2-7 魔女ルルイス
「わたくしがこの村で村長をしております、ルルイス=グリーンガーデンです。突然お呼び立てして申し訳ありません。」
「私は冒険者をしています、渡部聡士です。サトシとお呼びください。正直、お目にかかるのはもう少し先になるかと思っておりましたが、早くなる分には異存はございません。」
「私はマイルズ=シリウスです。サトシ様の忠実なる剣です。全てはサトシ様の御心のままに。」
私たち三人は自己紹介の後、お互いの出方を伺って身構える。
正確には、マイルズは私の出方を伺っているだけで私に危害が加えられないのならば出しゃばる気はないので、私とルルイスとの間でお互いの様子を伺っているところだが。
我々はミランダに案内されるままに村長の屋敷を訪れ、その書斎で村長であるルルイスと向き合っていた。ミランダはそのまま村長の脇に控えているが、それ以上に警戒しているという雰囲気はない。村長の屋敷に入るときになにかの膜を越えたような感覚があったが、初めに村に入った時の感覚より気持ち強いくらいで強烈な結界というほどでもない。
ルルイスは20代後半くらいの、絶世の美女だった。輝く金髪に不思議な色合いのやや紫がかった青い瞳、整った顔立ちに透き通るような白い肌。魔女というより妖精という外見だろうか?
皺くちゃのおばあさんの魔女という方向でもなく魔法少女という路線ではない、しかし、最近の魔女ものはこういうおねぇさん的な魔女もアリだったかもしれない。惑わす方の、実はトゲのあるバラです的な魔女もあるので、油断はできないが。
「そうですね、身構えていてもしょうがありませんし、率直にお呼びした理由を話しましょう。」
ルルイス村長が切り出した。
「あなた方の正体がさっぱりわからないので、本人に聞いてしまおうと思ったのです。
もしかすると、たまたまこの村に拠点を移しただけの普通の冒険者であるかもしれません。連日魔物を狩ってきて村の安全に貢献し食料を提供し素材をもたらしてくれていることは把握しています。最近数が増え気味で困っていたグレイウルフをどんどん減らしてくれることには感謝していますし、たった二人でほぼ無傷で倒すその強さにも感心致します。
ですが、ただの凄腕の冒険者というだけではないとも見ています。
あなたたちが村の近くで魔法の練習をしていることには気付いています。そして、それが魔術師ギルドが教えている詠唱を用いていないことも。かのギルドが教えている初級魔法は威力に乏しく、中級以上を覚えた魔術師がこのような村を訪れることは滅多にありません。ゆえに、ルルイス村で魔術師ギルドの魔法を使って狩りをする冒険者などいないはずですが、あなた方の用いている魔法はその魔法に近い形。しかしながら魔術師ギルドの初級魔法ではなく、さらにそこから変化させてようとしている。そのような魔法の話、今まで聞いたこともありません。
それに加えてあなたたちを遠巻きに見守るものたちの存在。
初めは何者かに追われているのかと思いましたが、一向に手を出そうともせず、魔物退治をしていても助けるでもなく襲うでもなく。村で何かを探るという動きもなく、こちらから接触しようとすると反撃もせずにただ撤退していく。その身のこなしからすると相当な手練であるのに、ただお二人を監視するためだけに配置されている。よほど地位が高いのか?とも思いましたが、該当するような人物が見当たらない。
ここまで来るともう私たちにはさっぱり分からず、わからないまま悶々としているよりはいっそのこと本人に聞いてしまおうということにしたのです。」
そこまで来ると正体不明なのはわかる。そして、それが私の狙いの一つでもあった。
「私自身はただの冒険者であると思っていますが、いろいろとイレギュラーであることも確かです。
ですが、そうですね…私が何者であるかという話よりも、まず何のためにルルイス村に来たかをお話しましょう。
私は”魔女”を探しに来たんですよ。
どうやら当たりだったようですが、ただ、私は魔女に害になるようなことをするために来たわけではありません。誰かに頼まれて探しに来たわけでも、成敗しに来たわけでもありません。
魔女の魔法を教えて欲しいのです。まじないと言ったほうがいいかもしれませんね
