2-2 王都と教会本部
教会から手紙を預かった翌日、早朝から教会が手配した乗合馬車にて王都に向けて出発した。
そして、その日の夕方陽が沈み始めた頃、門が閉まる前に王都に到着した。
…
……
………あれ? 旅の途中での襲撃やイベント発生や出会いは?
そのような類のものは一切発生せず、門のところで行われていた新規に王都に入る者の身元確認さえ素通りして、乗合馬車は門をくぐった。身分証確認のための順番待ちすら存在しない。
全ては教会が手配した、無茶苦茶高そうな乗合馬車のせいである。
乗客は私も含めて4人いたので乗合馬車であることは確かだったが、とても4人で使うとは思えないほど立派な馬車だった。大きく頑丈な車体、よく効いたサスペンション、そして馬車を引く四頭の馬。それを更に騎乗した4人の冒険者が護衛し、魔物避けの香を炊きながら、結構なハイペースで走らせたのだ。途中で一度、馬替えも行っている。
ズルトから王都までは通常の人だけを乗せる乗合馬車なら二日、荷馬車や徒歩なら3、4日掛かるらしいが、それをたった一日で走破してしまった。そもそも商人たちが頻繁に使う街道、一日で襲撃やイベントが簡単に起こるはずもなかった。
しかし、この乗合馬車、一体いくらするのだろう?
私以外の乗客は、貴族っぽい中年の男性。同じく貴族と思われる二十歳半ば過ぎの妙齢の女性、そして服装は豪華だがあまり品性が感じられない成金っぽい商人。そこに小汚い革鎧に身を包んで武装したままの中年冒険者が入り込んでいるのだ、場違い感が半端ない。現に成金商人が冒険者が中に乗り込んでいることを御者に文句をつけたが、正規の料金を払った身元の確かな人物であると商人を押しとどめていた。残るふたりの乗客からすると、成金商人も十分場違いであったとは思うが…。そういう経緯もあり成金商人が私に友好的であるはずもなく、商人が男性貴族に話しかけてもちらりと見ただけで相手にせず、女性に至っては視線も動かさない空気扱いだった。冒険者の私に出会いがあるはずもない。
乗合馬車は大通りをまっすぐ抜け、南側にある貴族街へと通じる門の前に止まる。王都の南側約3分の1が貴族街として庶民街と内壁で隔てられ、更にその貴族街の中心にさらにもう一枚の壁に囲まれた王城があるそうだ。貴族街に入るのに身元を確認するための衛兵詰所があり、その手前が高級乗合馬車の停留所になっているようで、貴族男性と貴族女性には小型ながら迎えの馬車が待っていた。
「サトシ様、お待ちを。」
成金商人に続いて馬車を降りようとした私を御者が止めた。
「クリストス教のペテルギウス大司教様より、教会本部までお乗せするようにご依頼いただいております。もうしばらく、ご乗車ください。」
クリストス教、私を逃がさない気満々じゃね? まぁ、降りたあとすぐ教会本部探してとっとと手紙を配達するつもりだったけど。
もともと速い乗合馬車はあっという間に私を教会本部まで運んだ。クリストス教の本部は、街の東側の内壁に張り付くように巨大な建物が建てられていた。今は庶民街側を移動してきたが、この大きさだと貴族街にも入口がありそうだ。
ここまで手厚く手配してくれるならただの修道女でも手紙を届けられるよなと思いつつ、手紙を届けるのが私を本部に行かせるただの口実でしかないのはよくわかっている。
依頼された手紙は3通。ただ、その手紙に使われている紙の材質は異なっており、簡単に言うと、並、上、特上と露骨なまでの質の違いがわかる。ただ、並の質の紙であってもたかが一回しか使わない手紙に使うような値段ではない。特上の質の紙など、私の出入りできる店舗ではお目にかかることもできない。手紙は3通とも蜜蝋で封印がなされていた。
「手紙の配達を頼まれたのですが。お取次ぎ願えますか?」
