第9話『人類の罠』
「そうかい。じゃあ、逃げなさい」
僕の言葉に、小林氏は優しくそう言った。
「すみません。カッコ悪いですよね……」
僕はそう言って俯く。
ここで、それでも戦います、と言えたら格好良かっただろう。
でも、僕はそう言えなかった。
ここにもし、もえちゃんがいたら、僕は笑われただろう。
あの子は僕がヘタれた行動をするとすぐに笑う。
カッコ悪いなぁ、と笑う。
でも、カッコ悪くたって自分の命の方が大切だ。僕はまだ死にたくない。
それに、使者を参戦させる時点でおかしいだろう。僕は日渡の使者で、濱竹のために戦う義理なんてない。
「カッコ悪い、か」
小林氏がそう呟いた。そしていきなり笑い出した。そして一言、君は見栄っ張りだねと言った。
「僕はね、君に戦ってもらおうとは考えていないよ。ここで断っても、カッコ悪いとは思わないさ。僕だったら間違いなく君と同じ選択肢を取るね。だって、他国の使者が他国のために戦う必要は皆無だからね」
そう言葉を僕に告げて、僕の肩に両手を置いた。
「君の選択は正しいよ。まずは区役所に戻って、転移回廊を通って神社に向かいなさい。そうしたらしばらくロビーで待っていてくれ。数時間もすれば、僕らが戻るだろうから」
そう言って、トン、と軽く僕の肩を叩いた。
その瞬間だった。
突如、僕の目の前を何かが横切った。
「うぐっ」
そして、僕の横にいた兵士の呻き声が聞こえた。
声をした方を見ると、兵士はその場に血を流して倒れ込んでいた。
「!?」
混乱する戦場。
何かが飛んできた方向を見ても、何も確認することはできなかった。
「うぁっ」
今度は僕らから少し離れたところで声がする。
どさり、と、声を上げた兵士が倒れた。
「チッ、遠距離狙撃か。厄介だな」
小林氏がそう呟いた。僕は足がすくんでいた。
ただ、何かが飛んできた方を見つめて突っ立っていた。
すると、遠くで何かがギラリと光った。
「あっ」
思わず声を上げる。その一瞬の光は小林氏にも見えていたようで、既に小林氏は動いていた。
彼は右手を僕の肩から離して、その光った方へ向けていた。
そして、摩訶不思議な現象が起きた。
小林氏の手から、僕らを守るように空気の壁が出来上がったのだ。
そこに、何かがゴツリと当たって落ちる。
それが合図になったようで、正面にゆらゆらと揺れる影が見え出した。
ドドドドと地面が鳴る。大量にこちらに向かってくる音。そして、空気の壁に当たる大量の金属の玉。
「来るぞ!」
小林氏のその声に、兵士たちが身構える。それと同時に、正面から「わー」というたくさんの声。そしてはっきりと見え始める大量の人影。
「あれが、人類……」
「逃げろっ! はやくっ!」
僕がまだその場に立っていることに気がついた小林氏が、僕に向かってそう叫ぶ。
僕はハッとして、その場から全力疾走で逃げようとしたのだが、振り返った直後に兵士にぶつかってしまった。
「邪魔だっ、この馬鹿っ!」
思いっきり怒られた。
その直後、小林氏の空気の壁が崩壊した。そして大量に飛び込んでくる金属の玉。
大量に被弾する濱竹兵。
飛び散り、流れ出る血。
一瞬にして、地獄絵図と化した。
「なにっ、この質の高圧壁じゃダメだってか!?」
小林氏の焦った声が聞こえた。
それを聞くと同時に、一人の人類の男が僕に細長い筒のようなものを向けた。
あれは……
「まずいっ! 間に合え、『気圧泡内波』!」
そう叫んだのはもちろん小林氏。
そして僕は、彼の実力を思い知ることとなる。
瞬間、筒を僕に向けていた男が大きな泡のようなものに囲われた。
直後、男は筒から金属製の玉を発射する。が、その泡を突破できずに玉は地面に落ちる。
焦る男。しかし、彼の最後は悲惨だった。
その泡がどんどんと小さくなってきたのだ。
何か叫んでいるようだが、何も聞こえない。きっと、中の空気が圧縮されているのだろう。
そしてある程度まで泡が縮むと、直後に男の体が張り裂けた。
