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桜と桃子  作者: 茶瓶
3/9

寺への道中と心境~桜~

 今日という日は毎年一日しかなくて、その状態が三六五日続いて一年になる。そんな特別な日の群れの中で、自分にとって特に大切な日のうちの一つ。それが今日、6月19日だ。

 桜桃忌、と聞いて、誰の忌か即座に思い浮かぶ人はどれだけいるだろうか。わかる人はすぐに理解して何らかの思い出が目を覚ますだろうし、わからない人はそれこそさくらんぼの種を吐き出すようにすぐにその言葉自体を忘れてしまうだろう。

 桜桃忌は、太宰治の文学忌だ。彼は6月13日に愛人と玉川上水に入水し、6日間流され、19日に下流にて発見された。奇しくもその日は太宰の誕生日でもあり、死の直前に発表された『桜桃』という短編小説から名づけられた。漢字で書くとイメージがわかないかもしれないけど、桜桃とはさくらんぼのことだ。小説内の時代では、今以上にさくらんぼが高級品で、主人公は子どもたちに食べさせたことはない。家庭内事情は困窮を極め、息苦しさから逃げるようにして主人公はバーに向かう。そこで自分だけが桜桃を口にするのだ。桜桃は、親の「弱さ」の象徴だと思った。

 桃子の好きなこの小説を、私も繰り返して読んだ。晴れの日も雨の日も、屋内だろうと外だろうと、健康でも病んでいても、二人だろうと一人だろうと、何度でも読んだ。最初は「子供より親が大事」のフレーズにエゴを感じたけど、読み終わるとよく似たエゴが自分の中にも存在することに気づいて、胸の中が冷たく濡れた。その冷えはなかなか引かず、私を苦しめたけど、桃子も同じ苦しみを抱いていることを知り、冷えが温もりへと徐々に変わって、心の中で確かな明かりとなった。それからはその明かりを頼りに生きてきた。

 明かりは明滅することもあったけど、今でも灯り続けている。


 隘路を歩き続けるとやがて大きな十字路に至り、左手に寺の門と木々がある。雨は強さを増している。少女はまた道を曲がる。


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