唐揚げランチ
約束通り、十日市くんが日曜の午前九時、軽トラックでやってきた。
作業の間中、私たちは他愛ない話をして過ごした。
名物教授のこと、サークルの先輩についての噂など……会話の間も、彼の動きは滑らかで、作業についてはためらいがまるで感じられない。測るにせよ、切るにせよ、すでに決められている手順であるように淡々とこなしている。私は、端を押さえて、と言われると木の端を持ったり、道具を取って、と言われると渡したりして、私もロクなことはしていなくてもイッパシの助手気分になっていた。
後はひとりでできるから、と言ったきり十日市くんは仕上げに入る。
口のききようも手さばきくらい余計なところがなければ、この人完璧なのに、と私は勝手なことを感じながら、彼の止まることのない手元をただ感心して眺めていた。
縁側が直ると、十日市くんは今度は、唐揚げを作ってくれた。
十日市くんは事前にもらっていたメモで私が買いそろえた材料を見て、
「胸肉か~、安いからね。まあいいけどね」
何かもう一言いいたげだったが、珍しくことばを飲みこんで、さて、作るぞ! と両手を打ち鳴らした。
唐揚げ作りも、手際がよかった。
軽口をたたきながらも、十日市くんの手は休むことがない。
母が生きていた時には冷凍食品でよく見かけた唐揚げ、「これは手が掛かるから」とよく聞かされていたので、作るのがどんなに面倒くさいのだろう、とずっと心配していたのだが、彼の手にかかれば、何だか普通に簡単で、自分でももしかしたらできるんじゃないか、という感じだった。
座敷に一応レジャーシートを敷いて、ピクニックみたいに昼食を並べる。
掃き出しの窓は網戸にして、出来あがったばかりの縁側を眺めながらのご飯となった。
レジャーシートの端、彼は北側、私は西側に座って、炊きたてのご飯と唐揚げ、出来合いのポテサラをふたりでかっこんだ。
「うまいな、飯が。これ、新米じゃね?」
「分かんない、親戚から買ってるから」
「ぜったい、新米だよ」
「そうかな?」
熱々の唐揚げを私も頬張る。軽くてかりっとした衣の下から、じゅわっと美味しい肉汁がしみ出した。
「おいしい!」
「だろ? 角松屋特製ダレを完全コピーしたからね」
その後延々と、材料についての蘊蓄が始まったが、私はうんうん、と生半可にうなずきながら、ただ一心に唐揚げにかぶりついていた。
急に「あれ」と十日市くんが身を起こす。
彼の指さす方を見て、気づいた。
また、あの猫がいた。
しかも、直したばかりの縁側の端にちょこんと座って。
「また来た」
溜息まじりの私の言い方が面白いのか、十日市くんは笑っている。
「なんだよ、猫にストーカー行為受けてんの?」
「似たようなもんだよ」
そこで、彼に今までの一部始終を話してきかせた。
彼は面白そうに散々話を聞いてから、
「たまには何か、食べ物あげたら? せっかく通って来ているんだし」
軽くそう言うので、私はブンブンと首を横に振った。
「えっ? なんで?」だって女子って普通、ネコ好きじゃん? 無邪気にそうつけ足す十日市くんを、私はたぶん、睨みつけていたと思う。
「私は猫、苦手なの。どうしてこう懐かれているのか、逆にコイツに問いたいよ」
へえ、可愛いのになぁ、と十日市くんの声が尻つぼみになる。
「可愛いって思うの? 何なら連れて帰れば?」
わざとそう言ってやると、十日市くんは更に声を小さくして答えた。
「いや……実はオレも猫、苦手でさ。昔飼ってた猫に思いっきりかじられて」
道理で、猫に一番近い位置にいたはずなのに、じりじりとシートから移動していると思った。
現代の日本で珍しくも猫苦手な若者ふたりが揃っている場面を、くだんの猫はただじっと眺めているだけだった。