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桜と桃子  作者: 茶瓶
8/9

もう一つの桜桃忌~大庭&桜~

 初めての桜桃忌は、今年と同じように雨だった。例年通りであろう墓参りの人々に加え、黒で身を固めた人々もちらほら見受けられた。大きな荷物を抱えた人はおらず、地元の人が噂を聞いてきたのだろうと思った。親切な人たちだ、とも思った。   

 無関係な人の死に、梅雨の気だるげな朝から弔いの念を捧げる。人の原始からの宗教性を見た気がした。自分の周りにいる人は、つくづく人間らしいというか、ある種の理想を体現していたり、逆に目を背けたくなるような痛々しさを抱えていたりした。それらの鮮やかな、目まぐるしいような生のイメージを、東京でようやく肯定できるようになった。土地が変わっても、人は同じだ、と思えたから客観的になれたのかもしれない。人の優しさだけでなく、弱さも認められるようになった。

 弱さを抱えた人間。弱さのあまり崩れつつある人。埋葬の時に見つけた少女がまさにそうだった。


 半透明な、脆く淡い少女がいた。太宰の墓前。完成された笑顔で一人たたずんでいる。時々右斜め下を見つめ、話しかけているようにも見える。


「あの子は?」と隣にいた自治会長に尋ねた。

「あの子はね、」少しの間、「今日埋められる子のお姉さんらしいよ」雨が降っている。

「地震で大好きだった妹さんを亡くして、更には里親も亡くなったらしくて、大分傷心らしい。被災地(むこう)の施設の人にも、今日は見守ってやってください、と言われているんだ」

 自分の目には、その少女がこの世の何よりも美しく、最上のものに見えた。三十六色のビーズが恵みの雨をまとい、光を乱反射しているようだった。それがこぼれないよう大事に拾い上げたかった。恋愛感情とは全く異なる気持ちで。その瞬間、同時に弱さを受け入れる体制が自分の中に生まれたようにも思えたのだ。

 その少女はそれから毎年その日に姿を現した。自分もまた当然のことながら毎年店を閉めて足を運んだ。月命日(11日だと仮定した)にも足を運び、菊と百合を供えた。妹さんの墓には石は用意されなかったものの、新しい土地が割り当てられた。

 そして今年もその日が来た。それが昨日のことだ。

 その少女はいつもの場所にいた。幸せそうな表情で、またはしばらく目を瞑って。隣にいたはずの誰かのことを思って。

 様子が変わったのは、大人の女性の集団が現れてからだった。彼女らのやや不作法な行動に少女は激昂し、女性たちはおずおずと退散。少女もひどくふさぎ込んでしまい、とぼとぼと歩き去ってしまった。自分の元を通り過ぎる時、何かの歌が切れ切れに聞こえた。余りに部分的で、小声だったため何という歌かはわからなかった。

 ひどく悲しい気持ちになった。日本の梅雨は冷たく大地を濡らす。今日もそうだ。


 男性は少女のことをほとんど知らず、少女は誰にも自分のことを知られたくなかった。


 店に戻っても悲しみは拭えなかった。地球の核にまで染み込むようだった。


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