4-10 瘴気対策
私たちはルルイスの村に来ていた。
最近の作業のローテーション的には昨日に引き続き土木作業の日であったが、作業は休止して一部は移動するものたちの護衛、残りは拠点内の巡回をいつもとは比べ物にならない密度にして実行させた。
移動組の一部はもちろん私とその護衛だが、拠点にいた新規転生者や異教徒、そして勘違い転生者のうちまだ十分な戦闘力を持たないものを強制的に移動させることにした。
十分な戦闘力の基準は、武器を持った状態で一対一でリトルグレイウルフ相手に3分間生き残れるか。
一見厳しいように見えなくもないが、リトルグレイウルフは拠点に来ているクリストス教の騎士見習いやイスラーム教の戦士見習いなら拠点での訓練前でも全員が一対一でも倒せる程度の魔物だ。
そんな弱い魔物相手に、武器を持った状態でしかも生き残ればいいだけなのだからそれほど難しいものではない。
まぁ、この世界には飲んだ瞬間に部位欠損も治ってしまうようなポーションなどないから実際に戦わせて試したりなどはせず、あくまでその位の自信はあるか?と問いかけるだけだが。
別に倒してしまってもいいんだよな?と返して死亡フラグを立てる勘違い者がいたりすると実物をぶつけたくなったりするが、そこは対人の模擬戦で我慢しておく。
この基準を満たせなかったものを移動させる際に、さらに二つのグループに分けた。
一つは、拠点ではないもう少し安全な場所での訓練を受け入れたグループ。
元々ほかの場所である程度訓練してから拠点に来て作業を手伝ってもらうことを推奨していたが、訓練を受け入れる意思はあるものの、ほかの組織やこの異世界のものたちの手を借りたくないものやそう頑なに主張している人たちと行動を共にしたいと希望したものたちも拠点に来てから安全な場所で訓練すればいいかと受け入れていたのだ。
だが拠点が安全でないとなれば、まずは他の場所で最低限の訓練することを徹底させようと決めた。
そして一つは将来的にも戦闘力を持とうとは思わない者たちのグループ。
自分たちはただ平和に生きたいだけで、例え相手が魔物だろうと戦いたくないという主張。
ではなぜこの拠点に来たがったかというと他人のいいなりにはなりたくないから転生者たちだけの村で生活したいんだという。
そう主張する者は異教徒組に多く、彼らの本音はイスラーム教とクリストス教の世話になりたくないというところだろう。
本当に平和に暮らしたいだけならば、現状はクリストス教やイスラーム教のものたちに保護してもらって王都の中で暮らすのが一番安全だ。
特に王都に居を構えているものたちは思想的にも行動的にも比較的穏やかなものだ。
だが彼らの保護を受けないとなると王都は住民税も物価も高いので、財産も手に職もないものたちが暮らすのは大変だ。
より田舎の街、より小さな街、そしてより国境に近い街に行くと税金も物価も安くなるが、それだけ魔物に襲われたり戦争に巻き込まれたりする危険性は高くなる。
前世での日本人はそこを誤解しがちであったが、基本的に安全とはお金のかかるもの。
そして、魔物の脅威や戦争の可能性のあるこの異世界のアブラハム王国はそれが少し顕著でもある。
そんな中で衣食住のうち食と住、そして安全がただである我々の拠点は良い移住先と考えたのだろうが、これが安全が脅かされるとなれば話は別で、たとえ頼りたくない相手でも助けてもらってより安全な場所へ移ることを受け入れたらしい。
そんな戦闘訓練の済んでいない者たちをなぜ拠点で直接受け入れていたかといえば彼らの生活の質を重視したための譲歩であったが、それが可能と考えていたのはしっかりと壁で囲まれた区画の中であればたとえ全員が戦えなくても安全だと考えていたからだ。
だが魔物が壁に囲まれた中でもリポップするとなると話は違う。
戦闘訓練の時でも訓練する人間の数に比べて指導する人間は圧倒的に少ないし、さらに訓練以外の時間となるとさらに配置できる戦闘力のある人間は減り、全員に貼りついて警護することなど不可能だ。
そして今までのところ壁の中で魔物がリポップしたと報告された場所は建物の外であったが、途中経路関係なしに魔物がリポップするとなれば建物の中に直接出現しても不思議ではない。
まずは戦えない者たちを拠点から移動させ、魔物のリポップの原因究明と対策を取ることが最優先であり、それが私の責任であると考えた。
訓練拒否組は王都に送ってその後以前世話になっていた方の教会の保護下に戻ってもらう。
一度は預かったものたちを送り返すことになったのは心苦しいが、自分では保護しきれないものを他人に任せるのは仕方がないことであると思う。
かれらはまずマドゥの街まで護衛付きで送り届け、その後乗合馬車などを使って王都まで戻ってもらう。
何もない荒野を突っ切ったり魔物が出る森の中を通る道などは危険なので護衛が必要だが、主要街道が通っているマドゥの街から王都までならば護衛の必要もないほど安全だ。
再訓練組はまとめてルルイス村に。
以前よりルルイス村で戦闘訓練や言語学習をしているものもいたのでルルイス村の拠点である元治療院では定員オーバーだが、治療院の部屋に定員以上を押し込んだり一部は宿屋を利用してもらうなりしてどうにかやりくりしてもらう。
しばらく新規の受け入れを止めて戦闘訓練が一定以上に達したら森の中の拠点に移していけば、そのうち徐々に混雑は解消していくと思うので、しばらくは我慢しておいてもらいたい。
なお、意外なことにリリアーナが再訓練組にくっついてルルイス村の方に来ていた。
同志だったものたちが魔物に殺されて急にやる気になったのかもしれないが、何ヶ月も前から戦闘訓練をしろと言っても見向きもしなかった人間が片腕になってからはじめて強くなると思っているのだろうか?