一般参拝者向けの聖堂とは違う、教会関係者のための区画に通じる門の守衛に、訪問の用向きを伝え、手紙三通を示した。紙の手紙を見た瞬間、守衛の動きがピシッと止まった。
「しばらくお待ちください。」
守衛は慌てて引っ込み、すぐさま外来担当と思われる司祭を連れてきた。門のすぐそばに建てられた建物が担当司祭の詰所なのだろう。
「こちらの2通をゴドウィン=プレイアデス様にお届けするように申し付けられています。こちらの一通は外来担当の方宛のようです。」
手紙を示しながら送り先の相手の名前を告げると、担当司祭がピシッと固まった。
「拝見します。」
司祭は並の手紙のみを受け取り、宛先をよく確かめて開封し手紙に目を通す。残り2通も預かってくれると楽だなとは思ったが、こんな重要そうな手紙を受け取るはずもなく、またこの場合はちゃんと本人に渡すのが依頼ってものだよなとは思う。ちなみに、この宛名、名前くらいはわかるがそれ以外はさっぱり読めていない。文字を覚えるところまでまだまだ至っていないのだ。プレイアデスの後ろに役職が書かれているようだが、偉い人なんだろうなくらいしかわからない。
「し、失礼いたしました。どうぞ、こちらにおいでください。」
手紙に目を通した担当司祭の態度が目に見えて変わった。顔面は血の気が引いて真っ青になりながら、腰が引け気味のへりくだった態度で私を案内する。初めに失礼な態度を取らないようにと添えた並の手紙であったようだが、一体どんな書き方をしたのだろう?
「こちらでお待ちください。」
詰所の中で待たされるかと思ったら、いきなり本堂の中の控え室に通された。しかもやたら豪華だ。え? ここってただの控え室ですよね? 作りは控え室っぽいけど、家具が一つ一つ豪華なんですけど。
「どうぞ、プレイアデス枢機卿がお目にかかります。」
しばらく待たされるかと思ったら、速攻迎えが来た。ってか、プレイアデス、枢機卿かよ! 枢機卿が突然の来客にそんなすぐに対応していいのかよ!
「お連れしました。」
「入れ。」
プレイアデス枢機卿はペテルギウスよりもさらに一回りほど豪華な衣装に身を包み、重厚な執務机に座ってさきほど外来担当司祭に渡した並の手紙に訝しげに目を通していた。
「こちらがペテルギウス様よりお預かりした手紙になります。」
「ご苦労。すぐ目を通すので、すこし待っていてくれないか?」
渡して速攻辞去しようとしたが、引き止められた。そのための並の手紙だろうけど。
枢機卿はまず上の手紙から開封し目を通し始めた。
読み進めていくに従って驚きで目を見開き、肩が震え始める。そして読み終えると、次は特上の手紙を開封しようとペーパーナイフを取るが、その手がプルプルと震えている。わかりますよ、なんたって特上の手紙ですからね。その紙の価値を考えると、開封する手も震えるでしょう? もちろん、手が震えているのは特上の紙の価値にビビってではないだろうけど。
特上の手紙のはじめの数行を読んだところで、プレイアデス枢機卿がピシッと石化する。
「おぉ、神よ…」
プレイアデス枢機卿は震えながらも手紙を読み進めていく。私はそこに書かれているであろう内容を思い、オーマイガッと言いたい気分になった。…もちろんその叫びは通じないので言わないけれど。
枢機卿は手紙を読み終えてもあまりのショックにしばらく震えていたが、そこでふと目の前で立ったまま手紙を読み終えるのを待っていた私に気付いた。
「あぁ、なんという…なんというご無礼を。私はゴドウィン=プレイアデス。あなた様の忠実なしもべです。わたくしの数々の無礼をお許しください。」
慌ててプレイアデス枢機卿は私の前に跪き、謝罪のためにこうべを垂れる。ゴドウィン、お前もか…。
「無礼などこれ程もありません。私は渡部聡士、ただの冒険者です、プレイアデス枢機卿猊下。」
