1-2 冒険者ギルドは?
結局、宿屋も冒険者ギルドも見つけることができず、中央広場のベンチで夜をすごした。
ベンチの上で体育座りのように膝を抱えて丸まっていたために体中に筋肉がこわばっている。今の季節がいつなのかはわからなかったが、あまり寒くなかったのが救いか? だが当然熟睡できるはずもなく、浅い眠りの中で様々な不安ばかりが浮かんでくる。
「ともかく、意志の疎通の方法と生活費を稼ぐ方法を見つけなきゃいけないんだが…」
異邦人を支援してくれる組織はなんだろうと考えれば、まずは冒険者ギルドだ。昨夜は時間が遅すぎたせいで見つからなかっただけかもしれない。門が日没とともに閉まるのなら、外へとくりだす冒険者を相手にするギルドも夜遅くまで空いていなくても不思議ではない。
街は夜明けとともに動き出す。
門の外や門のすぐ内側の兵士の詰所には松明で明かりがあったが、街の中は街灯のたぐいはなく夜は真っ暗だった。ゆえに、暗いうちから出歩くという人がほとんどいないのだろう。そのかわり、明るくなると同時に弾けるように働き始める人達がいる。店を開け商品を並べ始める市場の人々、香ばしい匂いの漂うパン屋、手押し車の中に素焼きの壷のようなものを並べて押していく人夫。
私はその中から冒険者風の人を探していた。
革や金属の鎧を纏い武器を持った、それでいて兵士とは違う人々。門が日没とともに閉まるなら、朝早くに依頼を受けて日没前に帰ってこれるように動き始めるはずだ。
もしかしたら、そういう職業が存在しないのか?と思い始めた頃、やっとそれらしい3人組を見つけた。言葉が通じるかはわからないので、まずはそっと後をつける。行く先に冒険者ギルドがあるはずだ。
だが、三人がたどり着いた建物は、どう見ても冒険者ギルドではなかった。
看板は草の束と瓶。店の雰囲気から言っても、薬屋だろうか? これから外に行こうと思うなら薬くらい用意するだろう。
ならば、別の冒険者を見つけなければと急いで広場に戻り、それらしい四人組を追跡する。
今度入っていったのは、肉屋だ。冒険者といえど、腹は減る。当然食料として肉を買うこともあるだろう。ソーセージや干し肉が並べられている店頭で買い求めるのではなく、なぜか店の奥に入っていったが。
その後も、それらしいのを見つけては行先を確認したが、衛兵の詰所であったり武器屋であったり宝石屋であったり服屋であったり…。どうしても、冒険者ギルドに向かう冒険者を見つけられなかった。
ならば、片っ端から建物を確認しようと歩き回ったが、結局それらしい建物は見つからなかった。位置的に領主の館と思われる豪邸があり思ったより人の出入りがあったが、どう見ても冒険者ギルドではない。
「はぁー、まいったね。」
広場のベンチに座り、昼飯にと買った肉の串焼きを齧る。
昨日から何も食べていないなと気付き、無理矢理にでも食料を手に入れようと頑張ったが苦労させられた。まずジェスチャーで買いたいという意志を示すのだが、これは比較的簡単だった。向こうも客に買ってもらうために店を出しているのだし店頭で調理しているようなところはさほど種類があるわけでもないので指差すだけでいい。だが手持ちが銀貨であったことが問題だった。
またボッタくられないように他の客が買う様子を見てからにしたのだが、使われていたのは二種類の大きさの銅貨、そして白っぽい石のようなもので出来た貨幣だった。銀貨で買う客など見つからない。仕方ないと突撃したのだが、銀貨を見せると断られた。
何件かの屋台をめぐりやっと見つけた釣りが出せる店は、しっかりとした大きめの店舗の前で大きめの串焼きを焼いてる店だったのだ。串焼きにしている肉は大きめで一本で充分空腹はしのげそうだったが、それでは申し訳ないと3本も買ったのだ。食べきれない量ではないが、これからの稼ぎがわからない中で満腹になるほど食べている余裕はないはずなんだが…。
「これだけ探してないとなると、やはり冒険者ギルドはないのか…」
食べ終えた串を手の中で弄びながらぼやいていると、ふと一人の男と目があった。革の鎧に身を包みいかにも冒険者という格好の私と同じくらいかやや若いくらいの男。どうやら、私の様子を伺っていたようだが、目があったので意を決して近づいてきた。
「あんた、日本人だよな?」
背筋を電気が走るような衝撃。日本語だった。
「日本語!! そうか、もっと前に転生した日本人がいたのか! そういえば、そんな話もしていたなぁ」
