ジークハルトは
「とんでもない……っ!!」
彼女は今度こそ真っ赤になってわたわたした。
通常時が凪ぎきった顔なので、差分が殊更目立っている。その表情仕草から強い困惑と狼狽を見てとったが、拒絶や嫌悪が見られないのをいいことに話を進めてみる。やや強引に。
「もう日が沈みそうだし、見送りするよりは泊まっていってほしいんだけど」
そう、お泊まりである。
私は自らの安寧をなるべく長く保つ為に彼女と親しく交流する用意がある。そして同時にこの森から出たくないという要望がある。
親交を深めて情が湧くように仕向けるには、同じ空間で寝ることも効果的ではなかろうかという打算のもとの提案だ。
「見送りはいらない、一人で帰れる」
そうは言ってもやはり彼女にはハードルが高いようだ。まあ確かに、彼女を狙う者はいないだろう。今はまだ。
(それでも、まだ十歳の可愛い女の子だから、心細かろうと思ったのに)
なかなかどうして頑なではないか。どうしてだ。
「いいから、泊まっていきなよ。ご両親は帰って来ないなら、事後報告でも大丈夫でしょう、心配しないでも」
「そういう問題じゃあないだろう!!」
懸念事項の解消を申し出たつもりが、逆上させてしまった。十歳でも怒った美人とはこうも恐ろしいのか。
しかし、なぜここまで激しく抵抗するのだろう? 友達を目指すのにお泊まり会を拒絶するとは思わなかった。
「友達を目指すのなら、お泊まり会は定石でしょう? それとも、人のベッドで寝るのが抵抗あるの?」
お育ちがよろしすぎるのも困りものだな。この子庶民だけど、父親は王様だからな。
「……まさか、同じ寝台で寝るつもりじゃあ、ないよな」
「同じもなにも、ベッドは一つしかないし。おおきめだから全然狭くないよ?」
後ずさる彼女にそう答えると、理解出来ないものを見るような目で見られた。なぜだ。私はそこまで度し難い振る舞いをした覚えはないぞ。
「なにも問題ないよね?」
強引ではあるが、おかしなことはないはずだ。しかし彼女にとっては違ったらしく、彼女は一瞬能面に戻り、それから苦虫を噛み潰したような顔をした。作りもののような造形なのに、よく動く表情筋である。もうこの人公人じゃなくないか?
「……何か勘違いしていないか? きみは女の子だろう」
「……? あなたも女の子でしょう?」
「は……? 一体なぜそんなことに……待て! まさか知らないのか?」
「なんなのさっきからそんなに慌てて。照れなくても良いのに」
私はにやにやしながら、蒼ざめ後ずさる彼女を追いかけようと足を踏み出した。
後になって思うが、その時の私は散々私を追い詰めた子が心の底から焦っているのを、少々、いやかなり、目一杯、面白がっていたのだった。
だから、なにかがおかしいとは思っていても、嗜虐心で満たされた弛んだ頭が『なにか』の追究を怠っており、普段ならば気付いて当然のそれに気付くどころか、先入観も多分に働いた結果全く夢にも思わぬままでーー
「ジークハルトは、男名だ!!!!」
男名だーー……男名だーー……男名だーー…………。
ーー思考が停止するほどの衝撃を、甘んじて受けいれる羽目になったのである。