ウチのタマと異世界召喚
世が荒れ人乱れし時、地獄の底より大魔王現れ世界を闇へと誘うであろう。
闇に飲まれ絶望に啜り泣く世界に一筋の希望の光り差す。希望の名をひかりのたまという。
天空より降り立ちし勇者、ひかりのたまを携え、闇を払い大魔王を打ち倒さん…………
…………………
………………………………
「光野さん! 光野太郎さーん! いい加減出てきて下さい!」
「ふざけんなし! うちの可愛いタマをお前らみたいな馬の骨に渡せるかって―の! いい加減帰れ!」
「なっ!? 馬の骨とは心外な! 私はカヴァロ公爵家次期当主にして、国王陛下より勇者の証を賜りしオッソ・デル・カヴァロですよ! こちらが下手に出ていればつけあがりおって!」
「調子に乗ってんのはてめーだろう! 人ん家のペット誘拐しようとしといて何言ってんだ! このショボ勇者が! 公爵家がなんぼのもんじゃい一昨日きやがれってんだ! くらえサンダーー!」
家の中から唱えた魔法が、玄関先に居る自称次期公爵のヘッポコ勇者に降り注ぐ。魔法など習ってないので良く分からないから適当にイメージして使っているが、そんなのでも少しは形になるらしい。
「ぎゃあああああ! ゆ、勇者の私がこんなボロボロに……グハッ! サンダーなどと言って全然そんな初級魔法ではないぞ! 嘘ばっかりつきやがってこの嘘つきが! 騎兵隊前へ! 魔法師隊は結界の解除だ! 今日という今日は家ごと潰してでも――」
「うるせえ魔法なんてよく知らんから適当に唱えてんだよ! そっちがその気なら、オラオラどんどん行くぞ! ファイヤー! アイスストーム! ダイア――」
「まずい! これは前回のあれか! あのばよなんとかの連発は流石にまずい! 撤退! 撤退だあ! くっそぉまた来るぞぉぉおお!!」
「もう二度と来んな!」
ほんともう来んな。まあ、あんな適当な魔法で逃げ帰っていくような奴らなんて、何度来ようが大したことがない。この前なんて俺が飯屋で便所に入ってる時に団体さんで襲いかかってきたけど、それでもしゃがんだまま蹴散らせたくらいに弱い。あんな連中が倒せる大魔王なんてどこに居るんだか。
「にゃぁ~ん?」
「おータマは今日もピッカピカしてて可愛いなあ。よーしよーし」
「ごろごろごろ な~ん」
かわいい。タマかわいい。こんな可愛いタマを、魔物がうようよひしめく魔界を通り大魔王のとこまで連れて行くとか、血も涙も無いのか。鬼か悪魔か大魔王か。
……俺の名前は光野太郎。この可愛いピカピカ光ってるネコちゃんはうちのコのタマちゃん。
お分かり頂けただろうか? そう、要するに今回闇を払う“ひかりのたま”としてこの世界へ召喚されたのが、うちのペットの光野タマである。名前が似てるからって呼び出すとかふざけんなっつーの。あ、ちなみに俺はついでに呼び出された感じです。そっちもふざけんな。
それと、異世界に召喚されるとチートがつくとかいう話はマジだった。
まず、タマは何やら神聖っぽい光をピカピカ放つようになった。そんなに眩しくはない、癒やされるような優しい光。コレに関してはグッジョブだ。可愛いタマが更に癒やし力をアップして想像を絶する可愛さになってしまった。マジタマかわいい。
俺の方は何か剣と魔法が多少使える様になった程度で、あまり凄い事はない。時々自称勇者だの自称大魔王の部下の四天王だのがウチのタマにちょっかい出しに来るから、勝手に入って来れないように結界張るのと追い払うのにちょっと役立ってるくらいか。マジであいつらウザイわ。いい加減タマの事は諦めろっての。
「ごめんくださーい!ヤマゾンからのお届け物でーす!」
「おっ、来たか」