初めは魔術師ギルドに魔法を求めたのですが、ご存知のようですが魔術師ギルドが契約なしに教えるのは残念な初級魔法のみ。中級以上を学ぼうとすれば法外な契約を求められて彼らの望む魔術師になるのみ。
私は強くなるために魔法を望み、魔法が使える冒険者になりたいと思っています。そのための魔法を魔女に求め、魔女を求めてこの村に来たのです。」
それは理路整然とした理由であるように見えて、肝心のピースが抜けているために不可解な理由だった。
「なぜ、魔女なのでしょう? そして魔女の魔法で強くなる必要があるのはなぜ?」
ルルイスもその抜けたピースが気になるようだ。
「そこに私の正体と言っていいものが絡んできます。
私は転生者なのです。
そして、転生したがゆえにこの世界に魔女がいるであろうと予想しました。この世界に転生してくるものたちのそもそもの始まりを考えると、ここには魔女狩りによって犠牲になった人々が送られてきたはずです。その多くは魔女とは関わりもない人々でしょうが、魔女狩りの犠牲者数から考えて本物の魔女が含まれていても不思議ではありません。
魔女が転生した可能性があり、本物の魔女から伝わった魔法なりまじないなりがある可能性が少しでもあるなら、魔女を探そうと思ったのです。」
”転生者”というものにどういう反応を示すかを観察していたが、驚きというよりそれで納得できるというよな表情を浮かべていた。魔女狩りの話もわかっていたようで、むしろマイルズの方が魔女の村があると予想した根拠により驚いていた。
「強くなろうと思ったのも、転生したが故です。
転生している以上、私は一度死んでいます。
それは一瞬の出来事で不可抗力ではありましたが、理不尽に命を奪われることを一度経験しています。そして、転生したこの世界がとても厳しい状況にあると感じています。この世界に来た私を助けてくれた恩人は、私の目の前であっさりと命を落としてしまいました。
このままでは、また私は何もできないまま命を奪われるでしょう。
ですがそれに抗うために力を手に入れようと考え、その力を魔法に求めたのです。前世にいなかった魔物に対抗するためには、前世でなかった魔法であろうと考えました。」
「ですが、魔女のまじないもそれほど強力なものではありませんよ? 魔術師ギルドの上級の者が使うという、軍隊をなぎ払ったり城壁を崩したりするような魔法は私も使えません。」
「それもわかっているつもりです。物語の中の話ですが、魔女というのは直接的なものよりも、人を呪ったり、魔除けを作ったり、失せ物を探したり、姿を変えたり、結界を張ったり、薬を作ったりしていたものです。ミランダさんが薬師であることや村の入り口や屋敷の周りに貼られた結界のようなものから考えて、そのイメージに近い魔法をお使いなんじゃないかと思っていますが? そのような攻撃的ではない便利で役に立つだけのちょっとした魔法が、生き残るのに重要になってくるんですよ。」
「それがわかっているなら、お教えすることもできますが…」
少し悩ましげに考え込んで、そこでふとルルイスはひとつのことが前提として話が進んでいることに気づいた。
「ところで、私が魔女であるということを確信しておいでです?」
「ミランダさんがここに来る途中に言っていました。」
「えぇーー…」
ルルイスがジト目でミランダを振り返る。
「え? 言っちゃダメでした? いや、うちの村長は凄いんだぞってあらかじめ脅しておこうと思って……ごめんなさい。」
ミランダは失敗したとうなだれた。
「ま、あらかじめ私が魔女を探していると言ったことはありませんし、正体不明の相手に対して先にこちらの凄さを印象づけるというのも悪い戦法ではありません。それに、私が元から魔女を探しにここに来ているのでなければ、魔女といっても本物ではなくただの表現だと思うかもしれませんしね。」
実際のところ、魔女のようにずる賢いとか知恵が回るとか信じられないくらい強いという意味で魔女ではない女性をそう呼んだりもする。
「ただ、私としては、元はミランダさんが魔女の可能性があるなと思っていたんですよ。
