3-4 増員
「また新しい奴隷が必要になったら、いつでも店においでください。怪我をしてない健康なのも揃ってますし、女の方もおりますので。」
奴隷商人は私がクリストス教会と関係があると分かると、値切られたことも忘れて随分と態度が柔らかくなった。まぁ、私も無茶が過ぎるほどの値切りではないと思っているが。
ただ、是非と言われて少し見せられた奴隷たちは、健康な働き手でも怪我した二人の数倍、女奴隷になるとその年齢や容姿によって幅があるといっても一桁以上違う値段になっていた。そう考えると、転生した二人が怪我していたおかげで安かったのは助かった話だ。
正直なところ、私はすべての奴隷を開放しなければいけないと張り切っているわけではない。奴隷となったものたちはその経緯も様々であろうし、また将来に望むものも様々だろう。
ただ、ごく最近に転生した者たちは力ずくで捕えられ無理矢理奴隷にされた者たちだ。奴隷制のない世界からきた者たちは自分が奴隷であることは受け入れがたいであろうし、奴隷から解放されたあと自分の力でどうやって生きていくかを考えられる力があるはずだ。
だから、奴隷となった転生者を自分の力の及ぶ範囲でどうにかしたいと望むだけだ。まだ私の力など大銀貨二枚程度でしかないが…。
「さて、まずは治療をしないとな。」
奴隷商人の小間使いに二人を教会の治療院まで運んでもらったはいいが、少し値段が高いと言っていたこともあって周囲に他の奴隷の怪我人はいない。というよりも、マイルズがこちらと示した場所が一般住人や少し裕福なもの向けの建物なのだろう。
「あぁ、いけません! 奴隷の治療はあちらの別の受付です。すぐに移動させてください!」
案の定というか、受け付けを行っていると思われる司祭が慌てて走ってきた。明らかに怪我をしているボロボロの身なりで枷をつけた薄汚れたふたりを連れてきているのだ。奴隷の治療のためにきたことはひと目でわかるだろう。
「やはり、奴隷の治療をしている所に頼むべきじゃないか?」
「いえ、サトシ様。奴隷用の治療院はその治療の質も劣ります。サトシ様の奴隷であるならば、より良い治療を受けるべきです。あなたも神の下僕であるならば、サトシ様の奴隷のために最善を尽くしなさい。」
マイルズは受付の司祭に対し、襟の裏に隠すように付けられているピンバッジを示した。
「ぐ……特命を受けているとは…。しかし、だからといって騎士見習いの方の無理をどこまでも聞くというわけには…。」
受付の司祭は、ご隠居様の印籠にちかいものを見せられながらも、なお悪あがきする悪代官のような反応だ。私はそんな司祭の様子を横目で見ながら、奴隷の二人の枷を外した。両手両足の動きを制限し、走れない暴れないようにするための重く頑丈で窮屈なものだ。
『不自由な思いをさせてすまなかったな。奴隷商人の使いの前で外したくなかったんだ。』
「あなた、なんてことをしてるんですか! こんなところで奴隷の枷を外して、暴れたり逃げ出したりしたらどうするつもりです!」
奴隷の枷を外したことで受付の司祭はまた元気になったようだ。
『私は、渡部サトシ。王都を出るまではまだあなたたちを奴隷として扱わなければいけないことを許して欲しい。まずは、きちんとした治療を受けられるようにしよう。』
『俺はステファン=マクガフィン。元はアメリカ海兵隊の軍曹だったが、今はただの奴隷さ。治療がちゃんと受けられるだけで大助かりだ。そこの坊さんがケツから火を吹いて月までぶっ飛んでいきそうなくらい沸騰してるが、大丈夫かい?』
私は黒人の大男と握手を交わす。やや栄養状態はよくないようだが力仕事をしてきた手のひらは硬く、しっかりとした力強さを伝えてきた。ちなみに、残念だが私には目の前の黒人の顔色がいいかどうかはよくわからない。
『僕は、ジョルジュ=クロービス。フランス陸軍の伍長だったが、ステファンと同じく奴隷生活が長すぎてすっかり忘れかけているよ。僕も治療はありがたいけど、できればまず風呂に入りたいね。』
