もう最終ですか
奇妙な夢を見た、と思う。リアルな夢だったが、夢は夢。夢の記憶はあっという間に霞んでいく。しかし、あまりに印象的な夢だったため、起きて反芻することで、溢れていく夢の記憶が繋ぎ止められる。
通勤でいつもの駅から列車に乗る時も、駅員たちが仮面をつけていないか、あの髑髏の駅長はいないかと気になってしまう。
翌日、取引先には大村課長が健在だった。まあそんなものだ。少しだけ、夢のことを気にしてしまっていたが、所詮は夢だったということだ。
しかし、その3日後、突然だった。大村課長の訃報が職場に入った。心臓がどきりとした。いやいやいや、あれはただの夢だろう。夢と現実でたまたま妙な付合があっただけだ。占いとかにハマるやつと同じだ。
脳卒中だったという。大村課長は、毎日、命を削るかのごとく残業していたそうだ。
どんよりとした何かが、胸の中に留まっていた。不安、恐怖、そんなものを抱かせるような何か。たかが夢と思いつつ考えてしまう。あの夢の内容からすると、次にあの駅に呼ばれるとしたら、自分の番まで回ってくるのではないか。あの列車はどこに向かうのか。自分の乗る列車は地獄行きなのではないか。
そんなことを考えながら帰宅し、通勤列車に揺られる。席は満席だったがなんとか座ることができていた。かつんかつんと音が響き、目の前には杖の老人が立っていた。何となく見覚えがあった。どこで見たんだろう。
あっ、そうか。夢で見たのだ。俺よりだいぶ前に並んでいて、少し昔風の和装、羽織に帽子、朱塗りの高価そうな杖が目立っていた洒落た雰囲気の老爺。少し足を引き摺っている。
あの夢が本当ならこの爺さんももうすぐ死ぬわけだ。
だったら、たまには席ぐらい譲ってやるか。ほんの気まぐれだが、席を立ち、その後に座るように促した。俺も少しでも善行を積んでいた方が地獄行きを免れるかもしれないしな。あんたに席を譲ってやるよ。なんなら列順も変わってやろうか、大した違いはなかろうが。
もちろん、本気でそう思っていたわけではない。
夢で見た老人が現れたと考えるのが間違っているのだ。おそらくは駅や列車で以前に見かけていた爺さんが、たまたま夢に現れたのだ。そういう意味では、夢の中で、列に並んでいた人々は俺の人生のどこかで目に入った人たちで、死神たちの姿は、映画やドラマで見た何かのキャラクターが夢に出たものとも考えられる。
一週間、大村課長が亡くなった以外には、特に何事もなく過ごし、気付けば、あの駅のホームに再び俺は並んでいた。今回は、初めからあの夢の続きだとわかる。少しだけ違うのは、俺の並ぶ順番が前から数えて十五番目まで進んでいたこと。これは不味くないか。呼ばれるかぎりぎりのラインなのでは。
前回の夢では、たしか二十八番目と数えたのではなかったか。
何が違うのか。人が減ったのか。違う。後ろを振り返る。何となく覚えている。前回の夢で俺のこと前に並んでいた人たちが後ろにいた。一人だけ違うのは、杖の老人だ。俺の前のほうにいたはずの杖の老人がおそらくは俺のいた場所に並んでいた。つまり、場所が入れ替わったということか。俺が、席を譲ったからか。そんなことで、死ぬ順番が入れ替わったのか。そんなのありか。
一つ目の列車がホームに入ってくる。
「なあ、俺は今日じゃないよな」
駅長に声をかけると「すぐわかりますよ」答える。
俺が呼ばれるんじゃないか。心臓をばくばくとしながらも、駅長が名前を呼び上げるのを待つ。前回は漠然と見ていてしまったが、今日は呼ばれた奴らの名前を顔を覚えておきたい。スマホを取り出そうとするが、やはりポケットに入っていない。
「メモはできないんですよ。すいませんね」ニヤニヤしながら駅長が言う。
呼ばれたのは、十二人だった。危ない。あと三人だった。名前と顔を頭に刻みつける。人の名前と顔を覚えるのは得意な方だ。夢から覚めたら、確認しなければならない。
轟音。ホームに入ってきた二台目の車両。禍々しくおどろおどろしい地獄行きの列車だ。
そうだ。安心している場合ではなかった。地獄行きは前回は2名だった。今日は、何人だ、俺は入っているのか。地獄とはどんな場所なんだ。
駅長が二名の名前を呼んで車両に導いたところで、「以上」と声を張った。
名前を呼ばれたのは、今日は二名のみ。危なかった。しかし、次回は、確実に呼ばれる。おそらく地獄ではなく、常世行きだろう。
自分が今回も呼ばれなかったことに安堵し、今日もこれから目が覚めるのかと考えていた時、あっと気づく。そうだ、列の後ろの奴らの顔を覚えておかなければならない。できるだけ離れたやつの顔を。
「駅長、教えてくれ。順番を変えたいんだ。この列に並んでいるのは、現実でもこの駅を使っている奴らなのか。そうじゃなかったら、探して順番交換なんて無理だろ。そうなんだろ」
