“シティ・ホテルの夜 -中編-”
下品な展開まだ続きます。。
すいませんすいません汗
猛ダッシュで部屋へと戻ってきた剣助は、その勢いのまま乱暴にドアを開け、そして壊さんばかりに強く閉めた。破裂したようなドアの開閉音が大きく響く。
「わ! け、剣助……さん?」
まるで突入するように入ってきた剣助に、大牙は驚き戸惑ったように声をかけるが、剣助は返事もせずにツカツカと部屋を横断すると、一番奥のベッドにどかっと腰を下ろし、貧乏揺すりをしながら何やらブツブツ唱え出した。
刀矢と大牙は、そんな剣助の様子を不審に思ったが、あまりに暗いオーラを発しているのでそれ以上声をかけられず、ただ戸惑った視線で剣助を見ている。
剣助は激しく悔しさを募らせていた。
(まさか見られてたなんて。くっそーアイツら……)
さっきの槍太と密月の悪戯を思い出すと、血が沸騰する。よりにもよってあの二人にばれるとは、自分の運の悪さを呪う──と考えた時に、更に悪い可能性に気付く。
(まさか全員知ってんのか!?)
あの二人が黙っているとは思えなかった。面白おかしく言いふらすに違いない。剣助は思わず刀矢と大牙に目をやる。
途端、ビクッとする刀矢と大牙。剣助の様子を怪訝な顔で見ていた二人は、急にこちらを向かれたことに動揺してサッと顔を背けてしまう。しかし、剣助の疑念たっぷりの鋭い視線が二人の横顔を突き刺してくる。
(ど、どうしたんだ剣助は? 怖い……)
(け、剣助さんってワケもなく人を睨むような人だっけ?)
二人は緊張のあまり一言も発することが出来ないまま、剣助の野性味あふれる視線にひたすら耐えていた。
とその時、部屋のドアが軽快に開かれ、問題児の二人組がドヤドヤと入ってきた。
「お~よかったよかった大牙もいたか~」
満面の笑みの槍太。
「よ~し。じゃあ始めるぞ~剣助」
密月もニヤけている。
刀矢を含めた悪戯対象の男三人は、すぐに嫌な予感に支配される。
歓迎されていないことなんか意に介さず、槍太は怪しい笑顔のまま大牙に近づく。
「いいか剣助。火芽香ちゃんが初めてだった場合はだな~、こうして~──」
何か伝授するような口ぶりで言いながら、槍太は大牙をひょいっと持ち上げてベッドに押し倒す。
「な、なんですか!?」
大牙は激しい動揺を見せた。当たり前だ。
槍太は構わずに大牙の上に覆いかぶさって悪戯を始める。
「初めてはキツイからな~まずこうして~」
「わ~! なにすんですか!?」
「コレでちょっと感じてそうだったら、次はこうして~」
「うわあああ~!?」
そこで、やっぱり密月も乗ってくる。
「え? ハナからそんなとこ触ったら処女は逃げちまうだろ。俺だったら~」
「わああ~! やめて下さいよ~!」
可哀想な大牙はバカ二人のオモチャになってしまった。
(スマン大牙……)
いたたまれなくなった刀矢は、大牙を置いて一人逃げる事を心の中で詫びて、そーっと立ち上がり部屋を出ようとしたが、
「あ、刀矢お前も聞いとけよ? やったことねぇんだろ?」
密月に腕を掴まれて無理やり座らせられてしまった。
刀矢が童貞であることを知らないはずの密月が何故知っているのか。告げ口した犯人はこいつしかいない。
(槍太のヤツぅ~……!)
今なら殺しても許されるような気がする刀矢だった。
これだけコケにされて、剣助はさぞ怒りに打ち震えているだろう──と思いきや、意外にも呆れ顔で動揺を見せることもなく、ただ静観している。
反応が無いことを不思議に思った槍太は、少し体を起こして剣助を見やる。
「お~い。ちゃんと聞いてんのか剣助? お前の為にやってんだぜ?」
言いながら、槍太は相変わらず大牙を押さえ付けていて、やや浴衣がはだけた大牙が下でもがいている。
「そうだぞ? じゃねぇと恥ずかしい失敗しちまうぞ? 初体験でコケたら恐怖で二度と出来なくなるぜ~」
密月もイシシとバカにしたように笑い、その隣には腕を掴まれたままの刀矢が辟易した顔で呆然と座っている。
剣助はしばし密月の顔を無表情で見つめた後、膝の上に頬杖をついてハァと一つ溜め息をつくと、予想外な言葉を呟いた。
「別に……オレ未経験なんて言った覚えねぇけど」
刀矢と大牙を含めた全員が動きを止めて剣助を見る。しばし沈黙が続いた後、
「剣助。そういう見栄はカッコわりぃぞ?」
槍太はそう呆れたように言いながら、大牙から手を離して起き上がり、ベッドの上に座って剣助に向き合う。
「だな。男らしくレクチャーを受けろよ剣助」
密月の中では、童貞を認めるのは男らしい事のようだ。
しかし、剣助は嘘を言っているわけではなかった。
「ウソじゃねぇ。一回だけ……あるんだよ」
いじけたように言って、恥ずかしそうにそっぽを向く剣助。全員が驚愕の目で剣助を見た。
驚くべき事に、剣助には一度経験があったのだ。
剣助はまた溜め息をつくと、その経験談を語り始めた。
──中学の卒業式で、剣助は同級生の女子から人生初の告白を受け、特に断る理由が無かったので押し切られる形で付き合うことになった。彼女とは高校は違ったが、ちょくちょくデートはしていた。と言っても一緒にごはんを食べたり、ゲーセンに行ったり、手も繋がないような友達の延長線上のような付き合いだった。恋愛に鈍感な剣助は、付き合ったからと言って何をどうすればいいのか分からず、ただ会いたいと言われれば出かけて行くという事しか出来なかった。
そんな日々が数ヶ月続いたある日、彼女の誕生日。誕生日を聞くのをすっかり忘れていた剣助は、当日言われて初めて気が付いたのだった。
彼女はこう言った。
「今日私の誕生日だから、ウチに来てお祝いしようよ」
いきなり彼女の両親も交えて誕生日を祝うことに気がひけたが、逃げるわけにもいかず、彼女の家に行ったのだった。しかし、何故か家には誰もいない。
不思議に思っていた剣助に、彼女はこう言った。
「ねぇ……してみない?」
剣助の学ランの袖を少し引っ張って上目遣い。甘えモードだ。
剣助はただただ驚くばかりだった。
(何言ってんだコイツ? キスもしてないのに?)
