2-8 新たな力を
見えない手を伸ばして撫でるように、魔力を前方の存在へと飛ばす。この肌触りはグリーンボアだ。もう少し先にある大きめの気配にはまだ届かない。
「手前のグリーンボアに仕掛ける。奥の気配の動きに気をつけてくれ。」
マイルズに小声で指示を出し、自分は気配を薄くしていく。マイルズとのコンビもだいぶ馴染んできて、言葉の行間を読んでくれるようになっている。
気配を消した状態でさらに周囲の空気を歪ませ、私から注意がそれるように変えていく。見えなくなるわけではないが、なぜかそこに居ることに気づかなくなる。音を立てないようにゆっくりと慎重に鞘から長剣を引き抜く。
そして、自分の体に魔力を染みこませていく。踏み込むための足、剣を振るうための両腕、そして全身の体重を乗せるための体幹。それらの筋肉に魔力をなじませ、その力を何倍にも増幅できるようにし、
ザンッ!
一気に踏み込み、グリーンボアの首を切りつける。このボアは気持ち大きめであったが、増幅した筋力を乗せた長剣はその首を一撃で切り落とした。グリーンボアは悲鳴一つ挙げることなく絶命する。魔物といえど、首を落とされれば一撃で屠ることができるのだ。HPが無くならなければ、首がなくても動くなどということはない。
「サトシ様。奥の魔物が来ます。」
血の匂いのせいか、私の気配が悟られたのか、奥の魔物が向かってきた。なかなか速い動き。これはウルフ系か?
「土の槍よ!」
マイルズが土の魔法を使い、4本の岩でできた棘が向かってきた魔物を狙って地面から突き出す。魔術師ギルドの土の中級魔法に相当する土の槍だ。
「ギャン!」
串刺しとはいかなかったがその頭部に痛撃を与え、走り込んできた勢いを殺す。致命傷を狙うというより、まずはその足を止める、いい魔法だ。
向かってきたのはレッドウルフ。ブラックウルフよりさらに一回り大きく、動きはやや遅いがその体躯に見合った攻撃力のあるウルフだ。ルルイスの村で見かけたのは初めてだ。我々はやや離れた位置でレッドウルフの注意を分散させる。レッドウルフは唸りながら我々の動きを警戒する。
「フラッシュ!」
私は光の玉を私たちの死角になる位置に生み出し、弾けさせて一瞬だけ強烈な光を生み出す。それはレッドウルフの網膜を焼き、一時的にその視力を奪う。二人であればこそ、自分たちに影響しないが敵にはよく見える位置で発動させることは容易だ。レッドウルフも目潰しなどというものは初めて受けたのであろう。戸惑い、当てずっぽうで周囲に噛み付き爪を振るう。
「森のモノ達よ、大地をつかむその力にて我が敵をしばれ!」
私は森の木々に呼びかけ、応えたその根がレッドウルフの四肢に絡みつき、地に縛る。抜け出そうともがくが、四本の足全てに木の根が絡みついているため力がほとんど入らない。
「はぁっ!」
マイルズが隙だらけになったその首に長剣を叩きつける。筋力を増強していたがレッドウルフの首は太く、一撃では切り落とせない。
「ギャウ!」
レッドウルフはその痛みにひるんだが、耐えて自分を切りつけたものがいるであろう空間に噛み付く。しかし、マイルズは既にそこから引いており、動きの阻害された状態で繰り出された牙は何も捉えることができなかった。
「もう一丁!」
私はマイルズとは反対になる位置から長剣で切りつける。全身の筋肉を強化するとともに、剣そのものを光で包み込む。威力としては炎で行った方が上だが、素材を傷めないことを考えると光でエンチャントしてやるほうがいい。レッドウルフの首を切り落とすところまではいかなかったが、長剣は骨が見えるほどの深く切り裂き、レッドウルフは息絶えた。私はそのまま心臓を突き刺し、トドメを刺す。
「おっと、生き血生き血っと。」
私は慌てて背嚢から小樽を取り出し、傷口から吹き出るレッドウルフの血を集めた。レッドウルフは初めて狩るが、同じウルフなので生き血も用途があるだろう。本当なら心臓が動いたままで血を抜いたほうが多く取れるだろうが、完全にトドメを刺す前に血を抜くのはやはり危険だろう。まぁ、肉を食べるわけではないから、少しくらい残っていても問題はないはずだ。
