“それぞれの武器”
男たちが恐竜と対峙している頃。女たちはのんびりと歩いていた。
時折あの足音が響いてくるものの、みな闇奈に任せておけば大丈夫と安心したのか、楽しくおしゃべりをしながら笑っている。
(女って順応力すごいよな。って私も一応女だけど)
と闇奈は心の中で呆れていた。
「ねぇ、ところで、みんな学校から直行だったの? みんな制服だよね」
と璃光子が問うと、
「ええ。学校まで叔父さんが迎えに来てて、そのまま」
と火芽香。
「私は、叔母さんが来ていたわ」
と続いて風歌が答えると、
「同じだ~! 私も叔母さん!」
と水青が嬉しそうにピョコピョコ飛び跳ねた。
「私もだよ。叔母さんって言ってもまだ全然若いんだけどさ~。で、闇奈は?」
璃光子は最後に、闇奈に話を振ったが、
「え? えーっと、何だっけ?」
闇奈はあまり話を聞いていなかったらしい。
「もう、だからあ~、銅の家までどうやって来たのかって聞いてるのっ」
しっかりとチークが塗ってある璃光子の頬っぺたが、ほのかに膨らむ。
(なんでそんなどうでもいいことを……)
闇奈には、女の会話特有の無意義さが理解できなかった。
「あ~……剣一郎が迎えに来てたな」
面倒くさそうに闇奈が答えると、皆驚いた。
「え!? 叔父さんとか叔母さんじゃなくて!?」
マスカラ重ね塗りの、璃光子の目が大きく開く。
「いや、私には叔父も叔母もいない。お袋は一人娘だったから」
なぜそんなに驚かれているのかも、闇奈には理解できなかった。
「そっか! だから銅家で稽古してたんだ~!」
水青が大発見したと言うようにピョンと飛び跳ねた。
「私はずっと叔父さんや叔母さんに家でお稽古つけてもらってたよ。双剣術!」
と言って両腕で宙に十字を切り、素振りを披露する。
「そうけんじゅつ?」
その武術の知識が無いらしく、皆が首をかしげている。
自分の特技を誰にも理解してもらえず、少ししょんぼりした水青に、
「2本の短剣を使う剣術のことだな」
闇奈が理解を示すと、水青は嬉しそうに頷いた。
「ふ~ん。双剣術ね。ウチとは違うんだ。ウチは棒術だよ」
璃光子も、掃除中にモップを振り回してチャンバラする小学生のような素振りをしてみせた。
派手でチャラチャラした見た目に似合わず、その動きはキレがある。よく訓練してあるのがうかがえる。
「お前ら、武術できんならなんで武器持って来なかったんだよ」
闇奈がそう訝しげに問うと、楽しそうに技を披露し合っていた水青と璃光子はピタリと止まった。
「私は、薙刀使えるんだけど、継承式だけだと思っていたし、学校帰りだったから持ってなかったの」
代わって風歌が答えると、水青と璃光子も揃って頷いた。
「ひめは?」
「ええ、私も、弓矢は持ち歩けなかったですね」
と、火芽香は申し訳なさそうに言う。
別に悪いことしたわけでは無いのに、こういった低姿勢で話すのは性格だ。
「ひめは弓術か。みんな習得してるものが違うんだな。でもそれなら、こんなに危険なとこなのに武器持たせないなんて変だよな。まさか私らを殺す気なんじゃ……」
闇奈は真剣な目をして低い声で言う。
その言葉に、皆が青ざめる。
それを見て闇奈は笑いだした。
「ゴメン、冗談だよ。私がいる限りみんな死なせないよ」
とまた綺麗に笑う。
その、女でも惚れ惚れする程の笑顔を見せられると、どんなブラックジョークも許せてしまう。
しかし、闇奈のこの自信はどこから来るのか。
火芽香は思い切って聞いてみることにした。
「闇奈さんは、武器を持っていないのに不安じゃないんですか?」
すると、闇奈は自身の拳を顔の位置まで上げて見せると、微笑んで言った。
「私の武器はコレなんだよ」
ーー
一方、男たちは悪戦を強いられていた。