この異世界でも片腕でも強い人間はいるが、そういう人たちは基本的に強くなって戦っているうちに片腕を失ってそれでもなお戦い続けてきた人間であり、初めから片腕の人間など強くなる目処がないのでよほどでないかぎり鍛えたりはしない。
また拠点で作業をしてもらっていた雇われの土木作業員と大工には一時マドゥの街に退避してもらった。
私たちが雇ったのは魔物の出る森の中でも平気で請け負ってくれるものたちでリトルグレイウルフ程度は倒せるほど腕っぷしが強いものたちばかりだったようだが、彼らを魔物と戦ってもらうために雇ったわけではない。
彼らは原因が究明され解決されればまた作業に戻ってもらう予定なので、早めに安全に作業できるようにしてしまいたいところだ。
そして二つの移動グループに十分な護衛をつけてもなお、戦闘力のある転生者や騎士見習い、戦士見習いの人間は残っていた。
土木作業などは一時的に全て止めて、彼らには拠点周辺の魔物退治を徹底的に行ってもらった。
拠点周辺は今までも定期的に巡回し魔物を討伐していたが、今回はそれをより広範囲にそして徹底的に行ってもらった。
また同時に壁の中でリポップする魔物についても再調査をしてもらい、どのくらいの強さの魔物がどのくらいの頻度でどの場所に出るかを調査し、その結果を集計して正確なデータにしてもらうように指示している。
そして、私はルルイス村の村長、魔女ルルイスの下へ来ていた。
「急ぎで私と面会したいなんて、なにか問題が起こったのかしら?」
「ええ、実は開拓している村でちょっと重大な問題がおきまして、少し相談に乗ってもらいたくて…」
ルルイスは村長であると同時に真なる魔女の一人であり、そして普段は引きこもっていてあまり人とは合わないので連絡したその日のうちに会ってくれることは珍しい。
普段は弟子の魔女の一人に連絡を入れて取り次いでもらって2,3日後に会わせてもらうか、あらかじめ日付を決めて約束しておく必要がある。
それがすんなりと面会を受け入れてくれたのは、私の要請に危機感を感じさせるものがあったのか、それとも危機が起こる予感でもあったのか…。
まぁ、私もルルイスなら今回の問題の原因を知っているだろうと思ったから、まっすぐここに来たのだが。
「拠点内で魔物による犠牲者を出してしまいました。
弱い魔物だったのに鉢合わせたのが戦えないものたちだったのが原因の一つではありますが、その魔物が外から侵入したのではなく直接壁の中にリポップしたらしいというのです。」
「そう、もう出現してしまったの…。少し想定外の早さね。」
「やはり、魔物がリポップした原因をご存知なんですね?」
「ええ、為政者のなかでは常識なのだけれど、対策をしていない街や村の中では瘴気が集まって魔物がリポップするようになるわ。」
「そうですか…」
以前ルルイスと話した時に瘴気を遮る結界の話をしていたし、他の町でもしっかりとした瘴気対策が施されていた。
そして王都はこれでもかというほど徹底的な瘴気対策が施されているのを見てきたではないか。
それを失念していたのは私の失敗であるとも言える。
「ただ、意地悪で教えなかったわけじゃないのよ?
普通は開拓したての村の場合、森の奥に作っても魔物がリポップし始めるのは一年は経ってからなの。
まだ開拓作業中だというのにリポップし始めるのはいくらなんでも早すぎるわ。」
「それだけ瘴気の濃い森の深いところを選んでしまったということでしょうね。
将来的に村を広げた時のことを考えて、周りに影響を与えない場所と思って深くにしすぎてしまったようです。」
「確かに森の奥深くに村を作ろうとしたのも一つの原因ではありますが、それだけでこんなに早く魔物がりポップするようにはなりません。
木を切り倒さずに小屋だけを建てて森のど真ん中に村落を作ろうとするとかなり早く出現するようになると聞いたことはありますが、しっかり木を切り倒して切り株を掘り起こし土をひっくり返して均しているのですよね?
