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桜と桃子  作者: 茶瓶
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桜の樹の下には太宰が埋まっている~桜&桃子~

 桜の樹の下にはね、死体が埋まっているんだよ」と桃子が言った。冗談を言おうとしたのか、真面目な話なのか。桜は判断しかねた。なぜ太宰の墓の近くで梶井基次郎の話を持ち出すのだろうか。そう考えるとやはり冗談な気がするのだった。

「どういうこと?」桜は尋ねる。桃子は「本当の話だよ。太宰のお墓は桜の樹の下にあるんだよ」と答えた。

 

 それは半ば本当のことだ。厳密には真下ではないが、下と呼んでも差し支えない位置に存在している。既に多くの人が来ていて、佐藤錦が3パックと、数多のヱビスビール、サッポロビール、名も知らぬ焼酎、菊の花に百合の花、色とりどりの花々が供えられている。それらを見て少女たちは自分たちと同じ思想、嗜好を持っている人がいるのを実感する。喜びの一方で、本当に太宰が好きなら、心から理解しているなら、逆にその人たちとは理解し合えないのではないかとも考える。晩年の太宰を支配した観念、『人間失格』で描かれた人のことを理解し得ない、信頼できない恐怖が二人を支配している。結局の所、二人が真に理解できていると思っているのは、その二人の関係間のみだったのだ。他者の立ち入る隙のない、完成された世界。それが桜に課せられた宿命だった。二人はまさに『さくらんぼ』同然なのだった。

 二人がさくらんぼのパックを供え、深く追悼の念を込め、手を合わせ終えると、入口の方から中年女性の集団がやってくる。昔は女生徒だった彼女らも、年老いると厚かましくなり、「恋と革命」のために生きた時代を忘れつつある。墓を見つめ沈思黙考していた二人も意に介せず歩いてくる。そして手を合わせるよりも前に墓石を撮影し、その後は記念の全体写真まで取り始めた。しかも撮影者は他家の墓へ侵入している。

 

この人たちは墓参りをなんだと思っているのか。桜は激怒した。

「太宰をなんだと思ってるんですか。客寄せパンダですか。ここはお墓です。供養する場所じゃないんですか」

 その場の全員が凍り付くほど低い声が発せられた。桃子も驚いているようで、たじろいで一歩引き下がる。

 中年女性の集団は、顔から血の引けたような顔ですり足で一歩、二歩と後退し、振り返って足早に逃げ去った。

 桜は自分の言動に驚きつつも、自意識が自動的に正しい選択をしたのだ、と思い笑いながら桃子を見ると、桃子は泣いていた。雨ではなく、涙だった。桃子の心から流れる涙だった。

「なんでお姉ちゃんはあんなこと言ったの? あの人たちだって、本当に太宰が好きなのかもしれないじゃんっ! 人の心がわからないのに、決めつけで人を批判するなんて、お姉ちゃんはしないと思ってたのに……」

 違うの、違うの、そう言おうと思っても今度は喉が渇き、うまく発音できなかった。あなたの言っていることはよくわかる。だから泣かないで。泣かないでったら。


 桜が桃子の肩に手を伸ばすとそれを逃れるように桃子が走り出す。桃子が角を曲がるとそれに桜が続く。待ち合わせの場所へと駆けこんだ桃子の姿が桜には見えなくなった。

 桜の心の中でさくらんぼのへたが切れる。


 ああ、福島の大庭おじさんのもとに帰らなきゃ。


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