そうなのだ。今日は通販で買った『幸福の猫じゃらし』が届く日なのだ。よく分からん勇者とかなんとかの相手をしている場合では無いのだ。
それにしても凄いよな。こっちの世界じゃドラゴンが普通に居る癖に、猫は伝説上の生き物なんだってさ。こんなに可愛い生き物が伝説になるのは当たり前っちゃ当たり前なんだけど、実際には居ないとか可哀想な世界だ。……それでなんで猫じゃらしが売ってるのかって? 伝説の猫すらじゃらせるという触れ込みのテイマー御用達アイテムなんだとさ。
そんなこんなで今日はタマと目一杯遊んでやるぜとか考えながら、イソイソと玄関まで小走りしていき結界を解いて扉を開いた。
――ガシッ
扉を少し開けると、どう見ても配達員には見えない怪しげな全身黒尽くめのおっさんが、ドアの隙間に素早く足を挟んでいた。
「グワハハハハ! 油断しおったなバカめ! ヤマゾンからのお届け物なんて持っとらんわ! ワシ! 参・上!」
「はぁぁあ!? ふざけんなテメー誰だこらぁ! 足どけろっての!! 入ってくんな!」
マジであり得ない。さっきまでの俺のソワソワした幸せな気持ちを返せよ。ていうか一体誰なんだよこのおっさん、強盗か? 絶対家には入れないからな。
「グワハハハハハハ! 爪先を入れさえすればこっちのモノよ! あっ痛い痛い! 挟んでるから! ワシの爪先ドアでめっちゃ挟んでるから!」
「うるせえ! 痛いのが嫌ならさっさと足退けて帰りやがれコンチクショウ!」
「あっ後ろに裸の美少女が!」
「えっ?」
「隙ありトゥッ!!」
裸の美少女と言われたのだ。絶対居ないと思ってもつい振り向いてしまった俺を誰も責められないだろう。その一瞬の隙を突いて、おっさんが家に飛び転がってきた。
「あーっ! マジでふざけんなこのクソ野郎! 一体どこのどいつだ! 何しに来やがった!」
「グワハハハハハハ! 良かろう、冥土の土産に教えてやろう。ワシこそは、この世を暗闇に飲み込み絶望を振りまく大魔王じゃあ!」
茶の間で対峙する俺とおっさん。威厳たっぷりに大魔王を名乗り上げるおっさんだが、場所が俺んちの茶の間だけにイマイチしっくり来ない。大魔王ごっこしてる痛々しいおっさんにしか見えない。というかコイツ靴履いたままじゃねーか、マジふざけんな。うちの家は土足厳禁なんですぅー!
「また来たよ自称なんちゃらさんが。大体こんなとこに大魔王とか来るわけ無いじゃん。暇そうな勇者ならいざ知らず」
そんなに大魔王のフットワークが軽かったら世界滅亡待ったなしじゃないか。城とかすぐ攻め落とされそう。
そうこうしている内に、俺のジト目に耐え切れなくなったらしいおっさんが顔を顰めて怒鳴りだした。
「う、うるさいうるさい! うるさいわ! 遂にはワシ自らがこんな場所までわざわざ出向いてきたのは、ワシを倒す為に顕現したというひかりのたまをコナゴナに砕くためだ! あれだけはどうにかして置かないと落ち着いて城に篭ってもおられんのでなぁ!」
「お前マジでいってんの? うちのタマちゃんをコナゴナにするとかマジで言ってんのかこらあぁあ!」
うんコイツぶっ殺そう。自分から大魔王だとか言ってる訳だし、大魔王だと思って倒しちゃいましたでなんとかなるよね。例えならなくてもタマを守る為だったら仕方のない事だ。そう思って剣を構え、魔力を高めながらジリジリとおっさんとの距離を縮めて――
「にゃぁぁあん?」
「あっ、タマ! 駄目だよ出てきちゃ! いま危ないおじさん来てるから! 隠れて! 早く隠れて!!」
急に茶の間に入ってきたタマに気を取られ――そしてその隙を自称大魔王は見逃さなかった。今やタマは完全におっさんの手中にある。俺がたどり着くより先に奴がタマをどうにかする方が早いだろうし、魔法はタマも傷つけてしまうのでダメだ。……打つ手が、無い!
