いただきませんから
冬休みは家業の手伝いが忙しいから、と十日市くんはなかなか姿を見せなかった。
猫は相変わらずのペースで我が家を『覗きに』来ていた。
家業がひと段落ついた、と連絡がきた時にはすでにクリスマスは過ぎていた。
―― ケーキ作ってくれるんじゃなかったの?
とメールすると
―― ごめん
妙に素直な謝罪が返ってきた。しばらくたってから
―― 年末年始に、スキー行かない?
そんなメールが来たが、私は猫が苦手な以上に、雪も寒いのも苦手だった。
そう言ってやると、そうか、じゃあまた連絡する、そんなそっけない返事がきて、何かもう一言、あったかくなるようなメッセージが欲しかったのに、と私はエア・地団太を踏んでいた。
お正月も近くなってきた頃、私は突然の激しい嘔吐に襲われた。
結局お正月中は、とにかく洗面器を抱えて寝ているしかなかった。
救急外来、という選択肢がすっかり抜け落ちていたのもあるが、十日市くんに見捨てられた、アイツは今ごろ仲間ときっとスキーなんか楽しんでるんだろう、転んでしまえ、なんてやけっぱちな思いを抱え、嵐の海に縮こまるフジツボみたいな気になっていたのかも知れない。
その合間にも吐き気は止まらず、水を飲んだだけでも胃がきりきりと痛み、すぐに鼻からも飲んだだけの水が飛び出してきた。
熟睡することもできず、ずっとうつらうつらした状態で、熱も高かったのだと思う。
夜も昼もなく、明るさすら感じることがなくなっていた。
気がつくと、また、かりかりと戸をひっかく音がしていた。
外はうっすらと明るくなっている。朝方なのか夕方なのかは判然としない。
でも、その薄明かりの中、掃き出し窓の下、いつもの縁側のはしっこに小さな影がみえた。
かりかり、かりかり、と引っかく音はいつもよりしつこい。それに、今日に限ってかすかな鳴き声が聞こえた気がして、私は慌てて起き上がった。
ロクに食べていなかったせいか、目の前が真っ暗になって星が飛んだ、それでもようやくはいずるように、窓辺に近づいていった。
窓にもたれかかりながら身を起こして鍵を外し、やっとのことで窓を開けると、何のことはない、猫はいつものようにぴょん、と縁側に飛びおりて、少し遠くから私を見返した。
「何?」
問いかけてから、はっと気づいて目を落とす。
足もと近く、まだ少し新しい縁側の上に、小さな蛇、しかもすでに死んでいる蛇が長々と置いてあった。そしてその脇には、小さな茶色い鼠らしき塊。もちろんこれも死んでからかなり経っているようだった。
猫はまっすぐこちらを見上げている。
私は猫を見つめ、また足もとをみつめ、ようやく気づいた。
「……ありがとう」
ようやく声が出た。
その声が聞こえたのか、猫はゆうゆうと歩き出し、生垣の穴から消えていった。
猫が消えてずいぶん経ってから、私はようやく続きを声に出す。
「でも、いただきませんから」
そして、猫の消えた生垣の穴をずっと見つめていた。