泡の中に、肉片と血、内臓が飛び出る。そしてそれから二、三秒して泡が弾けた。そして中に入っていた肉片や血、内臓が勢いよく周囲へと飛び出した。
僕の頬にも少しだけ血がかかる。
「……」
言葉が出ない。これは……グロテスクでは済まされない話だ。
気持ち悪さが沸き立ち、吐き気が込み上げる。
それは人類も同じようで、攻撃が一瞬だけ止んだ。
「今だ! 走れ、大智っ!」
小林氏の声がする。僕は小さくコクコクと頷いて、思いっきり地面を蹴った。
でも、とてもじゃないが走る気分にはなれない。
僕は気持ち悪さを我慢して、思いっきり足の裏に力を込める。
そして炎を噴射して、空へと飛び立った。
小林氏があれほどにまで残酷な殺しをするとは思わなかった。
あの技、確か『気圧泡内波』と言っていた。あれは、まずい。人類は然り、神類だって粉々だろう。小林氏は敵に回しちゃいけない人だ……
飛びながらさっきの光景を思い返すが、気持ち悪すぎて首を振る。
忘れたいが、当面は忘れられなさそうだ。
にしても、僕は初めて移動という目的で空を飛んだな。
飛べることは分かっていたけど、とても体力を消費するので使わないようにしていた。
そして、飛び始めてしばらく経った今、空を飛んだことを後悔している。
なぜなら、とても疲れたから。
降下して、地面に着陸する。戦場からだいぶ離れたので、ここら辺なら一休みしても良さげだろう。
路肩の植え込みの基礎に腰を下ろして、少しばかり休もうとしたその時だった。
正面の細い路地に、10人ほどの人影が見えた。
それはゆらゆらと動いて、次第にこちらに近付いてきた。
彼らは手に刀を携え、それをこちらに向けていた。
なんだ、こいつら。
明らかに僕に敵意を向けている。
これは……言わずもがな人類だろう。
そう思っていると、人類と思われる彼らは僕を取り囲み、目配せをすると、3人が同時に僕へ迫ってきた。
僕は座りかけた状態から立ち上がり、応戦体制を取る。
向かってくる3人に右手の掌を向け、能力を発動させて炎を出し、焼き払う。
彼らは火だるまになって喚いている。
しかし、仲間は非情だった。
誰も彼らに手を出さず、また3人が僕へと攻撃を始める。
同じように対処をするが、ここで一つ気が付いた。
さっき人類が出てきたところと同じ路地に、ゆらゆら揺れる人影が見えたのだ。
その数……ざっと30人は超えている。
さっきの飛行で体力をほぼ持ってかれている。10人程度だったらまだしも、その数はまずいな、と、僕の直感が囁いていた。
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ーーー
ー
大智が去ってから、小林かささぎの率いる第四部隊と人類の間で戦闘が再開された。
かささぎは少し前に綴からの連絡で、集落から人類を全員追い出すまで人類は一箇所にまとめておけとの指示があった。
だから彼は、彼の所有する『風属性』の『気圧』という能力を駆使し、人類を取り囲むように一部分の気圧を極端に高めて空気の壁を生成した。
先程は人類の銃の威力を見誤って壁が保たなかった。それにより複数の怪我人を出してしまった。これは紛れもなくかささぎの失態であり、彼は反省をしていた。
今回かささぎが作り出した壁は、先程の壁よりも強度が大幅に跳ね上がっている。
可哀想なのは人類で、その壁の中に閉じ込められた挙句、攻撃もかささぎたちに当たらない。一度壊せたから、撃ち続ければいずれ壊れるだろうと判断し攻撃を続けるも、先程とは壁の強度が桁違いなので、それもまた無意味なのであった。
つまり、彼らは現在、弾の無駄遣いをしているのだ。
だが、その銃の威力が強いことに変わりはない。だから、銃弾が当たる度にかささぎの体力が予想以上に削られていく。
(チッ、地味に堪えるなぁ、この攻撃。にしても、こんな強力な武器を装備している人類は初めてだ。どういうことだ? なんでこんなに強くなるまで誰も気付かなかったんだ?)
