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エステファニアの冠  作者: 波知かさね
幼少期編
3/16

1 - 2


 庭の一角に特別に用意されたテーブルには、エステファニアが選んだ花が飾られ、軽食や菓子が並べられていた。

 侍女モニカが丁寧な所作でお茶を淹れると、金で縁取られた白磁のカップから芳しい香りが漂ってきた。

 ひとしきりお茶を楽しんだあとでヴィンセントが美味かったと伝えると、それを喜んだエステファニアが弟の頭を優しく撫でた。今日のお茶はアルフレッドが選んだらしい。


 和やかな雰囲気に包まれながら、お茶会の話題は姉弟の近況へと移っていった。



「最近は雨のせいで淑女教育を受ける日が多かったのですが、一昨日は久しぶりにブレンダ様のお城に遊びに行きましたの!わたくし、お姉様とボール遊びをしました」

「レディは凄く喜んでたんですよ!僕も稽古の合間に遊んでもらいました」


 ヴィンセントの愛犬レディは姉弟とも仲が良い。特にエステファニアに良く懐いていて、彼女も『お姉様』と呼んで可愛がっていた。


「そうか……レディが寂しがるといけないから、私が王都にいる間も遊んでやってくれ。公爵家の馬車を使ってこちらにレディを呼んでもいい」


「まあっ!本当によろしいのですか?」

「ああ、その方があの子も喜ぶ。何なら社交の季節は番犬代わりにここに置いてくれ……レディの世話係はこちらで用意する」


「わあっ!楽しみですね、姉さま」

「そうね、アル。お姉様が一緒ならわたくしも心強いわ……でもお許しがいただけるかしら?」


「カーディナル侯爵には晩餐の時に私から頼もう。レディの世話には見習いの侍女をつけるから、モニカの手が足りないときは好きに使っていい。モニカ、ニアが公爵家に来た時のために色々仕込んでおけ」


「かしこまりました」

 傍らで控えていた侍女が小さく頭を下げて応えた。



「二人ともお祖母様のところにはこれからも通うだろ?」


「ええ、もちろん!アルの稽古がありますし……わたくしも……剣は向いていなかったですけれど、ブレンダ様から学びたいことは他にも沢山ありますもの」


 エステファニアはここ数年、亡き両親に代わって幼い弟を立派な紳士に育てるべく、奮励努力している。自らが手本になろうと同じ年頃の令嬢が習う礼儀作法や教養だけにとどまらず、馬術や剣といった武芸にも関心を持つようになり――もちろん失敗も多いのだが――新しいことに果敢に挑戦していく彼女の姿は見ていて飽きない。


「姉さまが剣を振るえなくたって僕がおそばで守ります!」

「ふふっ、ありがとう。アルは頑張っているものね……強くなったってウィル兄様も驚いていたもの」

「ブレンダ様も筋が良いって僕のことを褒めてくださったんですよ。僕がずっと一緒にいて姉さまのことをお守りしますからね」


 弟のアルフレッドとは元々挨拶をする程度の交流しかなかったのだが、彼も以前と比べ随分と変わったように思う。心を閉ざした姉の気を惹こうと必死だったアルフレッドは、今でも彼女の関心を得ることに執着している。


「……まあ、まずは私から一本取れるように頑張れ」

「はい、すぐにヴィンセント様にも負けないくらい強くなってみせます!」

「アルが立派な紳士になれるまで、わたくしも一緒に頑張るわ。剣は駄目でもきっと何か一つくらい――」


「ニアは危ないからやめなさい」

 ヴィンセントは弟のやる気に触発されたエステファニアを即座に止めた。


「君はレディと遊んでいるだけですぐに転ぶだろ」

「でも、頑張れば……わたくしだって……」

「馬に乗れるだけで十分だ、ニアは頑張っている。無理をしてまで君自身が強くなる必要はない……代わりに他の事を学んでアルフレッドに教えてやればいい」


 こればかりは譲れない。人には向き不向きがあるのだ。

 気落ちするエステファニアに、しっかりと念を押しておく。


「くれぐれも危ないことはしないように……これは親友との約束だ、守れるな?」


 ヴィンセントの使う『親友』という言葉にエステファニアは弱かった。

 そのためヴィンセントは彼女と約束を交わすときにこの言葉をよく使った。


「はい!わたくし、親友のヴィンス様とのお約束ちゃんと守れます!」

「そうか、ニアは今日も良い子だな。さあ、ご褒美をあげよう」

 

 『親友』と耳にしたとたん、エステファニアが目を輝かせた。元気よく返事をした彼女の小さな口に、ご褒美と称して焼菓子を運んでやると、エステファニアは幸せそうにそれを味わった。

 その光景を目の当たりにしたアルフレッドは、ヴィンセントに負けてなるものかと対抗心を燃やした。


「姉さま、僕もします!はい、あーん」

「ふふっアルったら、本当にヴィンス様の真似が好きね」

「そんなんじゃないです!」


 残念ながら、最愛の姉には気持ちが届かなかったようだ。

 もどかしげなアルフレッドを冷やかしつつ、ヴィンセントは話を切り出した。


「まったく、アルフレッドはしょうがない奴だな。そんなに真似がしたいなら、私の家庭教師を紹介してやろう。同じ先生だぞ、喜べ」

「ヴィンセント様の家庭教師、ですか?……僕に?」


 アルフレッドの首を傾げる姿は、エステファニアのそれとよく似ていた。


「ああ。私の先生が次の仕事先を探しているんだ……私はもう学院へ行くからな」 

「本当ですか!アルのお勉強、これからどうしようかと悩んでいたんです。わたくしではヴィンス様にみたいに上手に算術を教えてあげれないですから」


 エステファニアに協力しているうちに気づいたのだが、アルフレッドは飲み込みが早く、勉強も運動も人並以上に出来た。彼は一つ二つ年嵩の子と同程度の学力があった。


 だがカーディナル侯爵家の家庭教師はアルフレッドに甘かった。彼のおねだりに負け、易しい課題しか出さなかったらしい。そのことに気づいたエステファニアは、弟に実力相応の勉強をさせるため、ヴィンセントを頼っていた。


「ニアだって自分の課題は問題なく出来ているし、外国語は君の方が得意だろ」

「そうですよ、姉さま。僕はまだ母さまの国の本が読めないです」

「また教えてあげるわね、アル」

「はい、姉さま!僕、頑張りますね」

「少し忙しくはなるが得るものは大きいはずだ。私の先生は有能だからな」


 これからはヴィンセントの代わりに、新しい家庭教師をつける。

 彼ならきっと、甘え上手なアルフレッドにも絆されることなく、必要な知識を与えてくれるだろう。




 そしてお茶会の話題は、隣国クアドラド王国やバルフォア王国の話へと移っていった。母の故郷でもあるクアドラドの話を姉弟は好んでいた。バルフォアについても、愛犬レディが生まれた国ということで関心が高かった。


 そのあとエステファニアの希望で、室内に戻りダンスをすることになった。

 アルフレッドが昔よりも上手に踊れるようになったので、腕前を披露したかったらしい。上手くなったとアルフレッドを褒めてやると、エステファニアが誇らしげに笑った。まるで自分が褒められたかのように彼女は喜んでいた。


 しばらく姉弟とダンスを楽しんでいると、賑やかな様子を聞きつけたウィリアムが顔を見せた。彼も交えてボードゲームで遊んでいると、あっという間に日が暮れていった。



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