白人男性は、少し洒落た感じの男前だった。奴隷として汚れ切った体をして少し無精ひげが伸びているために、今はちょっとモテそうにはなかったけれど。
『さて、治療もだけど、体を清潔にして汚れて無い服を着せてやりたいところなんだが…。』
マイルズが必死になだめているが、受付の司祭はすっかり頭にきていて顔を真っ赤にして早口でまくし立てている。治療のためとはいえ奴隷の枷を無防備に外すことは、やはり相当なショックなのだろう。
「サトシ様の望むとおりにしなさい。いや、サトシ様が望む以上の最高の対応を。それが我々クリストス教の教えに従うものたちの義務です。」
「プ、プレイアデス枢機卿猊下! なぜこのような場所に…」
助けは意外な人物からもたらされ、受付の司祭の顔色は真っ赤から一気に真っ青に変化した。
「これはプレイアデス猊下。これから執務室の方にお伺いするところだったのですが、なぜ治療院にお越しに?」
「今日サトシ様がおいでになると聞いていましたが、予定より遅れているのが気になって門番に確認すると治療院に向かったというではありませんか。もしや、サトシ様がお怪我でもなされたのなら一大事と思い、こちらにまいったところです。サトシ様の怪我ではなく、怪我をした奴隷を連れてきただけと聞いて安心いたしました。」
奴隷商人の店によっていたせいもあって、だいぶ予定よりも遅れてしまっているようだった。
「それはご心配をおかけして申し訳ありませんでした。王都に入る門のところで見かけた奴隷が転生者であることに気付いてしまいまして、怪我をしていたこともあって衝動的に購入してしまったのです。」
プレイアデス枢機卿はステファンとジョルジュを目に留め、その体つきと怪我の具合を見てとった。
「なるほど。怪我をしておりますが、二人共しっかりした体つきをしておりますし、治せばよく働いてくれそうですね。」
「猊下、ひとつ誤解して頂きたくないのですが、私は彼らを奴隷として働かせるために買ったのではありません。前世における私の国は奴隷を認めていませんでしたし、彼らの国も同じ。奴隷に準ずる立場のものたちが全くいなかったとは言えませんが、少なくとも先進国で奴隷を認めている国はありませんでした。私としても、この世界で奴隷が認められていても、人を奴隷として物のように扱いたいとは思わないんですよ。
それに彼らは転生者であり、この前対策をとられるまでしばらくの間に奴隷狩りに攫われて無理矢理奴隷にされた者達の一人なんです。
アブラハム王国に転生してきた者たちは、私と同様にあなた方の信仰する神によって異世界よりこの国に導かれたものたちです。特殊な能力もなく特別な使命も与えられてはいないようですが、確かにこのアブラハム王国をよくするためにと送られてきたものたちです。しかし、彼らはけして底辺のただの単純労働力として搾取するためにきたわけではないはずなんですよ。そんな奴隷にされた転生者を一人でもよりよい環境に導くことが、神の望みでもあると思うんですよね。」
「なるほど、サトシ様の深いお考えと慈悲のお心に、感銘を受けます。我々もクリストス教を信仰するものとして、奴隷にされた転生者たちを助けていかなければいけないということですね? 我々の神は人さらいによる奴隷を許していません。転生した者が人さらいによって奴隷になっているのであれば、それは許されないということです。私たちもサトシ様に倣い、奴隷となった転生者を助けることを考えましょう。」
「ですが、あまり性急に奴隷を買い取り開放してはいけませんよ? 私もそのためにわざとまだ奴隷の身分から開放していませんが、転生者を教会が買い集めると知られれば値を釣り上げ、更には自由になっている転生者をまた奴隷にしようとする商人が現れるはずです。そのような事態を引き起こさぬように慎重にお願いします。まず今は、二人の奴隷の治療を。」
「かしこまりました。我々にできる最良のお治療をいたしましょう。」