まだ幼稚園レベルの清い交際だったのに、いきなりの急展開。剣助のキャパシティでは処理しきれない衝撃だった。
戸惑っている剣助を、彼女は強引に引っ張って二階にある部屋へと誘導していく。剣助は動揺しすぎでどうしたらいいか分からず、ただ引かれるままに階段を上がって行く。
部屋に入ると、彼女はカーテンを閉めた。夕方だが、真っ暗というレベルではない。視界にある物の輪郭が全てぼんやりする。現実味が感じられないまま、剣助はやっとの思いで口を開いた。
「あのさ……親は?」
「いない。二人とも飲み会」
彼女は間髪入れずにそう言ってベッドに腰掛け、また上目遣いをする。彼女の顔ははっきり言って好みでは無かったが、その時だけは妙に妖艶に見えた。
剣助は立ち尽くし、信じられない気持ちで彼女を凝視する。目の前の彼女が、一瞬頭の中で裸になった。理性が揺らぐ。
(やべ……ダメだこんなの……!)
剣助がやめようと言おうとした時、
「あのね~ミーコ達やったんだって。クラスの子も何人かやってるみたい。みんなやってるよ? 私たちもしようよ」
彼女はそう言って、剣助の手を握るとクイっと引っ張る。大して強く引っ張られたわけでもないのに、フラ……と彼女の隣に座ってしまった。
剣助の頭の中は猛スピードで回り、ぐるぐる悩んでいた。──ていうかミーコって誰だ? そう思ったが、疑問として言葉にはならないぐらい、喋るのが怖かった。
(え? みんなこんなもんなのか? ホントに? みんなこんな事してんのか?)
類は友を呼ぶというやつなのか、剣助の周りの男子はこういう話はほとんどしない連中だった。こんなのはまだまだ縁がないものだった。もっとこういう事は、それなりに長い付き合いをして、そしてお互い納得した上でするものだと思っていた。こんな成り行きみたいな状況でやっていいものなのか? そう思っていた。
躊躇いの無限ループに陥ってしまい、なかなか動かない剣助に痺れを切らした彼女は、剣助の手を取って自分の胸に当てて急かしてきた。予期しないタイミングで手の平に柔らかいものが触れる。
「私は、いいよ?」
少し恥ずかしそうに伏し目がちの彼女。好みじゃないとかまだ時期じゃないとか、あらゆる理屈がどうでも良くなってきた。
(ほ、ホントにいいのか?)
最後まで悩んでいた剣助だったが、薄暗い部屋の妖しさと、彼女の胸の誘惑に負けてしまったのだった──
(でも、アレから何か気まずくなって会えなかったんだよなぁ……)
彼女とは、それ以来会う気になれず、そのまま自然消滅した。剣助にとってあの経験は、後味の悪い思い出でしかない。
「……マジ? 何だよ~剣助~やってんじゃんか~。どうだった? そのたった一度の青春は~」
槍太がニヤニヤしながら身を乗り出し、剣助の肩に手を置く。剣助は一瞬言いたく無さそうな顔をしたが、もうどうにでもなれといった感じで観念したように答えた。
「あっという間に終わっちまったから……あんま覚えてねぇ」
本当に、一瞬だったのだ。
初体験にありがちな失敗だと、槍太は深く頷く。
「わかるぜ~俺も早いのごまかして連続で3回ぐらいやって気失ったもんな~」
槍太はバカな経験談を暴露して、苦い顔で首を振る。
「連続で3回? バカじゃねぇかオメー?」
密月は呆れ顔だった。
「で? その彼女は?」
槍太に聞かれて、剣助は言いにくそうに答える。
「……別れた」
「あ~相当ヘタだったんだな剣助。じゃあ今回は失敗しないように俺がトコトン教えてやるからよ」
と言ってニヤつく槍太。まだレクチャーを諦めていないらしい。
さすがに、剣助は辟易していた。自分が経験者だと知れば引くと思ったのに、これでは暴露損である。
「よくそんなエロ話ばっかしてられるよな」
「え~? エロトークは明日への活力じゃん?」
さも当たり前だといった言い草の槍太。剣助は溜め息をついて否定する。
「ならねーよ」
剣助は、『エロトークなんか活力にはならない』という意味で言ったのだが、その言葉を『エロトークだけでは活力にならない』と受け取った密月はかなり勘違いなことを言う。
「だよな~剣助。やっぱ、ヤんねぇとだろ?」
「あ~確かに。ただムラムラするだけじゃスッキリしねぇからな」
槍太も変に納得している。
「そういう意味じゃねぇよ!」
勘違い野郎二人がもう手に負えなくて、剣助はイライラを拳に乗せてベッドにボフッとぶつけた。
その一部始終を黙って聞いていた刀矢は、人知れず泣きそうになっていた。
(俺、もう廊下でもいい。この部屋から出たい……)
刀矢の切実な願いは、まだ叶わなかった。




