バレンタインの新解釈
ラブコメを書けない人がラブコメを書こうとした結果。
バレンタインとは、製菓会社が元締めとなって行われる賭博行為である。
参加できるのは女性のみで、毎年2月14日に任意の男性にチョコレートというチップをベットし、翌月14日に「お返し」と称して返還される金品など景品の価値で男性を見る目を競い、勝敗を決める。中には、金品以外に対象の男性そのものを景品とされる場合もあり、人身の取引を問題視されるケースも多い。ただし、中には飴玉だけというケースやそもそも「お返し」がないケース、対象の男性自体が不良品というケースもあり、女性は損をしないため男性への見極めは厳しい。一般的な還元率は300%というとんでもない値だが、元締めである製菓会社がつぶれないことを鑑みると、その出所はおそらく男性であろう。男性は自身の価値が「お返し」にあると騙され、服飾店や不動産屋に赴いたり、自身の一生を捧げたりする。
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「……なんですか、このジョークブログに載ってそうな文章は。」
「バレンタインという、忌まわしい行事の真実だ。」
彼女と彼は学校の教室で、机に向かい合って座っていた。お互い何とも言えない顔つきだ。彼女がそわそわとした感じで「バレンタインですねえ…。」と話を振ったら先の紙切れを渡されたのだ。
「いや、なんでこんな物があるんですか。」
「つい最近、発見されたこの真実を流布するためだ。何枚かコピーしてある。」
彼はそう言うと紙束をカバンから取り出して見せた。パッと見た感じでは100枚くらいはありそうな厚さである。
「君にも配ってもらうぞ。」
「嫌ですよ!こんな妬みと嫉みに塗れた物をばら撒くだなんて!義理チョコをばら撒く方が有意義じゃないですか!……大体、世の女性はこんな気持ちでチョコレートを渡しているわけじゃありませんよ。」
彼女はそう言うと教室の窓を開けて、都合よく中庭にいる二人の女生徒が居る場所を指し示した。
「私のチョコを受け取ってくれるかな?」「大丈夫だよ頑張れ!」みたいなことが聞こえてくる。彼女は「ほらみなさい。微笑ましい。」と微笑みを浮かべている。
しかし、
「いや、あれは言外に別の意図が含まれている。『私のチョコを受け取って(一生を私に捧げて)くれるかな?』とこんな感じだ。」
彼はにべもなく言った。
「黒!そして重!結婚前提でお付き合いしようなんて考える子、今どき居ないですよ!?」
「む、そうかならばこんな感じか。『私のチョコを受け取って(大切な青春時代を私に捧げて)くれるかな?』」
「なんか無駄にリアルな感じになってなくもないですけど、そもそもそこまで考えてませんてば。」
「不毛なやり取りだなあ。」と思いながらも彼女は食い下がり、中庭の別の一角を指し示した。そこにも女生徒が何人かいて話し声が聞こえた。
「3倍返しなんて甘いって!10倍は返してもらわないと!」
「あいつの家、金持ちだからすっごいのくれるよ!」
「マンション狙おうぜ!マンション!」
…………
「アレは無しです。」
彼女はそう言うとそっと窓を閉めた。
「いやまて、あれこそまさに……」
「アレは、無しです。」
彼がすべてを言い切る前に、彼女は強く断言した。
「そ、そもそもさっきの駄文は先輩が考えたんでしょう?わかってますよ。毎年チョコをもらえずに心が荒んでるんですよね?」
場の空気を無理やり変えるように彼女は慈愛のこもった目で見つめながら言った。
「違うぞ。」
しかし、彼から返ってきた言葉は彼女の期待したものとは違っていた。
「え?貰ったことあるんですか?」
「ああ、毎年一定数は貰う。」
驚きと若干の落胆を交えて、彼女は「じゃあ、なぜ……」と呟く。
「賭博行為だと書いてあるだろう。俺にチョコレートをよこす奴らは、こちらが興味もないのに揃いも揃って見返りを期待してくる。それが嫌いなのだ。だから、このビラを配り不届きな連中にわからせるぞ。」
「待ってくださいよ。」
紙束を持って教室を出て行きそうな彼を、彼女は引き留めた。
「動機はわかりました。ですけど、さっきも言った通り、世の女性の全てがそんな気持ちでチョコレートを渡しているわけではないのです。それを証明しますよ。」
「え?さっき失敗してただろう?」
「アレは違います!それに最初のはほとんど先輩の妄想でしょう!」
そう言うと彼女はラッピングされた包みを取り出して彼の前に置いた。
「私からです。今のやり取りでげんなりしましたけど、せっかく持ってきたのであげます。もちろん、見返りなんていりませんよ。どうぞ警戒せずに受け取ってください。」
怫然とした態度で一気にまくし立てると彼女は黙って彼を見つめた。
「ふむ、見返りは求めないのか。……わかった。ありがたく頂こう。」
しげしげと包みを見た後、彼はそれを手に取った。
「どういたしまして。」
変わらぬ態度で話は終わりとばかりに席を立とうとした彼女に
「だが、そうだな。」
彼は少し照れたように笑いながら
「君が負けない程度には善処しよう。」
そう言った。