私はプレイアデス枢機卿の手を取って立たせる。枢機卿は未だに混乱中だ。
「いや、しかし…」
「私はただの冒険者です、猊下。枢機卿たるあなた様が跪いていい相手ではありません。」
ここからプレイアデス枢機卿に私が冒険者であるという主張に一応でも頷かせるための説得に1時間ちょっとの時間がかかった…。
その日は結局、教会の施設で一泊させてもらった。本当ならさっと手紙を渡して宿を探し夕食を摂るつもりだったのだが、思ったよりも手紙を渡すのに時間が…というより渡した後の説得に時間がかかったからだ。当然のように部屋は貴賓室のように豪華で、夕食もほかの教会幹部と会食させられそうになったのを断って強引に部屋に運んでもらった。これ以上、教会幹部に関わりを持たされてたまるものか。それでも、夕食はこの異世界に来て初めてというほど豪勢なものだったが。
翌朝、朝の支度にメイド役と思われる修道女が3人現れた。いやいや、ただの冒険者の朝の支度に3人もいらないから。ひとりでも持て余すから。
朝食も部屋で取れるようお願いしてあったが、また豪華だった。朝からこんなに食べられないから。ということで、食べきれない一部の日持ちのしそうなパンやハムを布で包んで背嚢に仕舞い込む。いや、このくらいがめつくないと冒険者は生きていけないんだよ?
そして、着替えの段階でさらにひと悶着。枢機卿っぽい服を出されても、私は教会幹部になるわけじゃないから。ならばと出された騎士の正装のような服も、私は聖堂騎士とかになるわけじゃないから。部屋着くらいは多少豪華でも着替えて出て行くんだからと受け入れたが、そんな服装で教会を出て行くわけには行かない。
「古ぼけた革鎧と普通の長剣でも私にとっては大事な装備なんだ。頼むから、返してくれよ。」
必死に頼み込んで、元の装備をやっと取り返した。そんな、私がいじめたみたいに目に涙を貯めて泣きそうな顔をしないでください。そして取り返したハードレザーと長剣は、返す気がなかったようなのに見事なくらいピカピカに手入れされていた。こんなに磨いてどうするつもりだったんです?
「さて、お暇する前に一度話がしたいとプレイアデス枢機卿に言われているんですが、取り次いでもらえますか?」
実は枢機卿は取り次ぐまでもなく扉の外で私の支度が終わるのを待ってた。いつからそこで待ってたんです? 朝食の残りを下げてから? 着替えの件で結構な時間もめてましたよね?
「扉の外に立ちサトシ様の支度が終わるのを待つ時間も、至福の時間でした。」
なんか、プレイアデス枢機卿、キャラが変わってません? いつからMに?
「ともかく、お話をお聞きしましょう。どのような要件です?」
とりあえず私たちは枢機卿の執務室へと移動した。そこには一人の屈強な騎士が控えていた。
「この者を護衛としてお連れいただきたいのです。」
私はその騎士を一瞥し、即座に応えた。
「却下ですね。」
あまりの即答に、枢機卿と騎士はうろたえた。
「いや、ですが…。この者はハンフリー=マーキュリー。由緒正しきマーキュリー伯爵家の次男で、歴戦の聖堂騎士。その武勇は確かでいくつかの戦場で武勲を上げ、王族や貴族、魔術師ギルドの要人にも覚えめでたき立派な人物です。どこが不足なのでしょうか?」
「そうですね…」
私は改めてその経歴と実際の容姿、そしてその存在感を見て考える。
「あくまでマーキュリー卿の能力が護衛として不足しているということではありません。これからの私の行動に連れて行くには向いていないという話です。
まず、その立派な風格と存在感。いかにも騎士ですという人間を護衛として連れていては私が警戒されてしまいます。しかも顔を知られているとなると尚更です。そして年齢。私ですら今から魔術師ギルドに習いに行くには年を食いすぎですが、マーキュリー卿は私より年上ですよね?
