2-1 教会と神
第二章、開始です。
私はクリストス教の教会の礼拝堂に来ていた。
復活こそできなかったが、教会には世話になった。
ゴロウの遺体を清め、鎮魂花とともに火葬し、遺灰を城壁の外にある墓地へ埋葬してもらった。もちろんお布施は取られたが、この異世界ではきちんと葬らないと死者はアンデッドになり人々を襲う。死んだ人間を魔物としてもう一度殺す事になるのは御免被りたい。土葬にするためにはきちんと管理された墓所と定期的な鎮魂花の交換が必要であるため、火葬にして骨が砕けて灰になるまで焼くのが一般的だそうだ。
貯金が目標の金額に達したので、明日には王都に旅立とうと思っていた。
その前に一度と、ゴロウの墓参りをしてきたのだ。ゴロウには高価ではないが他の石を積んだだけの墓とは区別がつくような墓石を作ってやった。このズルトの街には特に思い入れもないので、一度離れれば戻ってこないかもしれず、もう一度墓参りに来るかは不明ではあったが。
それにしてもと見上げると色鮮やかなステンドグラスから光が差し込み、祭壇の前には半裸のおっさんを縛り付けて虐待する像が飾られている。そして…。
「…やっぱりキリスト教だよな…」
「前の世界の呼び名ではね。」
いつの間にか、祭壇に見目麗しい少年が腰掛けていた。
昼過ぎのこの時間には礼拝堂に他にも何人かの参拝者の姿があったはずだが、いつの間にか一人もいなくなっている。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「おかげさまでと言いたいところだが、この異世界が厳し過ぎていろいろ苦労してるよ。」
もちろん彼は神であるので、この程度の皮肉には眉一つ動かさない。
「今日は友の冥福を祈りに来ただけで、別段呼び出すつもりもなかったんだが?」
「何かあったら、教会で祈ってって言ったじゃん。」
「いや、普通はあれはただの社交辞令かなにかで、神を呼び出せると思うわけがないだろうに…」
教会で祈っただけで神が出てくるなら、前の世界ではパニックになっていただろう。
「まぁ、せっかく出てきたんだから、少し話を…」
「っと、その前に。」
話を切り出そうとした私を小さく手をかざして止めた。
「供物は?」
キリスト教の礼拝にお供えを持っていくというイメージはなかった。
「パンとワインとか?」
「それは絶対ダメ。」
少年神は少し悪くなったものを食べたかのようなひどい顔をした。
「キリスト教の信者って何かにつけて硬いパンとワインを備えるんだけど、僕はワインは嫌いでね。どうして僕の好みを無視して同じものばかりを供えるんだろうね?」
「聖書の中に出てくるからだろ。じゃあ、菓子パンとスパークリングワインにでもするか?」
この異世界に菓子パンがあるかどうかはともかくとして。
「そんな微妙なひねりはいらないよ! なにか焼きたての熱々のものと甘いもの、それとアルコールじゃない果物をしぼったジュースがいい。待ってるから、すぐに買ってきてよ!」
わがままだなと思いつつも、買いに行こうと立ち上がる。
「そういえば、神が座っているのを見られると問題が起こるから、私が戻ってくるまで姿を隠しておいてくれよ?」
「初めから君にしか見えないようになってるよ。それに二人きりになれるように人払いもしてある。ちなみに、ジュースは葡萄のはダメだからね!」
この昼の時間に礼拝堂を無人にするなんて迷惑だなと思いながら、なるべく早く済まそうと露店のある通りの方へ駆け出した。
「これこれ。どういうのが食べたかったんだよ。」
少年神は焼きたての赤毛鹿の肉の串焼きに嬉しそうにかぶりついた。塩で味付けたものと香草で香りづけした肉汁の滴る焼きたての赤毛鹿の串焼きと、何種類かの果物を砂糖漬けにして混ぜたもの、それとアポルという形も味も林檎なんだけど色は真っ白という果実を搾ったジュースを買ってきた。アポルも絞ってしまえばただのリンゴジュースだ。
礼拝堂って飲食禁止なんじゃないのか?とも思ったが、人払いされてて礼拝堂に司祭が入ってくることもなかったし、出入りの際にも教会関係者に出会って呼び止められるようなことはなかった。
「そんなに、パンとワインだけなのか?」
「それだけってわけでもないし他の宗派だといろいろ供えてくれるんだけど、祈ってる目の前に行って食べるわけにも行かなくてね。出来たてのものを温かいうちに食べるのは不可能だよ。」
神様は食べ終わった串をどこへともなく消し去り、アポルジュースをちびちび飲みながら砂糖漬けをつまみ始めた。
「だれか話のわかる人間を見つけて、こっそり頼めばいいんじゃないのか?」
