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“夢の中の真実 -中編-”

《剣秀。これでいいのよね?》


 ──いや……。


《ああ。これが、地球の……僕らの為なんだ》


 ──いや違う。


《黒陽は今、銅家(あかがねけ)に魔方陣を敷きに行ってくれてるわ。黒陽が戻ってきたら、始めましょう》


 ──こんな事しちゃダメだ。


《ああ。ワームホールの破壊は……君に任せるよ》


 ──聞きたくない。その名前は……。

「…………すけ」


《うん。私、もう振り返らないわ》


 ──やめてくれ!

「……けんすけ!」


《もうこんな所にいたら駄目だ。未来は、僕らで決めるんだよ……》


 ──言わないでくれ!


《サキ──》


「……おい! 剣助!」


 さっきまで遠くに聞こえていた声がはっきりと聞き取れるようになったのと同時に、誰かに揺さ振られる感覚を覚えた剣助はハッとして目を覚ました。


 呼吸と鼓動が速い。額にも手の平にもびっしょり汗をかいている。やっとのことで自分の体の状態を感じ取った剣助を、更に力強く揺さぶる人物がいた。


「おい! しっかりしろ!」


 夢と現実の区別がつかないまま、声の主を見上げるとそれは闇奈だった。


「あ……アンナ……?」


 反射的に名前を呟いたが、剣助には何だかそれが知らない人の名前のような感じがしていた。顔と名前だけは知っているけど現実に存在を確認することが出来ない人物のような……いわば芸能人のような距離感を感じている。複雑な感覚に囚われていた。


「なにこんなとこで寝てんだ!」


 ただ呆然と眼前の顔を見つめている剣助の頬を、闇奈はバチっと平手打ちする。剣助はそれで少し覚醒し、目を瞬いて聞き返した。


「え……寝てた?」


「今にも落ちるとこじゃねぇか。あっぶねえなぁ~。酔ってんのか?」


 未成年者の剣助に泥酔の疑惑をかけながら、闇奈はまたバチバチと往復で軽く頬を叩く。それらの刺激で中途半端に正気に戻った剣助は、夢の内容を思い出して怯え始めた。


 ──そうだ。ワームホールを壊したのは……。


「あ、闇奈!」


 悚然(しょうぜん)として叫び、剣助は闇奈の両肩を掴んで詰め寄る。さっきまで魂が抜けたようだった剣助が突然身を乗り出して食いついてきた事に、闇奈は驚いて息を詰まらせた。


「俺だったんだ!」


 剣助は闇奈の反応を待たずに意味の分からない主張を始める。闇奈は困惑して顔をしかめ、言葉を詰まらせながらも聞き返した。


「な、なにが」


「ワームホール! 壊したのは俺だ!」


「はぁ? ちょ、まっ、けんっ──」


 闇奈が『ちょっと待て剣助』と言い切れないうちに、剣助は更に騒ぎ立てる。


「俺が、俺がやったんだ! 変な女と組んで……黒陽って奴とも組んで!」


「ちょ、落ち着け──」


「闇奈! 俺どうしよう!? 俺どうすればいい!?」


「……落ち着けって、言ってんだろ!」


 怒号を吐いた直後、闇奈のアッパーカットが炸裂した。


 顎を下から上に殴られた剣助は弾かれたように大きく仰け反り、後ろに倒れそうになる。しかし後方は崖なので、頭から崖底の奈落を覗く形になった。


「うわあああああああ!」


 絶叫し、咄嗟に何かに掴まろうと手を伸ばす剣助。しかし闇奈はその手を無視し、剣助の服の裾を引っ掴み、力一杯引っ張った。


 強い力で引き戻され、今度は前方に吹っ飛んだ剣助は、顔面から地面に突っ込み、少々スライディングしたが、結果的には助かった。


「あ、あぶねぇじゃねぇか! 寝呆けてんじゃねぇぞテメー死にてぇのか!」


 自分が殴り飛ばした事を棚に上げて怒鳴る闇奈。その理不尽な叱責に、地面に突っ伏したままの剣助は反論することは出来なかった。


「……で? 何だって?」


 しばらくして、無事に起き上がって顔面についた砂を払い終わった剣助に、闇奈はすかさず説明を求める。


「あ、ああ。え~と、夢を見て……」


 剣助はまだヒリヒリする鼻の頭に手を当てながらしどろもどろで説明を始める。しかし、それを聞いた途端に闇奈は失望したように眉をひそめた。


「夢ぇ? くっだらねー」


「ち、違うんだよ! その夢は──」


 闇奈の興味が失せてしまうと焦った剣助は、慌てて夢の全貌を話した。今日見た夢の内容はもちろん、アシュリシュに来てからこういった夢を繰り返し見ているという事も説明した。


 話を聞き終わった闇奈は、相変わらず憮然とした表情のまま適当に頷く。


「……ふ~ん。じゃあ、ワームホールを壊したのはその剣秀か」


 悄然(しょうぜん)と体育座りしている剣助は、黙って重々しく頷く。闇奈は隣の剣助をちらりと見やると、スッと人差し指を向けた。


「で、お前は誰だ?」


「へ?」


 質問の意味が分からずに間の抜けた声を出した剣助の顔に、闇奈は更に人差し指をずいっと突き付ける。


「お前は剣秀(けんしゅう)か?」


 核心に触れる問いを受けた剣助は、少し怯えたように押し黙った。


「何で黙るんだよ」


 闇奈がイラついたように睨むと、剣助は縮こまって俯き、自信なさそうに答えた。


「正直、わかんねぇ」


「何が」


「俺は……誰なのか」


「……」


 闇奈はますます憮然として、剣助から目を離して小さく溜め息をついた。


「なんで俺が剣秀の夢見るのか……それ考えたら、やっぱ俺が剣秀なのかって思うし、でもそんなことあるわけねぇって思ったりもして──」


「お前さぁ、どっち信じんの?」


 剣助の弱音を遮った闇奈は、足を崩して胡坐(あぐら)をかくと、呆れ顔で頬杖をついた。


「へ?」


 再び意味が分からず間の抜けた声を出した剣助。闇奈はまた溜め息をつくと、面倒くさそうに続けた。


「お前がその夢見るようになったのはここに来てからだろ? じゃあ今までお前は誰として生きてきたんだ?」


「……意味がわかんねぇ」


「バカ助だなぁ~オメーは」


「……」


(なんか最近よくそう呼ばれる気がする)


 3回目の『バカ助』に若干の悔しさを感じつつ、剣助は闇奈の説明を待った。


「仮にだ。お前が剣秀だったとしたら? じゃあ剣助は何者(なにもん)だ?」


 まだ理解できていない顔できょとんとしている剣助を、闇奈は少し神妙な顔つきで見ると、シリアスな口調で続ける。


「要は、お前がどっち信じるかなんだよ。今まで16年間生きていた『剣助』を信じるか、急に現れた『剣秀』を信じるか。……お前はどっちでいたい?」


 ──『剣助』か『剣秀』か、どっちが本当の自分であって欲しいのか──すぐに答えが出そうな質問だが、剣助は悩んでいた。


 16年間生きていた自分……これは決して偽者ではない。思い出も記憶も感情も、今感じるこれらは全て、自分の物だ。それは自信がある。


 だが、じわじわと壁が薄くなっていくように近づいてくる、剣秀という男の影。その影から目を逸らし、否定することは全く意味を成さない、無駄な行為に思えてならないのだ。逃げられない──そう、諦めにも似た境地で悟っている。


「……どっちも、俺だと思う」


 気が付いたら、こう答えていた。

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