忌々しく思いながらも、かささぎは不自然に思う。
人類が力を手にしないように神類(特に永神種)が見張っていたはずなのに、どうしてこれだけの銃を持つまで力が付いてしまったのだろうか。
人類が強大な力を手にした場合、神類の脅威となるのは明白である。
人類の叡智が集まれば、文明はあっという間に進化を果たすのだ。
かつて人類が膨大な富を得たように。
かつて人類が産業を異常なまでに発展させたように。
そして人類は、目の敵とする神類を滅ぼそうと動き出す。
つまり、人類の文明が発展するということは神類にとってとても危険なことなのだ。
だからこそ、文明の発展を抑え込んでいたのに。
(安久斗様の監視が行き届いていなかったのか? いや、あのお方のことだ。そんなヘマをするとは思えないけど……)
かささぎは考える。
考えながらも、能力に対する集中力は欠かさない。もしもかささぎが集中力を欠いてこの壁が解除されたら、その瞬間に甚大な被害が出ることは予想ができる。
(銃での攻撃は神類にとっても脅威だ。あれが頭や核に当たれば無事では済まないしなぁ)
現に、地に伏した濱竹兵士も数人いる。
神類は、人類に比べたら相当丈夫だが、それでも生き物である限り死というものが存在する。
頭を損傷すれば記憶がなくなり、『核』という生命源を壊されれば死に至る。
核は人類でいうところの心臓であり、それが生命力を発生させて神類は生きている。だから壊されたのなら、簡単に死んでしまうということなのだ。
(まったく、防戦一方ってのもなかなかキツいんだけどな。まあ、『集落に立て籠った人類が全員集まるまで攻撃を仕掛けるな』って笠井長官の命令だし、それを破るつもりもないんだけど……)
かささぎは少しうんざりしながらそう思う。
能力を発動した状態を長時間維持するのは、意外と体力を消耗する。それにこのひっきりなしに撃ち込んでくる銃弾が、じわじわとかささぎの体力を削っていく。彼の体力は現状まだまだ大丈夫そうだが、これをあとどれほど続けるかにももちろん限界がある。
(頼むから、僕の体力が尽きる前までに終わらせてくれよ……)
かささぎは心の中で仲間達にそう願った。
『小林様、聞こえますか?』
突如、通信機から喜々音の声がした。
「うん、聞こえてるよ。どうしたの?」
かささぎが返すと、
『すみません、こちら、実はかなり厄介な問題を抱えてしまい、解放にはまだ相当時間を費やしてしまいそうなのです』
という返事が来た。
ほんとかよ、と、かささぎは心の中で舌打ちをする。
しかし、表にはそんな感情を出さずに喜々音に訊いた。
「そうなんだ。じゃあ、そっちが終わるまで僕らは防戦を続ければいいのかい?」
もちろん、かささぎはそんなこと真っ平御免である。だから精一杯、防戦するのも大変なんだぞ、というのが伝わるような声で喜々音に言った。
そしてそれを汲み取ったのかは知らないが、喜々音はかささぎに告げた。
『いいえ、作戦を変更します。小林様はそちらに溜まっている人類を可及的速やかに殲滅してください。そうしたら、私の率いる第三部隊との合流をお願いします。それからのことは合流し次第お伝えします』
「了解したよ」
そうして通信が終わる。
かささぎは内心で喜ぶ。あぁ、もうこの人類どもに構わなくていいのか、と。
そして自分の率いる第四部隊に告げた。
「作戦が変わった! これより我々は、目の前にいる人類の殲滅を行う。そして殲滅後、第三部隊との合流をする。力を出し惜しむ必要はない。存分にやれ!」
今までかささぎ一人で防戦をしていたため、兵士たちは暴れ足りないというのが現状であった。だからこのかささぎの言葉に兵士たちは高揚し、かささぎが能力を解除すると同時に人類へと襲いかかっていく。
正面から来る銃弾なんか気にも止めず、当たったら当たったで仕方がないというような勢いで人類のもとへなだれ込んだ。
その光景は、生物兵器そのものであった。
