幕間 最後の王と叶わない(はずの)恋
本編と比べるとびっくりするくらい甘め
「絶対離さないで。生涯一緒にいてくれるって誓って」
つい今し方想いを通じ合わせた喜びのまま王様に囁いた。自分でも言っててちょっと重いななんて思ったけど、痛い程強く抱きしめられて「出来ることなら」って返されたら、もうそんな事どうでもよくなってしまった。
だって、もう、顔を見なくったってわかってしまう。苦しそうなその声だけで、彼が今どんな表情をしているのかわかってしまう。だから、返答が否でも、わたしはーーーーーー
なんて。物分かりの良い小娘だったらそもそも王様に告白なんぞしていない。
わたしは王様の肩口から自分をひっぺがし、思いきり頭突きをした。
もんどりうって転げるわたし。玉座に坐ったまま額を押さえて俯く王様。痛がり方でも貴賎って分かれるものなんだなあ……。いや、そんなことより、さっき王様はなんて言った?
出来ることならだと? わたしを好きと、愛してると今しがた言ったその口で言った言葉だ、わたしの身を慮ってくれているのはわかる。わかるよ、でもね。
「わたしがあなたを諦めると思ってる? だとしたら歯ァ食いしばれ! できる出来ないじゃなくてやるんだよ! やってみないとわからない。大科学実験で!!」
「ダイカガクジッケンとは?」
「わすれて」
とにかくだ。
「王様はこの国でただ一人の王族で、わたしは戸籍もいい加減な庶民。王様が言いたいのはそういう事だよね」
身分が釣り合わない。どうしようもないほどに。
この関係(始まったのは数分前だ)が公になれば、わたしはよくて国外追放、悪くてハニートラップのスパイとして公開処刑だ。あ、これ比喩じゃなくてガチな方。石投げられる方ね。
目の前の王様を見上げる。深い赤のマントが彼の銀のセミロングによく映えていた。年端も行かない身体に不釣り合いなほど荘厳な真紅が、しかし不釣り合いでないのは、王様が途方もなく頑張ってきたから。
ここでは、誰もが知っていることだ。
知らず息が漏れる。この人をわたしのものにしたい、そう考えては日々慄然としてきた。なのに、叶ってしまった。叶えてくれた彼がいとしく、わたしはこの人のためには今や何でもできる。この人の幸せを――実現させたい。絶対。どんな手を使ってでも。叶うなら、貴方の隣で。
だって、貴方とがいいんだ。生きるのも、死ぬ瞬間さえも。
……うん。分の悪い賭けだって、わかってるよ。王様のためにも、こんな関係、地獄でしかないって思うよ。でも、それでもね。
「王様」
「なんだ」
「わたし、王様以外はどうでもいいの。大切なものはみんな向こうに置いてきてしまった……だから、王様さえ幸せにできればいいの。そのためなら、なんでも出来るよ」
青年というにはあまりにも小さい体で、それでも玉座にただ一人、座ってみせる王様。選択肢は無かったその道だけど、それでも望んで歩んだ覇道だったのだと、笑いかけてくれた。国を愛している彼には、わたしの言うことは酷かもしれないけれど。
もし、王様が、国とわたしを天秤にかけることができるくらい、わたしを望んでくれるなら。
「王様、……ううん、テオ。わたしさ、実はさ、皇が治世をしなくなった国に生まれたの。テオは考えたことあるかな、王様じゃない形で国を守る方法とか。あるんだよ。わたしの居たところでは、他にもそんな国があった。信じてくれるなら、わたしの知ってること、何でも教えるし、何だってするよ。だからさテオ、王様である前に、テオである貴方になれる? 王を降りてでも、わたしの片翼になりたいと願ってくれる? テオ、わたしと、」
生きてくれる?
