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桜と桃子  作者: 茶瓶
4/9

2015.6/18まで~大庭~

 この町で喫茶店を開いたのも4年前、2011年のことだった。日本全土が大きく揺れたのは当然のこと、自らの生活の基盤も大きく傾いた。勤めていた新聞社の自社ビルは倒壊し、その勢いで会社も倒産。統率のとれた社員たちは瞬く間に全国へと散らばり、後には何も、誰も残らなかった。そこにあったのは津波に流されずに残った瓦礫だけだった。自分が地震に遭遇した時にいた自宅も、室内はめちゃくちゃだったが、崩壊はすんでの所で逃れた。そして自分にはそれほどの痛みは伴わなかったが、両親を失った。元々三人家族だったが、高校を卒業後は家を飛び出し、前からバイトしていた新聞社で雇ってもらった。バイト時代は配達専門だったものの、事務仕事を任せられた。小さな会社だったこともあり、その後取材部に回され、県内の各地を回った。主に観光地の取材や、政治、文化人へのインタビュー、時には一面に載るレベルの事件も取り扱った。休みは不定期で、偶の休みに緊急の仕事が入ることもあったが、やるべきことのある生活は実家のことを忘れさせてくれた。その反面、アウトプットを続ける生活に、自分という存在の底の浅さを痛感させられる時もあった。軌道に乗っているようで、定期的に挫かれる。その繰り返しにも慣れた頃のことだった。

 文字を大量に生み出す仕事から放りだされ、居場所のない地元から旅立ち、数年間分の貯金を持って出てきたのは、東京だった。東京では自粛ムードがいたる所から発せられ、災害対策がしきりに叫ばれ、政治に対する不満が爆発していた。人々がそれぞれの悲しみとやりきれなさを胸中に秘め生活していた。人生で初の東京にギャップを感じている自分がいた。東京人はもっと早くそういう雰囲気から脱せられるものだと思っていたのだ。軽いフットワークで生きられる人種だと思っていたのだ。しかし、現実は逆で、東京の人々は傷ついていた。人によっては自分より傷ついていた。自分は津波を経験していないから、放射能の被害を直接は受けていないからかもしれない。いや、そんなことは多分関係なしに、現実味を感じられなかっただけなのだろう。割とダメージはない方で、多少言葉少なになるだけだった。それでもトラウマになってもおかしくないよ、と新しい隣人はいたわってくれた。確かにそうかもしれない。だが自分の中ではそうではなかった。ニュースに映る悲惨な光景や現実、原発の爆発の瞬間に心を痛める人を自分が慰めることもあった。大丈夫、私たちは、生き続けなければならないほどにしか傷ついていないのだから、と。

 結局は都心から少し離れた、でもすぐに国家の中心まで行ける土地を選んだ。なぜ三鷹か? わからない。別にどこでも良かったつもりだが、似たような条件の物件からここを選んだ。

 会社勤めは嫌だったから、言葉を投げるだけで返ってこない生活は嫌だったから、何か店を開こうと思っていた。一人暮らしだったから料理はできた。それでも人に振舞って喜んでもらえるほどではない。商店を開こうにも、駅からは少し遠いし、スーパーが近いので勝算はほぼない。となると、他に思い浮かぶのは喫茶店くらいだった。それならさほど難しい料理の必要はないし、コーヒーや紅茶については勉強するいい機会だと思った。それらはこれから改善するとして、最初に力を入れたのは店の雰囲気作りだった。内装に落ち着きを持たせるため、テナントにはダークブラウンの家具を配置し、調度品は自分で作った。時間帯によって明るさと音楽を変え、やってくる客が心地良く過ごせるよう気を配った。客が話し相手を求めていたら自分がその役を引き受けた。新聞記者として培われた能力が生きたのか、徐々に話しに来る常連が増えた。開店当初は赤字だったのが、緩やかにその分を補えるようになり、それでも利益が多ければサービスに還元した。

 そうして生きてきたのだ。経済的には。


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