「よいところに気づかれましたね。効率よく送れるようするためには、この駅を使っている人間だけという条件は、少々厳しすぎまして、もう少し広めに集めさせてもらっております。田舎では個別訪問がまだ続いている地域もありますが、そういうやり方は時代に適合できない堅物や新人が担当しまして、私のようなベテランは、多数の寿命がつきる人間を効率よく葬送列車に乗せるには、どの範囲で同じ駅に集めればよいかを考えるのも重要な仕事でして」
「つまりどこまで探せばいいんだよ。一週間で、こいつらから交代できるやつを探さねえと、俺があの世行きってことなんだろ。おい、頼むよ」
「エリアについては、機密性が高い情報ですので、人間にお話することはできないんですよ。強力な霊能力者ですと連れ戻しにくるような剛気な方もいらっしゃるので」
「なんだそりゃ。じゃあどうすりゃいいんだよ」
「まあ、それでもこの駅内を探すのが貴方には最適な手段でしょう。頑張って見てください。ただ、私から言わせてもらいますと、せっかく死期を悟れたのですから、残り時間を有効に過ごすということを考えるのも大切とは存じますがねえ」
今は、駅長の言葉を信じるしかなかった。だが、残り時間を無駄にするわけにはいかない。後ろの列の人間の顔を目に焼き付けたまま夢から覚めないと、終わっちまう。
列から外れようとすると、駅員が武器を差し向けてくる。駅員に邪魔されない範囲で、列から身を乗り出し、後方に伸びる列の人物たちを、穴が開くかのように見つめる。
そうこうするうちに、今回もぐにゃりと視界が歪み、気がつくと布団の中にいた。
がばっと体を起こす。ノートに、さっきまでの夢の内容を書き留める。なぜ、前回そうしておかなかったのかと悔やむ。
常世行きのうち数名と地獄行きの二名は、名前の漢字はわからないが、音だけは、なんとか覚えていた。うろ覚えでそれぞれの名前をスマホで検索してみるが、特に引っかかってはこない。前回、大村課長が亡くなったのは、一回目の夢の後、数日経過してからだった。今回もそうなのかもしれない。できれば、彼らの死を確認して、あの夢が夢ではないのだという確証を得たかったが、俺の中では、すでに確信があった。すぐに動かなければ、俺は来週以降に死ぬ。一応、順番的に地獄行きという可能性は少なそうだが。
その日、仕事を休み、駅の中をうろうろとしていた。
見つけた。
地方都市でよかった。きっと、東京のような都会では見つけられなかったに違いない。
がらがらの車内で声をかけると、そいつは不審そうな顔で俺を見ながら席を譲ってくれた。
毎週、あの夢を見る。少しずつ、後ろの人と交代していく。現実に席を変わってもらうと、夢の中でも変わることが可能なのだ。夢で見た列の後ろの人の顔を覚えて、現実で探す。
俺は間違っていない。会社も辞めて、駅の近くで、ホームレス生活を送っている。駅の中で人を探すのに効率が良いからだ。
そんな生活をずっと送っている。もう二年になろうか。日付の感覚はあまりないが、凍え死にそうな季節を二回は乗り越えたことを覚えている。
名前が呼ばれた人を、現実でも見つけて観察することで、やはり列車に乗った人間は、数日で死ぬことも確認できた。
これまで俺の他に、夢の中で目を覚ますやつも一人だけ見たが、俺のように順番を変えられることには気づかずに素直に列車に乗って行った。
正直なところ、こうやって生きていても、生きている意味がないのではないかとそう思うこともあった。
ある日、順番が変えられなくなった。何度席を変わっても、列の順番が変わらなくなる。段々と俺の順番が近づいてくる。駅長と久しぶりに話した。
「肉体の寿命ですよ。不摂生が祟ったんでしょうね。病気でしょ、貴方。肉体の限界は変えられませんから。病院にでも行っていればよかったのに」
「入院してたら、順番の交代もできないからな。ま、そろそろ諦めときか。俺、かなり頑張ったろ。こんなに自分の寿命を伸ばしたやつってこれまでいたのか。な、常世ってどんなところだ。ようは天国なんだろう」
俺が二回目に夢を見た時、列の一番前になったことがあった。順番的には常世行きのはずなのだ。地獄行きよりはましだろうと思う。
「何を言っているんですか。偶然の列の順番の交代は仕方ないですよ。このシステムのバグみたいなものですから。でも、貴方、何度もわかっていて他人の寿命を削ってきたわけでしょう。貴方のような方は地獄行きに決まっているでしょうに」
駅長は、髑髏顔を歪ませて、そう言うのだった。俺が怒鳴ろうとすると、今日の列車がホームに入ってくる音が聞こえてきた。
推敲が足りないがもう〆切だ。
文体的にもあまり怖さを求めない話となってたし、もう少しユーモラスにしてもよかった。
死神と交渉して、蝋燭継ぎ足して寿命をのばす昔話は好き。
前の投稿と同じで葬送の話で思いついたネタから分岐した話だけど、こっちの方が長くなった。
設定を詰めると理屈っぽくなってくるのでどうかと思って、途中で止めた。
息子とか恋人とか登場させて、もう他に交代できる相手が見つからず極限の選択をさせるというアイデアもあって、そっちの方向でもよかった。




