“刀矢のトラウマ”
英作の話が出たところで、一つ気になっていた事があった大牙は刀矢に話を振ってみる。
「そうだ。刀矢さんと英作さんってS大卒なんですよね。すごいな~。学部なんですか?」
名門大学出身の刀矢に尊敬の眼差しを送る大牙。刀矢は少し照れたように苦笑いして答えた。
「教育学部。英作は機械工学部だ。すごくはないよ。あの頃はガリ勉だったから」
『ガリ勉だったから』──これが謙遜だと気付かない槍太は、何かに納得いったという顔で頷き、一言。
「あ~それで──」
『童貞なんだ』──という失言はかろうじて飲み込んだが、刀矢には槍太が言わんとしている事に察しがついてしまっていた。恨めしそうな顔で槍太を睨む。
実は、刀矢には女を抱けない理由があった。刀矢だって、名門とうたわれるS大生。合コンの誘いは山のようにあった。見た目もいい方で、人当たりが良くて優しい刀矢は、むしろモテた方だ。彼女だって、何回か作ったこともある。しかし、どうしても一線を超える気になれなかったのだ。
「お前、そろそろ童貞捨てねぇとヤバいぞ」
英作にそう言われて、彼女とデートした後、ホテルに誘ったこともある。彼女は二つ返事でついて来てくれた。しかし、ベッドに入った瞬間──亜闇の顔が浮かぶのだ。顔中アザだらけで鼻血を流しながら目を伏せて泣いていた、ズタズタに傷ついた女の顔が。
「ゴメンやっぱ出来ない……」
そう言って帰ろうとする刀矢に、ほとんどの彼女は決まって理由を聞いてきたが、答えられるわけが無い。わけも無く拒絶されて、平気で付き合ってくれる彼女なんかいるわけない。多分、同性愛者と勘違いされた事もあるだろう。こうして、何人の彼女が去って行ったことか。
「女は一生処女を守ると天使になれるっていうけど。男はどうだかわかんねぇぞ」
いつか英作にこうからかわれた事があるのを思い出した。
(俺だって、好きで童貞守ってるわけじゃ……童貞は守ってるとは言わないか)
嫌な回想をして落ち込んでいる刀矢をよそに、話は進んでいく。
「俺も教育学部ですよ~。五流大ですけど。しかも一浪!」
恥ずかしい経歴を、何故かピースして披露する槍太。
「へぇ。先生になるつもりだったのか?」
この軽薄な槍太が人を指導する職業を選ぼうとしていた事に、剣助は意外だといった顔をしている。その問いに、槍太はニヤニヤしながら頷いて理由を明かした。
「おう。高校教師に憧れてな」
「高校教師ぃ……?」
剣助はまた呆れ顔に変わった。高校教師と言えば、教師と生徒の恋愛を描いたドラマのことを思い出させる。
「最高の職業だろ? 女子高生の温室だぜ!」
「何かよくわかんねぇけど楽しそうだな。槍太、俺も連れてけ」
意気揚々と語る槍太の口ぶりに魅せられた密月は、すっかり罪悪感を忘れてスケベ面だ。
「そういえば、大牙って今年受験だろ? なんで護衛衆参加したんだ?」
バカ二人の話なんか膨らませてたまるかと、剣助は話をすり替えて大牙に目をやる。大牙は突然話を振られたことに一瞬目を丸くしたが、すぐに答えた。
「あ、父はもう二回務めてたので」
護衛衆には、一人二回までという暗黙のルールがあった。親が二回務めていれば、自動的に次は息子が引き継ぐことになる。
「へ~災難だな~」
そう間延びした口調で言う槍太も、罪悪感を忘れた様子でベッドに寝転がり、すっかりリラックスモードだ。
「いえ、僕は自分から好んで引き受けたので」
そう穏やかに微笑んで言う大牙は、本当に災難だとは思ってなさそうだ。無理やり伝統を継がされたというわけではないのだ。
「へ~偉いな~」
槍太はうつ伏せに寝転んだまま少し頭を持ち上げて、感心したように大牙を見る。
「大牙は、龍牙さんを尊敬してるんだよな。いい息子に恵まれて嬉しいっていつも言ってたよ」
大牙の父とも交流がある刀矢がそう告げると、大牙は照れたように顔を綻ばせる。しかし、その大牙の父親の名前を聞いた密月は顔を強張らせた。
「また……強そうな名前だな」
『龍牙』という名前から、剛腕で強面な大男を想像した密月は、いじめっ子が親に怯えるような心境になり、さっき大牙をいじめてしまった事を後悔している。
しかし、そう勘違いされることに慣れている大牙は、困ったように頬を掻いた。実は、金家の男は皆、共通して一つのコンプレックスを抱えているのだ。大牙は言いにくそうに口を開く。
「いえ、実はウチの家系は──」
するとそこで槍太が遮るように、
「チビだよな~。大牙より父ちゃんの方が小せぇだろ? 俺、顔合わせで初めて見たけどよ~大牙も父ちゃんも超小せぇんだもん~可愛いぐらいだったぜ~」
暴露してしまった。
金はチビ。鉄はノッポ──これも、まるで伝統のように続いている事だった。
伝統的に背が高い家系に生まれた槍太を、大牙は恨めしそうに見る。
(背高い人はいいよな~)
身長一五五センチメートルの大牙は、風歌との十センチメートルほどの埋められない身長差を悲しく思うのだった。




