2-25『靜連邦のために』
ここから最終章。
戦争の行く末をご覧あれ。
安久斗様が浜松神社にお戻りになったのは、その日(冬至前80日)の日没前であった。
安久斗様が戻られるまで浜松神社にて待機しながら、午前中に行われた統合議会の議事録の複製作業に当たっていた。
なぜそんなことが必要かというと、統合議会は日渡議会と濱竹議会を統合したものであるため、日渡に残す用の原本の他に濱竹に渡す用の複製を用意しなければならないのだ。
今までは統合神務局が行なっていた作業であるが、既にその統合神務局が解体されている上に原本はひとつしかないので、その作業は必然的に日渡国が行わなければならなくなる。
まぁ、複製作業に当たるのは神務局に勤める下神種であって、僕らはただただ暇つぶしがてら眺めているだけであるが。
そうして安久斗様が戻られる頃には複製作業も大詰めを迎えていたわけだが、完成を見届ける義務はないので僕らは再びエントランスホールにやって来たのだった。
安久斗様を最前列で迎え入れたのは、当然濱竹の臣と巫女であり、僕らはもう他国の神治首脳部であるため後ろの方で控えめにしていた。
安久斗様は戻られてすぐに臣と巫女に何か指示を出されると、ひくまさんとおなさんはそれぞれ違う方向へと歩いていかれてホールを去った。
そして残った安久斗様は僕らの元にやってくると、
「返事を聞こうか」
そう仰った。
返事とは、鎖国を続けるか開国して連邦に復帰するかのことであろう。
「わたしたちは現状を維持するよ。ここまで大きな事をした手前、のこのこと復帰はしづらいよ」
萌加様はそうお返しになった。
「そう言うと思ってたぜ」
安久斗様はそのお言葉にそう仰せになると、
「大事な話がある。全員議事室に来い」
僕らを議事室にお招きになった。
議事室には、続々と濱竹議員が集められていた。
全員が所定の位置に着く中で、僕ら日渡国神治首脳部もまた定められた位置に座った。
濱竹議会における神の次の位置、臣と巫女が座る列の一画に集められて、議会を一望できる位置だった。
逆を言えば、全議員からばっちり見える位置である。
日渡の臣と巫女は、未だ濱竹議会に参画する権限を有しているし、座る位置もこことそれほど相違ないのだが、萌加様や明様、耐久様、そして僕と花菜、湊、竜洋、壱さん、司さんその全員が、まるで見せしめを受けるかのように並べられているのは相当な違和感を覚えた。
そわそわしくなる気分を抑えて時間が過ぎるのを待つと、僕らの下の列に下池川山樹神務卿と二俣梧行政総長、中田島砂太郎軍総長が入り席に着き、その後でひくまさんとおなさんが入室されて、
「一同、起立っ! 安久斗様の御成である! 敬礼っ!」
ひくまさんの号令で、議会と同様のルールで何も知らされぬ何かが開幕した。
入場なさった安久斗様は登壇されると、
「北端より戻った。状況が甚だしく変わる中で、まずは国が、そして何よりも皆が無事であったこと、心から安堵している。留守中は統治に諸々の変化があり、各々戸惑いも多かったように推するが、それでも我が国を護り、面倒を見てくれた日渡国神治首脳部の面々に、濱竹国を代表して感謝をする」
そうお言葉を述べられると、僕らに軽く礼をなされた。
そして、お言葉の続きを述べられた。
「さて、俺がいない間に、靜連邦は思いもよらぬ混乱を発し、これは皆が既に知るところではあると思うが、井谷国と靜国が戦争を始め、その他連邦加盟国もその煽りを喰らい、今となっては靜連邦全加盟国が戦争の当事者となっている。我が国も例外ではなく、日渡国の統治下において、直接戦争にこそ参戦していないものの井谷国との交易を通じて間接的に関与しており、また南四連邦から宣戦布告と小規模ながらも攻撃の被害まで受けている。これに関して我が国は一概に日渡国の決断を讃えることはできず、むしろ非難したい点である」
議会を見渡されながら安久斗様はそう語られる。濱竹議員の中には、当然僕らが特権を振り翳して国を乗っ取っていたことに不満を抱く者も少ないため、頷きが多く見られた。
「しかし、過ぎた出来事に不満を漏らしても仕方がないことであり、日渡の機転の甲斐あって国が滅びることを免れたのも事実であるが故に、強く詰るつもりはない。また、この国に属するあらゆる者、機関、発行物が、日渡が行なった保護政策について批判することを硬く禁じるものとする。日渡は我が国にとって欠かせない良き隣国であり、最優先で取引を行うべき国のひとつである。いわば重要な友好国であり、そこに亀裂を走らせることを煽ることは、ゆくゆく我が国の国益を大きく損なわせることに繋がりかねない危険な蛮行であることを、国民全員が自覚するべきである」
