”ミレイ”
超合金技師のボブさんに、無事に指輪を外してもらった一行は、卓郎と共にビルのロビーまで降りてきていた。と、何故かそこに密月はいない。
「はぁ~♪ これで解放ね~スッキリした~♪」
璃光子は指輪の無くなった手を嬉しそうに見つめながら演歌を歌っている。他の女たちも同様にご機嫌な顔をしていた。
「で、これからどうする?」
短気の闇奈は余韻に浸ることもなく先を急ぐつもりだ。しかし、魔法剣の完成まであと4日ある。その間、どこに行けばいいのだろうか。修験洞を巡るのもいいだろうが、あまり遠くに行くと今度は魔法剣の完成に間に合わなくなってしまう。
さてどうするべきかと、全員が考え込んでいると、
「そういえば、刀矢さん買い物があるって?」
槍太が思い出したように言った。刀矢に全視線が集まる。それに、刀矢は苦い顔。
「あ、ああ……」
刀矢は何だか急に恥ずかしくなってきてしまった。──袴が何枚か欲しい。なんて言ったら、また笑われてしまうのでは。
刀矢が歯切れの悪い返事しかできないでいると、
「そういえば~日本人マニアがいるって言ってたよね? 会ってみたいね!」
まるで救世主のように、水青が意図せず刀矢に助け舟を出した。
感動した刀矢は神様を見るような目で水青を見る。しかし、
「え~……そうでもないけど」
オタク嫌いの璃光子は難色を示し、意図せず刀矢の邪魔をする。
刀矢は悪魔を見るような目で璃光子を見た。
しかし、意外にも日本人マニアに会いたいという意見は多かった。
「でも、アシュリシュで親しまれている日本の文化がどういうものなのか気になりますよね」
火芽香が言うと、
「袴が作られてるぐらいですから、他にも色々ありそうですよね」
大牙も興味を示す。しかし、
「ちょっと興味あるよね。じゃあ密月が戻ってきたら聞いてみよ」
風歌がそう言った瞬間、全員が真顔になった。その心中は同じだ。
──密月は無事でいるのだろうか?
しばしの沈黙の後、剣助が口を開いた。
「風歌。密月はもう……」
そう言う剣助は深く俯いて肩を震わせており、声も若干震えている。
「そうだぜ。帰って来れるかどうか……」
そう続いた槍太も、同じように俯いて肩を震わせていた。
「ちょ、ちょっと。冗談やめましょうよ……」
大牙がシリアスな顔で仲裁に入る。
と、その時、
「おい! おまえら~!」
後ろから誰かが叫んだ。
その声を聞いた瞬間、肩を震わせていた剣助と槍太の二人が一斉にぶっ! と吹き出した。どうやら笑いを堪えて震えていたらしい。
「なんて薄情な奴らだ! 俺の人生がメチャクチャになるとこだったんだぞ!」
そうがなり立てながら、密月はやや乱れた衣服を整えながら走ってくる。
その姿に、剣助と槍太は腹を抱えて大爆笑。他のメンバーもうっすら笑っている。
密月は着くなり、抱腹絶倒している剣助の胸倉を掴んで詰め寄った。
「なに笑ってんだよ!」
密月は精一杯の怒りを込めて言うが、剣助は余裕で言い返す。
「なんだよ。食うのはいいけど食われんのはイヤだってか?」
剣助は、してやったりといった顔でニヤニヤしている。さっき覗き魔だとからかわれた事を根に持っているのだ。
「密月ぃ~。長い人生には新境地も必要だろ?」
そう笑いながら言う槍太は笑いすぎで涙目になっている。
「うるせーよ!」
怒りすぎで反論する言葉も浮かばない密月は、ただ怒鳴り、誰を殴るともなく拳を振り上げる。
「や、やめてくださいよ~!」
大牙があたふたと密月の腕を押さえた。
そのやり取りを、他は呆れて物が言えないといった顔で眺めていた。
「でも、よくこんなに早くボブさんが離してくれましたね。ラッキーな方ですよ。ご無事で何よりです」
唯一冷静な卓郎が微笑んだ。
実はボブは、アシュリシュに来てまだ5年にしかならない黒人の男で、数少ないゲイだった。密月が好みだったらしく、べったりくっついて離そうとしなかったのだ。
密月はひとしきり全員を睨みつけた後、
「置いてくなんてひどすぎじゃねぇ?」
急に情けない顔に変わって泣き言を吐いた。
ボブに抱きつかれて助けを求めていた密月を、一行はあっさり見捨てたのだった。