串を放り投げ飛びつくように手を取った私に、その男は目を白黒させていた。
「言葉も通じなくて困っていたところなんだ。くぅ、地獄に仏だよ。そう、私は日本人だよ!」
ぶんぶんと手を掴んで上下に振る私に、男は困った顔をしていた。
「やはりそうなんじゃないかと思っていたんだが。この世界のものではない服装に、漢字の書かれたビニール袋。そうかと思って様子を見ていたら日本語のつぶやきも聞こえたからな。」
そういう男の服装はどこから見てもこの世界のものだった。使い込まれたと言えば聞こえはいいが、ややくたびれた感じで少し汚れていた。
「とにかく何もかもがわからなくて困っていたところなんだ。いろいろ教えてくれないだろうか?」
「そうだな、少しくらいはいいだろうか。まずは落ち着いて話せる場所に行こうか。」
男は広場に面した一つの建物へと向かう。看板から言って酒場だろうか? 私は素直に男について酒場に入り、奥の方のテーブルに向かい合うように座った。
「俺は中島五郎。3年ほど前に転生した。」
「私は渡部聡士。昨日転生したばかりでね。」
男と握手を交わす。
『エールを二つくれ。』
五郎は店員にこの世界の言葉で何かを伝えた。
「さすがに、この世界の言葉が話せるんだな…」
「そりゃ、3年もたってるからね。日本語の方を忘れているんじゃないかと思っていたが、こうして話してみると意外にスムーズに言葉が出てくるもんだな…」
五郎は苦笑いを浮かべる。ほどなくして店員がジョッキを二つ持ってきた。さきほど頼んでいたものだろう。
「久しぶりに出会った同胞に。」
「クソッタレな神様に。」
ジョッキを軽くぶつけ、一口すする。ぬるい気の抜けたビールのような味だ。アルコールも弱く、さきほど店員に渡していた石貨からもわかるような安酒だった。
「さて、聞きたいことはいろいろあるんだが、わからないことが多すぎてね。」
「そうだな、俺も基本的なことくらいは教えてやれるが…正直、この世界はないものが多すぎてね。」
「やはり、冒険者ギルド的なものはないのか?」
「日本人が想像するような冒険者ギルドなら、少なくともこの国にはないな。」
「そうか、ないのか…」
まだまだ前途は多難のようだ。
「冒険者という職業は存在するし、現に俺も冒険者だ。」
五郎はちびちびとエールを舐めながら、説明を始めた。
「この世界には魔物がいるし、討伐すれば報奨金が入り素材も売れる。だが、それらを取りまとめているギルドのようなものはないんだ。」
「討伐の報酬は誰が出すんだ?」
「この街の領主だ。この街はズルトというんだが、領主のとこでこの街の住人として登録し、衛兵の詰所に
討伐部位を持っていくと、その脅威度に応じた報奨金をくれる。ただ、この街の周囲には大した魔物がいないこともあって、倒せる魔物ではしけた額しか払ってくれないがな。」
五郎のくたびれた格好とゆっくりとしたエールの飲み方が、景気の悪さを物語っているようだった。
「たまに出る大物だと少しは高くなるんだが、普段遭遇する魔物はどれも安くて討伐報酬だけではとてもじゃないが食っていけない。そこで素材の採取となるんだが、闇雲に集めてもだぶついてるものは安く買い叩かれるだけ。そこで、各店で出してる依頼を受けて、不足している素材を高めに買い取ってもらうと同時に依頼料を貰うのさ。」
五郎は懐から小さな木の切れ端を取り出した。木には俺には読めないこの世界の文字と何かの植物の絵が書いてあった。
「俺は危険の少ない薬草採取ばかりやってるのさ。もちろん、依頼がでてない薬草も買い取ってくれるが、薬草の買取賃+依頼料でなんとか食っていける程度の稼ぎさ。」
「魔物の討伐はやはり危険なのか?」
「そりゃそうさ。魔物は同じ大きさの動物と比べてもはるかに強いし、小さくても大型犬くらいの大きさがあったりするしな。それに何より、この世界には傷があっという間に治るようなポーションはないんだ。自然治癒を高めるような魔法はどこかにあるという話だが、それでも欠損部位は元に戻らない。腕を食いちぎられたら、一生そのままだぜ?」
五郎の脅すような低い声に背筋が凍る。見たところ五郎には欠けた指や大きな傷はないようだが、それも安全な稼ぎ方で細々と生きてるおかげなのだろう。こんな世界で不具になったら生きていける気がしない。私も慎重に安全な依頼をこなして生きていくべきだろうか?