安久斗様は、濱竹における今後の日渡の扱いについて述べられた。よかった、これで超大国濱竹から目の敵にされることを免れた。
なるほど、このために僕ら日渡の神治首脳部を目立つ場所に集めたということか。それなら大いに納得ができる。少し恥ずかしさもあるけれど。
しかし、僕が呑気にそんなことを思っていたら、隣に座られた萌加様の顔色がどんどんと悪くなっておられるように見えて、
「どうされましたか?」
思わず小声でそう尋ねたところ、
「……裏がある。良くないことが起きる気がする。安久斗が、占領されたのにこんな優しい待遇をするはずがないよ。何か、何か絶対に、企んでる」
と仰った。
「気にされすぎでは? 安久斗様ですよ?」
僕がそう返すと、花菜を挟んで2つ隣に座られた明様から、
「安久斗だから怖いのよ」
と指摘を受けた。そうだろうか、僕にはよく分からない。
萌加様らの杞憂であろうと思いながらヒソヒソ話を終える。すると安久斗様のお言葉が耳に入って来た。
「前置きはここまでとして、本題に移ろう。今回、こんな日暮に集まってもらったわけだが、先ほど俺は靜の三大神との会談に臨み、靜連邦への再加盟と、二大統率国への復帰が許可された。よって我が国は、再び靜連邦の統率国となり、靜と共に連邦の安寧を第一に考えて働くこととなった」
その発言に、ちらほらと驚き……というか感動に近いような感嘆が議席から湧いた。それほど、濱竹では統率国という地位がアイデンティティであったということだろう。
その声が収まるまで5、6秒ほどであったが、それを待ってから安久斗様は続きを仰った。
「連邦は現在、戦禍にあり、我が国はそんな状況下の連邦に復帰することとなった。統率国の務めとして、平和を、安寧を、一刻も早く訪れさせるために、我が国にはこの戦争を終わらせる責務があると認識する。今後、未来永劫、靜連邦を存続させるために、今我が国がやれることをし、持てる力を全て使って、事態を収束させねばならぬことは、誰にとっても明白であろう」
そうだ、そうだ、と言わんばかりに頷く濱竹議員を上から眺める。安久斗様の仰ることは尤もであると、僕も思う。靜と井谷の泥沼の戦争を終わらせるには、間違いなく超大国濱竹の力が必要である。
しかし、それを止める手段が、暴力でないことを祈るばかりだ。
戦火の拡大は、誰も望んでいない。
「戦争は、様々な要因で起きる。単純に嫌いだから殴り合うこともあれば、絡れに絡れた事情が糸を引き合って、望まぬ争いを産むこともある。今回の戦争は、どちらかと言えば前者にあたる。犬猿の仲である井谷と靜が、今まで互いに望んでもないのに水をやり続けた結果、不満の種が発芽し、花が咲いてしまったのが現在である。その花は決して美しくない、咲かせてはならない毒花だった。花は、放っておけばいずれ枯れる。しかしそれを待っていれば、その花の毒に侵されて連邦は廃れてしまう。その毒を浄化する手伝いをするなどと言って、土足で入り込んでくる悪しき輩も出てくる。そうさせぬべく、咲いてしまった花を適切な時期に摘み、その根を抜き取り、二度と咲かぬようにするのが統率国の務めである」
……。
井谷と靜の戦争は、本当に『嫌いだから殴り合っている』が適切なのか、少しばかり疑問に思えた。
しかし、なんだろうか。先ほどから萌加様や明様が仰っていた不安が、僕の頭の中を巡っている。本当に裏があるのだろうか、安久斗様の本心はどこにあるのだろうか、そして安久斗様は何を企んでおられるのだろうか……
「戦争とは、単純にどちらが悪いとは言えない。どちらの根を抜くのが良いのか、その決断は難しい。しかし、靜連邦には祖神がいる。我々は連邦を立ち上げた際、その祖神の導く方針に従い、平和を実現させ、靜連邦268年もの歴史を紡いできたのだ。戦争には真の正義など存在しないやもしれないが、それでもどちらかの正義を“唯一の正義”と定めよと迫られたのなら、今までの平和を創ってきた信頼と、その高い嚮導性を評し、祖神国家に与するのが間違いなくこの世界の定石であると言えよう」
その言葉の後、安久斗様はより一層姿勢を正されて、真面目な表情で議事室を見渡されると、
「よって、靜連邦唯一の祖神国家にして最高指導能力を有する靜への叛逆は断固として許されざるものであると認識し、我が国は、靜連邦を維持するために統率国として井谷討伐に参戦し、井谷国及びその同盟国である日渡国に、宣戦を布告する!」