「悪かった。いいから、早くその日本人マニアを探そうぜ」
密月を気遣うことも無く、先を急がせる闇奈。一番厳しいのは、やはりこの女だ。
「人探しなら、受付で聞いてみるといいですよ」
傷心な密月を気遣い、卓郎は代わりに人探ししてやろうとカウンターに向かって歩きだす。密月は使い物にならないと判断した一行は、またもあっさり見捨てて卓郎について行く。
誰にも優しくしてもらえずに、ぽつんと取り残された密月は、悲しい顔で立ち尽くしていた。その姿に罪悪感を覚えた剣助と槍太と大牙は、ありとあらゆる気休めの言葉を密月にかけていた。
「すいません。日本の文化に詳しい人を探しているのですが」
受け付けカウンターに到着した卓郎は、受付嬢に質問しながら微笑みかける。受付嬢も満面のビジネススマイルを返した。
「はい。日本の文化に精通している方ですね。検索致しますので、少々お待ちください」
受付嬢はそう言うと、カウンター下に手を入れて何やらカタカタ打ち始めた。おそらくパソコンで検索しているのだろうと、何の違和感も感じずに全員で見守る。
そんな受付嬢を見て、ふと闇奈は思い出す。
「おい卓郎。最初、エレベーターに乗る前、お前この姉ちゃんに何か合図してたよな?」
言われた卓郎は驚いたように目を見開いたが、すぐに感心したように微笑んだ。
「よくわかりましたね。実は、魔封装置のスイッチを押してもらったんですよ。緊急事態の場合、彼女たちに任せておいた方が迅速に対応できますから、スイッチはこのカウンターに設置してあるんです」
「へぇ~」
合点がいった闇奈は、もう一度受付嬢に目をやる。一人は相変わらず調べ物に集中しているようだが、隣に座っているもう一人の受付嬢は、今の会話を聞いていたはずなのに一片の曇りのない笑顔で微動だにしない。
(それでこの笑顔か? 私らに罪悪感とか無いのか。ある意味プロだな)
受付嬢──それは接客のプロフェッショナルだった。
闇奈が呆れ気味に受付嬢を見ていると、パソコンを操作していた受付嬢が顔を上げて、これまたプロフェッショナルな笑顔を見せた。
「お待たせ致しました。大変申し訳ございません。残念ながら、私どものデータベースには合致する情報はございませんでした。お名前などはご存知ではありませんか?」
どうやら日本人マニアは見つからず、今度は名前で検索してみるということらしい。日本人マニアの名前は、密月しか知らない。
「あ、それだったら……お~い密月! なにやってんだコッチ来い!」
闇奈が怒鳴るように呼ぶと、密月は剣助たちと一緒にヨロヨロしながらやって来た。その顔は、相変わらず落ち込んでいる。
「日本人マニアの名前は?」
何の躊躇いもなくぶつけられた質問に、密月は凹んだ顔のまま呟くように答えた。
「ミレイだ」
「ミレイ様ですね。では、少々お待ちください」
密月の意気消沈な状態など意にも介さず、受付嬢はスマイルでその情報を受け取ると、すぐに検索にかかる。すると、意外と受付嬢はすぐに顔を上げた。しかしその顔は、珍しく笑顔ではなく悲しげだ。
「大変申し上げにくいのですが。ミレイ様は、すでにお亡くなりになっております」
その衝撃の事実に、いじけていた密月もパッと顔を上げて身を乗り出す。
「え!? ほ、ホントか!?」
「はい。12年前に、お亡くなりになったようです」
「え、たった12年前?」
愕然とする密月。198年間生きている彼にとって12年など、普通の人の1年より短いものだ。
「密月、そいつに会ったのは何年前だ?」
闇奈が問うと、密月は焦ったように記憶を辿る。
「え、え~と、盗賊やる前だから……50年か100年だ」
かなり大雑把な計算に、地球人は唖然とした。長く生きる月族や、魔法で無理やり命を延ばされているアシュリシュ人は、時間の計算に無頓着なのだ。
「そりゃ死ぬわ」
呆れ返った槍太は苦笑いで密月を見る。
密月はそんな槍太の言葉がいまいち理解できないといった顔で、呆然としていた。
「仕方ない。人は、死ぬものだ。密月、お墓参りにでも行くか?」
刀矢は優しげな口調でそう言うと、すぐ受付嬢に墓の所在地を尋ねた。