「昔はそれをやってたりしたんだけど、いろいろ問題が起きてね。信者のうちの特定の人間に何度も頼んでると、そのうちそいつを預言者だ神の子だと周りが騒ぐようになってね。それじゃと、複数の人間に少しずつ分けて頼むようにしたら、指導者が増えて分裂して分派を作って内部抗争を始めたりしてね。そもそも信者じゃない人間だと交信しづらいし頻繁に祈ったりしないしね…」
どこかの宗教で聞いたような話だった。
「さて、それでこの世界の問題点の話なんだが。まず確認しておきたいんだが、私を含むグループを転生させたあと、何人か転生させたか?」
「そうだね、君を転生させてから、約一ヶ月半…。中東系を10人にそれ以外を5人、転生させたかな?」
中東でテロで死亡する人数や宗教と関係ないところで死亡する人の数を考えるとごく小数だが、15人も転生してるはずというのは変な話だった。
「実は、私が転生したあと、ズルトの街に新たな転生者が現れたという話は聞いたことがないんだ。」
「ただのひとりも?」
「ただのひとりもいない。そもそも、私が転生した時にはその場に奴隷狩りの連中がいて、そいつらに捕まらずに済んだのは私一人だけだ。わざわざ奴隷を運ぶための専用の馬車まで用意されていたんだから、来るのがわかってて待ち伏せていたとしか思えない。」
奴隷商人がズルトの街に来ないとは言わないが、ここにはあまり貴族が住んでいないし、鉱山や大規模農場などの奴隷が必要となる場所もないので、そう頻繁には来ない。たまたま奴隷運搬専用の馬車が通りかかったということはないだろう。
「ひとり残らず捕まっているというのは不自然な話だ。その辺りに見張りがいたとか見張り用の小屋があるなんて話も聞いたことがないしな。何らかの方法で事前に転生するのを察知してるんだろうけど、それは可能なのか?」
「死んでから体を修復して事情を説明して転生させてこの世界に運んでくると、早くても2時間ちょっとはかかる。前の世界での君たちが使ってる時計でね。何らかの方法で事前に察知することはできるかもしれないけど、その方法まではわからないね…」
「どうやって事前に知っているかわからないなら、知られるのを阻止するのは難しそうだな。」
この厳しい異世界でそんなことが可能なのかは私にはわからないが、高難易度すぎる。
「まぁ、簡単な対処法としては、転生してこの世界に現れる場所を変えることだな。あの場所にしか出現させられないってことはあるのか?」
「いや、変更可能だしいくつかそれにふさわしい力場の場所はあるよ。周囲の魔物が弱い街の近くで、人があまり通らない場所にある力場っていう意味で使ってただけだから。」
「ならば、すぐにでも変更すべきだな。ズルトの周辺はやめたほうがいい。それに転生を事前に察知する方法がある以上は変更だけではまたすぐ奴隷狩りが追いかけて場所を変えるだけだから、もう少し踏み込んだ対応が必要だな。」
「踏み込んだというと?」
「転生者を奴隷狩りにさらわれる前に出迎える人間がいるといい。できれば、初期の言語習得と当面の生活方法も込みでな。」
「前にも言ったけど、それを用意するほどの力は僕にはないよ?」
「教会があるじゃないか。この建物から見てもそれなりの組織はあるんだろう? そいつらのとこの偉い人間にちょっと神託でもしてやって、転生者を保護しろといえばいいのさ。偉くなりすぎるのが困るなら夢枕にでも立って伝えればそいつの地位がちょっと強固になるだけで、それほど問題にはならないさ。」
「なるほど…」
少年神は目から鱗が落ちたような感じだ。私なんかと話をしてるくらいだから、宗教の指導者にちょっと声をかけるくらいは難しくないだろう。あとは全部丸投げでいいのだ。
「あと、出現させる場所は一箇所だけにするんじゃなく、分けたほうがいいな。イスラム教系の奴らも居るなら、キリスト教系とイスラム教系で分ける、かな。どちらでもない人はキリスト教系に入れたほうがいいだろうな。そして、街の外でも中でもいいが何もない場所に出現させるんじゃなく、何らかの場を造らせる。そのうえで、常に誰かが見張っておいて転生者を速やかに保護できるようにしておけば、転生させる時にいちいち事前に連絡する必要もない。」
「なるほど、なるほど。いやぁ、流石に君はよく気が付くねぇ。早速、誰に神託を伝えればいいか考えて、すぐにでも用意させるよ…」
神様は感心しきりだった。
「神様、聞きたいことがあるんだが…」
「中島五郎のことかい?」
「知っているのか?」
「君の記憶を見ただけで、リアルタイムで見てたわけじゃない。見てても復活させることはできなかったけどね。僕だって、人の記憶を読むくらいは出来るんだよ。」
