2 - 1 〈SIDE: E〉
「お支度がおわりましたよ、エステファニア様」
「ありがとう、モニカ」
「……そろそろ旦那様にご相談されてはいかがでしょう?」
「うん、そうね……」
鏡の中から浮かない表情の少女がこちらを見ていた。
その亜麻色の髪をじっと見つめ、エステファニアは溜息を一つ落とした。
(もし、この髪の色が赤だったなら……わたくしにもお友達ができていたのかしら………)
アーデンフォレスト王国でカーディナル侯爵一門の名を聞けば、最初に思い浮かぶのはその赤髪だ。カーディナル侯爵家にはブレスウェイト伯爵家を筆頭にいくつかの分家が名を連ねているが、直系に血が近いほどその色味が強く出るため、侯爵家に重用された人物には赤髪が多かった。それがいつしか『鮮やかな赤髪は優秀であることの証』という認識に変わり、一門の人間は赤髪を誇るようになった。今では他の髪色で生まれた子供を虐げる家まであるという。
七歳を迎えたエステファニアの友達づくりのために――と父が紹介してくれた分家の少女達も、それは同じだった。彼女達はその赤髪を誇りに思い『赤薔薇の会』というお茶会を開いていた。
「エステファニア様は赤くないから『赤薔薇の会』にふさわしくない」
三回目のお茶会の最後、ウィートクロフト伯爵令嬢ドロシーにそう言われた。彼女は『赤薔薇の会』の中心的な存在だった。それでも彼女の家から招待状が届いたので、その次のお茶会には赤いドレスで参加した。だがドロシーの発言について誰からもお咎めがなかったことで、彼女達は増長した。
「貴女に赤は似合わない」
そう言って、赤薔薇の少女達はエステファニアを嗤った。親に言われ仕方なく仲間にいれただけで、彼女達にとって亜麻色の髪のエステファニアは邪魔者でしかなかった。
それから赤薔薇の少女達は、親の姿が見えなくなると悪口を言って楽しむようになった。エステファニアを『赤薔薇の会』から追い出すために。
初めは彼女達を諫めていた分家の使用人も最近では見て見ぬふりをしていた。
いつも付き添ってくれる侍女モニカには『赤薔薇の会』でのことを二人だけの秘密にして欲しいと頼んでいた。優しい侍女はそんなエステファニアを気遣い、お茶会の度になぐさめてくれた。一門の内情について教えてくれたのも彼女だった。父に相談するようモニカは何度も言ってくれたが、エステファニアはそれを断り続けた。どうしても父には知られたくなかった。
◇
モニカと共に玄関へ向かうと、すでに家族が揃っていた。優しい父に抱かれる無邪気な弟と二人の傍らで微笑む母、そんな幸せな家族の光景を見て、エステファニアは自分だけが取り残されたような寂しい気持ちになった。
「エスティ、どうしたんだい?元気がないね……体調が悪いのかな?今日はお父様とお留守番でも――」
「オスカー様、エスティは自分でお茶会に参加すると決めたのですよ」
「いや、でもねフェリシアナ」
「ねえさまはお茶会きらいなの?」
「え……」
「ぼくはもっと行きたいな!ともだちといっぱい遊べて楽しいのに!」
何も知らずに笑いかけるアルフレッドを、父がやんわりと止めた。父と幼い弟の鮮やかで美しい赤髪を見て、口惜しさと情けなさがエステファニアの胸にじわじわと広がった。
(わたくしより小さなアルに出来るのだもの……わたくしだって……)
たとえ赤髪でなくても
たとえ血の繋がりがなくても
カーディナル侯爵家の娘として、大好きな父の期待に応えたい。
「……お父さま、わたくし元気です。お茶会にも行けるから、大丈夫」
だから、まずはお友達をつくるのだ。父がそう望んでいたように。
エステファニアは小さく意気込み、ウィートクロフト伯爵邸へ向かう馬車に乗り込んだ。
