ジークハルト視点1
「……男の子……?」
目を見開いてそう呟いた彼女に、俺は胡乱な目を向けた。
……まさか性別を間違われていたなんて。
「なぜそんな勘違いを?」
「だって、全然、見えない……本当に男子なわけ? そんなに綺麗な顔しておいて、髪も長くて」
そう言いながらもだんだんと納得した顔になる彼女。きっとまた、思い当たる理由を見つけたのだろう。ふっと遠くなる視線は、彼女が思考の海に潜っていることを物語っていた。
(自分が、幾らか女性的な容姿であることは否定しない)
実際、数年前まで、人と会うときは女児に見られるような服を着ていた。八歳まで、女の子として育てられた事実もある。
だが、彼女に男名を名乗った時点で、自分の性別さえ明言したも同然だった。開口一番に『アンダーウッド』なんて言う聞き慣れない名前を名乗った、彼女の方が性別の判断に困ったというのに。
「ジークハルトが男名であることを知らないなんて、本当に外に出ないんだな」
ジークハルト。
この名前は、ごく普通のものだと理解している。
そういえば、名前を名乗ったはずなのに、彼女には終始『君』か『あなた』と呼ばれていたと気付く。名前で呼ばれないことに慣れきっていて、そのことに違和感を感じなかった。俺は表情筋を一切動かさぬまま、気づいてみれば不可解極まりないその理由を尋ねてみることにした。
「どうして名前で呼ばなかったんだ? 俺は名乗り返したのに」
すると、質問ばかりするなと言いたげな顔が、いかにも嫌々ながらに返事をする。
「別に。あなただけじゃないから。私は森から出たくない。外と繋がりを持ちたくないの。だから基本的に人の名前を呼ぶのは苦手」
彼女は暗い顔をして俯くが、続けていいことを思いついたとばかりに声色を変えて言った。
「でも、あなたは森に来るのよね。いいよ、なんて呼ばれたい」
いつの間にか、俺が名前で呼んで欲しいと言ったかのように話が進んでいる。そのような含みは無いように気を付けて発言しているつもりだった。そんな気はない、と訂正しようとし、ふと思いとどまる。
(しかし、友達という間柄なら……)
名前を呼び合うこともあるのだろうか。
呼ばれたい名に、一つ思い当たるものがあった。
「ハルト」
父と母が、『外の目』が無いときだけ呼ぶ名だった。
彼女の目がすっと細まる。
それ、大事な名前なんじゃないの。言外に訂正を許されているのがわかったが、二言はないとばかりに見つめ返した。
「わかった。今度こそよろしく、ハルト。私のことは、桐乃って呼んで」
そう、何の衒いもなく笑って見せる彼女に、それが秘密を握られた者の態度なのだろうかと呆れる反面、彼女は森では何ひとつ偽らないという証明を突きつけられたようで。
「今度こそよろしく頼む、桐乃」
こんな時でも笑顔を作れない自分は、やはり偽りの張りぼてでしかないのだろうか。
だからあなたのお願いは命令なんだってば、とおかしそうに笑う彼女が、どこか遠い国の人に見えた。