今は少年の姿をしていていろいろ残念な場面を見せられているが、それでもやはり神様である。
「この世界で死んだ転生者の魂は元の世界に戻されて、前世の行いにこの世界での行状を加味して評価されて天国か地獄かを決められる。彼は前世ではいろいろ渡り歩いてただけで悪いことはしてないし、この世界でも薬草採取ばかりだったから、もう天国コースに乗って昇天してるよ。前世とこの世界の記憶は、もうリセットされて消えてしまっているけどね。」
「そうか、それを聞いて少し安心したよ。また酷い世界に飛ばされて苦労してたらどうしようかと思ってたんだ。」
「一度転生した人間をもう一度転生させることはできない。魂が削れすぎて耐えられなくなるからね。君ももしこの世界で死んだら前の世界に戻って審判の時だよ。今のところは天国行きだけど、その頃にはどうなっているかな? 僕としては良い行いを続けた上で長生きしてほしいね。」
「ははは、せいぜい頑張って生き延びるよ。わざわざ悪人になる予定も今のところないしね。」
「期待してるよ。そして、また有用な助言をしてくれよ。あと、暖かくて美味しい供物もね。」
少年神は神々しいウィンクを一つして、スゥーっと消えていった。
最後の一言がいかにも残念だったが…。
ゴロウの魂がなんとか救われたこともわかったので、明日の旅の支度の続きをしようと礼拝堂を出ると、そこには豪華な衣服をまとった教会の偉い人と思われる人物が跪いてわたしを待っていた。いないなと思ったら、こっそりと隠れて聞いていたらしい。
「あーーー」
さきほど神様が声をかけすぎるとその人が偉くなるとかなんとか言ってた、あれか?
「聖人様…預言者様…いえ、使徒様でしょうか…」
「ストップ!」
私はそれ以上私の地位が上がって行きそうなのを制した。
「私は聖人でも預言者でも指導者でも使徒でも聖霊でもありません。もちろん、神の子なんかでもない。私は渡部聡士、ただの冒険者です。」
問題が定着する前にさっさと畳み掛けてただの冒険者にしてしまわなければ。跪いてるお偉いさんの手を取って半ば強引にたたせる。あまり宗教と関わりすぎると危険だ。
「はっ、これは名乗りが遅れて申し訳ありません。私はヨハン=ペテルギウス。クリストス教のズルト教会を預かっています。サトシ様はただの冒険者と申されましたが、神のお言葉を聞いていたのですよね?」
教会の責任者と思われるヨハンさんは慌てて名乗ってきたが、私の言葉に混乱している。
「神様とすこし世間話をしていましたが、ただの冒険者です。クリストス教の信者でもありませんし、今後クリストス教に入信して教会で何らかの地位に就く気もありません。それに明日にはズルトの街を出て、王都に向かう予定ですので。」
「はぁ…」
ヨハンさんはまだ混乱から脱していないようだが、状況を理解しようと頭をフル回転させているようだ。
「では、あすの準備があるので、これで失礼します。」
さっさと逃げ出そうと踵を返したが、そうはいかなかった。
「ただの冒険者とおっしゃられるなら、手紙を届けて頂けませんか? 王都の教会本部に至急届けたい手紙があるのです。報酬はお支払いしますし、必要経費も前払いでお支払いしましょう。」
「その後、王都に留まるので、返事を持って戻ってくることはできませんが?」
「もちろん、片道だけで結構です。王都までの乗合馬車の費用も全額用意させていただきますよ。」
さすが教会幹部、見事な機転です。そして、乗合馬車の費用全額負担という言葉に既にぐらついてる私がいる。この雰囲気だと依頼を断ったとしても、何らかの形で追いかけてきそうだしね。
「わかりました。冒険者としての依頼ならお受けしましょう。」
それだけで終わるとはとても思えないが仕方がない。
「では早速手紙を用意しますので、しばらくお待ちください。」
その至急の手紙、至急と言いながらこれから書くんですよね? 私のことを書くんですよね?
完全にロックオンされて巻き込まれてしまった感じだが、全ては神様のせいですよね? 文句を言っても責任はとってくれないでしょうけど…。
手紙を書くために立ち去ろうとしたヨハンさんが、思い出したように振り向いた。
「そういえば、王都には何のためにおいでになるか、お聞きしてもよろしいですか?」
隠すほどのことでもないので私は素直に答えることにする。どうせ隠しても徹底的に調べそうだ。
「王都にあるという魔術師ギルドに行って、魔法を教えてもらおうと思っているんですよ。」
導入部で短く済ませるつもりだったんですが、気付くと十分すぎる長さに…