”超合金の集大成 -中編-”
ロビーで談笑していると、しばらくして英作が現れた。シルバーのアタッシュケースを持って笑顔で歩いてくる。そして、後ろにもう一人連れている。とても背の高い人物で、息子の卓郎ではないようだ。
その時突然、なぜか密月が走って逃げ出した。その直後、英作の背後にいた人物も同じ方向へと走り出す。
逃げる密月を追い掛ける、その黒い影の正体は──
「OH! MITSUKI~My sweet! Come here~♪」
愛に生きる超合金技師──ボブだ。
「なんだなんだ? もうデキちまったのか? playboy! だなボブは~」
なぜか英語を本格的な発音で言って囃し立てる英作。完全に他人事として楽しんでいる。他のメンバーは、苦笑いしながら逃げ回る密月を目で追うだけだ。
「あいつらは長くなるから、ほっといて早いとこ話済まそうぜ」
やはり容赦ない闇奈。助ける気なんて微塵も無い。
「ん~でもコレはボブがいねぇと説明できねぇなぁ。超合金で作ったモンだからよ」
英作は困ったようにそう言って、アタッシュケースから卵大の金属球を取り出した。表面は銀一色で、凹凸も無く、つるんとした質感のただの金属の球だ。
「なんだコレ?」
これならせんべいの方が良かったのに……と、期待はずれな餞別にがっかり顔の槍太。他の面々は明らかに落胆した顔はしないが、こんな物何に使えと言うのだろうかと不思議そうに金属球を見ている。
「とにかく使い方聞かねぇとな」
ボブがいないと話にならないということで、闇奈はボブを呼ぶ為に未だ走り回っている二人に顔を向ける。
「お~い密月! イチャついてねぇでボブこっちよこせ!」
今更ながら、闇奈に悪気は無い。本気で密月は男に目覚めたと思っているのだ。
「イチャ!? どこ見て言ってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
密月は走りながら猛抗議するが、とにかく早く話を進めたい闇奈は更に声を張って叱るように返す。
「いいから! 早くしろよ!」
その瞬間、ボブが突然ぴたりと足を止めた。そしてくるっと密月に背を向けると、つかつかと大股で闇奈の方へと近づいてくる。その顔は険しく、激しい怒りを携えているようだ。
そして闇奈の真正面で立ち止まると、高い身長を生かして上からじろっと睨み付ける。色が黒くがたいがいいことも助けて、かなりの威圧感だ。
「Hey You! What did you say?」
「は?」
ボブはかなり怒っているようで、英語で「お前今なんて言った?」と怒鳴っているのだが、英語が苦手な闇奈は全く理解出来なかった。テストはいつも赤点ギリギリだ。
闇奈の反応の鈍さにイラついたボブは、がっと闇奈の胸ぐらを掴んで引き上げる。今にも殴りかかりそうだ。
「あっ!」
反射的に武器に手をかける護衛衆四人。しかし次の瞬間、
「OH~! NO~!」
悲鳴を上げ、ガクッと床に膝をつくボブ。その手首は闇奈によってねじ曲げられている。
「なんだぁ? 日本語で言えよ!」
ボブの苦痛の叫びが理解できないのか、更に力を込める闇奈。ボブはその巨体をうねらせて「HELP! HELP!」と苦しみに悶えている。かなり痛々しい。
闇奈が習得している気紫家の技は、基本こういった関節技や投げ技がほとんどだ。殺傷能力はあまりないが、とにかく痛い。そして、これだけの体格差があっても簡単には逃げられない。ボブは泣きながら「Please forgive me!(許してくれ)」と訴えるが、それを理解しない闇奈は許そうとしない。
(雰囲気でわかってやれよ。鬼だな……)
剣助は呆れて刀から手を離したが、怖いので止めに入ることも出来なかった。
やがて、仲裁に入った火芽香の通訳によって、ようやく事は収まった。ボブは密月が罵倒されていると勘違いしていたらしい。風歌がボブの手首の捻挫を治してやると、気をよくしたボブはにこやかに金属球を見せびらかし始めた。
「コレ、VeryNiceアイテムヨ! YOUタチ、Wizardネ! VeryVeryGOOD! HAHAHAHA~♪」
ボブは何がおかしいのか高笑いしている。しかも片言なので聞き取りづらく、理解不能だ。変な日本語混じりなので違和感もすごく、聞いているだけで疲れそうだ。
「火芽香さ、ちょっと悪いんだけど……」
剣助は手招きして火芽香を呼ぶと、小声で何やら相談を始める。
「わかりました。そうしましょう」
火芽香は何か了承したように頷くと、ボブに英語で何やら話し始めた。するとボブは機嫌良さそうに笑って頷き、火芽香と一緒に歩いて行き、ロビーの端にあるソファーに座った。
「なに?」
