しつこい来訪者
それからというもの、その猫を何度も敷地の中で見かけるようになった。
猫はすでに成猫のようで、すらりとした体形で毛並みも良かったが、首輪がなかった。
残念ながら私は猫が嫌いだった。嫌い、というより怖かった。
家では猫はおろか、ペットの類を飼った事がない。父も母も、動物にはあまり興味はないようだったし、何か飼おうか、という話も出た事がなかった。
私は敷地内で猫を見かけるたびに、しっ、しっ、と声に出して追い払っていた。
猫は私を一瞥してから、明らかに迷惑そうな表情で、それでもすたすたと逃げて行く。
あまり慌てた様子もなく、『小走り』といった感じなのがまた、シャクに障った。
いつもたいがいは生垣の穴から出て行くので、しゃがみ込んで向こうをのぞいてみたことがある。
生垣の向う、南側にはリンゴの畑がなだらかに続いていて、少し離れたあたりにたくさんの住宅が並んでいた。猫はたいがい、畑の中ほどで立ち止まり、未練がましくこちらを振り向いていることが多かった。
私がそれほど脅威ではないと感じたのか、猫は日に日に大胆になり、毛づくろいを続けていることすらあった。
ある夏の朝、かりかりとかすかな音に気づき私が目覚めると、掃き出し窓の隅にあの猫がいて、前脚でしきりに窓枠の下の方をひっかいていた。
まるで戸を開けようとしているかのように。
初回はさすがにぎょっとして、大声を出したため猫はぴょんと縦に大きく跳んでから、ダッシュで生垣の穴に飛び込んでしまった。
「まただよ……」
日曜の早朝、例の物音で目が覚めた。
すでに猫が窓枠を攻撃するようになってから数ヶ月がたっている。
今まで、二日か三日に一度は、こうして朝、猫がやって来るようになっていた。
少し涼しくなってきたせいか、私は薄がけの布団を頭からすっぽりとかぶっていたのだが、あの控えめなかりかりという音はどうにもこうにも、耳につくのだ。
私は起き出して、窓を開けずに中からとんとんと猫のいるガラスのあたりを叩く。それだけでは猫は逃げなくなっていた。
「あっちに裕福なおウチがいっぱい並んでるでしょ? あっちでごはんをもらいなさい」
そう説教をしながらリンゴ畑の向こうを指さしてみせ、あとは無視を決め込んだ。
しばらくすると、猫はどこかへと去っていった。