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imitation illumination

作者: よしだしの

今日も先輩に怒られた。私はどうしてこんなにダメなんだろう。辛いなあ。けど、涙が出てこない。私はいつから泣いていないんだっけ。最後に泣いたのはあの時以来だっけ。でも何で泣いていたのだろう。家に帰るまで結構歩くから思い出してみよう。


私はあの日誕生日プレゼントを持って待ち合わせ場所-公園の時計台の下に向かった。早く会いたい、とドキドキしながら友達を待っていた。約束の時間になっても友達は来なかった。友達が遅れるのはいつものことじゃんと意味もなく自分を励ましながら一時間程待った。それでも誰も来なかった。悲しかった。友達に忘れ去られた気がして、待ち続けた自分が馬鹿な気がして、自分に価値がないような気がして。胸が痛くて苦しくてどうしようもなくて。ただ、泣くことしかできなかった。私が最後に泣いた記憶があるのはこの時だ。三十分程泣いた後、私は友達が学校にいるかもしれないと思って学校に走って向かったんだ。走っているうちに涙は乾いて、悲しいという気持ちより友達に会いたいという気持ちが強くなった。いつもは短いと感じるこの距離がとても遠く感じた。走って五分、学校に着いた。食堂や教室、部室を覗いてみたけど案の定友達はいなかった。きっといつものお気に入りの場所にいるのだろう。友達の指定席、あんまり人が通らないけど優しい光のさすあの場所-私と友達が初めて会ったあの階段だ。初めて会ったときは真面目で堅くて近づきにくそうな人だなと思ったけど、話してみると話しやすい人で安心した記憶がある。橙色の光に包まれた階段の上から二段目に友達は本を片手に寝ていた。いつものように友達の左隣に座る。人の気配に気がついたのか友達が目を覚ます。そして、隣にいる私の顔を見る。友達の動きがとまる。私は笑顔でおはようございますと言った。友達は今にも土下座をしそうな勢いで謝った。待ち合わせまでだいぶ時間があったから本を読み始めたらいつの間にか寝ていたそうだ。その事を聞いて私は安心した。友達が私の事を見捨てた訳ではないと知って。私はそれでも怒ったふりをしてみたら。友達は必死になって私の機嫌をとろうとする。それが面白くって自然と口が緩む。その様子に気がついた友達は謝る事をやめ一緒に笑う。何でもない話をした後、友達に誕生日プレゼントを渡す。友達は今日が自分の誕生日である事を忘れていたらしく、とても喜んでくれた。ありがとうと陽だまりのような笑顔を見せてくれた。この笑顔の為に私は頑張ったんだなと思った。私もとても幸せだった。あれ、なぜだろう。ここから記憶に霧がかかる。この後で思い出せるのは最初にいた公園に戻っていて、一人であの時計台の下で一番星を見ていた事だけ。もう少し歩くと公園の横を通る。久しぶりに寄ってみて、あの時計台の下で同じ事をしてみよう。何か思い出せるかもしれない。日は既に半分ほど沈み三日月はだんだんと輝きを増す。時計台の下に行き私は目を閉じた。ひとつ大きな深呼吸をする。そして上を向きゆっくりと目を開ける。一番星は私の目を奪い、心に光を灯す。どうして、どうして忘れていたんだろう。どうしようもなく大切だった友達-大好きだった彼の事を。一緒に歩いた帰り道、少しでも長く話していたくていつもよりゆっくり歩いた。二人きりでやった勉強会、彼は友達を誘い忘れたと申し訳なさそうだったけど私は彼を独り占めできてすごく嬉しかった。彼の家に遊びに行った時、疲れていたのか途中で眠りはじめたこと、驚いたけどその寝顔も可愛くて堪らなかった。彼の手から紡ぎ出される言葉達。柔らかい笑顔。力強い歌声。全てが輝いて見えた、愛しかった。欲張りな私は彼の一番になりたくなってしまった。あの時私は幸せだった。何でもできると思った。だから、私は言ってしまった。ずっと隠しておこうと思っていた彼への想いを。彼は少し驚いた表情をした。私は恥ずかしすぎて、逃げようと立ち上がった。右手を掴まれた。ダメだってといつも通りの物腰で彼は言った。いつもは見せないような真剣な目で私を見つめる。その場から動く事が出来なくなってしまった。そして、彼は言った。

「俺も好きだけど、俺の好きは付き合いたいとかそういうのではないんで……幸せになってください」

叶うわけないとは分かっていた。彼には私じゃない誰かを好きなことを知っていたから。苦しい。痛い。辛い。呼吸ができない。助けて。そんな気持ちを心に封じ、私は口角を上げる。

「そっかー。わかった。ありがと。あなたこそ幸せになってください。っていうか、幸せにならないと許さないからね」

普段の私が話すように明るく楽しそうに戯けて言った。私達は目を合わせ少し気まずそうに笑った。それからはいつものように一緒に帰った。彼と別れてから私はここに戻ってきて、空を見上げた。一番星だけが輝いていた。そして、星に願った。彼と友達でいる為にこの気持ちを忘れさせてください、この涙も悲しみも全て忘れさせてください。この願いが通じたのかどうかは知らないが、私は今日までこの事を忘れていた。全てを思い出した今、私は子供っぽく泣くことしかできなかった。


星がひとつ地上に降ったとき、私はスーツ姿で私をみる男性と目が合った。泣いている姿を見られてしまった。恥ずかしい。男性がこちらに近づいてくる。なんだか怖い。足が竦んでしまって動けない。声もでない。男性は私の前で立ち止まった。

「久しぶり。何でこんな暗い所に一人でいるんだよ。危ないだろ。高校の時みたいに一緒に帰るか?」三日月がその声の持ち主を照らす。学生の時より少し逞しくなったけど、私が大好きだったあの彼だ。足の力が抜けて地面に座り込んでしまった。視界がまたぼやける。私を心配する彼のあの声が聞こえる。涙をとめようとすればするほどとまらなくなった。突然、右肩が温かくなった。こんな時に何も言わずただ隣にいてくれる所も好きだった。昔と変わらない。その事に安心したのか私は泣くことを止めていた。新しい私になるため、一歩を踏み出す為に私は彼に質問することにした。

「ねえ、あなたは今、幸せですか」

彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、笑って答えた。

「俺は今…」

風が強く吹き、周りの木々を揺らす。私たちは目を合わせて笑った。それから、あの時のように一緒に帰った。一つだけ違う事といえば気持ちだ。そう、幸せになりたいという気持ちだけだ。私は今日から新しい道を進む、あなたと一緒に。もう二度と大切で変わらない想いを忘れない様に。

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