「魔法はあるんだな?」
「ああ、一応な。」
そこは異世界というべきだろうか。
「だが、冒険者としては滅多にお目にかからない。俺も国が募集した大規模な討伐についていった時に何度か目にした程度さ。魔法を使える人間は少ないから、国が囲い込んでたり貴族たちに召し抱えられていたりな。」
ふむ、魔法があるなら少しは希望があるのか? だが、習得するのも大変そうだな…。それよりも…。
「この世界にレベルなんてものはねぇぞ。スキルやギフトなんてのもな。どこかの国にスキルっぽいものがあるという噂は聞いたことがあるが、少なくともこの国にはない。ゲームじゃねぇんだからな。」
今までの厳しさからそんな気はしていたが、やはりこうはっきり言われるとがっかりする。そんな簡単にイージーモードにはならないか…。
「ってことは、言葉は…」
「コツコツ覚えるしかねぇ。しかも、国が違うと言葉も違う。他国は違う世界から転生してきてるって話もあるしな。」
「そうかぁ、やっぱりそうなるよなぁ…」
言語スキルを覚えたら一瞬で外国語が話せるようになったりとかはしないのだ。魔法で言葉を翻訳というのもないだろう。
「アラビア語やラテン語は話せたりしないか? 以前に転生してきた連中で中東や中世ヨーロッパから来た連中が多少のコミュニティーを作ってるらしいんだが。」
「いや、基本的には日本語だけ。英語でなんとか片言で最低限の表現ができるか?ってくらいだ。」
「そうか。近年、英語圏の人間も何人か転生してるらしいって噂を聞くが、コミュニティーを形成するほど集まっていないようだしな。となると、俺が教えるってことになるんだが…」
五郎は困ったように私を見つめる。私もほかに頼る人間はいないとはいえ、五郎はどう見てもギリギリの生活をしているように見える。こんな足でまといのおっさんに教える余裕はないのかもしれないが…。
ふいに、五郎が私が持っていたビニール袋を指さした。
「初めて見かけた時からずっと気になっていたんだが、その袋、何が入っているんだ?」
「え? ただの漫画だけど…」
突然の質問に戸惑ったように返した言葉に、五郎は目を輝かせてぐいっと前のめりに身を乗り出した。すごい食いつきようだ。
「ちょっと見せてはくれないか?」
「あ、あぁ、いいけど、ただの少年漫画の新刊で、続きものだからこれの前がないとさっぱりわからないぞ?」
「それでも十分さ。元の世界のものなんて久しく拝んでないからな。ただの少年漫画でも、お宝さ…」
「まぁ、いいけど…」
私が漫画を一冊取り出し、ビニールを剥がそうとしたところで待ったがかかった。
「まて! 慎重に、丁寧に剥がすんだ。この世界にビニールなんてないんだからな。」
私はその五郎の大げさな態度を訝しく思いながら慎重に剥がし、漫画を五郎に手渡した。
五郎は恭しく漫画を受け取ると、食い入るように無言で読み始めた。
そのあまりに真剣な眼差しに口を挟むこともできず、数冊の漫画を一気に読み終わりゆっくりと本を閉じながら目尻に涙を浮かべる五郎を見つめていた。漫画自体は涙を浮かべるような感動的な部分ではなかった気がしたんだが…。
「この本を俺にくれないか? そのかわり、お前を弟子にしよう。報酬から俺の取り分を多くもらうが、この国の言葉に加えて冒険者の基本を覚えるまでしっかり教えてやろう。」
五郎の突然に申し出に少し戸惑ったが、元よりほかに選択肢はない。言葉がわからないままならばどうにもならないし一から覚えるのならそれなりの時間がかかるだろう。右も左もわからない状態なのだから、多少上前をはねられても仕方のないことだ。
「よろしくお願いする。いろいろ迷惑をかけるだろうが漫画くらいで教えてくれるならおお助かりだ。」
私はがっちりと五郎と握手を交わし、五郎の弟子になった。
ちなみに、この世界では紙の本は貴重品であり、この世界の日本語も読めない住人にこの漫画がとんでもない高値で売れることを知るのはだいぶ先の話である。
ちなみに、五郎くんは架空の人物です。今後もう少し条件を絞るような話が出てきますが、誰かをモデルにしたわけじゃありません。ま、こんな小説に実在する人物を引用しちゃダメですけどね。