「グワハハハハハ! 残念だがもう手遅れだわい! どうれ今すぐ――」
「くっ、殺すなら俺を殺せぇ! タマには手を出すな!」
駄目だ! やめてくれ! タマを! うちのタマを殺さないでくれえ!
どうにも出来ない俺の頭の中をタマとの思い出が、地球でタマを拾ってからの数々の思い出が走馬灯の様に駆け巡る。学校からの帰り道、雨の中をプルプルしながらヨタヨタ歩いていた子猫のタマを拾ってしまったあの日。内緒で部屋で飼ってるのを見つかって母ちゃんにめちゃくちゃ怒られたあの日。今ではすっかり風呂好きなタマだけど、最初に入れようとした時はミーミー騒いで激しく引っ掻かれたっけ。
――そんな日々が、終わってしまう。………………しかし。
……おかしい。俺はともかく、おっさんまでピクリとも動かなくなった。いや、ピクリ、というかプルプルしてるな? 一体どうしたと言うんだ。
「…………………………可愛い」
「えっ?」
プルプルしながらタマを見つめていた自称大魔王のおっさんが、ボソリとつぶやいた。
「あぁ~癒やされるんじゃあ~。ほれっ! ほれっっ! この喉の下を撫でた時の気持ちよさそうな顔を見んかい! ふぉぉおお可愛い。猫可愛い」
なんだか良く分からないが、おっさんはタマが可愛くて仕方が無くなったらしい。あっちこっちを撫でながらフォー! だのファー! だの騒いでいる。こんな変人まで魅了してしまうタマ……恐ろしい子!
人生最大とも言えるピンチを脱した俺は、冷や汗を拭いようやく落ち着きを取り戻しておっさんとタマを見据える。山場は越えたとはいえ、以前タマはおっさんの手の内にある訳で、どうにか取り戻すまでは終わったことにはならない。
……ん?なんかおっさんの様子がおかしいぞ? タマのピカピカした光に包まれて、まず初めに羽織っていた黒い衣が消え去った。そして続いておっさん自身が、なんか溶けていってるというか? 消えていってるというか? ともかくなんか色々とお見せできない状態になりつつある。
「おっさん何か色々とヤバイ事になってきてるけど大丈夫なの? 死ぬの?」
「ああ~、なんかもうワシも気持よくてどうでも良くなってきたぞ~。ウフフフフフ、タマちゃーんこっちじゃーキャッキャッ」
駄目だこいつ早くなんとかしないと。どうやらタマがどうにかされる事は回避されたみたいだがこのおっさんの方をどうにかしないといけなくなってしまった様だ。
「ほわあああお花畑が見えるう~あっ、あれはうちの死んだ爺さま、おぉーい爺ちゃん久しぶりだなあ~!」
「おいお前マジやばいから! お前みたいなのでもここで死なれると寝覚め悪いから戻ってこい! おい!」
こんなおっさんの地縛霊とかついたらと思うとホント困る。でもこれはもうちょっとどうにもならないですね……だってほらもうなんか見るからに昇天寸前だし。でもこれなら地縛霊にはならないかもしれないな。めっちゃ気持ちよさそうだし天国逝きだろう。
「ワシ、生まれ変わったら猫になりたい……」
そう言い残して自称大魔王の変なおっさんは、迷惑にもうちの茶の間で光に包まれて消えていった。
さようなら自称大魔王。よく分からん奴だったが、猫好きな奴に悪い奴は居ない……と思う。出来ればもっと猫について語り合いたかったものだ。
しみじみとそう思いながら、俺は奴の消えていった虚空を見つめながらタマのお腹を撫でくり回していた。
「ごろごろごろごろ ふにゃぁああん」
かわいい。マジタマかわいい。猫がいれば世界平和余裕だろ。ネコ&ピース!
カッとなってガガガガッと書いた。
今ではスッキリしている。