予定としては、このまま仲良くなって一緒に飲みに行って、何度か飲み行ったところで酔っ払ったところに魔女の話題を振って、ポロっと自白したらそこを突破口に魔女の魔法を教えてもらおうと思っていたんですよ。びっくりするくらい近道してしまいましたけどね。」
そもそも呼び出された時点で村長が魔女であるという可能性を考慮していなかった。村長という地位にいる人間との接点もなかったので、女性であることもルルイスという名前であることも知らなかったが。
「結局のところ、ミランダさんも魔女なんですか?」
そこで一瞬躊躇を見せたが、いまさらと思ったのだろう。
「あたしも魔女の端くれさ。ルルイス様の弟子の一人だけど、残念ながらルルイス様のような”真の魔女”には届かなかった。でも大抵のまじないは使えるし、薬に関しちゃ自信があるよ。」
ミランダはちょっとした自慢をしているが、その中にほんの少し失言が混じっていることに気づいているだろうか? 元から少しうっかりな人なのかも知れない。
「サトシさんならもう気付いているかもしれませんが、ミランダも困った子ですよね。」
「そうですね。ですが、そのことは魔女が実在していること以上に危険なので、注意深く扱うことをおすすめします。ミランダさんへのお仕置きは後でゆっくりしてくださいね。」
「え? お仕置き? あたし、なにかまずいこと言った?」
何が失言であるかは少し難しかっただろうか? マイルズもその本当のマズさに気づいていないようだ。
「他にも魔女の村はあるんですかね? 転生した真の魔女が何人いるかにもよりますが。」
「前世から真の魔女は私以外に4人、来ていたと聞いています。そのうち白魔女が二人、黒魔女が二人。白魔女のうち年老いた一人は薬作りなどをして隠居をしていましたが、もう精霊界へと旅立たれたと聞いています。若かったもう一人はそもそもの原因となった神との関わりを嫌がって国外へと去り、その後の消息はわかりません。黒の魔女の一人は悪魔召喚を、もうひとりは呪殺をやっていたと聞きましたが、この世界には前世での悪魔は存在しませんから力も得られませんし、呪殺などやっていればあっという間に瘴気が溜まります。一時期村を作っていたと聞きましたが、発生した強力な魔物によっていずれも滅びたらしいです。
私の弟子の中で真の魔女に達したものが二人だけおりまして、そのうちのひとりがもっと西の方で小さな村を作ったと聞いています。私のように村長ではなく長老の一人として、村を支えているようですがね。」
「なるほど。」
よくもまぁ、これだけの村を作ったというべきか、その村に幸運にもたどり着けたというべきか。
「さて、改めて魔女のまじないや魔法を教えていただきたいとお願いするところでありますが…」
ちょっと当初考えてた、教えてくれるまで拝み倒すという方法では不十分な気がしてきた。実際、ルルイスの村はかなりの危険性を含んでいる。
「対価として金銭や物品、素材の採取などの協力なども行おうと思っていますが……加えて、村の安全などはいかがでしょうか?」
「村の安全…ですか?」
「私が個人として村の周辺の魔物を狩るという意味ではなく、もっと大きな組織に関わる話です。私を見守り庇護している組織のことですが…」
「実はクリストス教なんですよ。」
ガタッとルルイスが立ち上がりかける。だがすぐに、そう告げる以上はすぐは危険がないと悟る。だが、ミランダはそこまで考えが及ばずに慌てふためく。
「あんた、クリストス教のスパイなのかい?」
魔女であるならば、クリストス教を警戒してしかるべきだろう。キリスト教が少なからず魔女狩りの原因となっている以上は、この世界でクリストス教を警戒すべきだ。それが伝え聞いただけの昔話であろうと直接の体験であろうと、恐怖は時間とともに増幅されて伝わるものだ。
「私はクリストス教のスパイではありません。神のスパイとは言えるかもしれませんがね。
ですがその違いは大きく、私は教会のために自らの意に反した行動は取りませんし、社会の法や世の中の秩序を乱したりはしません。進んで教会の害となることはしませんが、結果として教会の不利益になることも選択することができます。
私を見守っているのは教会に属する間者で、このマイルズは私の護衛にと付けられた騎士見習いではありますが、私自身はクリストス教徒ですらないんですよ。
