“戦争の爪痕”
ようやく全員が時空の話を理解し、英作と卓郎が刀矢の知人だということで場が和んだ時。闇奈は、ふと疑問を抱いて卓郎に向き合った。
「あのさ。一つ疑問があるんだけど」
闇奈がそう言うと、卓郎は嫌がる様子も見せずに軽く頷いて微笑んだ。聞き上手な奴だ。
「確か、ワームホールに飛び込んだら死ぬんだったよな?」
卓郎はこくりと頷いて答える。
「そうですね。実際の死因の解明は遅々として進まずじまいですので、ワームホールに飛び込んだから死亡すると言うには多少は語弊があるかと思われますが──」
「でもその、スミスを連れに行った時、五色は平気だったんだろ?」
卓郎の説明が終わらない内に、闇奈は間髪入れずに遮った。解説が長くなりそうだったからだ。
卓郎は少し面食らったように言葉を詰まらせたが、すぐにまた微笑んで答える。
「あ、はい。ワームホールは、初めからこのような気紛れを起こす物ではなかったようです。おそらく、スミス氏がくぐった時点では不具合は無かったと思われます」
「なんでこうなっちまったんだ?」
そのやり取りに気付いた全員が卓郎の返答に耳を傾ける。卓郎は全員に聞こえるようにはっきりとした声で答える。
「歴史書によると、約500年前の戦争で機能が狂ったとあります」
「戦争?」
「はい。あくまで歴史書の話ですが、その当時最大の権力を誇っていた女性が、王家に反旗を翻し、戦争を巻き起こしたとあります。その激戦の影響で、ワームホールもおかしくなったと」
戦争があったなんて話は、ほとんどのメンバーにとっては初耳だった。が、図らずもその単語を先に耳にしてしまっている男が一人だけいる。
「あ! ジェファが言ってた戦争ってそれか?」
剣助は合点がいったという感じでポンと手を叩く。それに、他のメンバーは不思議そうな顔。
「え? ジェファそんな事言ってた?」
璃光子にそう指摘され、剣助はこの単語を耳にしたシチュエーションを思い出してハッとする。
そしてバカ正直な剣助は思わず密月に目を向けてしまう。
密月は、初めは何故剣助が自分を見るのか分からずにキョトンとしていたが、やがて何かを思い出した様子で、あ~と口を開けると、すぐ意地悪い笑みを浮かべる。そして、苦々しい顔で冷や汗を垂らしている剣助に近づくと、そっと耳打ちした。
「おかずぐらいになら使ってもいいぜ」
剣助は絶望的な気持ちになった。
──バレてしまった。アレを覗いていたことが。
そう。ジェファが“戦争”という単語を口にしたのは、ヒルドラーでの深夜、密月とジェファがイチャついている時のことだ。影からこっそりその現場を目撃してしまった剣助しか、それを聞いてない。
純朴な剣助はすぐ赤くなった。精一杯強がって反論する。
「ば! バカ野郎! 気持ちわりぃ事言ってんじゃねぇ!」
しかし、余裕の笑みの密月。
「へ~この覗き魔はやけに強気だなぁ」
剣助も負けてはいられないと、奥の手を出す。
「てめぇ、闇奈にバラすぞ。いいのか?」
しかし、密月はまたも余裕だった。
「あ~いいぜ。闇奈はこんな事で妬くようなつまんねぇ女じゃねぇんだよ」
それを聞いた剣助は、一気に戦意喪失。密月はアホすぎる。
(そりゃあ闇奈がオメーに興味ねぇからだろ)
だが、剣助にはそれを言う程の度胸は無いのだった。
剣助の思った通り、闇奈はそんな二人のやり取りには無関心だった。相変わらず卓郎と向き合って戦争について考察しているようだ。
「戦争か。500年前って言ったら、ちょうど私らの先祖が交配始めた頃だな」
そこで、また一つの疑問が浮かぶ。
「ん? 五色は約800年前から王なんだよな? って事はその500年前の女ってのはどんな権力者だったんだ?」
800年前から現在に至るまで、ずっと五色が王権を維持していたわけではなく、もしかしたら一時期は別の人が王になっていたということだろうか。確かに疑問だ。
卓郎は残念そうに首を傾げた。
「さあ。歴史書にはそこまでは書いていなかったですね。市場に出回る歴史書はかなり掻い摘んだ内容しか書かれていないんです。詳細を記した本格的な歴史書は、王家にしか保管されていないのだとか」
闇奈は不服そうに「ふ~ん」と言って天井を仰ぐと、少し考察する。
(『最大の権力を誇った女』か。そいつは五色より強かったってことか? 歴史書に書かないってことは隠したいのか……。ん? そいや、ロイダが言ってたな。五色が生き返らせようとしてるのも『女』だって──)
その時、思考を遮るように卓郎の凛とした声が低く響いた。
「では、そろそろお返事聞かせてもらってもいいですか?」
卓郎は真剣な表情で修験者一行の顔を見渡すが、女たちは何のことかとキョトンとしている。
「ああ、王家を滅ぼせ──ってやつか」
闇奈がこう言って、皆も思い出した。一気に緊張する。
「はい。引き受けていただけたら、指輪も外します」
卓郎は微笑まず、緊張した面持ちだ。
女たちは顔を見合わせた。自分達の目的を、もう一度頭の中で整理してみる。
自分たちは、これから修験洞を巡り、力をつける。そして誰かが七色となって、目的の女を生き返らせてもなお、五色が自分たちを拘束するのであれば、戦う。しかしそうでないのであれば、戦う必要はない。となれば、当然答えは──
「……いや。できねぇ。私たちも王家と戦う可能性はあるが、最初から滅ぼす気で王家に行くわけにはいかねぇ」
闇奈の言葉に、女たちは揃って頷いた。
「そうですか……」
卓郎は残念そうに目線を落とす。
「でも、攻撃は止めさせます。王の望みを叶えるのと交換条件と言えば、応じると思いますから」
火芽香がそう付け足すと、女たちはまたも揃って頷いた。
卓郎はそれを聞き終えると、俯いたままゆっくりと口を開いた。
「どのみち、我々にはもう、あなた方に頼るしか方法はありません。……信じて、お任せします」
そう言って顔を上げると、女たちの顔を確かめるように見て微笑んだ。そして壁に設置してあったキャビネットのドアを開くと、中からティッシュ箱ぐらいの四角い装置を取り出した。




