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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鈴鳴

作者: 綾崎オトイ

設定のゆるい小説です。

しっかりと見返していないのでそのうち付け足しなどをするかもしれません。

誤字脱字等ありましたら教えていただけると嬉しいです。

 この皇国の国主は一年ほど前に玉座を退いた。自らではなく家臣たちの手によって。高位貴族たちの手によって。皇国としての機能を完全に失ったわけではないが、現在は最も力を持っていた公爵が筆頭となり国を動かしている状態だ。元の皇家自体は廃止に追い込まれかけている現状だった。


 なんて背景があっても、皇都から少しだけ外れた位置に住む一般人にとってはあまり関係がない。ただ毎日をいつもと同じように生活するだけ。その話題で世間を騒がせたのも一時のことだった。



 りん、と少し動くたびに手の中の鈴が音をたてる。軽く握っているだけの鈴は澄んだ音で、大きくはないけれどよく反響して鳴り響く。


 一人で住むには広すぎる邸宅は、街の隅、それなりに不便ではない程度の場所にあった。古さは感じない屋敷の中、小さな鈴を片手に、ハルトは頭を抱えて立ち竦んでいた。


「ちっ……、あいつが見つからなきゃ意味がねぇってのに……」


 言ってそのままがしがしと頭をかいた。

 乱れた髪もそのままに一人廊下できょろきょろと辺りを見回してみるも、やはりそこには何もない。飾り気のない廊下が続いているだけだ。

 屋敷の中は一通り探したというのに、ハルトの探し人は見つからなかった。神出鬼没なその生態に慣れたつもりでいたが、用事があるのに見当たらないというのはいささか、というか非常に不便を極める。

 どうしてこんなに扱いがめんどくさいんだ、とハルトは一つため息を零した。


「りおぉー」


 大した期待もなくその名前を口にしてみる。叫ぶわけでもなくただ吐き出しただけの声。散々叫んで探しても見つからなかった探し人はしばらく待ってみても姿を現さない。


(まあ、来るはずねぇか)


 呟いたようなだけの呼びかけで現れるとは思っていない。いつの間にか外出でもしていたのか。神出鬼没はいつものことだ、と諦めて踵を返したときだった。

 ふわり、と背後から腰のあたりを何かに掴まれた。包み込むように回されたそれ。

 急な出来事で何の予測もしていなかったハルトは一瞬思考が停止した。思考回路を繋ぎ、それが腕だと気づくまでに数秒。

 白く細い腕の持ち主は確実につい先ほどまで探していた人物の物で間違いない。

 そもそもこの屋敷にはハルトとこの探し人しか住人はいないのだから。


「っおい! リオ!! 気配消してくんなっていつも言ってんだろ!?」


 振り返ってみれば、華奢な少女が悪びれた様子もなくハルトをにこにこと見上げている。

 柔らかい笑顔を浮かべて首を傾げた少女、リオは“どうしたの?”とでも言っているようでハルトも困ったような呆れたような笑顔を浮かべた。


「探してたんだよ、お前を。ったく見つかりゃしねぇ」


 漸く見つけることのできた探し人の存在を確かめるように、ハルトはリオの頭に優しく手を置いた。そのまま少しだけ雑で、それでも丁寧な仕草でリオの頭を撫でる。


 “ ハ ル ト ”


 リオの口が動いた。

 緩やかに、紡がれた声は音にはならない。音のない声で、それでも確かにハルトの名前を呼んだ。


 ハルトがこの屋敷に住み始めてから一年ほど。この少女リオと出会ったのはつい一か月ほど前。ハルトがリオと出会った時にはすでに、その声は音を持ってはいなかった。

 それに加えてリオは気配が極端に薄かった。否、薄いというよりは無いというほうが正しいかもしれない。それほどまで気配を消すことが上手い。ハルトも武道の経験があるのだが、それでも全く気配を感じることができないほど。

 まるでそれが当たり前のように、息をするように自然にその存在を消してしまうのだ。

 だからこそこうして一度姿を見失ってしまえば探すことは困難。急に現れてはハルトの心臓を脅かしていた。

 名前を知ることができたのは、リオが一通り文字を読むことも書くこともできたからだ。そうでなければ今頃勝手にハルトが名前をつけることになっていただろう。


 ちりん、と再び手の中で鈴が音を立てる。

 手に触れていて少しだけ鈍い響きの鈴が、その存在をハルトの耳に主張した。


 そういえば、とリオを探していた理由を思い出して、手の中から鈴のついた紐を取り出した。りん、と紐の先にぶら下がった鈴が揺れ、リオは目の前で揺らめくそれを不思議そうに眺めた。

 これは何? どうしたの?

