小さな来訪者
平屋で築年数も三十年以上経っている。それでもふた間の部屋にささやかな台所もついていた。
自炊など考えたこともなかったが、それでも台所がついているのが『家』を感じさせた。
トイレは洋式だし、タイル貼りの浴室も、逆にレトロで可愛い。
小さいながら庭も、それに崩れそうではあったがミニ縁側まであった。
余裕があったらそのうち直そう、と思いながら、私は部屋の掃除にかかりきりになっていた。
たぶん、鼻歌まで出ていただろう。
私はその家がすっかり気に入ってしまった。
いずれお金が溜まったらここを買い取ろうか、とまで考えていた。
両親が亡くなってあまり月日は経っていなかったのだが、私の心はどこか、浮かれていたのだと思う。
新しい家は学校にもほど近いし、交通の便はさほど悪くない。
それに、両親の保険と家を売った代金の残りとで、ここ数年は寝食には困らなそうだ。
私にとっては、理想とも言える暮らしが始まろうとしていた。
ただひとつだけ弱ったことがあった。
夕飯にしようとコンビニでシャケのおむすびと即席のみそ汁を買って帰ってきた私は、玄関の戸を引き開けてひとまたぎで済む土間に立ち、いつものように家の中を見渡して、ふと前方の小さな影に気がついた。
奥側の座敷、掃き出し窓のレースカーテンに丸い影が写っている。家の外には違いないが、位置からみて縁側の端のようだ。
靴を脱いで大股で近寄ると、影はあわてて伸びあがり、カーテンに手をかけた時にはすでに、庭に飛び降りていた。
サザンカの生垣の下に、灰色と白のブチ猫がいた。
こちらを振り向き上目づかいで、固まっている。
手にしていたコンビニの袋が滑り、かさりと大きな音を立てて鳴った、そのしゅんかん猫は身をひるがえして生垣の穴からすり抜け、姿を消した。