受付の司祭もプレイアデス猊下の登場から立ち直り、二人の奴隷の治療を受け入れてくれるつもりになったようだった。
「治療に際して、まず体を清潔にし傷口を清潔にし治療を施した後、清潔な包帯で汚れがつかないように傷を保護し清潔な衣服を身につけさせていただきたい。治療において清潔にするということは時に治療薬よりも重要になることがあります。奴隷のための治療院でも、奴隷だから不潔でも良いとするのではなく清潔にすることだけはしていただきたいものです。
ただ、私たちは明日には王都をまた離れますがその時に二人は連れて行きます。奴隷としたまま王都をでるので、奴隷として着ていても不自然では無い程度の清潔な衣服にしておいてください。」
「はい、そのように治療し、ご用意させていただきます。」
『話はまとまった感じかい?』
司祭が頭を下げたことで言葉がわからないなりにもステファンにも決着したことがわかったのだろう。
『あぁ、大丈夫。ちゃんと治療を受けられるし、体を清潔にして洗濯された衣服も用意してくれそうだよ。それが風呂なのか体を拭うだけなのかはお任せにしてあるけどね。』
『湯船に浸かりたいとまでは言わないが、せめてシャワーのように洗い流したいものだね。』
『俺なら綺麗な川で水浴びをさせてもらえるだけで満足するがな。しかし、サトシも教会の偉い人に知り合いが居るなんて、随分顔が広いんじゃないのか?』
『ちょっと知り合いに神様が居るってだけさ。ホントは二人も会ってるはずだと思うぞ? 転生するときに光る少年と話をしなかったか?』
『そいえば、そんなクソガキを見た気がするな。怒鳴ったら手を振って消されちまったが。』
『あぁ、確か少年が貴方たちは転生しますか?と聞いてきた気がするな。あれが俺たちを転生させた神様ってやつだったのか…』
ステファンはその粗野な態度であっという間に飛ばされたようだが、ジョルジュは少年神の姿を覚えていたようだ。ただ、やはりあの姿は少し神のイメージとは離れていたようで、気付いてなかったらしい。
『くそ、あのいかれ坊主神め! 今度会ったら俺たちを奴隷にしたことをとっちめてやる!』
『おいおい、クリストス教の本部の中で神を冒涜する発言はやめてくれよ? 周り中クリストス教の信者だらけなんだし、下手すると神様本人にも聞こえてて天罰が降るかも知れないぞ?』
『おい、ステファン、天罰を受けるなら一人で受けてくれよ? やっと光明が差して人間らしい生活と風呂にありつけそうなのに、天罰でまたどこかに飛ばされたらたまらないからな。』
『ケッ、天罰が怖くて、糞ができるかってんだ。』
『『ハハハハ』』
ステファンの態度はほんとに天罰を喰らいそうだったが、これがアメリカ人ってものだよなと少しおかしくそして懐かしく感じた。
『さて、私は君たちが治療を受けてる間に本来の用事を済ませてくるから、また後で会おう。明日の朝に王都を出て私が拠点にしている村に向かうから、そのつもりでいてくれ。』
『あぁ、了解だ。』
「さて、プレイアデス猊下。本来の用向きを済ませましょう。」
「では、私の執務室へ。例の人物もそこで待っていてもらっています。」
ステファンたちを治療院に任せ、私たちは本部建屋のプレイアデス枢機卿の執務室へ。
「こちらがマリアンヌ。昔に転生してきて今はアブラハム王国の言葉に馴染んでいるものだ。『英語』とかいう言葉を話せるらしい。」
「はじめまして、サトシ様。マリアンヌ=オーツでございます。ウェールズ出身で『英語』と『ウェールズ語』を話せます。ただの田舎の教会の料理人、いえ、食堂のおばちゃんですが、サトシ様のお役に立てるよう精一杯頑張ります。」
マリアンヌは50近い恰幅のいい中年女性だった。ま、正直に言うと樽のような体格の完全なおばちゃんだった。まぁ、条件的に年をとってることが前提だから、このくらいの健康そうな方がいい。
「はじめまして、マリアンヌさん。この度は無理を言って申し訳ありません。私はただの冒険者に過ぎませんので、あまりかしこまらないようにお願いします。そうですね…」