 その表情が何も言わずとも語っている。

 リオは声はなく気配もないくせに表情は賑やかでわかりやすい。


「これはお前の首輪代わりだ。音があれば気配がなくてもお前の場所がわかんだろ」


 ただの首輪ではまた気配が消えて終わり。一日中紐で柱につないでおくわけにも自分と結びつけておくわけにもいかない。この鈴はハルトの名案だった。

 自信気に言うハルトと鈴を見ながら一瞬だけきょとんとした表情をしたリオは、そのあと嬉しそうに破顔した。


 “ プレゼント だね? ”


 かろうじて読み取れた口の動きに言葉に詰まる。ひと月の間にこの少女の唇の動きを読み取るのもだいぶ慣れてきた。

 僅かな動揺を隠すように、ハルトはにやりと口角を上げて見せた。


「ああ、俺からのプレゼントだ。お前を逃がさねぇための、な」



「首、は邪魔だよな。腕……、いや、足……、足首なら歩いた時に鳴るか……?」


 唸るようにハルトはリオの全身を眺めた。

 首輪代わりとは言ったものの、流石に人間の首で鈴が鳴るのは煩わしいだろう、つける場所を思案する。


「……うん。やっぱ足、だな」


 うんうん、と一人納得したように頷いたハルトはリオの足元に跪いた。


「ちょっとじっとしてろよ」


 垂れ下がって視界にちらつく自分の長い髪を耳にかけて、ハルトはリオの左足に鈴のついた紐を括り付けた。

 簡単には外れないように、抜け落ちないように、しかしきつくはならない程度に慎重に結ぶ。白くて綺麗な足首に傷跡を残したいわけではない。

 紐も鈴も、水に濡れても問題の無いようなものを選んだから結び目は解けないようにぎゅっと力を入れた。

 器用に巻き付けられた紐についた鈴が、ハルトの手が離れた拍子に音を立てた。


「きつくねぇか?」


 その問いかけにリオがこくりと頷く。

 自分の足首についた鈴を見つめて、左足にかけていた重心を右足に変えてみる。それと同時、わずかな動きに合わせて鈴がりん、と鳴いた。

 満足そうにそれを見守るハルトに、リオは何度か足を動かして鈴を鳴らしてみせる。

 その表情はどことなく嬉しそうで、ひとしきり確かめるように音を鳴らしたリオは満面の笑みでハルトを見上げた。

 その口がまた音にならない言葉を紡ぐ。


 “ありがとう、ハルト”


 踊るようにくるくると回りながら笑うリオに、ハルトも笑った。




 ***


 空が漸く明るみを帯びてきたころ。ベッドの中に自分のものではない温度を感じて、ハルトは目を開けた。

 この屋敷に住み始めた頃には常に気の休まらない、落ち着かない夜を過ごしていたものだが、それもここひと月で毒気を抜かれてしまった、と思う。

 掛布団をゆっくりとめくってみる。


「……いつの間に潜り込んできやがった」


 はぁ、とそこにあった予想通りのものを見て、ハルトは額に手を当ててため息を吐き出した。そこにはすやすやと寝息をたてている同居人、リオの姿。

 猫のように丸まってハルトの腰のあたりに居座っていた。


 この無駄に広い家の中。リオの部屋は別に用意してある。ベッドや毛布なども全て揃っているリオ用の部屋だ。

 しかしここに来た初めのころからリオがその部屋で寝ようとすることはほとんどない。何故か毎回ハルトの部屋についてきていた。

 それなら、と仕方なくハルトの寝室であるこの部屋に、ハルトのベッドの横にリオ用のベッドを新たに用意してみた。しっかりと。


 それなのに、だ。

 隣の、リオのために用意したベッドを横目で見てみても、そこに寝ていた形跡はなく綺麗なままの状態でそこに鎮座していた。

(……寝るときは確かにそこにいたはずなのにこいつ……)

