前線に立つのだと。お前が考えていることは事実だ。言っていることは的を射ている。だが、お前は戦局を変えたくないという話をしているが、俺はもとより戦局を変えるためにここに来たのだ。であるならば、なぜ俺が前線に立とうとするのか、もう説明するまでもなかろう。お前は理解をしているのだからな。自分で説明できるくらいに、十分理解しているのだからな。上神種が立てば戦局が変わると、そう言ったのだからな」
「お待ちください! だからそれはならないのです! それをしては道理に反するのです! この戦争は、人類式の戦争なのですよ!? そこに上神種も神も参加をしてはならないのです!!!」
将軍様には話が通じないのだろうか。彼は今まで何を聞いていたのだろうか。もう、そういうところは本当に嫌い。
しかしそれは、彼にとってみれば私も同じことで、
「既に道理も何もないのだっ! 井谷軍は元より上神種を前線に投入していた! それも臣自らが軍を率いて靜と戦っていたのだっ! そして靜もまた、軍総長を前線に投入していたんだ! お前が言う道理など、この戦争当初からどこにも存在していないのだっ!」
お互い、お互いを怒らせてしまったことは確かだったのだ。
あぁ、本当にこの方とは合わない。
苦手だ、本当に。
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結局、侵攻軍は濱竹軍総長の中田島砂太郎が率いて北進することとなった。
これによって最前線に上神種が加わり、その進撃速度は異常なまでに向上した。
その影響で大変になったのは、靜軍と濱竹の訓練兵が担う山岳占領部隊で、快進撃を続ける侵攻軍と並走するように山の尾根を進まなければならないために、険しい山道を急いで踏破することが強いられたのだ。
しかし、侵攻軍は上井谷に近づけば近づくほど、井谷軍の抵抗に遭わなくなっていった。もう戦力が底を尽きて、抵抗する軍隊もなくなってきたのかとも思われたが、いずれにせよ上井谷神社(正式名称:間ノ岳東俣神社)に行かなければ、神、臣、巫女を捕らえられないために攻勢を弱めるわけにはいかなかった。
そして冬至前62日には参謀本部が中岳に移り、しかしそれでも侵攻軍とは距離があったため、山岳占領部隊が昼夜を問わず尾根を進み続けて、ようやく上井谷神社の南西およそ5kmの位置にある塩見岳(標高3052m)に至った。
既に侵攻軍は上井谷神社の手前3kmの位置まで迫っていて、もう翌日(冬至前61日)中にも上井谷神社への攻勢が始まるかもしれないという時期であったため、参謀本部は直ちに塩見岳に本陣を移して、そこから砂太郎率いる侵攻軍に指示を送ることになったのだった。
さて、一方の井谷軍の状況であるが、井谷軍を指揮するは相変わらず臣の井川閑蔵であった。
閑蔵は、井川の防衛に失敗すると即座に軍隊を後退させて、最小限防衛に必要な数の兵を畑薙に置くと、それ以外のまだ動ける軍隊を上井谷神社にまで移動させた。
彼は今更、防衛線を構築する気はなかった。
敵軍は畑薙も落として、既に上井谷に迫ろうとしている。
開戦から40日が経過して、井谷軍と靜軍には疲弊が見え出しているものの、サハから帰ってきたばかりの濱竹軍には未だ疲れのひとつも見えていない。
その状況で、いくら地の利があっても防衛するにも限度がある。
おそらく、完膚なきまでに叩きのめされて、すぐに決着がついてしまうだろう。
それならば。
同じ“敗戦”という結末を辿るならば。
攻めてこそ得られる結果があると、閑蔵は考えたのだった。
だから閑蔵は、上井谷神社に入った井谷軍に対して命令を下す。
「主力部隊と、まだ十分に動ける者は俺に続け。それ以外の者は鏡子の指揮の下で俣治様をお守りせよ」
「で、ですが臣様! それでは俣治様の護衛があまりにも少なく……」
「黙れっ! 俣治様のお力は我々と比にならないほどお強いのだ! 靜軍だろうが濱竹軍だろうが、卑劣な侵略者など塵一つ残さずにぶっ潰せるくらいのお力をお持ちである! 貴様は我らが神を信じられぬとでも言うのか!?」
閑蔵は、巫女の畑薙鏡子に主である井谷俣治を任せ、井谷軍のほとんどを率いて上井谷神社を離れる決断をしたのだった。
閑蔵の指示を受けて、すぐに軍隊が集まる。
現状動ける井谷軍およそ1000のうち、800ほどの兵が閑蔵に従った。
そして井川閑蔵は、後の世で『井谷軍最後の抵抗』と呼ばれることになる大攻勢を仕掛けるのであった。
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上井谷神社に近づくにつれて、遭遇する敵兵が少なくなっていった。
あまりにも不自然で、気味悪く思えた。
ふむ、どういうことか。
上井谷神社はもう目前に迫っていて、あと何度か沢に沿って曲がれば砦が見えるはずであるが、敵兵は不気味なほどにいない。
籠城をするにしても、この辺りに守備を置かなければ敵を砦に易々と接近させることになり、戦略としての崩壊を招きかねない。
井谷軍は、もう抵抗する力も残っていないのか?