◇
ウィートクロフト伯爵邸の庭園では赤薔薇が咲き誇り、丁度見頃を迎えていた。エステファニアは家族と別れ、庭に面した一室に入った。そして硝子張りの扉から、赤薔薇の少女達が集うテラスへ通された。
美しい赤薔薇に囲まれたテラスで、少女達はおしゃべりに興じていた。今日はトイクラウン伯爵令嬢ソフィが『赤薔薇の会』に初めて参加するらしい。以前から彼女に声をかけていたドロシーは、そのことをとても喜んでいた。
テーブルには子爵令嬢のジョアン、男爵令嬢のカレン、サマンサ、エミリーの姿もあった。ソフィの家はウィートクロフト伯爵家と同等の力を持っているため、彼女は他の令嬢からも一目を置かれていた。
エステファニアも名前は何度か耳にしていたが、実際にソフィと会うのは今日が初めてだった。ソフィの挨拶は丁寧で好感が持てた。その後なぜか隣の席で本を読み始めてしまったのだが、悪い子には見えなかった。
(この方なら、お友達になってくださるかしら……)
新しい少女との出会いに、エステファニアは期待で胸を膨らませた。
「ウィートクロフト伯爵邸の赤薔薇は美しいですわね、ドロシーさま」
「まあ、ありがとうございます!ジョアンさまにそう言っていただけて嬉しいわ。こちらのお菓子もぜひ召し上がってくださいな。ソフィ様もいかが?」
「いえ、どうかお構いなく」
「ドロシーさま、とても美味しそうですわね!わたくしがいただいても?」
「ええ、もちろんよ。エミリー」
お茶会が始まってもソフィはずっと本を読んでいた。周囲から声をかけられると返事はするが、ただそれだけだった。エステファニアはそんな彼女達の様子を見ながら、ソフィに話しかける時機をうかがっていた。
「ソフィさまは相変わらず本に夢中ですのね……折角『赤薔薇の会』に参加しているのですから、わたくし達とお話ししませんこと?ねえ、サマンサ?」
「カレンの言う通りですわ!一緒にお話しいたしましょう、ソフィさま!」
「私のことはお気になさらないでください」
「あのっ!わたくしも――」
勇気を振り絞ってエステファニアが口を開くと、赤髪の少女達は一斉に口を閉ざし、顔を見合わせクスクスと笑いだした。今日初めて『赤薔薇の会』に参加したソフィはその様子に眉をしかめていた。
「大きなお声を出してはしたないですわね。そう思いませんこと、エミリー?」
「ええ、そうですわね。サマンサさま」
「仕方がありませんわ、お二人とも。エステファニアさまのお母さまは隣国の方ですもの……きっとアーデンフォレストとはお作法が違うのですよ」
「まあ、ジョアンさまってば!」
無邪気な赤薔薇の嘲笑が、エステファニアの頭の中に響き渡った。
自分のせいで母まで嗤われてしまったのに、何も言い返せなかった。喉の奥に重いものがどんどん溜まっていくような、そんな苦しさをエステファニアは感じていた。
「髪の色も薔薇どころか干し草のようですし、何で『赤薔薇の会』にいらっしゃるのかしら?」
「本当ですわね、カレン。こんな方がカーディナル侯爵家の名前を名乗っているなんて……一門の人間として恥ずかしいですわ」
「ふふっ、ドロシーさまったら!」
亡き父との繋がりを馬鹿にされても、エステファニアは俯き耐えることしかできなかった。目元が熱くなり、膝の上で握りしめていた自分の手が涙で滲んで見えた。
涙がこぼれおちる、その瞬間――
―― バンッ!
勢いよく本を閉じる音が響いた。
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新しい季節…とかいいつつ過去回。
幼少期編は過去と現在が行ったり来たりします。
というわけで、しばらく幼女が頑張ります。