 今日こそはと思っていたが、どうやら始めからそこで寝る気などなかったらしい。と思いつつもハルトはリオを起こすようなことはしない。

 掛布団をまたゆっくりと慎重にかけ直し、自分もできるだけ動かないように注意する。

 その頬に伸ばす手つきは壊れ物を扱うかのように優し気で、なんだかんだ文句を言いつつもその表情は柔らかい。

 ほんの少しリオが身じろぎをすると、ベッドの中で擦れたらしい鈴がりん、と声をあげる。その左足についた小さな鈴がその存在を主張する。


 声も気配もないリオを見つける目印に、と贈ったそれは結果的に役には立たなかった。

 なぜか小さな振動でも音を発するはずの鈴さえも、リオは自らの一部のように音を隠してしまう。鈴ごと気配を消してしまうリオには相変わらず頭を抱えるほか無いが、寝ている今は流石に気を緩ませているのか自然に、いとも簡単にそれは音を鳴らす。

 それがハルトをなんとも複雑な心境にさせた。

 リオを見ている限りわざと、ではないんだろう。気を抜くと気配を消してしまう。そんな感じがした。


 ハルトは理由を聞く気はなかった。ただ訳ありなんだろうと。

 まあそうでなければこんな初対面だった人間に拾われることもないだろうし、訳ありというならハルト自身いろいろと抱えているものもある。

 本人から言うまで何も言わないし、自分も何も言うつもりはない、とその幼さの残る顔をみつめていると、その双眼が静かに開いた。

 宙を彷徨った焦点の合わない瞳がやがてハルト捉える。


 “ ハルト ”


 ふわり、とリオが頬を緩めた。


 “ おはよう ”


 その唇が静かに音のない声を紡いでハルトの腰に手を回してきた。そのまま頭をハルトの腹にぐりぐりと擦り付ける。

 また、りん、と鈴が鳴った。


「ったく。毎度毎度、俺のベッドに潜り込んでくんな」


 くしゃりとその柔らかな銀糸のような髪をかき回して、ハルトはいつものように小言を言う。

 そんなハルトの不満げな声に顔を上げたリオは悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべて。


 “ い や? ”


 そんな言葉を紡ぐ。

 確信犯だろう、なんてことはわかりきっている。リオはすでにハルトの扱い方を覚えてしまった。ハルト自身もそれを理解している。

 だから言い返すことはしない。どうせ良い言葉なんて考えても出てこないのだから。

 ふい、と顔を逸らして、のそりとリオが抱き着いたままの体を起こした。


「……飯にすんぞ」


 頭をがしがしとかきながらぶっきらぼうに言うハルトにリオが音もなく笑った。声にはなっていないけれど、確実にその笑い声は空気を揺らしてハルトに届く。


 “うん”


 笑顔のまま頷いてぎゅっと抱きしめる力を強めたリオに、敵わねぇ、と心の中で呟いてハルトも頬を緩めた。



 常に気配を消して、鈴の音まで消してしまうこの同居人は、たまに思い出したように足首の鈴を嬉しそうに鳴らして遊ぶ。

 ハルトが見つけたいときには音の余韻すら聞くことはできないというのに。

 誰もいない屋敷の中、ハルトの前を楽し気にゆらゆらと歩くリオを見ながら、まあでも悪くはないと思った。振り回されるのもなんだかんだ楽しいとおもう自分がいるのだから。


 さて、朝食は何にするか、と材料を思い出しながら歩く。

 こんな風に二人の時間が続けばいいのに、と淡い期待を持ちながら。

 ずっと目の届くところにその猫のような姿があればいいと願いながら。


 なんて想いもそれも数時間後には打ち砕け、必死に耳を澄ませながらリオを探すハルトの姿があった。いつものようにまた気配もなく現れるリオに驚かされるまであと数分。






左足のアンクレットって、恋人がいる、婚約している、結婚している、という意思表示になるらしいですよ。

誰かの所有物であるという意味があるらしいです(´-`*)

ハルトとリオは無意識で偶然ですが、作者的には少しだけ意識してみました。


ここまで読んでくださりありがとうございました!


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