人類は銃を乱射するものの、当たって致命傷を負う神類はごく僅かである。それよりも圧倒的に当たらない者の方が多く、戦場は一方的な蹂躙劇場と化した。
地が唸り、水が舞い、風が暴れて、炎が踊る。
瞬く間にその場は血で染まり、息をする人類は数える程度にまで減った。
何人か逃げ出した人類がいたのを見逃すほど、かささぎは甘くなかった。
逃げ出した者全員を気圧の泡で捉え、泡を小さくすることで中の気圧を徐々に高めていく。
そうして息ができなくなるほどにまで気圧を高めた後で、泡の中の気圧を一気に抜く。
その攻撃は、人類に残酷な最期を与える。
体が弾け、肉片となる。
泡の中には、血、肉、内臓だけが残る。
そして泡の内部の気圧を周囲と同じ程にまで戻したら、その泡を割れば全行程の終了である。
これが、小林かささぎの必殺奥義『気圧泡内波』の原理である。
(あぁ、まただ。泡が割れる時、血や肉が飛び散らないようにするにはどうしたらいい? 下品極まりない……)
かささぎは一人、心の中でそう悩んでいるのだが、その無惨な飛び散り方が周囲に多大なる恐怖と絶望を与え、敵の戦意を削いでいることに本人は気付いていないのだ。
だが、考えても仕方がないとかささぎは割り切る。
「よし、生き残りもいないだろう。念のために死体に火を放て。これより第三部隊との合流をする」
かささぎはそう兵士に命令をして、命令を受けた兵士が死体に火を放つ。
しっかりと死体に火がついて、燃え始めたことを確認してから喜々音が率いる第三部隊の陣、奥山を目指して移動を始めた。
かささぎが喜々音率いる第三部隊と合流をしたのは、それから20分後のことだった。
喜々音は奥山の中腹で座り込んで、俯きながら目を閉じていた。
「小松ちゃん」
かささぎが声をかけると、喜々音がゆっくりと顔を上げた。そしてかささぎに告げた。
「……困りました」
「何が?」
いきなりそう言われて、かささぎは、それがさっき言っていた『厄介な問題』のことを指していることに気付くまで少しだけ時間を要す。
そしてかささぎが気付いたと同時に、喜々音が困ったように言う。
「どうやら私たちは、最初から奴らに嵌められていたようです」
「どういうことだい?」
かささぎが詳細な説明を要求する。
「……私は、念のために能力でそれぞれの山に立ち入る者を感知できるようにしていました。つまり、この戦場へ来る者を感知しているわけですが、先程『この集落を囲む山々』を取り囲むようにして並ぶ、大量の人を感知しました。彼らはそこから徐々に私たちへと詰め寄ってきています。これはつまり、まんまと敵の罠に嵌ったということではないでしょうか?」
「んなっ!? 取り囲んでいるのは僕たちじゃなくて、人類の方ということかい!?」
予想以上に厄介で大きな問題に驚くかささぎに、無表情のままコクリと頷く喜々音。
喜々音の能力は『地属性』の『空』である。『空』の範囲には空気や空間も含まれるため、指定した範囲の空間の状況を把握することは彼女にとっては容易いのである。
「……私の指揮下にある気賀隊の隊長にお使いを頼んで、応援を呼んできてもらっています。彼は空を飛べるので、包囲されていても撃ち落とされない限りなんの問題もなく伝達が可能でしょう。2時間以内には援軍が来て『私たちを囲む人類』を囲むように配置が完了するでしょう。だからそれまで耐えれば勝ちが確定します。ですが、問題は……」
喜々音は人類に囲まれたことはそれほど危険視していない。武器を持っていても、所詮は人類。最初は武器の性能が分からなくて対処が困難だったが、ある程度分かってしまえば殲滅は可能だ。現に今、人類の殲滅は綴の号令の下で着実に行われている。かささぎもここにいる限り、例の空気の壁を作ることができるため、囲まれていても2時間ほどなら問題なく耐えられると喜々音は踏んでいる。それは事実であり、特に気にする問題ではない。
彼女が言う問題とは……
「あの日渡の使者さんを逃したのは、失策だったかもしれません」