その直後だった。僕らが座った席のすぐ隣の扉から、武装した濱竹軍が流れ込んできて、すぐに僕らを取り囲んだのだ。
僕らはそれぞれが臨戦体制を取るも、
「無駄よ、諦めなさい」
そんな声が聞こえると同時に、兵士に続いてさらりとした青髪の女性が入ってきたことで、萌加様と耐久様のお顔が青ざめていき、僕らも気押されるような雰囲気に慄いて、手に握った刀を納わざるを得なくなった。
「あおい……」
萌加様が細い声でその名を呼ばれた。
そう、現れたのは、靜あおい様だったのだ。
「随分と久しぶりね。元気だったかしら?」
「……」
あおい様のお言葉に萌加様は黙り込まれた。心から気まずそうにされている。
「ま、元気かどうかはどうでもいいの。今日は今後のことを話そうと思って来たのよ」
「今後のこと……?」
あおい様に、萌加様が聞き返された。あおい様は「そう」と頷かれると、
「日渡は、連邦の叛逆国家である井谷に加担して、靜連邦を混乱に陥れた。だから今、濱竹という統率国によって攻められている。それは理解できるかしら?」
僕らにそう仰った。曖昧にだが頷きを返す上神種の面々だが、僕はどうもそれが理解できなかった。
「いいえ、理解しかねます」
だからあおい様にそう言った。
「ちょっ、大智っ!?」
萌加様が僕の口を封じようと手を伸ばされるが、ここで言葉を止めるわけにはいかない。
「……なんですって?」
あおい様が僕を睨んでおられたが、
「靜は、井谷に対して常に劣勢を強いられ、連邦全加盟国を強制参戦命令という強引な権限で戦争に巻き込みました! 対する僕らは今まで劣勢となったことは一度もなく、南四連邦だって……」
「黙りなさいっ! 靜に楯突いても意味がないのっ! お願いだから黙ってっ!!!」
そんな僕を、必死になって萌加様がお止めになった。
強引に、その小さな手で僕の顔面を握られていて、僕はそれ以上話すことができなくなった。
そこで初めて萌加様の顔を見ると……
あぁ、僕は最低な臣なのだろうと、ここでようやく実感したのだ。
萌加様は、泣いておられたのだ。
「「「……」」」
その場には、しばらく沈黙が蔓延った。
「はぁぁ」
深いため息を溢されたのはあおい様で、
「祖神種を前にして、これほどにまで物を言える上神種は珍しいわ。でも、身の程知らずにも程があるわよ? 上神種ごときが、世界最高位である祖神種に説法だなんて。讃えてあげたいくらい馬鹿すぎて、逆に感心しちゃうわ」
そう僕に仰った。そして僕らに告げられた。
「いいわ、全員を相手にして話すのは辞めにする。これからは萌加にのみ質問するわ。雑魚は口を挟むな、晒すわよ?」
その圧は実に恐ろしいものだった。嘘は言っていない、至って真面目な話をしているのだと、誰がどう見ても伝わるだろう。
僕にも身に染みるほどそれが分かったが、正直そんなあおい様が許せず、晒されてもいいから口を挟みたい気分だった。
「おい、あおい。その辺でやめておけ。日渡の裏にはまだ関西と中京が残っている。変に圧力を掛ければ招かざる問題すら起こり得るぞ」
その状況に口を挟まれたのは安久斗様だった。
「は? うるさいわね。祖神を小馬鹿にしたんなら当然の報いでしょう? むしろさっきのを見逃したことに感謝してもらいたいくらいだわ」
あおい様はそう安久斗様に返された。しかし安久斗様は「だからそうじゃねぇんだって……」と少し言いづらそうに言葉を濁らせられると、
「あのな、お前を呼んだのは、俺が皇神種で萌加らが始神種で、そんで以てお前が祖神種だからだ。つまりこの場で萌加や明、耐久に暴れられるとどうしようもないから、その抑止的役割で呼んだんだ。喧嘩してほしくて呼んだわけじゃねぇ。また日渡に絶望を与えるために呼んだわけじゃねぇ。むしろ逆だ、日渡に連邦復帰の道筋があるというという希望を与えるべき存在だろ、靜は」
と意見された。その言葉の意味を、あおい様はしばらく解釈されているようで、そのまま黙っておられたが、少しして安久斗様をご覧ずると、
「そうね。じゃああとは安久斗に任せるわ。私はどっか座ってるから、手に負えない問題が起きたら呼んで頂戴」
と仰って、僕らの前から姿を消された。
代わりに僕らの前に立たれたのは安久斗様だった。
「日渡に被害を出したいわけじゃねぇ。日渡には、国民にも、所有物にも、一切の損害を与えないことを約束する。だから今は大人しく占領されるのを待て。そして我が軍による占領が完了したら降伏しろ。それがお前らに課された務めだ」