それらのことどれ一つをとっても、連れて行くには向いていないんですよ。」
本当は護衛もつけたくはなかったが、この雰囲気では護衛を拒否しても監視をつけられるだろう。そのまま潜伏するならともかく魔術師ギルドに魔法を習いに行くと知られてる以上は、逃れようがない。
「百歩譲って護衛をつけることは受け入れましょう。ですが、なるべく、私の示す条件にあてはまる人物をお願いしたい。」
「その条件とは具体的には?」
「まず平民出身で騎士叙勲を受けていない見習いの者を。貴族や魔術師ギルドの幹部や職員に顔を知られていない人物である必要があります。
また、魔法の才能が少しでもあると思われる者を。私とともに魔法を習って貰おうと思うので、私の才能はともかく、その者の才能がなくて排除されてしまっては共に魔術師ギルドに入ることができません。
そして最後に、若いこと。今から魔法を学ぼうとしても不自然な年齢ではなく、私のようなおっさん冒険者を護衛として連れていてもおかしくない若者を。私のような年齢のものが今から魔法を習おうとするのは不自然なので、護衛として付いていくために無理に魔法を習うと思わせたいのです。」
「なるほど。取り急ぎ条件に合う者を検討しますので、しばしお待ちいただきたい。」
枢機卿は却下された騎士を連れてそそくさと部屋を出ていき、そこから1時間ほど戻ってこなかった。
私は、修道女に出された高級すぎる茶葉で入れた香り立つ紅茶と貴族用に作られたと思われる嗜好を凝らしすぎたお茶菓子を嗜みながら、のんびりと待った。ひと晩かけて検討した護衛の騎士を却下されたのだ。選びなおすのにそれなりの時間はかかる。
そして枢機卿はやや小柄な金髪の少年を連れて戻ってきた。
「この者はマイルズ=シリウス。平民出身の騎士見習いですが、剣の才能は確かで将来は必ず騎士になれると期待されてる逸材です。魔法の才能もあることは確認されています。そして年齢は16。やや目鼻立ちが整っていて人目を引きますが、若いゆえにまだ顔を覚えられてはいないでしょう。」
「マイルズ=シリウスです。お目にかかれて光栄です。」
マイルズ君は突然こんなところに連れてこられて、緊張でカチンコチンになっていた。私に緊張しているのか、枢機卿に緊張しているのかは区別できなかったが。澄んだ青い瞳にサラサラの金髪、整った顔立ちに小柄ながら引き締まった体格。ちょっとイケメンすぎたが、年齢的には問題がないようだ。
「ふむ、彼で問題ないでしょう。これからよろしくお願いしますよ、マイルズ君。」
「はい、よろしくお願いします。これから精一杯務めさせていただきます。」
爽やかな笑顔が、私のようなおっさんには少し眩しすぎた…。
「で、早速なんだが、そのいかにも騎士見習いな服装は困るな。貴族に見える程度の服装でいいが、騎士や教会と関わりがあるのがわからないような服装を。それも態度も少し練習してからでないとぼろが確実に出るだろうな。」
「はい。すぐに改めます。」
「ちなみに、なぜそのような条件を求めるのか、お聞きしてもよろしいですか?」
プレイアデス枢機卿は素直に要望を聞いてくれていたが、疑問を解消しておきたくなったらしい。
「まずは年齢的なもので私が魔術師ギルドに行っても不自然じゃないようにしたかったのはあるんですがね。加えて、ズルトの街で集めた噂ではどうも魔術師ギルドに怪しい点があるように思っているんですよ。そこで魔術師ギルドの目をマイルズ君に向けさせて、私が探りやすいようにしたいと思いましてね。」
「ほほぅ、魔術師ギルドが怪しいと?」
「グレーに近いと思っています。」
そして、私はマイルズに服を代えさせて演技の練習をさせてから、魔術師ギルドの門を叩いた。
そこで見た魔術師ギルドは、グレーなんてものじゃなく、完全にクロだった…。
作:なかなか教会の手の中から脱出できません…(;;
神:もう手遅れなんじゃない?
作:いや、これ完全に君のせいだからね? わかってるよね?
神:わざとじゃないんだけど…
作:でも同じようなこと、何回か繰り返してるんだよね?
神:まあねぇ…