「レッドウルフは初めてですね。流石にこれだけ立派な体ですから、手ごわかったです。」
グレイウルフに比べるとということだろうが、私は自分たちがより強くなっていることを実感した。これほどの魔物をたった二人で狩れるようになるとは、ズルトの街にいた頃は思いもしなかった。
私は魔法の詠唱を3種類に使い分けることにした。
ひとつはもちろん、無詠唱。
詠唱時間もなく、口が塞がれていたとしても使用できる。そのイメージによって大きさをある程度コントロールすることもでき、魔術師ギルドの魔法のような魔力のロスもない。しかしながら、イメージの構築に結局時間がかかってしまうという欠点があり、戦闘中はやや使い勝手が悪い。
そこで作り出したのが、ワンフレーズ。
単語一つもしくは短いフレーズとイメージを連動させることにより、戦闘中でも使いやすくした。もちろん、無詠唱でも同じ魔法を使えるが、発動は圧倒的にこの方が早い。イメージとその規模が連動しているためその威力はほぼ固定になってしまうが、逆に言うとあらかじめ効果が分かっていることになる。味方になんの魔法を使ったかわかるというメリットがあるが、それは同時に敵にもどんな攻撃が来るかわかる可能性があるというデメリットでもある。
そして、最後にそれなりの長さがある詠唱。
ただ、これはどこかの魔法の神様にお願いするのではなく、身近な精霊や妖精などに助力を頼む場合に必要になるものだ。魔女が使っていた魔法のいくつかは自分だけでなく周囲の魔力や力を利用するものがあり、そのためには言葉で語りかける必要があった。ただし、その言葉はどこかの魔法王国のものではなく、普段使っている言葉でいい。相手が分かるなら日本語でもいいらしいが、この辺りの精霊は日本語はわからないだろう。
魔女のまじないの種類は多岐に渡っていた。
ちょっとした生活に役に立つ魔法から戦闘にも使えそうなもの、一人では使えない大規模な儀式もあるしなんの役に立つかわからない変なものもある。イボをつけたりとったりする魔法なんて、いたずらや嫌がらせにでも使うのだろうか?
その全てをいきなり全部覚えるなどは不可能なことであり、特に戦闘に役に立ちそうなものから集中的に教えてもらっていた。
特に魔女の魔法で優れているのは、索敵と隠蔽。
失せ物探しから発展したような対象を絞った索敵から、ある程度の範囲のすべての魔力を見る魔法。使い魔を操って離れたところの偵察を行うものもある。どうやらルルイスは小鳥の使い魔を使って私たちをよく観察していたようだ。
隠蔽も、少し輪郭を歪ませ回避しやすくするだけのものや相手の気を惹かなくなるだけもの、そして完全に姿を消してしまうものまで細分化されている。より強力に隠そうとすればそれだけ魔力を消費するため、長時間使用したりほかの魔法のために力を温存するときには、目的を達成するためのより限定された隠蔽を選ぶ必要がある。
そして戦闘用ではないが、結界系の魔法も強力で便利なものが多く伝えられているようだ。
一人も立ち入らせないものから、悪意あるものだけを排除するもの、逆に特定の人物だけを引き寄せる結界など。これは拠点を守るためには必須であるから発展したようだが、うまく使えば野営の際に魔物に襲われなくなるなどの使い方ができそうだった。
また、魔法ではないが薬に関してはさらに膨大な種類がある。
これは教えを乞うているのがミランダを中心にした弟子たちで薬師が多いためではあるが、いままでの薬屋で見てきたものよりも、より細分化されより多様化している。
指の怪我を治す薬、足の疲労を取る薬、毒蜘蛛系の毒によく効く薬、バッドラットの疫病専用の薬など。また一時的に視力を上げるくすりや筋力をあげる薬などもあるし、中には10分間だけ足が速くなるけどその効果後は30分めまいが続くなどのヤバ気な薬もある。
そのあまりの種類の多さに、薬の方にチャレンジするのは断念した。
時間ができたら頑張るよとは言ってあるけど、正直、薬は既製品を買うだけでいいんじゃないか?と思っている。私は魔女になりたいわけではないのだ。
「囁くもの繋ぐもの、我はミランダに語りかける。」
