プロローグ 『夢』
「なぜだ!? なぜだ、なぜだ!?」
薄暗い空間で、白衣を着た男はコンピュータに向かって叫び続ける。その画面には『Error』という赤い文字が大量に発生している。文字を消しても、一つ、また一つと現れてキリがない。それどころか、消すよりも速いスピードで文字は増え続けた。
「なぜだ!? なぜ暴走しているのだ!? 私の最高傑作が……信じられん! 有り得ん! なぜだ!?」
そう叫んで、彼は気が狂ったかのように激しく椅子から立ち上がる。そのまま部屋の中心に置いてある4機の培養機にヨタヨタと歩み寄った。
「お前らは、大丈夫だろうな……?」
そう言って、培養機の表面に掌を置いた。
その瞬間の出来事だった。
『所長っ! 地下で培養中の量産型、SHIZU-1からSHIZU-100までの全培養機と接続が解除されました! 制御不能です!』
エラー表示だらけのコンピュータに、そんな通信がきた。男はコンピュータに駆け寄って、
「制御不能? ふざけるな! なんとしてでも回復させろ! ヤツだけでなくこいつらまで解き放たれたら、人類は滅亡するぞ!」
と叫ぶ。
『し、しかし所長……』
「言い訳などするな! やれと言ったらやれ!」
『は、はい! で、では所長、量産先行型の管理は……』
「私に抜かりはないっ!」
そう言って通信を切った。男はコンピュータから離れる。部屋の中にはエラーを知らせる電子音が鳴り響いていた。
「なぜこうなったのだ。私に不備はないはずだ。私の研究は成功した。世界中のどの軍隊にも劣らない、最強の生物兵器の開発に成功した。……ハハハ。そうだ、私は成功者だ。勝ち組だ。私が失敗することなど有り得ん。有り得ないのだ!」
そう叫ぶ男の顔は狂気に満ちていた。そして不気味に笑いながら、培養機に駆けつけた。
「ハハハハハ! そうさ、この4体の先行型こそが私が成功者であることを証明している! 量産型は暴走の波に飲まれたようだが、こいつらは飲まれなかった! なぜか? 簡単なことだ。それは私が直接管理しているからだ! 『カミ』は私を認めたのだ! 『カミ』は私に牙を向けないのだ! なぜなら私が成功者なのだから! 私を消したら世界が回らないからだ! つまり私は、世界に必要な人材だということだ! ハハハ! ハハハハハ! ハハハハハハハ! ……そうか、そうか! つまり私は世界を手に入れたのか。なるほどなぁ。まあ当然か。なにせ私は成功者なのだから! それ相応の……」
ここまで、狂気に満ちたように誰もいない空間に語り続けた男だったが、耳に入ってきた音声を聞いて硬直した。
『重大エラー発生、重大エラー発生。個体名:PRE-SHIZU-1、PRE-SHIZU-2、PRE-SHIZU-3、PRE-SHIZU-4の、コンピュータからの接続解除を確認。至急、再接続してください』
それは、コンピュータから流れていた。男はコンピュータに戻り、カタカタと猛スピードで何かを打ち込んだ。
「ハハハ、私は成功者だぞ。失敗なんてするはずがない。接続が解除されただと? 私に抜かりはない。……よし、これで復旧したか」
そして男は、再び培養機に歩み寄る。べたっと体を培養機にへばり付け、中に入っている生物兵器を見た。それは人間とそっくりな体つきをしていて、どれも裸であった。男女それぞれ2体ずつ。そのうちの女の1体のところにへばりついて中を除いた男は、鼻息を荒げながらその生物兵器を見た。なんとも美しい、水色の髪をした少女だった。
『命令受信』
いきなり、コンピュータがそう告げた。男は視線だけをコンピュータへ向ける。
『内容読み上げ開始』
コンピュータはそのまま、どこからか受信した命令の内容を抑揚のない声で読み上げた。
『《全てを解放せよ》以上』
そしてそう告げ終わると、コンピュータは何やら勝手に作業を始めた。
『暗号受信。解析開始。……成功。信号に変換。……成功。信号〔S、ア、S、ス、S、シ、H、モ〕。信号に従い、命令《全てを解放せよ》を実行。……信号開通。先行型を含めた全ての培養機を解放します。開放まで、10、9、8……』
男は何が起こったか分からないような顔をしていたが、状況を理解した瞬間、焦ってコンピュータに近寄った。
「どこからの命令だ!? そんな命令……」
コンピュータをいじってそう言ったが、コンピュータは反応をしなかった。
「なぜだ!? なぜ……なぜ……! なぜ動かないんだ!?」
男は焦りと不安に駆られて必死にコンピュータをいじるが、時間は待ってくれなかった。
「……3、2、1、開放」
プシューという音と同時に、液体が流れ出る音がする。床が淡い緑色の液体で濡れる。
「あ、あぁ、あぁぁぁ……」
男は声にならない声を上げた。培養機から出てきたのは、4体の生物兵器だった。そのうちの1体が男に歩み寄った。そして感情の籠らない声でこう言った。
「対象を確認。殺処分します」
「ま、待ってくれ! 私は、私は……!」
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ーーー
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「っっ……」
夜明け前の薄暗い部屋で飛び起きたのは、長い赤髪の少女だった。
「最近、こんな夢ばかり見ている気がする」
少女はそう呟いて、目をごしごしと擦った。
「嫌な目覚めだなぁ、まったく」
少女は立ち上がって、布団を片付けた。床の木がキシキシと音を立てる。
「だけど、なんだろう。この懐かしい感覚……」
布団を押し入れにしまって、押し入れの上段に肘を置いて頬杖をつく少女。金色の瞳が少しだけ潤む。
「全く知らない光景なのに、なんだか全てが懐かしい感じがする」
少女は少しだけ『あの光景は本当に知らない光景なのか』を考えてみた。以前、どこかで見たことがないだろうか。そう考えても、自分の記憶の限りには見当たらなかった。それに、夢だからだろうか。その内容はもう既にぼんやりとして忘れかけている。
「まあいいや。気にしてても何も始まらないし」
少女はそう言って、頬杖をやめた。押し入れの戸を閉め、そのままキシキシと床を鳴らしながら部屋を出た。
「あっさーごはーんーはなーんだーろなっ♪」
そんな適当な歌を口ずさみながら、呑気に軽い足取りで廊下を歩くのだった。
はじめまして。作者のひらたまひろです。
趣味で小説を書いています。
この物語は話のまとまりごとに『〇〇編』というように区切って書いていくつもりです。
小出しで1話1話連載していくのではなく、1つの編を書き終わったら一気に載せていくスタイルを取りたいと思っているので、連載速度は遅くなるはずです。ご了承ください。
拙い部分も多々あると思いますが、私も精一杯書くので『神継者〜カミヲツグモノ〜』をよろしくお願いします。
2021年1月16日 ひらたまひろ