優しくそう僕らに仰せになった。曰く、濱竹は安久斗様が靜に向かわれている間に日渡侵攻の準備を進めていたとのことであった。つまり、この侵攻はものの数時間で終わり、僕らが浜松神社に残された時点で日渡の抵抗戦力は事実上不在となり、勝敗が決まっていたようだ。
僕らは安久斗様の帰還を祝った時点で、既に安久斗様の手のひらの上で踊らされていたのだ。
そういう点は、さすが安久斗様だと言わざるを得ない。
久しぶりにお目見えした安久斗様は、お変わりなく安久斗様であらせられた。
「井谷討伐はまもなく決着する。靜と俺が思い描いた計画は、俺の帰還を以てようやく最終幕を開ける。だから、信じろ。靜を、そして俺を」
安久斗様はそう僕らに説かれた。そして続けてこう仰った。
「いいか? 統率国は、何を以て統率国と呼ばれるか。それはな、ひとえに靜連邦のためを思って、尊厳を、その身を、そして核を、投げ打つことができるのかによるんだ。俺たち統率国は、今まで靜連邦のために尽力してきた。今この時も、そしてこれからも、統率国は統率国としての務めを果たすことになる。俺を嫌うなら嫌えばいい。靜を嫌うなら嫌えばいい。だが、どれだけ嫌われようが、俺たちは永劫、靜連邦を存続させるために尽力するぞ。だから、もしそのために協力してくれるというのなら、それほど嬉しい話はない。協力しないにせよ、靜連邦に回帰してくれさえすれば祖神国家の絶対的な加護の下、そして俺の最大限の寵愛の下、国の安寧は保障されるのだ。そのために必要な段階として、日渡は一旦“敗戦国”になる必要がある。形式上、俺たち統率国に負ける必要があるんだ」
僕らはそのお言葉に黙ることしかできなかった。萌加様は目を腫らしておられるし、湊も涙を溜めていた。
それ以外の僕らも、そのお言葉にはさすがに心が動かされて、当然ながら抵抗する気も起こらず、ただ軍隊に囲まれながらその場に座っていた。
圧倒的な力を持つ靜に、叛逆などできない。よって強い力で連邦を制する靜国がある。
しかし、それだけではない。祖神種と組むことで、その力を抑止力や安定のための材料として用いる、連邦の守護者となり得るような策士が欲しいのだ。そうすることで、ただ恐怖による支配のみに帰依しない、強く、それでいて平和的な連邦が出来上がる。
それを担うのが、濱竹という皇神種国家なのである。
二大統率国が存在していなければ、靜連邦は成り立たない。靜と濱竹、そのどちらかが欠けていれば、この270年あまりに亘る独立は成し得ていないのだろう。
だから、濱竹が欠けた今回、靜連邦は荒れた。内政に関東が入り込み、井谷が蜂起し、今まで積み上げてきた安寧が嘘のように崩れ去っていったのだ。
二大統率国は、靜連邦のために存在する。
それに逆らうということは、理論に従えば靜連邦に不利益をもたらす存在になるということなのだ。
……あぁ、そういうことだったのか。
以前、僕らが濱竹を保護下に置こうと決めたきっかけ、もっと言えば、国を閉じて独自経済圏を確立しようとしたきっかけとなった連邦神議会で、萌加様のお話によれば、靜に歯向かっただけで“連邦の脅威”に認定されるような状況になりつつあるとの話があったように思う。
それはすなわち、この論理に基づいているのだろう。
この論理は、おそらく僕らが潜在的に抱いている“正義”と少し違っているのだろう。
しかし、それにだって明確な筋が存在するし、靜連邦においてはそれが正義と定義されるのだ。
正義に歯向かえば悪となる。
悪は排除されるべき存在になる。
「靜連邦のために」なんて言葉で上手く表現しているけれど、その実は結局、統率国が絶対的な統治を可能とするための便宜的な文句に過ぎないのだ。
だが、その事実を分かった上で僕らに何ができるだろうか。
僕らの“正義”を振り翳して抵抗できるだろうか。
もちろん、それは不可能なのだ。
僕らにできることは、知るべきでなかったこの事実に目を瞑りながら、潜在意識と乖離した“正義”を、現に繰り広げられている井谷討伐を通してそれが歴として正しい義であるのだと自戒し、ただ大人しくすることだけである。
全員が全員、その事実を悟ったのかは不明であるが、それから一刻ほど経って日渡国全土が濱竹軍の支配下に置かれたことが告知され、萌加様が降伏を宣言するまで、誰も逆らうような振る舞いを見せなかったのは確かである。
日渡国は、今まで40日に亘って保護下に置いていた濱竹国に、僅か2時間で占領されて降伏することになった。
そうして再び、靜連邦に回帰した。
統率国に歯向かって、最終的に占領された敗戦国としてだけれども。