左手の手首につけた蔦のブレスレットに魔力を注ぎ、蔦に宿った精霊にお願いする。程なくさわさわと動く気配があり、ミランダに繋がったのが分かる。
「ミランダ、グリーンボアとレッドウルフを仕留めたんだ。二人で運ぶのはきついから、荷馬車を寄越してくれないか?」
「はいよ。レッドウルフとはまた珍しいものが出たんじゃないか。怪我はしてないかい?」
「かすり傷一つないさ。生き血もとってあるから楽しみにしてくれ。南の森の入り口からしばらく進んだ林道付近で待っているよ。」
ブレスレットに注ぐ魔力を切ると、さて運ぼうかと振り返った。マイルズが運ぶために使う木の棒を既に拾ってきてくれていた。
「筋力を一杯まで増強すれば、一人で一匹運べなくはないですが?」
「いや、やめておこう。魔力を使い切ると、もしもう一匹ウルフ系の魔物が出てきた時、きつい。」
実際のところ、使える魔法の種類は劇的に増えたが、魔力の方は少し使える総量が増えた程度だ。それに私よりマイルズの方が多い。魔物を二匹連続で相手にしたせいでもあるが、私のほうの魔力はもうあまり余裕はなかった。
いま二人でブラックベアを倒せるか?と考えると、恐らく途中で魔力が尽きてしまうだろう。もう少し人数が居るなら、枯れる前に倒し切ることができるかもしれないが…。
レッドウルフは赤というより赤茶色と言える毛皮の持ち主だ。その色合いから質の良し悪しで見た目が大きく変わり、当然値段も大きく変わる。手負いにして何時間も追いかけたりするとボロボロになってブラックウルフの毛皮より価値が下になると聞いていたが、今回は手早く倒したので質はいいはずだ。見る角度によって赤に近くなったり黒に近くなったりとその色合いが変わるのがとても美しい。
ただ、やはり大柄なせいもあって重い。
本当はこの場で解体して毛皮だけにできればいいのだが、素人が手を出すと台無しにしてしまいかねない。ちょっと解体する様子を見学して道具を揃えただけでどんな獲物も解体できるようになるほど、解体というものは簡単ではないのだ。
私とマイルズは筋力強化をかけて持ち上げ、林道へと向かう。筋力強化がなければとてもレッドウルフを二人で運ぶことなどできなかっただろう。
私は、魔術師ギルドの魔法でも魔女のまじないでもない魔法を、いくつか使えるように訓練した。
その中でも汎用性と重要度が高いのが筋力強化だ。手や足だけ部分的に強化することも、全身を強化することもできる。込める魔力の量によってその倍率もある程度操作できるが、やりすぎると体のほうが壊れるので注意だ。また、目や耳などの感覚器を強化することもできそうだが、こちらはまだ練習中。
また体の表面を魔力が覆うように固めて防御に使う方法も編み出した。まずは全身まとめての防御だが、消費が大きいので部分的に守るとか一瞬だけ防御するなどの訓練が必要だ。
それと武器に魔法をまとわせてエンチャントする方法もだいぶ安定してきた。弓矢で矢にかけていたものの延長だが、やや鉄と反発するのでなじませるのに少し訓練が必要だ。もちろん、鉄の武器を持っていると魔法が使えないということはないが、近くで使っていると鉄の方が熱を持つので全身金属鎧を着た状態で魔法を使うのは避けたほうがいい。
「火と光以外のエンチャントもできるようにしないとな。火では素材が痛むし、光はどうも生物型の魔物に効きが悪い。」
レッドウルフを林道のそばに置き、グリーンボアのところに戻る最中に軽く長剣で素振りを行う。
「ですが、光のエンチャントはアンデッドにはとても良く効きますよ?」
「アンデッドを討伐しても美味しくないしな。ゾンビやスケルトンの討伐部位は顎だろ? あんなにかさばる上に臭いそうなものを集めて持ち帰りたくないよ。」
「サトシ様はまだアンデッドに遭遇してないからご存知ないでしょうが、光のエンチャントで倒すと崩れて灰になってしまうのでスケルトンなどでも討伐部位は残りませんよ?」
「え?」
臭う上に討伐部位も残らないんじゃ、最悪じゃないか。この異世界に経験値などはないし腐っているから素材も使い物にならない。殲滅の討伐依頼があれば、達成報酬が出るくらいか?