警戒しながら進み続けて、いよいよ上井谷神社の門前に到達した。
初めて来たが、古びた大きな門と高い塀が俺たちを迎えていた。
井谷軍は、門や塀の上にある高い櫓から俺たちの接近を見ると、小砲を構えて威嚇をした。
しかし、その威嚇だけで留まり、まるで戦闘を起こそうという気配は感じられなかった。
我々に向けられた小砲の数を数えてみる。
……ふむ、おおよそ50といったところか。
少ない。
対して我々は1000もの兵を率いて集まっている。撃つのを躊躇うのも頷けるが、本当になぜこんなにも少ないのか分からない。
井谷軍は、本当にもう僅かしかいないのか?
これまで来た道で大規模に掃討してしまったのなら納得できるが、接敵したのは片手で数える程度で、それらも全て負傷して置いて行かれたような集団ばかりだった。
資料によれば、現在残っている井谷軍は1500程度、少なく見積もってもまだ1000は下らないはずだ。
この神社に全兵力が籠城していれば、ここで我々に発砲を躊躇う理由はない。
お互いに同程度の数を率いていて、さらに防衛する側に多少なりとも優位性があるため、今すぐにでも発砲してきて良いはずである。
なのに、撃たない。
ということは、ここにいる戦力は、防衛の優位性を加味しても我々を圧倒的に下回っているのだろうか。
とはいえ、そうなると大多数の兵力が消失したことになる。
逃げた可能性は極めて低いだろう。それならば今、捨て身で撃ってきてもおかしくない。動かない理由がある。
……挟み討ちか?
実は大多数の戦力が山の中に潜んでいて、我々がここで睨み合っている間に背後からやってきて打つという戦法か?
否。それであるなら、立て篭もる戦力は防衛に十分なだけのものが必要であるし、今すぐにでも戦闘を始めた方が効果的だ。
言ってしまえばここは敵の本陣であるわけだが、本陣での戦闘が不可能になるほどに兵を使う作戦が何かあるだろうか。
そして、この睨み合って動かない状況、攻撃を仕掛けてこない状況というのも不可解だ。
俺たちの兵力を以てみれば、今すぐにでも制圧ができるのだろうが、それをしてはならない気がしている。
俺は今、直感的に、これが何かしらの罠である可能性を疑っている。
井谷軍と侵攻軍は、未だ睨み合ったままだった。どちらも誰も動こうとしていない。
当然、侵攻軍は俺の指示待ちなのだろうが、井谷軍も動かないというのが異様に思える。
敵が本陣に来たというのに、睨み合ったまま動かないとは……
…………。
……ん?
俺たちは今、敵の本陣に来ている。
俺たちは敵の本陣にいて、その本陣の守りは手薄で、何も攻撃してこないことを考えれば何かしらの罠である可能性があって……
……時間稼ぎか?
何故?
俺たちを意図的にここに引き付けることで、何かしらの事を実行するつもりなのか?
…………。
……いや、待て。
これは、マズいのではないか?
俺たちはここに引きつけられて、ここで時間稼ぎに遭って、本命が既にどこかに出ているのだとしたら……
……どこだ?
