落ち葉焚きの香り
しばらくは、平穏な日々が続いた。
北の山やまに紅葉が目立つ頃には、十日市くんは足しげく我が家に通ってくるようになった。
「だってさ」
悪びれもなく、十日市くんは理由にもならない言い訳をしたものだ。
「新村さんって愛想がないだろ? 冷たい感じするし。でも何故だか変な虫がつきやすい。学内でも、妙にヒョロいヤツとかチャラそうなヤツとかによく声かけられてるし、家でも変な猫につけ回されてるし」
「ヘンな猫だってさ、アンタ」
ちょうど縁側に乗っかろうとしていた猫に、私はあえて声をかける。
自分のことだと分かっているのか、彼女は(その頃にはメスだと判明していた)背中の毛をわずかに逆立て、長い尻尾を大きく揺らす。快適だから尻尾を振っているわけではないようだが。
特に、十日市くんがいる時に彼女が来ようものなら、必ず縁側の端に座って、尻尾を大きく振り動かしていた。
わずかに迷惑そうに目を細めて。
今日も、開け放した掃き出し窓の向こうに、猫がきている。
一度も餌を与えたことはないが、今ではすっかりうちの猫のように落ちつき払っている。
どこかで落ち葉でも焚いているのかうす青い煙が漂っていた。
「この香りさ」
私はうたた寝をしている猫を見ながら、何となく口に出した。
「けっこう、好きなんだよね」
「え? 生姜焼きの匂いが?」十日市くんはまた、コンロに向かって料理をしている。
「ううん。外の。落ち葉とか、枯れ木とか燃やしている匂い」
「へえ、そうかなあ」
彼はわざわざコンロの火を消して、窓際の私のほうにやってきて、鼻をくんくんと鳴らした。
しばらく何かを考えてから、また、おもむろにコンロに戻る。
「なんかさ……」
この時も珍しく、背中を向けたままの彼はことばを選んでいた。
「なんか、匂い、って思い出につながってる気がしてさ」
「へえ。そう?」
「何だか、悲しい気分になるような、匂いじゃない?」
「……」私はもう一度、その香りを胸に味わう。
そこに付随される思い出、それはふわりと一瞬だけ浮かんで、すぐに消えてしまった。