『転生したのはだいぶ昔とのことですが、英語の方は大丈夫ですか?』
『問題ありません。転生は22年ほど前のことになりますが、意外にしっかりと英語は覚えていたものです。最近、英語を話す転生者の世話を少しさせていただいて、すっかり思い出しましたとも。』
マリアンヌの英語は少しなまっているようだったが、私はその訛りを指摘できるほどは英語に詳しくはなかった。だが会話はスムーズで問題は感じられなかった。
「本来はルルイスの村で待っている一人の転生者の言語教育を手伝ってもらおうと思って探していたのですが、今日さらに二人英語は話せる転生者を拾いましたのでとても助かります。」
「しかし、私はただの食堂のおばちゃんなので、日常会話しかわかりませんよ? 冒険者さんの専門用語はさっぱりですが?」
「それで問題ありません。日常会話ができれば、あとはなんとか専門用語などは人に訪ねることができるようになりますからね。あとは、言語教育以外に出来ることを手伝っていただければ、助かります。」
「そうなると、あとは料理くらいだけど…」
「そうですね、そろそろ人数も増えてくるようですし、借家でも借りなければいけないかな?と思っています。そうなったときは、食事の方の世話もお願いしようと思います。」
「それなら任せておくれ。料理の方は自信があるんだよ。ただ、転生した連中に私の生まれ故郷の郷土料理を振舞うとなぜか不評なのが納得行ってないけどね。」
「あー、イギリスの郷土料理は私も少し遠慮したいかな…」
少し偏見かもしれないが、イギリスの料理人は最悪だと聞いたことがある…。
「それとサトシ様。これが護衛の補助を努めます騎士見習いの者達です。」
「アラン=マーズです。盾と片手剣を得意としております。」
「ブライアン=マーキュリーです。私は長弓を得手としております。後ろからの援護はお任せ下さい。」
二人の若者が前に進み出て私の前で跪き、挨拶をした。年はマイルズとほぼ同じくらい。アランは赤毛、ブライアンはやや色の濃い金髪で、二人共なかなかのイケメンである。教会の騎士見習いはルックスで選んでるんじゃなかろうか?と思うくらいである。
「ご要望のとおり、若くまだ目立ってはおらず、そして神聖術を既に使えるものたちです。」
「ありがとうございます、プレイアデス猊下。このような前途有望な者たちを私の護衛として使わせていただいて、恐縮です。マイルズはとても優秀ですが、やはり一人で四六時中私とともにいるとなると負担になることも出てきましょう。この二人がその負担を軽減してくれることを期待します。」
マイルズは確かに優秀だが、一人だけなのはちときついと考えて、護衛の増員を猊下にお願いしてあった。私では不満ですか?とマイルズは少しすねていたが、けしてマイルズの能力が不足しているのではないと理解してくれた。
まぁ、一人だけなのが負担となるというより、これからイツキのように人数を増やしていくと負担が増えていくということでお願いしたんだが、意外に増えていくペースが速くなりそうだった。
「シリウスもサトシ様の元でさらに腕に磨きをかけ強くなっていると聞き及んでおります。二人も遠慮をなさらずにどんどん使っていただき、マイルズのように鍛えていただきたいものです。」
実際に密偵からの報告にあるマイルズの強さは既に騎士叙勲にも十分なものであったが、プレイアデスは更なる向上を求めて護衛の増員を喜んでいた。
私はこのとき、この流れが教会の騎士団の内の一つ丸ごとを鍛え上げていくまでに膨れ上がっていくことに気付いていなかった。
やっと人数がまともに増え始めたところでホッとしています。
キリスト教においては奴隷制を否定していなかったりします。
また、イスラム教でも奴隷制を否定しておらず、
さらにはムハンマドまで奴隷を持ち、さらに妻にしているとか。
まぁ、成立した年代を考えれば当たり前かも知れないし、
奴隷制が本格的になくなったのは近代のことなんですがね…。