水青は目を丸くして剣助に問う。剣助は一つ溜め息をつくと、タネを明かした。
「あれじゃ説明終わるまで持たねぇからさ。代表して火芽香に理解してもらって、俺らは後で聞こうぜ」
「持たないって、何が?」
風歌が不思議そうに首を傾げる。剣助は黙って、『持たない』と言った原因に目線を向ける。全員がその視線の先を追うと、そこにはイライラした様子でロビーの時計を睨んでいる闇奈がいる。確かに、あの様子ではボブの説明を大人しく聞いていられそうにない。
「ホント……短気だな」
さすがの密月も苦笑いだった。
「あ、そう言えば、腕時計買って来たよ」
待っている間に全員に配ろうと、璃光子は荷物の口を少しだけ開けて生理用品が見えないようにガサガサ探り出す。
「そう言えば、地図も買ったよね? 璃光子地図も出して~」
水青もしゃがんで荷物を覗き込む。
昨夜、町に買い物に出た女たちは、生活必需品などを買い込んでいたのだ。
やがて目的の物を見つけた二人は、十本の腕時計と地図を持って立ち上がった。しかし、荷物のかさが全然減らないのを見て刀矢は、
「他には何買ったんだ? こんなに……」
と訝しげに首を傾げた。
「気にしないで下さい」
その一言を言う女たちがビックリするぐらい声を揃えたので、刀矢はそれ以上聞くのが怖くなって黙ってしまった。この荷物に関しては二度と詮索するべきじゃないと、その場にいた全員の男たちが悟った。
「あった~エレシティ。けっこう南になるんだね~。あ! これカサスだって!」
新聞紙見開き二枚分もある大きな地図を広げて、水青は楽しそうにこれまでに通ってきた町を探している。
「水青さん。僕にも見せて下さい」
大牙も興味津々で覗き込む。
「地図なんて当てになんねぇぞ? 空飛べる緑魔導士が絵を描いて、それを清書してんだぜ? 適当に作ってんだよ」
地図の精度の悪さを指摘して、密月は呆れ顔で腕を組んだ。しかし、それを聞いた英作は首を振る。
「いや、そりゃ大昔の話だ。今は写真使ってるし、計測もキチンとやってるからかなり正確になってるぜ」
「あ……っそ」
年寄りの密月が時代についていけてないだけだった。
その時、地図を見ていた大牙がふと何かに気付いたように声をもらした。
「──あれ? 密月さん、ちょっと来て見て下さい」
大牙は手招きし、密月にも地図を見るように促す。
「ん?」
密月も地図を覗き込むと、大牙は質問を始める。
「僕たちが不死鳥に会ったのって、どの辺ですか?」
「え~と、カサスからちょっと東──この辺りだ」
密月は川の絵の上に指を乗せた。ヒルドラーへ向かう道中、不死鳥に遭遇して溺れた川だ。
「やっぱり……ちょっとおかしいですよ」
大牙は深く考え込むように眉を潜める。
「え? 間違いねぇよ、ここだぜ」
自分の言ってることを疑われたと思った密月は不機嫌な顔。大牙は慌てて首を振った。
「いえ、それが間違ってるんじゃなくて、この……距離です」
そう言いながら、大牙は密月の指差した地点から更に東に指を滑らせて、ある所でピタリと止めた。
「ヒルドラーか?」
同じく地図を見ていた刀矢が、大牙が示す地点を読み上げる。
「はい。いくら川を下ったからといっても、半日で着くのは無理があると思います。この──ヒルドラーからエレシティまでの距離とあまり変わりませんから」
大牙はヒルドラーの地点から更に南に指を滑らせ、エレシティまでの距離をなぞる。
確かに、ヒルドラーからエレシティまでは車でまる一日かかっている。それと同じ距離を半日で移動したとなると、川の流れは車以上に速かったということになるが、あの川はそこまで急流ではなかった。槍太が自力で立って漁が出来たぐらいだ。
「じゃあ二日ぐらい流されてたんじゃねぇの?」
と、ありえないことを能天気に言う槍太。
「アホか。二日も溺れて流されたら死ぬわ」
と、いつの間にか話に参加していた闇奈が呆れたように否定する。
「え~どういうこと?」
わけが分からなくなって混乱した水青は困り果てて首を傾げる。
「確かに奇妙だな。何かあの不死鳥と関係あんのか?」
不死鳥を思い浮かべながら、剣助も首を傾げる。
「そう言えば、あの不死鳥ってどこに消えたのかな?」
不死鳥からどうやって逃れたのか謎のままだったことを思い出した風歌も首を傾げる。
三人が同じ方向に首を傾げている光景を見て、英作は笑いそうになった。くっ! と言って口を押さえて下を向いている。
「ま、とにかく助かったんだから、いいんじゃない?」
ただでさえ不可解なアシュリシュで細かいことを気にしていては身が持たないと思っている璃光子は、そんな考えても答えの出ないことに頭を使うのは無駄だとばかりに話を終わらせようとする。
その時、ボブとの会話を終えた火芽香が戻ってきた。




