篠田祐弥(2)
「お疲れ様。今日写真撮ってくれてありがとね、部下役、かっこよかったよ。」
夜の9時に僕の携帯が鳴った。
坂野帆奈だ。
そこには見た事のない位嬉しそうな顔の僕と、いつもに増して綺麗な坂野帆奈が写っていた。
白いドレスにティアラを身につけた坂野帆奈はまるでウェディングドレスを纏った新婦のようで、隣にいる僕はまるで新郎だ。
「なんか、結婚式みたいだね。」
写真に見惚れていると坂野帆奈からまたメッセージが来た。
僕は急いで文字を打った。
「お疲れ様。坂野さんもドレス、似合ってたよ。」
確かに僕たちの結婚式みたいだね、とはあまりにも気が引けて言えなかった。が、そんなことを坂野帆奈から言われて喜ばない男はこの世にはいないだろう。無論、僕も嬉しかった。
「照れるなぁ。そういや、篠田くん明日の中夜祭のバンド祭、出るの?」
そう。僕はこう見えてギターが弾ける。小さい頃からずっと習っていて、この高校に入学した当初、たまたまバンドメンバーを集めていた奴と仲良くなりこの2年間、毎年中夜祭のバンド祭に出ていた。
「出るよ。そんな上手くないけどね。」
「篠田くん、上手って聞いたよ。明日、一番前で篠田くんのこと見に行くし、頑張ってね。」
可愛い事言うじゃないか。普通に照れる。
「ミスんないように頑張るわ。」
精一杯カッコつけて答えた。本当にミスったら恥ずかしくて仕方ない。
にしても、どうして僕なんかに坂野帆奈がここまで構ってくれるんだろうか。
バンド祭は申し分ないほどに成功した。僕のソロも、バンド全体的な面で見ても一つもミスなく、会場全体も過去一で盛り上がった。
ただ、最前列に坂野帆奈の姿は見えなかった。
当然だ。
その時坂野帆奈は学校にいなかったのだから。
出番を待っている時後ろの方で別のクラスの女子が、学校から出て行く坂野帆奈をさっき見たという。
なんだ。あれは嘘か。僕なんかをわざわざ見にこないか。
後夜祭も無事に終わり、クラスで打ち上げに行くことになった。近くの安い焼肉屋で、3クラス合同なんだから、大所帯である。
僕ももれなく参加した。
そこに坂野帆奈はいた。僕の目の前に。
幹事の生徒がどういう気遣いか、
「合コン形式にします!席に絶対男女両方いることが条件です!さあ!ぶち上げるぞぉ!!」
これだから陽キャの皆さんは考えていることが恐ろしい。なんてったって僕の同席にはあの、坂野帆奈がいる。周りの目がとても痛い。なんで僕の前に座らせた、お前らのところで良いじゃないか。
「篠田くん、何飲む?」
今この状況で話しかけないでくれ。でもここで冷たい態度を取ろうものなら周りが余計に怖い。
「俺はウーロン茶でいいや。坂野さんは?」
「私もウーロン茶で。」
にしてもなんで僕らのテーブルだけ四人席なんだ、しかも坂野さんの隣には学年でそこそこ可愛い女子。僕の隣にはバンド仲間の男子。珍メン過ぎる。
「篠田くんたち、今日のバンド、すごいかっこよかったね。」
「分かる!特に私はドラムのあの子!牧田くんがかっこよかったと思う!帆奈は?」
「ん〜みんなかっこよかったよ?」
「何それずるい!私だけ恥ずかしいこと言っちゃったじゃん!」
いきなり始まった会話がこれか。
「でも、篠田くん、いつもと違う感じでちょっとびっくりしたな。」
ん?今僕のこと褒めた?
怖くて目も合わせれなかった。
「まじ?坂野さんこんな奴タイプなの?俺もかっこよかったでしょ!ね!」
ナイス助け船。
「もちろん、みんなかっこよかったよ。ただ篠田くんがいつもよりキラキラして見えたの。」
。。。なんだそれ。
僕は知ってる。坂野帆奈はライブ会場にはいなかったことを。でもこの場でそんなこと言えない。あの坂野帆奈の顔に嘘つきのレッテルを貼ることになる。
僕は終始モヤモヤしていた。最近やけに坂野帆奈が僕の生活に絡むようになってきている。
それに僕はまだ忘れられていなかった。
高校三年の春、あの、不思議な感覚。
あれは一体なんだったんだ。
そんなことを考えているうちに坂野帆奈は違うテーブルに連れ去られてしまっていた。
安心と少しの寂しさが僕にやって来た。