テオはただ息を呑んでわたしを見つめていたけれど、目だけは逸らさなかった。
天窓から注ぐ月光だけがわたしたちを見ている。わたしはふいに泣きたくなった。想いが通じた幸せ。わたしの決起。静寂。誰にも祝福されないわたしたち。月光。そのなかで、それでも貴方だけが美しい。
この世界の生まれじゃないわたしにはこの国への愛着なんて湧かないと思っていた、けれど今なら、テオに逢うためにわたしはここに来たのだと思えた。テオが好きだ、紛れもなく。一生分の恋で、愛だった。貴方のためなら世界も越えられる、貴方に逢えただけでこの生には意味があるのに、貴方が心をくれた、そのことが、どれだけわたしを強くするのか、王様は知らないよね。例えば、今溢れそうな涙だって御せるし、どんな嘘だってつき通せる。
けど、テオにだけは嘘つきたくなくて、そしたら涙がこぼれてしまったけど、構わず笑い掛けた。テオが目を見開く。
「なんて、ね。……大好き。大好きだよ」
わたしの平凡な頭でもわかる、テオの安寧ためには、わたしはいない方がいい。離れて暮らして、心だけは貴方のもとに。想い合う仲になれた僥倖を、一生ものの幸せとして、生きていける。テオの安全のためにも。
(やっぱり、一緒に生きるのは、泥舟だ)
顔を見られたくなくて彼の身体を引き寄せたら、見透かした彼がわたしの肩を押さえる。否応無く目が合った。意志の強い、空色の瞳。
「何故泣く」
抑えた声で問われた。何も言えずにいると、わたしの目から何かを感じ取ったらしい彼は、やや目を見開く。
「……私は断ってなどいないよ。ただ、」
そこまで言って言い淀み、テオは思い切ったように玉座を降りてわたしの隣に回った。銀の髪が揺れる。片膝をついたテオが、わたしの髪にこわごわ触れた。
「其方こそ、いいのか。道は険しい。私一人では成しえないことだ」
そう言って目を伏せた。わたしは破顔する。沈痛な表情の彼に、貴方はわかってないと言う様に。
「貴方が許すなら。わたしはテオを諦めないよ、絶対」
「――っ」
わたしたち、何もかも対照的だった。ぐっと口を引き結ぶ彼に、笑って、とお願いをする。顔を赤らめた彼がかわいくてにやけた。
「ふふ、照れてるの?」
途端に無表情を作ったテオは、すっくと立ち上がり、わたしの後頭部に片手を回した。存外大きい手が優しく、しかしかなりの力でわたしの頭を押さえた。
「わ、なに?」
「……」
「ちょっと、ねえ王様どうして、って近い近い近……っ、!?」
ふと彼の眼光が鋭くなり、圧倒されているうちに上を向かされる。覆い被さるように口づけがされた。触れるような、からは程遠い、ゆっくりとしたキスだった。
(キス、これが……)
自覚した途端、全身が燃えるように熱くなって、頬にも添えられた手とか、やわらかい唇の感触とかで頭はパニック状態だ。堪えていた息を吐いた時、はく、と自分の口から出たとは思えない熱っぽい音が出て、顔から火が出るかと思った。
テオの唇がやっと離れた。いっぱいいっぱいで名残惜しさとかわからない。さっきとは違う意味で涙目のわたしは、きっとすっごく情けない顔をしてると思う。
「くく、照れているのか?」
やや楽しそうにニヤリと笑うテオ。意趣返しに気付いたわたしは白旗を上げるしかなかった。
「……だって、こんなの知らない……」
紛れもないファーストキスってやつだ。申告するのも恥ずかしくて、尻すぼみな言い方になってしまった。暫く無言が続いて、不審に思って顔を上げる。すぐさま後悔した。
愛おしげにわたしを見つめる瞳が、ドロドロに甘い欲を孕んでいた。電流を流されたみたいな衝撃で、テオから目が離せなくなる。恥ずかしいのに逃げ場がない。あわあわと距離を取ろうとして、瞬く間に腕で囲われた。
「待って待って今のなし!!」
「私も、其方しか知らないよ」
答える間もなく口を塞がれた。