“シティ・ホテルの夜 -後編-”
下品な夜はこれでおしまいです。
お目汚しすいませんでした(^^;
言い訳しとくと、この件、無駄ではないですからね! 一応伏線ですから~汗
刀矢が半泣きで打ちひしがれている、その頃──隣の部屋にいる女性陣は。
「トイレ最高~!」
水青はスッキリ笑顔でトイレから出てきた。
ホテルのトイレは洋式で、しかも水洗式だった。アシュリシュに来てからは初めて目にするちゃんとしたトイレに、女たちは若干はしゃいでいた。
「ホントによかったよね~。このままずっと便秘しないといけないのかと思ってたよ~」
そう言う璃光子もスッキリ笑顔。先に済ませたようだ。
実はアシュリシュに来てから今まで、小さい方は外でも出来たが、大きい方はさすがに出来なかったのだ。カサスやヒルドラーにはトイレはあったが、汲み取り式のポットン便所だったので、現代っ子の女たちは馴染めずにあまり使えなかったのだ。
「5日も便秘したのなんて初めてだよ。どこにこんなに入ってんのかって感じよね」
普段お嬢様面の風歌もこの言い草だ。女だけが集まると、男に負けないぐらい下品な会話をするのだ。
「健康に悪いよな。ひめも早く出して来いよ」
特にデリカシーの無い闇奈は、無遠慮に火芽香にも用足しを勧める。それに火芽香は「ええ……」と曖昧に返事したが、その内心はげんなりしていた。
(そう言われると余計やりづらいわ)
上品な火芽香だけは、トイレで何をしてるのかバレバレの状態で用を足すということに抵抗があり、まだ出来ずにいた。
とその時、風歌が急に嫌なことを思い出したような顔をして呟く。
「あ、そうだ私、アレそろそろかも」
女が『アレ』と言えば、コレしかない。
「あ~生理。私もかも」
璃光子は言葉を濁さなかった。
(そ、そんなハッキリ……ついて行けないわ)
品行方正な火芽香は女たちの下品さにただ驚くばかり。
「ナプキンとか、持ってきてないよね?」
水青も心配になってきたようで、これまた言葉を濁さずにハッキリと恥ずかしい単語を使う。
しかし、心配は当然だ。生理は遅かれ早かれ必ずくる。地球にいる時でさえ億劫なものなのに、こんなトイレの設備もろくに整っていないような惑星でアレが来ると大変なことになる。出来ればちゃんとした生理用品が欲しい。
「もしかしたら売ってんじゃね? この町ならあり得るよな」
闇奈は軽く笑った。
「そうだね~とりあえず、ホテルの売店行ってみる?」
言いながら、風歌はホテルの施設案内書を開く。
「あ、お金。刀矢さんに預けたっきりだ」
チェックインの時に刀矢に財布を預けたことを思い出した璃光子は少し面倒臭そうに呟く。
「じゃあ取りに行くか。隣の部屋だろ?」
闇奈は膳は急げとばかりにすぐに立ち上がる。
「あった。売店──1階だってさ」
案内書から売店の位置を発見した風歌が嬉しそうに言う。それを聞いた女たちは、よし行こうとばかりに胸躍らせて立ち上がる。しかし、火芽香だけは慌てて残る意思を告げた。
「あ、私待っててもいいですか?」
誰もいなくなったら、気兼ねなく便秘解消できる。火芽香だってすることはしたいのだ。
「いいぜ。じゃあ行こうか」
闇奈を先頭に、火芽香以外の女たちは金を手に入れるべく、隣の男部屋へと向かう。しかし、その隣の部屋が性教育教室になっているなどと、彼女たちには知る由もなかった。
──
そして、その隣の部屋の男性陣は、相変わらず馬鹿馬鹿しい会話を繰り広げていた。
「とにかく、俺は火芽香とはそういう事はしない! 結婚してからにするんだ!」
プラトニック宣言をして、剣助は急にキリッとした顔でかっこつける。しかし、やや話が飛躍している。
(結婚て。火芽香ちゃんはする気ねぇかもしれねぇのに)
剣助の暴走っぷりに槍太は内心呆れていた。
そこで、密月が諭すように持論を展開。
「ぜってー無理だって。我慢ばっかしてたら勃たなくなんぞ?」
そんなワケはない。
「いや! 俺はあの別れで懲りたんだ! ぜっっってぇ! しねぇからな!」
剣助は変に意地になって無駄に強く宣言する。誰に対しての義理立てだろうか。男たちは理解に苦しんだ。
「硬ぇな~。勝手にしろ。じゃあ、大牙と刀矢に教えるか」
そうつまらなそうに言って、再び大牙を捕まえる密月。まだレクチャーしようというつもりらしい。さすがしつこい。無駄な執念である。
「もういいですってば~!」
大牙は必死に抵抗するが、仮にも月族の密月の力には勝てない。あっさりまたベッドの上に押し倒されて組み敷かれてしまった。
「そうだぜ。なんかもうつまんねぇよ」
槍太は飽きたようで、もううんざりだといった顔をしている。
その時、悪夢のタイミングでドアが開き、誰かが押し入って来た。
「おい刀矢。金よこせよ」
まるでカツアゲのようなセリフを吐きながら入ってきたのは、言わずもがな闇奈だった。
「あ゛……!」
剣助と槍太が声を合わせて顔を強張らせる。このタイミングは最悪だ。見られてはいけないものがあるのに。案の定、部屋の状況を把握した女たちはピタリと足を止め、それ以上踏み込んでは来ない。
──ベッドの上で、密月が大牙に覆いかぶさっていて、しかも浴衣を脱がそうとしている──その光景を見た女たちは顔を引きつらせて固まってしまったが、闇奈だけは冷静だった。
「なんだ密月。お前ボブで男に目覚めたのか?」
軽く言いながら普通にケラケラ笑っている。
「ち、ちが! ちが!」
密月は慌てて首を振りながら短く否定するが、
「大牙も、コイツの相手は大概にしとけよ」
闇奈は笑って言いながら普通に入って来る。
「ち、ちが! ちが!」
大牙も慌てて首を振りながら短く否定したが、闇奈は耳を貸そうともしないで刀矢に財布を要求している。大牙は焦って入り口に目を走らせる。女たちが並んで立ち尽くしていて、その中にはやっぱり風歌もいる。思わず顔を見ると、その表情は呆然としながらも苦笑い気味で、どうリアクションしたらいいか分からないといった感じの顔だ。確実に誤解されているのが見て取れる。
──サイアクだ……。
大牙の精神は奈落の底に落ちて行った。
男たちがどう言い訳したらいいか迷っている間に、闇奈はさっさと財布を取ると、
「邪魔したな。じゃあ」
完全に誤解している雰囲気を残したまま、女たちは去って行った。
予想外の結末に打ちのめされた男たち。部屋には重たい沈黙が流れる。その中でも、一際愕然としている密月の肩に手を置いて、剣助は戒めの言葉をかけた。
「天罰だぞ」
密月は何の反論もせずにその言葉を噛み締めるように受け取ると、のろのろと体を起こしてベッドの上に胡坐をかき、ガックリと項垂れる。あまりにもバカバカしい一騒動に、剣助はもう誰を責める気にもならず、ただ溜め息だけをついていた。
そして、その隣では槍太が苦い顔で大牙を見つめていた。ものすごい罪悪感が槍太を襲っていたことは、言うまでもない。
大牙は仰向けのままピクリとも動かず、絶望的に悲しい目をして、ただ呆然と天井を見つめている。本件一番の被害者は、誰の目から見ても大牙だった。




