“軽トラの秘密”
卓郎は箱のふたをパカッと開けると、小さな洗濯ばさみに導線がついたような物を何本か取り出した。その導線は、箱の底に繋がっているようだ。
「では、チップを殺します。警報電波が飛ばないように、自然な状態で機能を停止させるので、向こうはすぐには気付かないと思います。でも、しばらくすれば異常に気付くでしょうね」
その言葉に、璃光子は困ったように眉を寄せる。
「それじゃ意味ないんじゃ……。あ、じゃあチップ殺さないで、外すだけにしたら? それでコレどっかに置いておけば、私たちがずっとそこにいるって勘違いするんじゃない?」
「すごい! 璃光子ナイスアイディ~ア!」
何故か英語を本格的な発音で言う水青。
しかし、卓郎は小さく首を振った。
「いえ。これは鳴応石の電力によって動いているので、指輪を外していきなり電力の供給がストップしてしまったら、警報電波が飛びます。とりあえずチップから停止させなければ安全には外せません」
「あっ……そ」
璃光子と水青は同じぐらいガッカリしていた。
「気付かれるまでどのぐらいだと思う?」
闇奈が聞くと、卓郎はうーんと言って少し思案する。
「あまり時間は無いと思います。電波が受信出来なくなって、向こうはまず受信システムの異常を疑うでしょう。そして色々メンテナンスした後、こちらの異常と気付くでしょうから……そうですね。1日、良くて2日といったところでしょう」
「オメーはいちいち回りくどい説明しねぇと答えらんねぇのか?」
色々難しい話を聞かされて頭が疲れている剣助は、説明はどうでもいいから結論だけを言って欲しいと思うのだった。
卓郎は剣助に従順な微笑みを向けた後、「ちょっと失礼します」と言って近くにいた水青の手をとる。そして指輪の宝石が固定されている金具を洗濯ばさみで挟むと、箱からコンセントらしきケーブルを伸ばして、部屋の隅にあったコピー機らしい機械に射し込んだ。どうやらこの機械はバッテリーのようなものらしい。
そして、箱の側面にあったスイッチを押した。その瞬間、
パチ──
「痛っ!」
静電気が走ったような音と共に、水青が声を上げる。どうやら少し痛いらしい。
卓郎は指輪から洗濯ばさみを外すと、水青に微笑みかけた。
「はい。これで終わりです。お疲れさまでした」
「へ~もう終わり?」
水青は不思議そうに手を開いて指輪をまじまじと見る。
「はい。これでもう発信機としての機能は失われました。後は、指輪を外すだけです。それは超合金のスタッフに任せましょう。──お父さん」
卓郎が言いながら英作に目を向けると、英作は待ってましたといった感じでスクっと立ち上がった。
「おお。任せとけ!」
そう言うと、英作は部屋のドアを開けてまた廊下のハゲオヤジに超合金の技師を呼んで来るように指示する。
卓郎はそれを見届けると、続いて璃光子の指輪に取り掛かった。
「そういや、お前たちどうしてアレが発信機って分かったんだ? この星の連中はみんな機械にウトイのによ」
英作がドアを閉めながら振り向きざまに刀矢を見る。
「ああ。ヒルドラーの人に聞いたんだ」
刀矢が答えると、英作は目を見開いた。
「ヒルドラー? あんな遠いとこから。まさか歩いて来たのか?」
「いや。車を貸してもらったんだよ」
その言葉に、英作は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに何か重要なことに思い当たったようにハッと真剣な顔になった。
「ど、どんな車だ!?」
英作が切迫したような言い方をするので、刀矢は戸惑いがちに答える。
「え、なんか、軽トラみたいなヤツだけど」
途端、英作の顔に夜叉が宿る。
「軽トラだぁ!? 猪勇か!?」
「あ、ああ。猪勇さんに借りたんだ」
突然怒り出した英作に驚いた刀矢が一歩下がりながらも答えると、英作はわなわなと震え出した。
「あのヤロォ……さも自分のモンみてぇに~!」
大声を上げて、英作は壁をバン! と拳で殴りつけた。そのただ事ではない怒りように、全員が目を丸くしている。
「ど、どうしたんだよ? 英作?」
刀矢が恐る恐る問うと、英作は歯軋りしながら答えた。
「アレはなぁ。俺が地球から持ってきたモンだ! 唯一の地球モデルなんだよ!」
なんと、あの軽トラは、英作と卓郎がワームホールに巻き込まれた時に乗っていた物だったのだ。
それは、猪勇が言っていたこととは全然違う事実。
「え? だって、エンジン以外は全部自分が作ったって猪勇さんが──」
刀矢が困惑しながら言うと、英作はその鬼のような顔面をぐわっと刀矢に向ける。
「なにぃ!? そんなことぬかしてやがるのか! アイツめ……いつか殺してやる」
英作はまた壁に怒りをぶつけた。
刀矢はなるほどといった感じで一つ溜め息をつく。
「だから外見が普通の車だったのか。でも、鳴応石が付いてたのは?」
英作も一つ溜め息をつくと、痛む拳を撫でながら答えた。
「ああ。ここにはガソリンがねぇだろ。だから別な燃料探さなきゃならなくなって、鳴応石の電力に目を付けたんだ。猪勇は鳴応石に詳しかったから開発チームの一員だったんだ。しかしな、どうもあの軽トラに対する執着心みてぇのが酷くてな。……で、完成と同時に持ち逃げよ。まさかヒルドラーに逃げてたとはな」
つまり、あの軽トラは本当は英作のもので、車の動力を鳴応石に改造するまでは猪勇と協力してやっていたが、車が完成したのと同時に猪勇がヒルドラーまで車を持ち去ってしまったということだ。
(あのデブ。臭くてウゼェ上に盗みにウソまでつきやがるのか? ……救えねぇな)
外見的にも内面的にもいいとこ無しの猪勇を、闇奈は心底軽蔑するのだった。