雇われて開拓に従事している土木作業員の方たちもそのへんは常識なので注意していたと思いますが…」
そう、雇っていた土木作業員たちもかなり森の開拓には慣れていてこれが初めてというわけではないようだったから、どのくらい時間が経てば魔物がリポップし始めるかはそれなりに分かっていたはずだ。
また、私たち転生者ならともかく、この異世界に生まれたものたちならば、多かれ少なかれ瘴気というものの怖さに気をつけていてもいいはず。
「今回の魔物のリポップの原因の一つに、早くから住人を増やしすぎたということもあるかもしれません。
未開の地を切り開くという行為はそれなりの希望を持った人々が従事するのであまり負の感情に囚われたりしませんが、開拓がうまくいっていないようなときには人々の心に不安や不満、徒労感が芽生えて負の感情が増え周囲の瘴気と結びついて開拓途中であっても魔物が魔物がりポップし始めると聞いたことはあります。
サトシさんの開拓は時間こそかかっていますが極めて順調に進んでいますから開拓に進んで従事している人々の負の感情ではなく、嫌々ながら仕方なく開拓に参加している人たちの心の闇が事件の引き金になったのではないでしょうか?」
「そうですね、残念ながらそのようなものたちに心当たりがあります。
私も少しいろいろと急ぎすぎたのでしょうね。
私と似たような立場の不遇なものたちを救済するためと思って、まだ完成もしていない村に多くの人間を詰め込みすぎたのかもしれません。
犠牲者を出してしまってからの反省にはなりますが、少し人を吟味して村に受け入れるようにするべきでしょうね。」
人の負の感情が魔物発生の一端を担っているとすれば、あの犠牲になった勘違い日本人たちもその要素の一つだ。
戦闘訓練も言語学習も開拓作業も受け入れずに農業を行おうとしてうまくいってなかった彼らの心情にはマイナスのものが渦巻いていたであろうし、あの状況では特に最初に犠牲になった男性が強烈に負の感情を溜め込んでいたとしても不思議ではない。
また彼ら以外の勘違い転生者たちや異教徒組も、村の開拓ばかりに注力してなかば彼らを放置していた状況に不満を持っていただろう。
今まで彼らの思いだけに答えてやることはできなかったし、まず開拓を進めて村を完成させることを優先していく上で、まだしばらくはそれ以上のことに手を差し伸べてやる余裕は生まれないだろう。
「コミュニティーの長として、そこに属する人々を選別するのも大事な役目の一つですわ。
短期の滞在ならともかく、長期的に定住するとなればその人物を見極め、特に問題があると判断した人間については追い出すことも長の責任なのです。
同じ殺人においても村の外で行われた殺人と中で行われたものとでは罪の重さが大きく異なりますし、民衆を先導して不安などを増長する行為も反逆罪に準ずる罪として扱われます。
この世界では負の感情そのものが人を殺す凶器になるのですよ。」
そこに住まう人々の感情にも配慮し、コントロールし、それでも改善されないものは排除しなければならないとすれば、この異世界の上に立つものがいかに残酷で冷静でそして非情でなければいけないことか。
私も多くの人間を導こうと思うのならば、覚悟しなければいけない。
「なるほど原因はわかりました。
ですが、魔物がリポップしないようにする対策法はあるのですよね?