ただ、神のスパイであるがゆえに私の便宜を教会が全力で払ってくれ、私の希望を叶えてくれるだろうと思っています。少し思い上がりかもしれませんがね。
そして、クリストス教が魔女とこのルルイス村を敵視しないという約束を取り付けられるのではないかと思っているんですよ。」
「クリストス教の約束…」
それは魔女と魔女の村にとってはとても価値のあるものだ。見つからないようにと一生懸命隠しながらもいつか見つかってしまうんじゃないかという恐怖と戦い続けることと、見つかっても大丈夫だという保証があるのとでは安心感が違う。
「たしかに、それが保証されるのならば大きなことだけれど、どうやって証明するのかしら?」
「そうですね、形のある証明は難しいかもしれませんが、クリストス教が魔女を探して滅ぼそうとしていないことは断言できます。実は、この村に向かう前に枢機卿とここが魔女の村なんじゃないか?と推測しているという話はしているんですよ。そのうえで、特にこの村を探るための間者も増員されておらず、教会の兵力がなだれ込んできていないことがひとつの証明と言えます。
実際のところ、教会の方にも魔女狩りが間違った行為だったとは伝わっているようで、魔女が忌むべき存在であるというふうには伝わっていないということなんですよ。ま、手放しに善人であるとも伝わっていないようですが、この村が健全なものであることはわかってくれると思います。」
「そうですか…」
ルルイスはやや迷いがあるようだが、ある程度は信じてくれたようだ。残念ながら、私が神様と仲良しだから、教会も言うこと聞いてくれるんだよと言っても信じてはくれないだろう。
「わかりました。ひとまずはあなたを信じることにいたしましょう。また、魔女の技も問題のないものだけお教えします。」
「それについては多少なりの対価をお支払いします。当面は村にとって脅威になる魔物を積極的に討伐していくところでしょうか。簡単なところはまずミランダさんに教えていただきましょうかね?」
「いろいろあたしがやらかしちゃったようだし、出来る限りのことはするよ。ただし、解体屋と薬屋の方が忙しくない時にしておくれ。」
「もちろんです、無理は言いませんとも。」
「では教会とのこと出来る範囲で宜しくお願いします。」
「こちらこそ、いろいろとご迷惑をおかけします。ミランダさんで手に余るような時はお願いしますね?」
私はルルイスと握手を交わし、とりあえずの約束を取り付けた。急展開ではあったが、満足のいく会談であったと言える。
「「はぁ~~」」
村長の館の書斎で、ルルイスとミランダはため息をついた。
「藪をつついて大蛇を出しちゃった気分だけど、大丈夫だったかね?」
「あなたの失言がなければ、もう少し蛇が小さかったかもしれませんね。ただ、これであの冒険者の正体ははっきりしたと言えます。」
「はっきりしたのかねぇ? あたしはまだあのサトシの底はしれないと思うけど。」
「確かに、ただの冒険者というにも、ただの転生者というにも、言い切れない感じがします。ですが、それほど悪い人間にも思えません。まぁ、ただの勘に過ぎませんがね。」
「あたしもそう思うから、ルルイス様が会うのを反対しなかったんだけどね。それにしても…」
サトシの容姿を思い出しながら、そんなことがあるのだろうか?と考える。
「それにしても、どうしました?」
「教会のじゃなく神のスパイって言ってたけど……それってつまり預言者とか救世主とか言うんじゃないのかい?」
「…あの善良そうな冴えないおじさんがですか? それはないでしょう…」
「そうだよねぇ…」
二人の魔女の悩みはまだしばらく続く。
話の中では、魔女狩りの原因にキリスト教が少なからず関与しているものとしています。
実際にどのくらい関係性があるかは断言できませんが、
うぃきぺの論調は少しキリスト教の責任逃れが強い気がします。
話の中には入れませんでしたが、異端審問によって魔女とされ、火刑にされたジャンヌ=ダルクという有名人がいるんですから。
彼女はフランスのみならずヨーロッパ中で有名だったでしょうから、異端審問によって魔女が火刑になったと印象づけた可能性があるかと思います。




