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“時が与える喪失感”

 ミレイなる日本人マニアの墓は、意外にも町中にあった。墓の目の前を、沢山の住民が絶えず行き来している。退屈はしなさそうだが、安らかに眠るのには適さない立地条件だ。


 この町には、家族も無く、一人で辿り着いた人々ばかり。そのせいか、墓は共同墓地として大きな石碑が一つ建っているだけだった。


 密月はその石碑をボーッと見上げながら、ポツリと語り始める。


「み~んな死んでくんだよなぁ……俺を残して。闇奈、オメーも死ぬんだよなぁ。先に」


 そう言った密月は闇奈の顔を見て、悲しげな笑みを浮かべた。


 闇奈は答えることが出来なかった。残される者の辛さ、虚無感、喪失感を、長く生きる密月は一体あとどれぐらい味わうんだろう。そんな事を考えたら、言葉なんて出てこなかった。


「僕からしたら、月族の(かた)が羨ましいですよ。僕は寿命が鬱陶しいです。もっと勉強したいことが沢山ありますから。時間はいくらでも欲しいですね」


 卓郎は本当に羨ましそうに言うが、密月は小さく首を振る。


「長く生きられなくたって、俺は全然かまわねぇ。周りと足並み揃えて、それで終われる方が幸せだったりするんじゃねぇか? 死んだことねぇからわかんねぇけどな」


 密月はどこか諦めたようにそう言うと、また闇奈の顔を見て、フッと笑った。その表情はとても寂しげだ。


「そう、かもしれませんね。短い時間だと思うから、頑張れるのかもしれませんね。生きることは楽じゃありませんから」


 卓郎は少し申し訳なさそうに、伏し目がちに言った。


 密月は振り返って、往来する人々を眺めた。ここにいる人全てが、限られた時間を必死に生きているのだと思うと、燃え尽きる前の流星のように輝いて見えるような気がした。


 時間が限りなくあった場合、人は、どう歪み、何を求め、何を糧に生きていくのか──その答えを、今すぐ知りたい気持ちになるほど、長過ぎる人生を生きる自分に、密月は不安を抱いたのだった。


 密月は無意識に、隣にいた闇奈の手を握る。


 闇奈は一瞬驚いた顔をしたものの、部下に続いて友まで亡くした密月の心中を(おもんばか)って振りほどくことは出来なかった。


 密月は繋いだ手をじっと見つめている。


(こうしてれば、寿命を分け合えたりしねぇかな)


 そんなバカな事を考えるぐらい、何故か無性に寂しい気持ちになっている。


 ミレイとは、大した付き合いは無かった。思い出と言えば、変わり者だったミレイに、会うたびに笑わされた。それだけだ。


 しかし、ミレイの死によって感じるこの喪失感。この何倍もの悲しみを、これから自分は味わうのだ。──好きな女が死んだ時。その後も、共に過ごした時間よりもっと長い時間を、自分は生きていかなければならないのだ。独りで。


(それって……どんな感じなんだ?)


 密月は故郷の母に思いを馳せた。最愛の夫と死別してから、200年あまり。母は何を生き甲斐にして、その長い時間を乗り越えてきたのだろうか? 何を考え、夫の死にどう折り合いをつけたのだろうか。答えが聞きたい。


 密月は無性に母に会いたくなっている自分に気付いた。


「闇奈、ゲツク行かねぇ?」


 気付いたら、こう呟いていた。


「ああ。いいぜ」


 闇奈は意外にも二つ返事だった。傷心中の密月が故郷に帰りたくなるのは当然だと考えたのだ。ダラダラや遠回りが嫌いな闇奈だが、こんな時まで短気に行動するほど冷酷ではない。


「ゲツクって、近いの?」


 何となく密月に聞けない璃光子は、卓郎に耳打ちする。


「遠くはないですよ。ゲツクからよく買い物に来る方もいますし。でも、出発は明日がいいかもしれませんね」


 卓郎は傾きかけた太陽を見上げながら答えると、今度は全員に聞こえるような声で続ける。


「今夜はエレシティ名物と言われている、ホテルに泊まって行かれてはどうですか? 地球のホテルを再現してるんです。だいぶ疲れも取れると思いますよ」


 それに、槍太は余計な一言を。


「え、それってラブホ──」


 言いかけに、剣助と璃光子が同時に背中へ蹴りを入れ、槍太はぐふっと言って前につんのめった。場を明るくしようとした槍太の気遣いは、大顰蹙(だいひんしゅく)を買ったのだった。


 そこで、刀矢が取り繕うように苦笑いで締めに入る。


「発信機も取っちゃったし、いつ相手が追い掛けて来るかわからないからな。今のうちゆっくり休んでおこう」


 宿泊を決定した一行は、ホテル目指して雑踏の中へ歩を進めた。

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