極端な者は排除するとしてもすべての民が負の感情を全く持たないようにすることなど不可能ですし、瘴気も放っておけばどんどん流れ込んでくるでしょうし。」
「もちろん、村の中での魔物のリポップを抑える方法はあります。
住人の感情を完全にコントロールすることはできませんが、瘴気が入り込まないようにする魔道具が存在します。
実のところ、もうあなたの村のための魔道具は用意してあるんですよ。
新規に開拓した村の場合、上役に当たる領主や近隣の街や村の長が協力して開村の祝いとして瘴気避けの魔道具を贈ることが慣例となっています。
瘴気避けの魔道具を作るためには核となるある程度の大きさの魔石とそれを加工する錬金術師が必要となりますが、今回は私が安めにサトシさんから譲ってもらったブラックベアの魔石がありますし私自身が加工する技術を持っていますので、近隣の領主と相談して私の方で用意させてもらうことにしてありました。
本来ならば、もう少し村の開拓が進んで一区切りついたところでお祝いとともにお渡しする予定でしたが、魔物が壁の中で出現するようになったとなればそれを待ってもいられません。
近隣の領主たちには私の方から説明しておきましょう。」
「ありがとうございます。
ところで瘴気対策の簡単なものは今まで目にしてきましたが、本格的に瘴気を防ぐ魔道具の話は初めて聞きました。
やはり庶民には秘密にしているものなのでしょうか?」
「えぇ、村や街の長とその幹部にしかその魔道具の存在は教えないようにしているわ。
そして、その魔道具がどこに設置されているかは、その村や街のトップシークレットとして長しか正確な場所を知らないし、その場所はたとえ相手が上役だとしても明かさないことが認められているわ。
瘴気避けの魔道具の設置場所は村の安全のためには秘密にしておかなければいけないのよ。」
それはセキュリティーのためには当然のことだった。
村を害するつもりならば、瘴気避けの魔道具を破壊するなり細工するなりすれば、あとは勝手に魔物が出現して荒らしてくれる。
それを予防するためには魔道具の位置を秘密にする必要があるし、そもそもそんな魔道具が存在し人が住まう領域ならば必ずどこかに設置されているということを知らなければ悪さをしようとも考えない。
「瘴気避け魔道具の設置には、魔道具の扱いに長けた信頼のおける弟子の魔女を派遣しましょう。
設置場所の決め方は教えるので、場所はなるべくあなた一人で決めてください。
設置の際には弟子の魔女に目隠しなどをさせて正確な場所がわからないようにしてくださって構いません。
村の安全のためには取りうる限りのすべての手段を尽くすのが、長としての責任ですよ。」
「ご助力、ご助言感謝します。」
正直、瘴気と魔物のリポップの可能性についてわかっていたならあらかじめ教えてくれよと思っていたが、それを秘密にしていた理由とその対策の準備をしていてくれていたことがわかるとルルイスには感謝しかない。
「ただ、申し訳ないのだけど、急なことなので弟子の魔女を派遣するのに数日は準備が必要になることと瘴気避けの魔道具を設置しても範囲内の瘴気を追い出して安定するまでに少し時間がかかるから、しばらくは魔物への厳重な警戒が必要になるわ。」
「それについては大丈夫です。
一時的に戦闘力のないものは拠点から移動させ、他で再訓練するなり移送するなりすることにしましたから。
今までも弱い魔物しか出ていなかったので魔道具で瘴気が排除されるまではどうにかなるでしょう。
ただ、申し訳ないですが、再訓練組はルルイス村で訓練することになり、今まで以上の人間が滞在することになります。
中には問題のある人間も含まれているので、ルルイス村に迷惑をかけなければ良いのですが…」
私の拠点での問題の一部をルルイス村に押し付ける形になるのを申し訳ないと思ったが、ルルイスはそんなことと鼻で笑い飛ばしてくれた。
「ほほほ、この村の結界は他よりもはるかに強力だから、心配は無用よ。
ちょっとくらい問題のある人間が負の感情を持っていても、そのくらいの瘴気はさっと散らしてしまえるわ。
ただ村の中で事件を起こしたものについては村からは追放するけどね。」
「はい、問題を起こさせないよう注意させます。
今日は色々とありがとうございました。」
私は感謝を込めてルルイスに深く頭を下げた。
「お礼は瘴気避けの魔道具が設置されてからにしてちょうだい。
これでもあなたの同胞に犠牲者が出てしまったことを申し訳なく思っているのだから…」
ルルイスの屋敷を後にした私は、再発防止と速やかな村の完成、そして更なる村の発展を心に誓うのだった。
ただ、そちらを頑張る前に、まずルルイス村に再訓練に来ているものたちの面倒を少し見なくてはいけない。
ルルイスに迷惑をかけないために問題を起こさないようきっちり監視しなければいけないし、弱い魔物にあっさり殺されてしまわないように厳しく指導しなければいけない。
そこは多少嫌われても心を鬼にしなければいけないだろう。
ちなみに、ルルイス村についてきた勘違い転生者のりリリアーナだが、彼女は再訓練のためについてきたのではなく古参のメンバーのうちのひとりであり日本語が理解できるミズキに私の過失を訴え、ともに糾弾してくれるように説得するために来ただけだった。
しかしながらミズキは古参ではあるが私にとって変わるほどの権限を持っているわけではないし、教会や周辺の領主とのパイプがあるわけでもない。
あまり上達しなかったとはいえしっかりと戦闘訓練はこなしていたし、魔物討伐に同行していたことも討伐した魔物の輸送に従事していたこともある。
なにより一度奴隷にされてこの異世界の厳しさを知るとともに、自力で自分の主人だった貴族の元から逃げ出してしばらく潜伏していた強かさも持っている。
甘ったれた考えを持って自分のわがままをただ通そうとするリリアーナに同調するわけもなかった。
ミズキにそっけなく袖にされたリリアーナは再訓練に参加することなくさっさと王都に向かって旅立っていった。
問題児を送り返すことになってしまうが、私はひとつの問題から解放されたとそっと肩の荷を下ろすのであった。




