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油断してた

 丘を下って、初等学校の校門が見えたところで、よく目立つ葉っぱ色を見つけた。

 「おはよう、き……昨日、は世話になった、アンダーウッド」

 思わず、桐乃、と言いかけて、身体ごと残像が見える速さで振り向かれた。言い得ぬ危機感を感じて取り敢えず言い直す。


 「ぼくはアンダーウッドだよ。おはよう。ぼくはアンダーウッドだよ」


 大事なことだから二回言いました、と言わんばかりの彼女から、明らかに圧力を感じる。

 (きみの受け答えで更に人目を集めているのだが、それは良いのか?)


 とは言え、瞳孔の開ききった目で見つめられて、否やが言えるはずもない。

 周囲の視線がある為か俺の顔が引き攣ることはなかったものの、直ぐに直視を解除した彼女もどことなくやり辛そうに視線を泳がせた。


 ああ、迂闊だった。

 学校での『お友達』という関係を鑑みても、先程の彼女の様子からしても、ここで声をかけるべきではなかった。ましてや、親しげに挨拶を交わそうだなんて。昨日の父との会話が嬉しくって、浮かれていたのだろうか。

 彼女が心を森に残したまま学校に通っていること、昨日この目で目の当たりにしたばかりだというのに。

 母手製の靴で砂利道を踏みしめる音が、やけに大きく感じられる。前を歩く桐乃の背中を見つめた。

 家族以外に謝りたいと思うことなど初めてだ。

 だが、()()()()()()()()謝罪することほど彼女が嫌がることは無いだろう。

 

 無害そのものな雰囲気で虚ろに微笑む彼女と受ける授業は、恙無く、しかし味気ないものであった。



 * * *



 「朝はすまなかった」


 放課後何食わぬ顔で、と言うか当たり前のように私の後をついてきた彼女、いや彼が、森に入るや否やそう言った。思わず振り返ると頭を下げているではないか。


 「朝?」

 何かあっただろうか。ややうねったつむじを見せられて浮かぶ言葉など、『こはいかに』一択である。これはどうしたことだ。


 「人前で挨拶の言葉を交わさせたこと、桐乃と呼びかけそうになったこと」


 なるほど、思い出した。かなり必死に止めたのに涼しげな顔していたから、こちらだけハラハラさせられたと思っていたのだが。彼も、存外堪えていたらしい。

 「挨拶くらいはいいよ、まあ驚きはしたけれど。名前はまあ、外ではあまり呼ばないでほしいかな、うん」


 じじい曰く、聞き慣れない名前だから。……街の人たちの興味を引いても困るのだ。


 「それでも、わざわざ謝るほどの大事じゃあないんじゃ……」


 謝ることって、私の感覚だとすごく勇気がいることだと思うのだ。とても大変なことなのだ。なのに彼は、昨日から謝ろうとしてばかりな気がする。

 若干戸惑っている私を他所に、彼は当然のように答える。

 「俺の過失だったから。危うく迷惑をかけてしまうところだった。折角友達になる努力を、桐乃が許してくれているのに」




 「……許してくれてるって」

 この子はどこまで実直なんだろうか。私の性格の悪さと尊大さは自覚しているが、こうも真っ直ぐに言われると、何とも。

 (そこまで言いなりにならずとも、初めから交換条件だった筈……)

 そこまで考えて、私は重大なことを誤魔化したままだったことに気付いた。

 (彼は、私が監視目的で森に呼んでいると思ったまま?)

 本名を教えたことで満足していた。歩み寄りができたと思い込んでいたのだ。

 彼に私のルーツを教えるつもりはないくせに。なんと、中途半端でいい加減な。

 せめて、誤解は正さねばならまい。始めたのは私なのだから。


 「あのね、私もあなたに来てもらわないと困るの。私も、あなたと仲良くさせてもらわないと困るの」

 

 唾を飲み込む。人に本心を曝け出すのは、本当に苦手だ。いたたまれないからだ。怖いからだ。それなのに昨日今日は暴露してばかりで、どうしてこうなってしまったのかと思う。


 「私はあなたの真面目さや理性を信用に足るものだと思っているけれど、どうしてもそれだけでは安心ができない。あなたのわがままな部分が、いつか私を暴露するかもしれないことが怖いから」


 「私は、あなたが私を友達にしたら、その時は絶対私を裏切らないだろうと信じられるから、友達になりたいと言っているの」

 選んだ言葉を言って、どこかガラス玉のような瞳を見つめた。

 こんな打算的な友達候補、未分化な彼には相応しくないと心から思う。

 私がこんなことを言ってしまえるのは、彼が他に友達候補をもたないからで、相手の返事がわかっているから。

 ずるいってわかっている。

 いまの私には庇護者もおらず、逃げ場もない。だから、綺麗事を選べる余裕がない。綺麗事で、生きていけない。

 それでも。

 それでも、選んだのは私、責任があるのは私で。それだけが行持だった。


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