恐竜の皮膚は硬い上に、自分達の武器などは針程度の大きさだ。
唯一、図体がでかいが故に動きが鈍いことだけが救いだった。
「キリなくねぇか!?」
槍太が、武器である長い槍を恐竜の足に一生懸命突き刺している。
「がんばれ! どこか弱点があるハズだ!」
刀矢は、自身の身長よりも長い日本刀を斬り付けている。
長刀というやつだ。
「硬すぎる……」
大牙が、痺れた右手を振りながらやっと喋った。
大牙の刀は幅が30㎝ほどもあり、長さも150㎝くらいある。ものすごく重たそうで持っているだけで疲れそうな刀だ。
「どうすりゃ斬れるんだ!」
剣助はがむしゃらに斬ったり刺したりしていた。
剣助が持っている剣は、両刃の西洋風の剣で、やや長め。どこの国の物かは分からないが、日本製でないことは見てすぐわかる。
皆、名前と武器が一致している。これも、受け継がれてきた『伝統』だ。
銅家の男は『剣』の字、
銀家の男は『刀』の字、
鉄家の男は『槍』の字、
金家の男は『牙』の字をそれぞれ受け継いでいる。
恐竜は、引っ掻かれた足が痒くなるのか、時々大きく足を上げて振る。
ちょうど人間が靴についた砂を振り払う感じだ。
「くっそー! 全然効いてねぇなコイツ!」
その度に剣助は悔しい気持ちで一杯になるのだった。
「ただ闇雲に攻撃してもダメだ! 一旦下がって考えよう!」
刀矢が叫ぶと、全員が一斉に集まった。
こんな時だけは、妙にチームワークがいい。
「とにかく、あっちに行かせるわけにはいかない。
何か向こうに気を引かせて──」
作戦会議をしている彼等の頭上に、何かが振り下ろされた。
ビュ!
恐竜の尻尾による反撃。
ちょうど、人間が新聞を丸めて蝿を叩き殺すような要領だ。
「うわあ!」
今度は全員が一斉に散る。
──これじゃ埒があかない。流れを変えるような何かをしないと。
剣助は恐竜の体をくまなく観察し始める。
(どこか、もっと柔らかいところを狙わないとダメなんだ。奴が一発で目を回すような急所を──)
なかなか冴えてる剣助の頭に、ひらめきが降りた。
(そうだ、目だ!)
狙いは決まった。しかし問題は、あの頭までどうやって登るか。
目的の急所までは、ビル4階に匹敵する高さだ。
恐竜は腹が減っているのか、しきりに口を開けて食べようと襲ってくる。
その際、恐竜の頭は下げられるのだ。
怖いけど、この時しかチャンスはないと思った。
恐竜はでかいが、動きが鈍い。一向に獲物を捕らえることが出来ず、苛立ってきたのか鼻息が荒々しくなってきた。
その迫力に負けそうになったが、頭を振って奮い立たせると、剣助は目標に向かって思い切り走った。
「剣助!?」
刀矢が呼び止めたが、止まるわけにはいかない。
向かってくる剣助に合わせるように、恐竜は頭を下ろし、口を開く。
まさに食べられようとしたその瞬間、剣助は思い切り飛び上がって恐竜の鼻先に剣を突き刺した。
恐竜はやっと効いたのか、唸り声をあげて頭を勢いよく持ち上げる。
その勢いを利用して、剣助は見事に恐竜の頭上に立つことができた。
「おお!」
それを見ていた一同が歓声をあげる。
が、誤算が生じた。
頭に乗る際、鼻に刺した剣から手を離してしまったのだ。頭から鼻までは遠くて、剣の回収ができない。
剣が無ければ目をつぶしてやることも出来ない。
剣助は必死に手を伸ばして取ろうと頑張るが、恐竜は鼻の違和感に苛立ち頭を激しく振って暴れた。
「わっわっ!」
振り落とされないようにしがみ付くので精一杯だ。
そして、更なる誤算が生じた。
恐竜はグオー! と雄叫びをあげると、想像以上のスピードで走りだした。
しかもその方向は──
「やばいそっちは……けんすけぇー! 戻らせろ!」
刀矢が叫ぶが、為す術がない。
恐竜は女たちのいる方へ一目散に駆けていった。