「それに光のエンチャントは物理攻撃の効かない幽体系にも重要になってきます。もちろん、そいつらには討伐部位も魔石ができるほどの魔素もないんですが、攻撃が通じないとどうしようもありませんからね。」
「なるほどな…」
なるほどと思ったが、そこでひとつ奇妙なことに気付いた。
「マイルズ、光のエンチャントに詳しすぎじゃね?」
「私も前から使えますからね。思えばその神聖術が使えるから、私に魔法の才能があると選ばれたんでしょうね。」
…え? 前から使えた? っていうことは、魔術師ギルドに行く前から魔法が使えたってことか?
「きょ、教会で魔法は教えてないって言ってなかったかな?」
「これは魔法ではありません、神聖術です。才能のある敬虔なクリストス教徒にのみ与えられる、神の奇跡なのです。」
いや、その神も魔法は教えてないって言ってたんだが?
「…他にも神聖術はあるのかな?」
「はい、体を守る術や自らの治癒を早める術もあります。また、複数の人間を守る事ができる盾を作り出す神聖術もありますよ。サトシ様ならその全てを使うこともできるでしょう。」
マイルズは試しにと、3人くらいは十分隠れることができるくらいの光る大きな盾を出して見せた。
「…他に、魔法でも神聖術でもないけど、似たような技はあるのかな?」
「そうですね…この筋力強化などは熟練の騎士やクリストス教徒以外の戦士でも使えるものがいるようです。戦士系の人たちはそれを気功術とか言ってましたね。私はサトシ様にコツを教えていただいて、初めて使えるようになりましたが。」
えー、そこも重要なところでしょう? ってことは、魔術師ギルドと関係ない人間でも結構筋力強化とかは使えるってことですか?
もしかして、神聖術と気功術を知ってれば、あの魔術師ギルドなんかに行く必要はなかったんじゃないですかねぇ…?
恐るべき事実の発覚に崩れ落ちそうになる私の左手首が震えた。私はブレスレットに魔力を込め、通信を受け取れるようにする。
「ごめん、サトシ。子供が熱出しちゃってさ。代わりに旦那が迎えに馬車を走らせるから、もう少し待ってておくれよ」
「了解した。いま林道まで獲物をゆっくり運んでるとこだから、あまり慌てすぎないように言っておいてくれよ。」
私は声音に今の気分が出ないように答えると、魔力を切った。
そう、ミランダは既婚者の上に子供までいた。しかも二人。
旦那は解体屋の実務を担当していて、強面なのであまり客の前には顔を出さない。子供はまだまだ幼く、普段は祖母に世話を頼んでいるらしい。だが熱を出したとなると仕事よりも子供の世話を取りたくなるのが母親というものである。
美人の店員と仲良くなって、キャッキャウフフするルートはとりあえず私にはないようだった…。
作者:ふぅ、やっと第二章終了です。
少年神:待ちくたびれたよ。早くお供えが欲しいな
作:いや、お供えするために章区切ってるんじゃないんですが?
神:でも、そんな頻繁に登場させてくれないじゃないか
作:頻繁に登場させると、別の話になっちゃいますからね。これでも教会頑張りすぎなんですから
神:もっと頑張らせてくれてもいいのよ? その分お供えは弾んでね?
作:えぇー…