本陣を犠牲にしてまでも向かう先など、どこだ?
…………。
……あっ!?
あぁ!?
思い至って、俺は焦燥感に駆られた。
自らが率いてきた軍隊に、ここでようやっと指示を出した。
「総員、撤退せよっ! 殿は俺がやる! 撤退せよ!!!」
それが合図になったか、上井谷神社から井谷軍の小砲が火を吹いた。
俺は権能で砂を操り、即座に壁を作って銃弾を受け止めた。
その間に、侵攻軍は俺の命令に従って撤退した。
去っていく俺たちを、井谷軍が追撃することはなかった。
助かったが、それどころではない。
急がねば。
俺たちが井谷の本陣を狙ったのと同様に、俺たちの本陣を井谷軍が狙ってもおかしくないのだ。
そしておそらく、井谷はそれをやったのだ。
本陣を犠牲にしてでも、敵の本陣を叩いて大損害を与えられれば御の字であると。
俺たちは参謀本部が置かれている塩見岳を目指して、険しい山をひたすらに登り続けた。
心の中には焦りと不安が立ち込めて、血の気が引くような気持ちの悪い感覚に頭がくらついていた。
もしこの予感が当たってしまっていたら……
本当に参謀本部に敵が迫っているのなら……
なんとか耐えていてくれ、小松喜々音。
こういう時、上神種であるお前しか頼れないんだ。
道理だのルールだの、言っていられないのだ。
この話の主な戦闘
“井川占領作戦”
神紀5000年冬至前66日日の出〜昼
(濱竹・靜・中部諸国混合軍VS井谷軍井川防衛隊)
→濱竹軍は西(犬間)より進撃し、三型戦車40両を山より下ろし、井川の町に砲弾の雨を降らせた。
→靜軍は東(口坂本)と南(富士見峠)より進撃するも、いずれも主要な街道にて靜軍が国境の守りを固めていたために激しい戦闘となる。結局は、関東から購入した散弾銃を前線に大量に送り込み、数の暴力で井谷軍を叩き潰すと、既に濱竹軍の攻撃によって荒廃した井川の町に入った。また、周囲の山に逃げた井谷軍を降伏の意思の有無の関わらず狩った。
→中部諸国混合軍は、疲弊し切った靜軍の負担を少しでも減らすべく、また大井谷川を井谷軍が下って自国に流れ込むのを警戒して、当初予定になかった根々川国での防衛に参加する意思を見せ、67日から根々川国に駐屯した。しかし、根々川国自体は井谷戦争への介入に否定的で、本来なら防衛すら必要ない場所であったため、濱竹参謀本部としては勝手な行動を厭んでいた。そして案の定不必要な戦闘が生まれて、根々川国に井谷軍が流れ込む事態が発生すると、根々川国が戦場となったことで根々川千鶴が怒り、井谷戦争を繰り広げる連邦諸国を非難した。濱竹安久斗はそれに乗じて根々川へ侵攻すると、川根の町を占領して、中部諸国混合軍と井谷軍の間を取り持って戦闘を終わらせた。
→多少の想定外はあったものの、井川の占領は開戦から6時間と少しで完了した。参謀本部は犬間から井川に移動した。
“畑薙要塞攻略戦”
神紀5000年冬至前65日早朝〜夕方
(上井谷侵攻軍VS井谷軍主力部隊)
→谷間を通る街道を狙って東西の山肌に井谷軍が砲台を設置していたため、その砲台を背後から奇襲するべく靜軍第156師団、第157師団は東の山脈に入り、濱竹訓練兵は西の山脈に入った。本命の侵攻軍の二型戦車3両を改造し、砲弾の嵐に耐え得るようにすると、それらを囮として畑薙に突入、同時に猛攻に遭うも、これを合図に井谷軍の背後を取って砲台の奇襲に成功する。
→砲台を占拠した侵攻軍は、その大砲を畑薙の集落に向けて放ち、畑薙を防衛する井谷軍に打撃を与えてから本格侵攻を開始した。
→開戦から半日で畑薙の攻略を果たした。参謀本部は犬間から畑薙に移動した。




